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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第355話

 ウィステリア建国。それは旧ナグラス王国の人間にとっては喜ばしい事だったが、だからといってその他の国がすべてこの建国を歓迎してくれるとは限らない。

 明確に祝意を表明するのは同盟を結んだカルヴス王国くらいのもので、ロブレス同盟を構成するエルメニア帝国、アルバーン王国、サンロジェル君主国は当然ウィステリア王国の存在自体を認めなかった。


 ウィステリア王国とカルヴス王国の双国同盟にも、その敵であるロブレス同盟にも属さない国は大陸西方に存在するいくつかの小国家だけである。彼らは大陸東方で続く戦いに我関せずと無関心を貫いていた。


 アルディスたちウィステリア王国の状況を端的に言い表せば、周り一面敵だらけである。


 幸いアルバーン王国の目はウィステリアよりも大陸の西側に向いているようで、アルディスたちとしては戦力のほとんどを対エルメニア帝国へ振り分けることができている。


『ロブレス同盟内で縄張りの取り決めでもあるんじゃないのか?』


 そう口にしたムーアの推測はアルディスの考えとも一致する。


 西に向かって勢力を伸ばす余地があるアルバーン王国やサンロジェル君主国と違い、エルメニア帝国はウィステリア王国の領土しか侵攻先がないのだから、さほど的外れな推測というわけでもないだろう。


 戦力を南に集中させるというあまりに思い切りの良すぎるムーアの判断に、異を唱えて慎重論を口にする有力者もいた。


『そう言うときのための近衛傭兵隊だ。勝てとまでは言わないが足止めくらいはできるだろう?』


 会議の場でそうムーアに求められ、足止めくらいならと肯定したアルディスである。

 いざとなればアルディス単独で飛んでいけば戦場まで数時間で到着する上、千騎程度の相手ならば何とかできる自信が彼にはある。


 結局最終的にはミネルヴァがムーアの意見を採用し、ウィステリアはアルバーンからの侵攻がない限りは対エルメニアへと全力を注ぐことになった。


 やがて奇妙な一時的平穏が終わりを告げる。

 エルメニア帝国からの攻勢が始まったのだ。


 必然的にウィステリアの主戦力であるムーア将軍指揮下の軍も、アルディス率いる近衛傭兵隊も大車輪の働きを求められることになった。


 エルメニアは当然ながらウィステリアの王都であるトリアと重鉄鉱石の産出地であるグロクを攻略目標として軍を繰り出してくる。

 押し寄せる帝国軍をことごとく撃退し、建国から数えれば四回目となるトリアへの来襲を受けた今回、ムーアは全軍を以てその迎撃にあたった。


 アルディスたち近衛傭兵隊もその戦場へ遊撃軍として参戦している。

 麾下きかの傭兵は今回の戦いにあわせて雇った者を含めて合計百二十二名。数は少ないが全員が軽装の機動性に優れた部隊だった。


 ムーアの率いる正規軍が敵の主力とにらみ合いを続けている中、アルディスたちは敵の搦め手を捕捉する。今はこれを撃退すべく戦闘準備を進めているところだ。


 小規模の部隊とはいえ隊長であるアルディスがすべきことは多い。

 戦闘準備だけではなく部下の傭兵たちが起こす問題の対処や相談事など、次々と舞い込む難事にさらされるのは指揮官である以上仕方がないことだった。


 今もそうである。


「隊長、なんで俺達は後方待機なんですか!? 納得できません!」


「ちょっと、やめなよクレス」


 アルディスは若い傭兵からぶつけられる苦情にそっと心の中だけでため息をこぼした。


 先ほどからアルディスに食ってかかるのは、まだ少年のあどけなさを顔に残す若い傭兵である。

 クレスと呼ばれた紫髪の若者は最前線で戦うことを望み、後方待機を命じたアルディスに抗議するためやってきたのだろう。

 そのクレスの腕を引いて制止を試みているのはちょっとだけ尖った耳が特徴的な金髪の娘マリスである。


「意気込みはいいが、新米のお前たちに頼らなきゃならんほど切羽せっぱ詰まった状況でもない。今回は戦場の空気を感じるだけで十分だ。初陣ういじんで死なせてしまったらお前らの親に顔向けができん」


