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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第354話

 戦いは終始アルディスたちウィステリア王国側優位に進み、一時間ほどの戦闘を経て敵は壊走しはじめた。


 その後の追撃により相手の軍は壊滅。

 対してアルディスたちの被害はほとんどない。

 開戦前にアルディスが自らに課した『味方から死者を出さない』というノルマはさすがに達成できなかったが、正規兵にふたり、傭兵からひとりの死者を出しただけである。

 敵味方あわせて千に近い兵力がぶつかり合ったことを考えれば、異常とも言える少なさだった。


 敵の撃退という役目を果たし、アルディスたちは戦勝の報と共にトリアへ帰還する。

 正規軍の将兵たちはその功を正式に称えられ、傭兵は相場の倍となる報酬を手にした。


 目前の敵は撃破したわけだが、かといって脅威が無くなったわけではない。本命の敵はなお南の地で牙を研ぎこちらの隙を窺っている。

 軍事の責任者としてムーアも奔走ほんそうしているものの、一朝一夕で解決する問題ではないだろう。


 何とか軍の体裁ていさいを整えようと国の首脳陣が苦心する中、数多の特例が非常時の名のもとに生み出される。

 アルディスのもとへと回ってきた『近衛このえ傭兵隊長』という名の妙なポストもそのひとつであった。


「傭兵隊長というのならまだ意味はわかるが……近衛ってなんだよ、近衛って」


 その妙な通達を持ってきた張本人であるムーアに胡散臭うさんくさげな視線を向けながらアルディスがぼやく。


「近衛なんてのは普通騎士が務めるものだろう?」


「そりゃ普通なら、な。とはいえ今のウィステリア王国はその普通を取りつくろう余裕もまだないのが現状だ。千剣の魔術師という建国の立役者にして最大戦力を有効活用しようとみんなで頭をひねった結果だよ」


「だったら普通の傭兵隊でいいじゃないか」


「常備軍の代わりになるような傭兵部隊を金だけで作れるとはさすがに思わんよ。何らかの形で国に帰属意識を持ってもらわないと、いざという時あっさりと敵方に寝返られかねんからな。んで、出てきたのが相場以上の報酬という『じつ』に近衛という『めい』を加えることで傭兵たちを引き留めるべきという案だ。とはいえそこで問題になったのが誰を指揮官にえるかという点でな。実力主義の傭兵が正規軍の指揮官に易々と従うとは思えないし、そこいらの傭兵を頭に据えたあげく近衛の名を悪用されちゃたまらん」


「元傭兵で実績も名声も十分なのが俺の目の前にいるが?」


「お、じゃあ俺の代わりにお前が将軍やるか?」


「断固お断りする」


「だろ? まあアルディスが王国の組織にどっぷり浸かりたくないというのは俺も陛下も承知してる。だからこその近衛傭兵隊だ。率いるのは金で雇った後腐れのない傭兵、それでいて正規軍から横やりを入れられない近衛という立ち位置。軍の編制からは独立した陛下直属の部隊という扱いだからしがらみもなくて動きやすいだろうし、いざとなればすぐに解散もできる。ただ、変に権力を持ってもらっちゃ困るんでな。そういう意味でもアルディスに手綱たづなを握って欲しい。お前なら隊を悪用して陛下に剣を向けるなんてことしないだろう?」


「今はともかく将来はわからんぞ?」


「その時はお前、隊があろうがなかろうが関係なくひとりで片をつけるだろうが?」


「……否定はしない」


 アルディスは反論しようとしてその言葉を呑みこむと、渋々ムーアの言葉を肯定した。

 否定したところでトリア王国相手にひとりと一頭だけで突っ込んで行った実績が説得力を吹き飛ばしてしまうからだ。


「陛下からの信頼も厚く、傭兵としての実力は文句のつけようがない上、良くも悪くも千剣の魔術師は名が売れている。アルディスになら安心して部隊を任せられるし、他の傭兵たちからの支持も期待できる。先日の戦いでもお前に危ないところを助けられた傭兵たちからずいぶん慕われていると聞いたが?」


