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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第344話

 アルディスたちがカルヴス王国に滞在していた一方、残されたフィリアたちも暇をもてあましていたわけではない。

 トリアを中心とした新たな国をおこすためになすべき事は山のようにあった。

 ミネルヴァ不在の中でもムーアをはじめとする面々によって準備が粛々と進められている。


 もちろん全てが順調にというわけにはいかない。むしろ順調に事が進む方が少ないだろう。

 いまだに抵抗し続ける一部旧トリア勢力の掃討。旧王国に仕えていた文官や軍人たちの懐柔かいじゅうと掌握。周辺の小領主たちの取り込み。敵対するロブレス同盟の動向を注視するために必要な諜報網構築。トリアの住民たちへ新しい支配を受け入れさせるための様々な施策の計画と実施――。


 元々ニレステリア公爵家の家臣団を母体にして、そこへ王都やニレステリア領都からの避難民、グロクという開拓村の住民によって構成される寄せ集めの集団である。

 旧ナグラス王家の血を引くミネルヴァが頂点に立つことで帝国から逃れて散り散りになっていた人材や領地を持たない法衣ほうい貴族が参集しているとはいえ、それでも人材の不足はいなめない。

 そんな状況下ということもあり、居残り組のフィリアたちも自発的に役目を買って出ていた。


「疲れましたか?」


 旧ブロンシェル共和国との国境近く、いわゆる辺境と呼ばれる地を移動する馬車の中でメガネをかけた男がフィリアを気遣う。


「ううん、全然」


「無理はしないでくださいよ。君のような子供をこんなところまで連れ出すのは――正直本意ではないのですが……」


「大丈夫ですよカイルさん。今はそんなこと言ってられない状況でしょう?」


 笑みを返すフィリアの言葉に、カイルと呼ばれた男はいたたまれないといった表情を見せる。


「そう言われると返す言葉もありません」


「それに子供扱いはやめてもらえますか? わたしもうすぐ十七歳になるんですけど」


「……そういえば女王陛下と同い年でしたよね。確かに子供扱いは失礼でした」


 今さらながら思い出したのか、カイルが謝罪を口にした。

 本心から申し訳なく思っているのだろう。カイルは一回り以上年下のフィリアへ躊躇ためらいもなく頭を下げる。

 馬車に同乗している護衛たちが戸惑ったような表情を浮かべる。

 態度にこそ出さないものの、彼らもカイルの行動に困惑しているのだろう。


「あ、いや、子供扱いをやめてくれればそれでいいです。頭を上げてください」


 逆に申し訳なさを感じ、フィリアは慌ててカイルに手を伸ばす。

 カイルが悪意をもって口にした言葉ではないことは明らかであった上、子供扱いされたのはこちらの身を案じているからこそだとフィリアにも理解はできていた。


 だがフィリアもリアナももはや子供ではない。

 アルディスの被保護者として長い間守られていたことから周囲もその印象をいまだに引きずっているようだが、既にその実力は並の傭兵など相手にならないほどである。

 とはいえ味方の中にもそれを十分に理解できていない者はまだ多い。


『一度定着した印象というのはそう簡単に変わるものではありませんよ。だからこそ私たちは自らの行動と実績で存在意義を示す必要があるのです』


 そんなリアナの言葉を思い出し、フィリアは小さく息をつく。


 落ち着いた雰囲気のリアナと違い、普段の言動がたたって自分が幼く見られがちなことに多少なりとも自覚はあるのだ。

 きっとアルディスに甘えすぎていたのだろうとフィリアは自分自身をいましめる。


「自分の存在意義は自分で証明して見せます。だからカイルさんは変な気を使わずに、派遣団の長として私という戦力をきっちりと使いこなしてね。私からお願いするのはそれだけです」


「……わかりました。君のことは『可愛い見た目で侮るな』と閣下からも言われていますので、その言葉を信じましょう。魔物の襲撃など無い方がいいのは間違いありませんが、もしもの時はよろしくお願いしますよ」


