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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
370/406

第350話

 最初の犠牲者が出たのとほとんど同時で、村は多数のハンターによって襲われることとなった。


 人口も少ない辺境の村に万全の監視体制を求めるのは無理というものである。

 侵入者の存在に気付いた見張り番が声を張り上げるがすでに時遅し。多数のハンターが村に侵入したあとだった。


 小柄なハンターが粗末なつくりの扉を押し倒し、その後に続いて複数の個体が獲物を求めて住居に侵入する。

 小さな子供がまずは狙われ、次いで女たちが標的になった。


 弱者から獲物となってしまうのは自然の摂理であるが、かといって村の男たちが強者であるかといえばそれは違う。

 戦いを生業なりわいとする傭兵や兵士であっても、よほど腕に覚えがなければハンターという獣相手に戦おうとは思わない。


 ハンターというのはそれほどまでに危険な獣であった。

 まして普段戦いとは無縁の生活をしているただの村人にとっては、高価な装備に身を包み命がけで戦ったとしても勝てる可能性はほぼ皆無である。

 異変に気付いた村人の中には武器や農具を手に取って対峙した者もいたが、グラスウルフ程度ならばともかくハンターには到底太刀打ちできず、瞬く間に白い糸にからめ取られていった。


 幾人かの村人は寝起きのぼんやりとした意識のままハンターの鋏角きょうかくで頭を砕かれ、自分の身に何が起こったかを理解する間もなく死に、別の幾人かは身体中をハンターの糸で拘束され、身動きできないままに手足をもぎ取られる。