 やむを得ない事情があるならともかく、余裕がある戦いで駆け出しの傭兵を危険にさらす必要などない。それがアルディスの結論だった。


「それで、うちの親父に気を使ってるつもりですか!?」


「クレス、そんな言い方はないでしょ!」


 加えてふたりはアルディスにとって顔見知りの縁者である。

 行商人ミシェルの護衛をしている傭兵クレンテとヘレナの子供がこのふたりであった。

 目の前で吠えているクレスがクレンテ夫妻の息子。そしてクレスをなだめているのがヘレナ夫妻の娘マリスだ。


「馬鹿を言うな。お前らだけじゃなく新米で今回が初陣のやつは全員後方待機にしてある。ふたりだけを特別扱いしているわけじゃない」


 それは事実だ。

 金銭と引き換えで募兵に応じた傭兵ならともかく、近衛傭兵隊に入隊した新米は先々を見据えて大事に育てなければならない。

 初陣で使いつぶすなどもってのほかだった。


 だからこそクレスもマリスも今回は戦場を見て肌で感じ取るだけで十分だとアルディスは判断している。

 総力戦を求められるくらいの厳しい戦いならそんな余裕は持っていられないが、少なくとも今回の戦いはそこまでの覚悟を求められる場面でもない。


「でもフィリアもリアナも前線に出るんでしょう!? なんで俺たちはダメなんですか!」


 クレスが同年代の双子を引き合いに出して食い下がる。


「あのふたりだって初陣の時は敵の矢が届かない安全な場所にいたぞ。お前たちと同じだ」


 実際には矢が届かない遥か上空から魔術で敵を攻撃していたので、クレスたちと全く同じ扱いだとは言えない。

 しかしそれを馬鹿正直に伝えれば抑えが効かなくなるのは目に見えていたため、アルディスはあえて都合の良い情報だけを抜き出して口にした。


「それにフィリアとリアナはこれが初陣じゃない。クレスと年はほとんど変わらないが、踏んだ場数は全然違う」


「場数や経験なんかより、実際の強さの方が大事じゃないんですか!」


 クレスの反論にアルディスは一瞬虚を突かれたような表情を見せる。


「あ、ああ……そういうことか」


 そして次第にクレスの言わんとするところを理解して、込み上げてくる笑いをこらえきれなくなる。


「くっ……、くっくっく……。なるほどなるほど」


「な、何が可笑おかしいんですか?」


「あぁ、つまりお前。自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけか。そうかそうか、そういうことか」


 アルディスから見れば傭兵として巣立ったばかりのクレスと、幾度も戦場に立ちすでに実績も十分にある双子との間には隔絶かくぜつと言っていいほどの実力差があった。


 一流の傭兵である父親のクレンテから手ほどきを受けているとはいえ、実戦経験の乏しいクレスに対して、アルディスとネーレ譲りの無詠唱魔術を自在に操り、至近距離に迫った剣士を相手にしても悠々と撃退できる双子では現実的な戦闘力も比べものにならない。


 とはいえそれはクレスの父親クレンテのように、長年の経験から相手の実力を見抜く眼力を身につけていればこそ理解できる話だろう。

 まだ卵の殻をお尻にくっつけたようなクレスにそれを求めるのはこくというものだった。


「近いうちにまた余興で勝ち抜き戦でもするか……」


 こういった自分の強さを勘違いしている傭兵の不満を解消するには、実力差をその身に叩き込むのが一番早い。


「近いうちにフィリアやリアナと戦える場をもうけるから、そのときにふたりの内どちらかに勝てれば次から前線に出してやろう。だから今日のところは我慢してくれ」


 そう告げるアルディスだったが、クレスは不満をあらわになおも食い下がる。


「先の話じゃなくて俺は今前線に出し――」


「クレス、いい加減になさい。あなたちょっと諦めが悪すぎるわ」


 そんなクレスの口をマリスは無理やり手で塞いで言葉をさえぎると、アルディスに向かって頭を下げる。


「すみませんでした隊長。お手数をおかけしました。クレスにはよーく言って聞かせますので」


「ああ、すまんが頼む。傭兵とはいえうちは国の指揮下にある正式な部隊だ。抜け駆けや命令違反には厳しく対処しなきゃならん。勝手な事をすれば除隊だけですまなくなることもあるから、それは忘れるなよ」