「まかせて。私とロナがいればディスペアの十体や二十体、すぐに追い払ってみせるから」


「そういう事態に陥らないことを私は願っているのですがね……」


 言いながらカイルが苦笑を見せていたところへ馬車の外から声がかかる。


「カイル様、間もなく到着いたします」


「わかった」


 やがて馬車の速度が緩やかになり、揺れが収まった。

 目的地に到着したのだろう。


 外側から馬車の扉が開かれた後、最初に馬車を降りたのは護衛のふたり。

 その後に続いてフィリアが腰を上げる。


 頭部全体がすっぽりと収まるフードをかぶり、顔を隠して馬車を出る。

 これが貴族の令嬢であれば誰かが手を差し伸べるところだろうが、今のフィリアはカイルを守る護衛のひとりにすぎない。

 そもそもフィリア自身も令嬢のような扱いをしてもらいたいとは思っていなかった。


 馬車を降りたフィリアは軽く周囲を見回しながら魔力反応を窺う。

 特に問題となりそうな気配がないことを確認すると、横に一歩ずれてカイルが降りてくるのを待つ。


 一行を代表して前に出たカイルへ視線を固定したまま、フィリアは小さな声を風に乗せて馬車の上へそっと送る。


「ロナは来ないの?」


「やだよ面倒くさい」


 同じように風へ乗せた声がフィリアの耳にだけ返ってくる。

 本心からわずらわしそうな語調にフィリアはフードの中でくすりと笑う。


「ボクが姿を見せただけで一悶着ひともんちゃくありそうだし、屋敷の中まで付いていくとなったら絶対嫌がられるのがわかりきってるじゃないか」


「そうかなあ?」


「そうなの。それが普通の反応なの。……ほら、もうカイルたち先に行っちゃうよ。フィリアはついていくんでしょ?」


「あ、ホントだ。じゃあ、馬車の守りは任せるからね」


「のんびり日向ぼっこしながら待ってるよ。いってらっしゃい」

「うん」


 フィリアはちらりと馬車の客車を見上げると、心安いロナとの会話を切り上げて急ぎカイルの後を追った。






 カイルとフィリア、そしてふたりの護衛を合わせた四人は屋敷の応接間と思われる場所へ案内される。

 しばらく待たされた後で姿を現したのは、この周辺一帯を領地として治めているハドワルド子爵だった。


 ハドワルド子爵領はトリアから見て北西に位置し、北と西をカノービス山脈と接する土地である。

 子爵領としては広いが領内にこれといって特筆すべき産業はなく、経済的にも政治的にも影の薄い土地と言えた。


 ナグラス王国の貴族であったハドワルド子爵はトリア王国の建国と共にその傘下に加わっていたが、先日のトリア城陥落後は旗色を明確にすることもなく公式には沈黙を保っている。

 かつてトリア王国が属していたロブレス同盟へ残留するつもりなのか、それともこちらへ鞍替えするつもりなのか。

 カイルとフィリアが馬車に揺られてわざわざ辺境にまでやって来たのはそれを明らかにするためだった。


 トリアを実効支配したアルディスたち――正確にはミネルヴァを中心とした集団――は着々と建国の準備を進めていたが、旧トリアに属する領主や住民たちが全てそれを受け入れているわけではない。

