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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十一章 新勢力の台頭
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第353話

 グレシェたちコスターズの面々が不満も見せず受け入れたことで、傭兵たちもようやくアルディスを自分たちの統率者として認めたようだった。


 アルディスは傭兵の中でも腕利きの者数名をまとめ役に任命し、彼らと事前の打ち合わせをすませる。

 しばらく意識合わせと今後の行軍について話し終えると、まとめ役の傭兵たちは各自の天幕へと戻って行った。


 アルディスとキリルも同じように立ち去ろうとした時、同じくその場に残っていたコスターズの中から四人を代表して長身の青年が声をかけてきた。


「久しぶり、アルディス」


「ああ、グレシェも元気そうでなによりだ。エルメニア帝国との戦いからだから四……五年ぶりくらいか?」


 グレシェと呼ばれた青年はばつの悪そうな表情を見せてアルディスの問いかけに答える。


「いや、俺たちにとっては二ヶ月ってところだよ。アルディスは気付いていなかっただろうけど、俺たちコスターズもトリア王国のグロク接収軍に参加してたから」


「あー、あの時の部隊にいたのか。そりゃ悪かった」


 まだミネルヴァたちがグロクだけを拠点にしていたころ、軍を率いて攻め込んできたトリア軍にコスターズの面々も傭兵として参加していたのだろう。


 グレシェは「アルディスが謝ることじゃないだろう」と苦笑いを見せる。


「俺たちも長いこと傭兵をやってるんだ、その辺の分別はつく。幸い早くに気付けたから魔法にも巻き込まれず済んだわけだし」


 互いに傭兵である限り、知り合い同士が敵味方に分かれるのは珍しくもない。

 それを受け入れられるくらいにはグレシェたちも場数を踏んだということなのだろう。


「そうか」


 短く返答したアルディスに横からコスターズの紅一点コニアが笑顔で口を挟んできた。


「今回はこっちにアルディスがいるんだから楽勝だね。というか部隊なんて編制しなくてもアルディスひとりで勝てちゃうんじゃない?」


 まるで仕事はもう終わりと言わんばかりの勢いにアルディスは水を差す。


「今回俺は基本的に手を出さないぞ」


「え、なんで?」


 コニアももう立派な女性と言える年齢のはずだったが、もともと幼く見える外見と小柄な体格も相まって妙に愛らしい仕種しぐさが板に付いている。

 だが女性に縁遠い暮らしをしている傭兵ならいざ知らず、普段から器量好しの女性陣に囲まれているアルディスの答えはそっけない。


「それじゃ人が育たんだろうが」


「えーっ」


「その代わり出来るだけ死者が出ないように立ち回るつもりだ。フォローは任せろ」


「楽できると思ったのに……」


 あからさまに落胆らくたんするコニアをグレシェがたしなめる。


「あんまり文句を言うな、コニア。俺たちだってしっかりと報酬をもらうんだから、金額分の働きはするべきだろ」


 そこでふとアルディスは先ほどの力試しの際、傭兵たちをグレシェが間接的になだめてくれたことを思い出した。


「ああ、そういや礼を言っておくべきだったな。さっきは助かったよグレシェ。おかげで予定よりも早く片が付いた」


「礼を言われるようなことじゃない。アルディスが強いのも、隊を率いるにふさわしいというのも本心からの言葉だ」


 そう言ってのけるグレシェの後ろからコスターズの一員であるジオが付け加える。


「ついでに見た目通りの年齢に見えないこともね」


「ホントに歳が顔に出ないな、アルディスは。実際のところ歳はいくつなんだ?」


 コスターズ最後のひとりであるラルフが同意見とばかりに問いかけてきた。


「さあな……。自分でも正確な歳はわからん」


 ごまかしでも何でもなく、アルディスは事実を口にする。