 最後の言葉はマリスではなくクレスに向けたものだ。


「はい」


 マリスは過不足のない返事をすると、口を塞がれてモガモガと何やら文句を言いたそうなクレスを引きずりそのままアルディスから離れていった。






 戦闘準備を整え終わり、進発の号令を待ち受ける近衛傭兵隊の面々が整列する。

 その視線は隊を指揮するアルディスに注がれていた。


「我が隊の役割は敵本隊から分離して森を迂回している別働隊の強襲だ」


 部隊を前にアルディスが状況を説明する。


「斥候の報告によると敵の数は二百。我が隊の倍近い数だが、敵は我々の存在にまだ気付いていない。よって我が隊はこれから森に身を潜め、迂回してきた敵別働隊に不意打ちを仕掛ける。数が倍だろうと、浮き足だった敵など恐れるほどのものではない」


 逆に言えば、相手が混乱から立ち直り態勢を整えてしまえば敗北も十分にありうるという状況であるが、それはあえて口にするまでもなかった。


 傭兵たちは大人しく整列してアルディスの言葉に耳を傾けている。

 近衛傭兵隊が組織されてから三ヶ月。幾度も戦場へ出撃し、その実力を目の当たりにした彼らの中にアルディスを見た目が若造だからと侮る者はいない。


「森の中では周囲の仲間との距離を一定に保って整然と進め。騒ぐな、わめくな、大きな音を立てるな。敵に察知されなければ勝てる戦いだ。ヘマさえしなければ勝てる。攻撃開始後は決して手を緩めるなよ。相手の動揺が収まる前に息の根を止めろ。今回に限って時間は敵だと肝にめいじておけ」


 伝えるべき事は伝えたと判断したアルディスが進発の号令を下そうとしたそのとき、整列していた傭兵の中から声が上がる。


「隊長ー、例のヤツはやらないんですかー?」


 その問いかけを受けて、アルディスはわずかに眉を寄せながら反論を口にする。


「毎回やる必要はないだろ」


「えー、やった方が気合い入るんだけどなー」


「そうですよ隊長。せっかくだからやりましょうよ!」


「さんせーい。やろやろ隊長!」


 微妙な表情を浮かべるアルディスとは対照的に隊員たちが次々に賛同し始めた。


「アルディスさん。これ、収拾つけるよりもさっさとやった方がたぶん早いですよ」


「……わかった」


 気の進まない様子だったアルディスもキリルにうながされて観念する。

 アルディスは整列した隊員たちに向けて正面に立つと、腰から『蒼天彩華そうてんさいか』を抜いて空に突きあげるようにかざす。


「我らの剣は勝利のために」


「勝利のために!」


 アルディスの声に隊員たちが声を揃えて続く。


「我らの心は仲間のために」


「仲間のために!」


 アルディスとて無情の人形ではない。

 国に仕える形という異色の面はあれ、期せずしてウィステリアの名を継ぐことになった王国の傭兵隊。

 その指揮を任されたことで感じ入るところがなかったと言えば嘘になる。


 かつて自分が仰いだグレイスの勇士を懐かしく思い起こし、ついつい物のはずみでやってしまった出撃前の発揚がどうやら隊員たちの琴線に触れたらしい。

 いつの間にか出撃時の恒例儀式じみた扱いとなってしまったことに、アルディスは気恥ずかしさと誇らしさが混ざり合った自分の感情に困惑させられていた。


 とはいえこの儀式を重ねれば重ねるほどに、アルディスはかつて追いかけていた背中へ一歩ずつ近づけているような充足感をも覚えるのだった。


「いざゆかん、栄光を我らが旗のもとに!」


「我らが旗のもとに!」


 一語ごとに勢いを増す隊員たちの声が、ウィステリア傭兵団の再生を訴えるようでもあった。

 それはしょせんアルディスの錯覚でしかない。それが分かっていてもアルディスは内から湧き出でる感情に胸をつまらせる。


 かざした蒼天彩華を前方へ倒し、隊員たちへと号令を下す。


「進発!」


 アルディスの声に素早く反応し、部隊はあらかじめ定められていた隊列をとって森へと出発した。

2024/06/08 誤字修正 サンロジェル共和国 → サンロジェル君主国

※誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 3ヶ月半ぶり、また続きが読めてうれしかったです。 今後の展開も楽しみにしてます。
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