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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第340話

 本陣から集積場への線上に入らないようを描く形で迂回うかいすると、アルディスたち三人は勢いのまま敵中に突入する。


 走りながら同時にアルディスとリアナが魔術を発動した。

 瞬時に敵の本陣が爆炎に包まれる。赤い高温の球体が複数出現してまたたく間に敵の兵士たちをのみこんだ。

 直撃を受けた者は瞬時に黒炭と化し、あまりの高熱に余波を受けただけでも装備が溶け落ち肌が焼けただれる。


「手分けするか、アルディス?」


「時間がない、あの大きな天幕の中にいなければすぐに撤退する」


「あいよ。また目くらまし頼むぜ嬢ちゃん」


「わかりました」


 混乱の生じた敵陣を突き抜けながら、三人は本陣の中でも最も大きく目立つ天幕を目指す。


「うろたえるな! 持ち場に戻――があっ!」


「負傷者救助を急――ふぐっ!」


「後方へ応援に向かった部隊を呼び――ぐはっ!」


 狂乱状態に陥った味方を鎮めようとまとめ役らしき敵が指示を出すが、そんな彼らを狙いすましたようにアルディスの飛剣がすれ違いざまに命を刈り取っていく。


 指示を出す者がいなければ混乱はそれだけ収拾が付かなくなる。

 軍全体から見ればもたらすのはわずかな影響かもしれないが、それでもやらないよりはましとばかりにアルディスは遠慮もしない。


 先ほど襲撃した物資集積地と違いここは敵の真っ只中である。

 ぐずぐずしていれば後方へ応援に行った部隊が戻ってくるのは間違いない上、本隊が危機とあれば他の部隊から援軍がやって来る可能性もある。

 今この時に限って言えば時間は砂金よりも貴重だった。


「突っ込むぞ!」


「はい!」


「おう!」


 三人は敵の指揮官がいると思われる天幕へと突撃する。


「何者だ!」


 天幕の入口を守っていた三人の兵が誰何すいかと共に槍の穂先を向けてきた。


「悪く思うなよ!」


 それに対するアルディスの答えが剣閃となって返される。

 一瞬のうちにふたりの兵士が現世との繋がりを断ち切られて崩れ落ちる。

 同時にニコルも残っていたひとりを討ち取っていた。


 勢いそのまま天幕の中へと飛び込んだアルディスに横から襲いかかる人影。


「無駄だ!」


 相手は不意打ちをかけたつもりだろうが、魔力で人の居場所がわかるアルディスには通用するわけもない。

 わかりきった攻撃を飛剣の一本で防ぎ、次いで手に持った剣のひと振りで切り捨てる。


 アルディスに続いてニコルとリアナが天幕へ飛び込んできた。

 迎え撃つのは天幕の中にいた九名ほどの敵。


 天幕の奥に座す恰幅のいい口ひげの中年男がおそらくこの軍の最高指揮官だろう。

 その横に立つ細目の男は参謀か、あるいは副官か。

 周囲には彼らふたりを挟むように七人の武装した兵が立ち、武器を構えてこちらを警戒している。


 沈黙が走ったのはほんの一瞬のこと。

 すぐさま天幕内は金属の打ち合う音で包まれた。


 最初に飛び出したのはニコルだった。

 瞬時に敵との距離を詰めると護衛の兵をひとり斬り捨てる。

 同時にリアナの魔術が展開され、凝縮された光の帯が三人の兵士を貫いた。


 アルディスはその光景を横目に敵の指揮官と思しき口ひげ男へ向かう。

 左右からひとりずつ兵士が斬りかかってくるのを飛剣で防ぎ、口ひげ男へ斬りかかろうとして反射的に身をそらした。


 アルディスの頭があった空間を針のような物体が通り過ぎていく。

 副官らしき細目男が飛び道具で攻撃してきたのだろう。


 体勢を整える間もなく口ひげ男が大剣を抜いて振り下ろしてきた。

 手に持った剣でアルディスがそれを受け止めると、相手は体重をかけて押し込みながら憎々しげにセリフを吐く。