 アルディスには子供の頃の記憶がない。生まれた年も知らなければ、自分が赤ん坊の頃を知る人間にも心当たりがなかった。

 加えてあちらの世界とこちらの世界で時間の流れが大きく違う以上、どう年齢をカウントすれば良いのかアルディスにもよくわからない。

 その結果、年齢を問われても「よくわからない」と答えるしかないのだ。


 そんなアルディスの反応を見て「えーと……」とコニアが気まずそうに右手を顔の横に上げる。


「まさかあたしたちと初めて会った時点でアルディスの方が年上だったとかは……」


 コニアとしてはあまり嬉しくない推測だったかもしれない。


 アルディスはそれに対して明確な言葉としては答えず、ただ思わせぶりにニヤリと笑って見せた。


 それを見て察したのだろう。グレシェたち四人は過去にアルディスへ向けた自分の態度を振り返ったらしく、若さゆえの失敗を思い出して身をもだえさせはじめた。






 コスターズの四人がどれだけ過去の言動に羞恥を覚え後悔していようが、戦場においてそんなことは何の関係もない。

 翌日の夕暮れ時になって斥候が敵軍の布陣を確認し、さらに一夜明けた日の午後、当初の予定通りアルディスたちは敵と対峙することになった。


「予想よりも少し多いでしょうか」


 アルディスのとなりでキリルが敵の数について感想を述べる。


「アルバーンからの援軍っぽいのがいるからだろう」


「え、どこですか?」


「こちらから見て右手の奥、装備はバラバラで傭兵を装っているが妙に統制の取れている一団がいる」


 アルディスの指摘した一団を確認したキリルは異なる意見を口にした。


「最近増えたとかいう傭兵団のどれかじゃないんですか?」


「あんな組織だった動きができる傭兵団は聞いたことがない」


 少なくともこの世界においては――とアルディスは心の中で付け加える。


「あの動きは兵士としての集団行動を叩き込まれた者の集まりじゃないとできない。傭兵をよそおってアルバーンの正規軍が送り込まれたとみるべきだろう」


「やはりアルバーンが陰で糸を引いてるんでしょうか」


「しないという理由はないからな」


 アルバーン王国は現在ロブレス大陸の西に向かって拡大し続けている。


 それはこれまで南が同盟国のトリア王国だったからだが、そのトリアもすでに滅び、今では反ロブレスを掲げるウィステリア王国の領域となっていた。


 当然アルバーンとしては南も警戒対象となるが、ならばさっさと侵攻すれば良いというものでもない。

 おそらくロブレス同盟内にも割り当て、言い方を変えれば縄張りのような線引きがあるのだろう。

 それが暗黙の了解なのかそれとも約定によるものなのかアルディスの立場では知るよしもない。


 しかしアルバーンのウィステリア王国に対する消極的な姿勢を見る限り、旧トリア王国領はエルメニア帝国に優先権を割り当てられていると考えるのが妥当だった。


 もちろんアルバーンも国境を接する敵国には安定よりも混乱してもらった方が都合は良いはずだ。

 表向きには手を出さずとも、水面下ではあれこれ策謀を巡らせていることは容易に想像できる。

 アルバーンにしてみれば隣国が自国へ目を向ける余裕もなくなるよう混乱と内部分裂を誘引し、あわよくば国境付近の領土を密かに影響下へ取り込もうと動くのは当然だった。


「ここで隙を見せるわけにはいきませんね」


「そうだな。幸い援軍といっても一個小隊かそこらだ。大勢に影響はない」


 両正規軍の指揮官同士によって口上こうじょうが交わされるというアルディスにとっては退屈な時間がようやく終わり、日が傾きはじめた昼下がりに戦端が開かれた。


 アルディスの言葉通り、正規軍とはいえ小隊規模では戦場に与える影響は少ない。

 これがテッドやムーア、あるいはニコルのような手練てだれが混じっているならともかく、アルディスの見たところ練度は高いとはいえ一般兵の域を出るほどではない。


 数の上ではほぼ同じ。辺境領主の軍は練度が低い上に指揮もセオリー通りで、アルバーンの援軍が加わったところでアルディスの言葉通り小隊規模では戦場への影響は少なかった。