 辺境領域の連合軍と戦った際、アルディスは味方の被害をおさえるため戦場を文字通り飛び回った。

 敵兵に止めを刺されそうなところを救った味方の数は優に四十を超える。


 命を救われたことに恩義を感じない傭兵の方が少ないだろう。

 戦い自体快勝だったこともあり、もともとの名声も相まって傭兵たちの間では好意的な評価を受けていた。


「建国早々に特例を作りすぎると後で困るんじゃないのか?」


 風向きの悪さを感じ、アルディスは話をうやむやにしようと正論をぶつける。


「陛下は『師匠が近衛騎士団長でも別に構わない』と仰せだったぞ」


「冗談はよせ」


 しかし状況はより一層の悪化を見せ、なおもムーアがとどめの一撃を繰り出してくる。


「じゃあせめて傭兵隊長くらいは引き受けてやれよ。最近アルディスとろくに話ができてないってお嬢様が悲しんでたぞ」


 ムーアがミネルヴァのことを陛下ではなくお嬢様と呼ぶときは、主従ではなく個人的な関係を持ち出すときだ。

 臣下として主君を語るのではなく、そこに込められるのはムーアがかつて護衛兼お目付役として面倒を見た少女に対するいたわりである。


 彼女が自分で選んだ道とはいえ、重責を負うミネルヴァの孤独と心労はどれほどであろうか。

 そんな彼女を心配した周囲が建前をこねくり回してアルディスに用意したのが、近衛傭兵隊長という意味不明なポストなのだろう。


 これではいかにアルディスといえど無下むげに断れない。

 当然それはムーアの目論見もくろみ通りに違いなかった。


 大きくため息をつくと、アルディスは投げやりに最後の抵抗をする。


「……傭兵全員がこの話に乗るとは思えないが」


「それはわかってるさ。傭兵全員を高給で抱えるほどの金はないし、五十人も話に乗ってくれれば上出来だろう。戦時になれば改めて傭兵を集めるというのが大前提だよ。要はいざという時に集めた傭兵の中核となる部隊を手元に作っておきたいんだ。加えて平時も身軽で即応性の高い部隊があれば何かと手を打ちやすいからな」


「……わかったよ。引き受けよう」


 大切な教え子のためなら仕方ないかと、アルディスは渋々その役目を引き受けることにした。





 近衛といっても別にミネルヴァの身辺警護をするわけではない。

 あくまでも第三者からの横やりを防ぐために与えられた呼称に過ぎず、実態としてはミネルヴァの勅命によってのみ動く即応部隊というのが正しいだろう。


「師匠が必要と判断したらその時は独断で動いていただいて構いません」


 しかもその勅命がどうこう以前の話に、ミネルヴァからは白紙委任を受けているような状態である。

 実質的にアルディスはウィステリア王国の金を使って私兵を抱えたようなものだった。


「あ、でもちゃんと報告には来てくださいね。師匠が直接私に口頭で報告すること、これは譲れません。あと、他国への対処はできるだけ事前の相談をお願いします。『ちょっと敵国の城を落としてきた』とか事後報告するのはダメですよ」


 とはいえ完全なフリーハンドというわけでもなく、過去のやらかしがたたって非公式の場で教え子からそう釘を刺されるアルディスであった。






 先日の戦いで敗北した辺境領域の反抗勢力はすっかり大人しくなっている。


 もともと小領主たちの連合ということもあって、その経済基盤はもろい。

 戦いで受けた損害を回復させるには少なくとも五年はかかると考えられた。


 当面王国に対して軍事的な敵対行動は取れないだろう。

 その間、ウィステリア王国としては時間的な猶予を得たことになる。

 得た時間を国力と軍事力の増強に向けるもよし、力を失った敵を調略で切り崩すもよしとはカイルの弁である。


 今のところエルメニア帝国の方にも動きは見られず、ウィステリア王国とアルディスたちは束の間の平穏を享受していた。


 もちろん事が起こらないからといってアルディスも暇をもてあましているわけではない。

 定期的に隠れ里へ戻り物資を届けるのにあわせてセーラや村長と会合を行い、合間を見てはグロクの町へ赴き城壁を強化し、頻繁にカルヴスへ飛んではミネルヴァからの親書を届けていた。