 当然ながらアルディスたちに反感を抱く者や不服従の態度を表明する者などは存在する。


 全体から見れば少数派であるものの、放置しておけば新体制にとって不穏分子の温床おんしょうともなりかねない以上、何らかの対応を迫られるのは必然である。

 最終的には武力を用いて強制的に排除あるいは従属させることになるとしても、最初は対話からというのが自然な流れだろう。


 カイルが担うのは旗色を明らかにしていない辺境領主の説得と懐柔である。

 とはいえ馬車を降りたときの出迎えが当主ではなく執事だったことからも、派遣団に対する先方の姿勢はうかがえた。


「ハドワルド子爵家当主のジェイルである」


「お初にお目にかかります、ハドワルド子爵。女王陛下の使者として参りましたカイルと申します」


 カイルが頭を垂れると、幾ばくかの沈黙の後にハドワルド子爵が問いかけてくる。


「……使者殿の家名は何とおっしゃるのかな?」


「家名はございません」


 間接的に自らが平民であるとカイルが明かした瞬間、ハドワルド子爵の顔にあからさまな侮蔑ぶべつの色が浮かんだ。


「平民如きを使者に立てるとは……、我が子爵家もずいぶん軽く見られたものだ」


 不満を隠しもせず言い捨てる子爵にカイルは控えめな反論をする。


「確かに私は貴族ではありませんが、女王陛下から正式にお役目を仰せつかった使者にございます」


 暗にそのような態度は許されないとカイルが主張するが、それで思い直すような人間であれば最初から使者に対して無礼を働いたりはしないだろう。


「実権も持たぬお飾りから任命された使者にどれほどの価値があるというのかね?」


「言葉にはお気をつけください。私どもは女王陛下をお飾りの御輿として担ぎ上げるつもりはございません。確かにお若い陛下にはまだ学んでいただくことが多いかもしれませんが、それは我ら臣下がお支えすれば良いこと。失礼ながら子爵のおっしゃりようは不敬にあたるかと存じます」


 さすがに子爵の口が過ぎると判断したのだろう。直接的な表現でカイルが釘を刺す。


「我が子爵家はいつから貴殿らの下についたのかね? 臣下であれば王に対しての不敬は成立しようが、当家と貴殿らの女王は主従ではない」


「たとえ主従にあらずとも礼を欠いていることに変わりはないのでは?」


「国の体裁さえまだ整っておらぬ相手にこうして面会の機会を提供しているだけでも感謝してもらいたいものだ」


 極薄のオブラートすらまとわせない刃物のような言葉がふたりの間で飛び交った。


「つまり子爵は我がウィステリア王国を国と認めるつもりはない、と?」


「そのように結論を急ぐのはどうかと思うがね」


 それまでの険悪な空気を払拭ふっしょくするように子爵がほこを収める。


「ほう」


 子爵の変化にカイルが反応する。


「我が国と共に歩む道もあるということですか?」


「ウィステリアの旗を仰ぐ未来も決して夢中の幻というわけではなかろう。無論条件次第では、だが……」


「なるほど、差しつかえなければその未来を幻とせずにすむには何が必要かお教えいただけますでしょうか?」


「新たな国を興すというのは大変なことだ。その偉業を支える建国の功臣にはやはり伯爵程度の家門は必要になると思わんかね?」


「……」


「伯爵ともなれば今の領地ではいささか狭すぎるように思える。建国からの名門と呼ばれる未来を見据えれば爵位にふさわしい広さの領地が必要であろうな」


 いけしゃあしゃあと陞爵しょうしゃくと領地を求めてきた子爵にカイルの表情がわずかに変化する。


「爵位や領地に関しては私ごときの手にあまるお話です。ご意向は陛下にお伝えいたしますので、この場ではご容赦ください。参考までに我が国の基本的な方針を申し上げるならば、陞爵にしろ領地の加増にしろ、あくまでも功績に対して下賜されるものとご理解いただければ幸いです」


「無論そうであろう。ハドワルド家が貴殿らと歩みを共にすれば、それすなわち建国という一大事を大きく前進させる原動力となることは間違いない。これは十分な功績ではないか?」