 さしたる問題もなく戦いはウィステリア優位に進んでいく。


「キリル、前に出すぎじゃないか?」


 あちらこちらで武器がぶつかり合う戦場の中、敵の魔術師と撃ち合うかたわらで味方への援護を行っていたキリルがじわりと前へ進み出ていた。


「この距離なら矢しか飛んできませんよ」


「いや、矢が飛んでくるなら問題があるだろう……」


 注意を促したアルディスに対し、キリルは何の問題があるのかわからないといった風に言葉を返すと、おもむろに手を前にかざす。


「だってほら――」


 見てくださいよと言わんばかりに顔の前で手を払うと、その手を包んでいる白い手袋から砂状の光がこぼれ出し、正六角形を組み合わせた純白の障壁を形作る。

 そこへ飛び込んできた敵の矢が障壁にぶつかり、瞬時に蒸発した水滴のような音を立てて消えていった。


 あからさまに反則じみた防御性能を見せる手袋を改めて見つめた後、キリルはアルディスに振り向いて困惑気味に言う。


「今さら僕が言うのもなんですけど、学生にホイッとお土産感覚で手渡すレベルの物じゃないと思うんですが……」


 まるで「過保護です」と指摘されたかのような気まずさを覚えてアルディスは目をそらす。


「……まあ、役に立ってるのならいいじゃないか」


 アルディスにとっては無用の長物だからと、戦場へ赴く子供のお守りとして渡した代物だったが、考えてみれば確かにその希少性と付与された魔術を考えれば一介の魔術師が持っているような物ではない。


 もともと淑女が身につけるようなデザインの手袋である。おそらく本来は貴族の婦人や令嬢の護身用にと作り出された物だろう。

 貴族豪商の参加するオークションに出品すれば金貨百枚は堅いであろうことが容易に想像できた。


「とにかく道具をあまり過信するなよ。その手袋の防御も最初から計算に入れたりするな。魔術師なんだからもっと後ろから援護に専念すればいい。俺は向こうの傭兵たちが押されているからそっちの援護に回る」


 ごまかすように早口でそう忠告を残すと、アルディスはキリルから逃げ出すかのごとく身をひるがえして戦場の中心部へと向かった。






 規模が小さいとはいえ命の取り合いをする戦場であることは間違いない。

 殺意と殺意が交差し合う中をアルディスは腰から抜いた『蒼天彩華そうてんさいか』を手にしたまま駆け抜けた。


 全体での形勢はややウィステリア側有利といったところだが、だからといってすべての戦域において優勢となるわけでもない。

 局地的に数的不利となる場合、あるいは敵の力量が味方を上回る場合も当然ある。

 アルディスはそんな劣勢となっている味方のもとへと駆けつけてカバーに回っていた。


 この戦いで味方の死者が出ないように立ち回る――口にはしていないが、それがアルディスの自らに課したノルマだった。


「だ、誰かっ!」


 助けを求める声に目をやれば、足を槍で突かれ深手を負った傭兵が今まさに敵兵から止めの一撃を受けようとしているところが見える。


「やらせん!」


 アルディスは『門扉ゲート』から剣を一本取り出すと剣魔術を用いて傭兵と敵兵の間に飛ばす。


 敵兵が突き出した槍の穂先を横から割り込んだ飛剣がすくい上げるように弾く。

 その間に駆けつけたアルディスが蒼天彩華を振るって敵兵を斬り捨てた。


「す、すまん! 助かった!」


 危ういところを救われた傭兵がアルディスの姿を見て安堵あんどの表情を見せる。


「その傷ではもう戦えないだろう。ここはしばらく俺が支えるから、お前は下がって手当てを受けろ」


「お、おう」


 先日の腕試しで実力を見せつけておいた甲斐があったというものであろう。

 自分より一回り年下に見えるアルディスから命令口調で指示をされても、傭兵は素直に従ってくれた。


 傭兵が混戦区域を抜け出すまでの間、一本の飛剣を護衛代わりに付き添わせその姿を見送ると、アルディスは次にカバーするべき味方の姿を探して再び視線を巡らせはじめた。


2023/07/01 誤字修正 明朝の夕暮れ時 → 翌日の夕暮れ時

※誤字報告ありがとうございます。

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