 その上、近衛傭兵隊を任されたことで忙しさに拍車がかかっている。


 結局トリアを拠点として活動する傭兵たちのうち、三十六名ほどがアルディスの指揮下へ入ることとなった。

 ムーアの予想よりはかなり少ないが、それでも戦い慣れた傭兵がすぐさま動ける部隊としてそなえている事に意味がある。


 もちろん強いだけの烏合うごうの衆では部隊として役に立たない。

 個々の戦力をうまく融合させ、集団による軍事力へと鍛え上げる必要があった。


「あ、遅かったねアルディス」


「すまん。会議が長引いた」


 練兵場へとやって来たアルディスをコニアが迎える。


「もう先に勝ち抜き戦はじめてるよ。今はフィリアが五人抜きしたところね」


「みたいだな。相手は……グレシェか?」


 コニアの視線を追った先にフィリアと対峙するグレシェの姿を見つけ、アルディスは壁にもたれかかるとその戦いを見守る。


 魔術師であるフィリアと剣士であるグレシェの一騎討ち。

 普通に考えれば魔術師に勝ち目はない。


 魔法の行使に詠唱が必要な魔術師の場合、自らを守ってくれる仲間の存在や敵との距離がなければ一対一での戦いでは相手に懐へ飛び込まれるのがオチである。

 キリル並に詠唱が速ければ一度くらいは魔法を放てるかもしれないが、それで仕留められなければ後は蹂躙じゅうりんされるだけ。

 ましてやそれだけの詠唱速度を持っている魔術師自体が数は少ない。


 しかしフィリアの場合、アルディスやネーレ同様に詠唱そのものが不要である。

 そのため間合いをつめてきたグレシェが剣を振るうのにあわせて物理障壁を構築することができた。


「嘘だろっ!?」


 グレシェとて一流の傭兵である。口から驚愕の言葉をはきながらも、すぐさま剣の軌跡を変えて二の太刀を繰り出す。


 冷静にそれを目で追ったフィリアは再び無詠唱で物理障壁を展開して剣を防ぐと反撃に転ずる。

 大仰な身振りで杖を振りかざすと、石突で地面をトンと叩く。

 途端にグレシェの周囲へ炎の球体がふたつ出現して襲いかかった。


「同時に!?」


 フィリアが複数の魔法――実際には魔術――を行使したことに驚きながら、長年の経験から回避可能な位置を読み取ってグレシェが斜め後ろへと飛び退すさった。


 だが次の瞬間、グレシェは予想していなかったであろう状況に追い込まれる。

 後退した先の地面が不自然なほどにデコボコと荒れており、踏ん張ることができなかったグレシェはその体勢を崩して転倒してしまったからだ。


 わけもわからず倒れたグレシェの頭がフィリアの杖によってコツリと軽く叩かれる。

 無防備な状態で頭部に一撃。当然この勝負フィリアの勝ちである。


「そんな……さっきまでは平らだったはず……」


 グレシェとて当然戦いの前に足場の確認くらいはしているだろう。

 その時には無かった凹凸が今存在するということは戦いの最中に何者かによってそう変化させられたということである。

 グレシェには自然とその何者かが誰か想像がつくだろう。


「まさか、君が?」


 尻をついたまま、杖を振り下ろした状態の対戦相手にグレシェが問いかけると、フィリアはニコリと笑ってその問いを肯定した。

 同時に荒れた地面がみるみるうちに平らになっていく。

 詠唱もなく魔術を使って足場を崩すことなど、フィリアにとってはさしたる困難ではないということを無言で証明してみせる。


「……まいったよ。僕の負けだ」


 フィリアの実力を理解したらしいグレシェが負けを認める。


「嘘だろ……」


「グレシェまで負けたぞ」


 グレシェの敗北宣言を耳にして周囲の傭兵たちがざわつき出す。


からめ手も使うようになったか……」


 フィリアの戦いぶりを見終わったアルディスが複雑な心境そのままにつぶやいた。


「ふえー。強いね、あの子。アルディスの妹だっけ?」


「妹ではないが……まあ家族みたいなもんだ」


「アルディスの一族ってどうなってんの? 人の皮をかぶった鬼の一族とか?」


「なんだそりゃ」


 コニアの軽口を一笑いっしょうしてアルディスは次の相手と対峙するフィリアへ目を向ける。


 ここしばらく元気を失っていたフィリアとリアナだが、故郷の村が獣の襲撃により壊滅したとの報告をカイル経由で聞いてようやく落ちつきを取りもどしたようだった。

 彼女たちは彼女たちで自分なりに過去への落としどころを見つけたのだろう。


 以前の活発さを取り戻したフィリアはアルディスの近衛傭兵隊長就任を耳にすると、間髪入れず自分もその隊に入ると宣言。当然言うまでもないとばかりに、リアナも控えめな口調で入隊を決定事項として口にした。

 その他、隊にはキリル、エレノアの両魔術師が名を連ね、五十人足らずの部隊にしては魔法戦闘力が非常に高い。


 公募に応じた傭兵の中で最も高い実力を持っているのはグレシェをリーダーとするパーティ『コスターズ』の面々である。

 グレシェ、コニア、ジオ、ラルフの四人はトリアを拠点とする傭兵たちから一目置かれており、そんな彼らが国のお抱え傭兵隊に志願したことはちょっとした話題になった。


 彼らが入隊するならと続く傭兵や、辺境領域連合軍との戦いでアルディスに命を救われた傭兵たちが集まり、結果三十六名の傭兵にアルディスやフィリアたち五名を加えた四十一名が近衛傭兵隊の結成初期メンバーとなる。

 いや、正確には四十一名プラス黄金こがね色の隊員一頭だったが、その一頭は女王陛下にはべって身辺警護をするのが主な役目とされたため、実態を知る者は一部に限られた。


2023/10/08 脱字修正 無かった今 → 無かった凹凸が今

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