つどう貴族全てを陞爵するわけにはまいりません。また領地も無限に湧いて出るものではありませんので」


「貴殿の言い様では我が家にその価値が無いと申しているように聞こえるが?」


「誤解なさらぬよう。決してそのようなことを申しているわけではありません」


 言葉では否定しているものの、フィリアにはカイルが『馬鹿げた要求をするな』と内心苛立(いらだ)っているようにしか思えなかった。

 いや、もしかすると苛立っているのはフィリア自身なのかもしれない。


「ならば早急に貴殿の主へ判断を仰ぐが良い。のんびりしておってはアルバーンの使者に先を越されるぞ」


「アルバーン王国が……?」


 子爵の発した不穏な国名にカイルが眉を寄せる。


「アルバーンは当家を高く評価しておってな。伯爵などとは言わず、ハドワルド家には侯爵こそがふさわしいとまで申しておる」


 カイルの表情に気付いていないのか、それとも気に掛けるほどの価値も感じていないのか、子爵は平然と言ってのけた。

 それはつまりアルバーン王国がハドワルド家を取り込むために動いているという証左しょうさに他ならない。


 同時に子爵の魂胆を理解したのだろう。カイルの声が剣呑なものをまといはじめる。


「アルバーン王国と我々を天秤にかけるおつもりか?」


 家の浮き沈みがかかっているのだから、ウィステリア王国とアルバーン王国を天秤にかけるのは子爵にとって当然の選択だろう。それはフィリアにも理解できる。

 しかしそれを天秤にかける相手へ脅し文句のように突きつける子爵に対して、嫌悪感を覚えたのも確かであった。

 おそらくカイルもフィリアと同じような気持ちを抱いたからこそ、あえて言葉にして問い詰めたのだろう。


 そんなフィリアたちの内心など感じ取れないのか、子爵は尊大な態度そのままに「これはまた率直な……」と鼻で笑った。


「もともと当家はロブレス同盟の一員であったトリア王国の旗を仰いでおった。旧主の同盟国を頼ることの何がおかしいかね? 当家の力添えを求めるのであれば、それなりの誠意をお見せいただきたいものだ」


 それが決定的な言葉となったのだろう。

 カイルの雰囲気が相手を突き放すような冷たさを帯びる。


「なるほど。そういう事であれば我が国から申し上げることはもはやありません。どうぞアルバーン王国なりエルメニア帝国なりお好きなところへ庇護を求められるが良いでしょう」


「そのような態度を取って良いのかね? 自らの言葉が何をもたらすか理解した上で申しておるのだろうな」


「ええ、十全に承知しておりますとも。貴家のご意向も理解いたしました。どうやら我が国とは見ている方向が異なるようです」


 子爵の挑発的な問いかけをさらりと流してカイルが席を立つ。


 ここに来てようやく自らの失敗に気付いたのか子爵が慌てはじめた。


「と、当家がアルバーンに臣従しても良いと申すか!?」


「ですからどうぞお好きにと申し上げました。さあ、帰りましょう」


 それがどうしたとばかりに冷たく答え、カイルはフィリアたち護衛に声をかけて応接間を勝手に出て行った。


「使者ごときがそのようなことを勝手に――!」


 立ち去るフィリアたちの後ろから何やら喚く子爵の声が聞こえてきたが、誰ひとりそれに触れる事はない。


「出してくれ」


 執事が引き留めるのも構わず馬車に乗り込みカイルが指示を出すと、フィリアたちはそのまま子爵の屋敷を後にした。


「ええと……良かったの? わたしもいい加減腹立ったからカイルさんの対応に文句があるわけじゃないですけど、あれだとアルバーン側に行っちゃうんじゃあ……」


 子爵の肩を持つつもりはさらさらないが、それでもカイルが使者として辺境を回っているのは領主たちをウィステリア王国へ取り込むためである。

 一方的に会談を打ち切るのがまずいことであるくらいは政治に疎いフィリアにもわかった。


「構いません」


 しかしカイルは涼しい顔で言い切った。


「もともと今回の訪問は旗色を明確にしない領主たちや日和見をしているような連中をふるいにかけるのが目的です。あのようにロブレス同盟と我々を天秤にかけて好条件を釣りだそうとする輩は、たとえ一時的に味方へ引き込んだとしても後々際限なく利得を求めてくるでしょう。子爵はこちらに『誠意』を求めると言っていましたが、誠意とは自発的に進ずるものであって受ける側が要求するものではありません」


 凝り固まった首を解すようにカイルは頭を左右に軽く振る。


「実際のところ、味方の足を引っぱるような者や義務をないがしろにして特権ばかりを求める者は必要ない、というのが陛下や閣下方の決めた方針です。あの子爵は領民たちからの評判も悪かったですし、味方に引き入れるよりも敵対してもらってさっさと潰す方がいいでしょう。それにね――」


 カイルが人の悪そうな笑みを浮かべた。


「それに?」


「放っておけば彼らは勝手に自滅しますから」


「自滅……」


 オウム返しにつぶやくフィリアへ向かって、今度は優しそうな笑顔を見せる。


「ちゃんと手は打ってあるんです。君が心配するようなことはありません」


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