 ほんの数分前まで静寂に包まれていた村は、今や逃げ惑う村人たちの悲鳴で埋め尽くされていた。




 会合が終わり、家へ戻って寝床に着いていた老人は騒然とした空気に目が覚める。


「なんだ? 何が起こって――」


「きゃあああ!」


 響いてくる女の悲鳴に慌てて飛び起き、声の聞こえたとなりの部屋へと向かう。

 悲鳴は息子の嫁、老人にとって義理の娘が発したものだった。


「いやああ! やめてええ!」


 尋常ではないその声に息子夫婦と幼い孫が眠る部屋へと駆けつける。


 飛び込んだ先で老人が目にしたのは木製の窓を突き破って侵入したとおぼしきハンターが一体。

 そしてその口に血まみれとなってくわえられ、ぐったりとした姿の孫だった。


 ここでようやく老人は村が獣の襲撃を受けているという事実に気付く。


「この野郎!」


 老人の息子が孫を助けようと椅子を持ち上げて一歩踏み出すが、すでに遅かった。

 ハンターが鋏角を閉じようとする力に孫の柔らかい肌があらがえるわけもなく、骨の折れる音と共に小さな身体がつぶれて大量の血が流れ出した。


「くそおおおっ!」


 やけっぱちになったのか、口元を赤く濡らしたハンターに老人の息子が飛びかかる。

 ハンターは孫の身体を咥えたまま横に飛んでかわし、反撃とばかりに新たな獲物の頭部へ白い糸を巻き付ける。


「ふぐっ!」


 顔全体を糸の束で覆われた老人の息子が必死にもがくが、ハンターの糸はそう簡単に切れるものではない。粘着性を持つ糸はピッタリと彼の顔に貼り付き、その呼吸を妨げた。


「んんー! んー!」


 どうにか息をしようとのたうち回る彼の身体をハンターの鋭い足先が貫いた。

 大量の血を胸から流し、力を失った老人の息子が崩れ落ちるとみるみるうちに床へ血だまりが広がっていく。


 子供に続いて夫までも殺され、老人の義娘むすめは言葉にならない意味不明な声を発して狂い叫ぶ。

 それがハンターの注意を引きつけた。

 標的を変更したハンターが義娘ににじり寄る。


「逃げ――!」


 老人がとっさに警告するが、そんなものが今さら何の役に立つだろうか。

 すでに正気を失った義娘は逃げるでもなく、その場で棒立ちになって叫び続けるだけ。

 そのまま抵抗の気配も見せず、あっけなくハンターの鋏角で首を断ち切られた。


「あ……あぁ……」


 立ち尽くしていたのは老人も同じである。

 息子のように立ち向かう勇気もなく、逃げ出すだけの気力もなく、ただそこに立ち尽くして自分の家族たちがハンターに食い散らかされる様を目に焼きつけていた。


 どうしてこうなったのか。


 何が間違っていたのか。


 どこから選択を取り違えたのか。


 老人はうつろな目で無残な光景を見つめながらふと考える。


 ――あのとき、ウィステリア王国の庇護下に入っておけばこんな事にはならなかったのだろうか。


 家族の屍肉をひと通りあさり終えたハンターが血まみれの鋏角を開いて自分へ迫り来るその瞬間に、今さらながら老人は後悔の念に襲われた。






「そ、村長! 獣の襲撃です!」


 村長の家に若い村人が駆け込んできた。


「なんじゃと!?」


 家中に響く声でたたき起こされた村長は寝所から慌てて飛び出すと、若い村人と共に屋外へ出る。

 そこで空からこぼれ落ちる薄明かりに照らされたのは、今まさに蹂躙されている村人たちの姿だった。


 地面に倒れ伏し、腹から大量の血を流したままピクリともしない村人が至るところに見え、その傍らではハンターが一心不乱に鋏角を動かしている。

 予想だにしなかったその姿に村長は凍りつく。


「グラスウルフでは、なかったのか……!?」


 今月に入って目撃された獣は、四度のうち三度がグラスウルフであり、残るひとつはコヨーテだと報告を受けていた。

 だからこそ、まさかグラスウルフではなくハンターが村を襲うとは考えもしなかったのだ。


 前回村を襲ったのは四十頭ほどのグラスウルフだ。

 それですら村人たちだけでは対処しきれない規模だったのだ。


 しかし今村長の目に映っているハンターはグラスウルフと比べものにならないほど危険な存在である。

 通常は山岳地帯に生息する獣のため、この村の周辺では過去四十年で遠目に一度目撃された例があるだけだった。


「まさか……そんな……」


 だからこそ村長は自分の目にしている光景が信じられなかった。

 ハンターはベテランの傭兵でもなければ討伐が難しく、当然この村にいる人間だけで追い払えるような相手ではない。

 そんな存在が今この瞬間、村人たちをほしいままに狩り回っているのだ。


「こ、来ないで……!」


 声のする方を見ればひとりの少女が一体のハンターに追い詰められていた。

 髪を下ろした少女は裸足のままだ。眠っていたところを襲われて必死に家から飛び出したのだろう。

 彼女を守ろうとしていたのか、その足もとにはクワを手にした青年が血だまりに倒れている。


 村長と少女の視線が偶然合わさる。

 言葉にせずともわかるほどに少女の目は救いを求めていた。


 しかし次の瞬間には飛びかかったハンターが彼女に覆いかぶさる。

 八本の細長い足がおぞましくうごめき、その隙間から耳をふさぎたくなるような悲鳴と赤い飛沫しぶきが撒き散らされた。


 別のところに目をやれば、泣きわめく子供の手を引いた母親が一体のハンターに追われ逃げ惑っていた。

 足をもつれさせた子供が転び、反射的に助け起こそうとした母親が足を止めた瞬間、ハンターが白い糸を腹部から浴びせかけふたり一緒にからめ取る。


 子供を抱き寄せた母親もろともハンターの鋏角が切り裂く。

 親子の絶叫が重なり合ってこだまする。


 抵抗するすべもなく、糸に動きを封じられたまま親子はハンターに少しずつ肉を引き裂かれ、その体内に飲みこまれていく。

 生きながら食われる親子の悲鳴が村長の耳へ無情にも響いた。


 つい先ほどまで平穏と静けさを享受きょうじゅしていた村へ、一瞬にして現れた阿鼻叫喚あびきょうかんの光景に村長は息をむしかなかった。


「そ、村長! どうすれば!?」


 しらせを持ってきた若い村人が泣きそうな声と表情で問いかけてくるが、村長には返す答えなどない。


 相手が五、六頭のグラスウルフやコヨーテならば村の大人たちだけで何とかできただろう。

 だが人数も少なく戦いの素人ばかりの村人に、ハンターと戦えと求めるのは無謀というものだった。


 ましてハンターは一体ではない。

 村長の目に入っているだけでも四体。

 おそらくはそれ以上の個体が村に入り込んでいるに違いないのだ。


 たとえこの場に運良くベテランの傭兵が数名いたとしても状況は絶望的だろう。

 脅威という意味ではグラスウルフの群れに襲われた前回の比ではなかった。


「村長! ……くそっ!」


 指示を出すどころか放心して身じろぎひとつしない村長を見限ったのか、若い村人はそのままひとりで逃げ出した。


「終わりだ……」


 朝が来るよりも先に訪れるであろう暗い未来を予見して村長がポツリとつぶやく。


 もはやこの村は終わりだろう。

 圧倒的な脅威に蹂躙される光景を目にしながら、村長は込み上げてくる衝動を乾いた笑いに変える。


 どうすれば良かったというのだろうか。


 散々(しいた)げ、あげくの果てに売り飛ばした双子にあのとき頭を下げていれば、この悪夢から逃れられたのだろうか?


 過去の自分たちがやってきたこと、長年信じ続けてきたことを間違いだったと認めなければならなかったのだろうか?


「今さら……」


 かつてない惨めさに打ちのめされた村長に一体のハンターがにじり寄る。


「ひっ!」


 我に返った村長が後退あとずさろうとするが、それを許さないハンターが糸を吐き出して腕に巻き付ける。


「ひぃ! 離せ! 離せええっ!」


 村長は必死で糸を払おうとするが、素手でどうにかできるようなものではない。


「く、来るなぁ! 来るなあああ!」


 糸を手繰たぐりながらハンターが村長との距離を詰める。


「悪魔め! 悪魔の子め! キサマらなんぞがこの村に生まれたから――!」


 八つの赤い目を持つハンターの顔に双子の顔を重ねながら村長が罵声を叩きつける。


 だが当然ながら獣に人間の言葉が通じるわけもない。

 距離を詰めたハンターの鋏角が村長の片足を挟み、容赦なく断ち切る。


「ぎゃあああ!」


 切り離された足をハンターがそのまま口まで運び、村長の目の前で噛み砕きながら食らった。


「ひいいぃ!」


 足を失い逃げることもできない村長は、倒れこみながらも自由に動く方の手を必死に振り回してハンターを追い払おうとする。

 激しく動き回る腕がハンターの注意を引きつけたのか、今度は叫び声をあげる村長の腕が千切ちぎられた。


「あああああっ!」


 激痛に村長の身体が跳ねた。

 大量の血が流れ意識が遠のく中、村長はハンターの鋏角が自分の首を斬り落とす音を耳にする。

 それが彼の人生を締めくくる最後の音だった。


2023/03/03 誤用修正 糸の束で塞がれた → 糸の束で覆われた

※誤用報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても良い因果応報ですね!(にっこり [一言] 報いってのは1番キツイ時に巡ってくるとか言うしね! フィリアとリアナの2人の弱者を村人全員が虐げた。んでこんどはより強者のハンター達に村人が…
[気になる点] フィリアに謝ろうとした青年はどうなったんだろう?
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