「ふん。輜重しちょう襲撃とはまた姑息な手を使ってくれる!」


「ごっこ遊びをやってるわけじゃないんでね!」


「ごっこ遊びはどっちだ! カルヴスの兵はずいぶん向こう見ずのようだが――」


 軽口をたたきながらアルディスがそれを押しのけると、一旦距離をとった口ひげ男は忌々しそうな表情を浮かべた。


「生きて帰れるとでも思っているのか?」


「当然、そのつもりだが?」


「ぬかせ!」


 挑発するように言葉を返せば口ひげ男が激昂して斬りかかってくる。

 それを冷たい視線で観察しながらアルディスはひらりと身をかわすと、すれ違いざまに剣を振るってあっけなくその首をね飛ばした。


「命を賭けるほどの価値もない」


「貴様ぁ!」


 つぶやくように言い捨てたアルディスに向けて残った護衛が刃を向ける。

 だがその闘志を結果に結びつけるほどの実力は伴っていない。

 軽くいなしつつ、アルディスが飛剣を操ればあっという間に血まみれとなって吹き飛んだ。


「くっ!」


 最後に剣を向けてきたのは口ひげ男の横に侍っていた細目の男であった。


 他の兵たち同様に一刀のもとに斬り捨てようと剣を振るったアルディスだったが、意外にもその一撃を細目の男は刃をあわせて受け流して見せる。


「惜しいな」


 アルディス相手に一太刀防いだだけでも大したものだが、それで勝ちをつかめるわけでもない。

 背後に回った飛剣が細目男に斬りかかる。


「へえ」


 思わずアルディスの口から感嘆の声がもれる。

 驚くことに細目の男は死角からの一撃に反応して見せたのだ。


 とはいえ完全に回避できたというわけではない。

 本来であればまともに食らっていたはずの一撃に対し、身をよじることでかろうじて致命傷を避けたにすぎなかった。

 その結果、細目男の背が浅く斬られた傷からの出血で赤く染まるのは当然のことである。


「こ、これが……剣魔術か……」


 うずくまった細目男が背中の痛みをこらえながらアルディスをにらんでいた。

 いくら致命傷を避けたとはいえ背を斬られてまともに動けるわけもない。


 何とか立ち上がろうとする細目男へアルディスがとどめを刺そうとしたそのとき、外から人影が割り込んできた。


「なーにやってんだよ!」


 天幕ごと切り裂いて剣を手にやって来たのは短い銀髪の若い男だ。

 細目男と同じ年頃の銀髪男は飛び込んできた勢いそのままにアルディスへと剣を振り下ろす。


 とっさにアルディスが身を引くと視界の端に新手の姿が見えた。

 天幕の入口から複数の兵がなだれ込み、そのひとりがリアナに向けて剣を振るおうとしている。


「頃合いだ!」


「あいよ!」


 もともと時間の限られた戦いである。

 ニコルへ撤退の意を伝えながらアルディスは飛剣を展開させて敵を牽制する。

 そのまま自らは剣を手にして飛び込み、リアナへと伸びる凶刃を使い手の腕ごと叩き切った。


「ぐっ……」


 右腕を失いひざを落とした大柄な敵には目もくれず、アルディスはリアナを抱きかかえて後退する。


「こっちだ!」


 ニコルが天幕の一部を切り裂いて脱出口を作り先行して飛び出し、リアナを抱えたアルディスが後に続く。

 だがそのまますんなりと退こうにも、当然敵はそれを妨げようとするはずだ。

 アルディスは脱出口から一歩出たところで首だけをひねって振り返る。


 その視線に不吉なものを感じたのだろう。


「障壁展――!」


 敵の数名が警告を発しながら魔法障壁の展開を開始したのとアルディスが無詠唱で魔術を行使したのはほぼ同時のことだった。


 天幕を後にするのにあわせてアルディスが特大の爆炎を魔術で生み出してぶつけたのだ。


 強襲当初に放った爆炎による混乱が収まりかけたところへ再びの被害がもたらされる。

 しかも今度は本陣のど真ん中。指揮官たちがつめていたであろう天幕である。


 再び混乱に見舞われた敵を背にアルディスたちはその場から悠々と撤退していった。


2022/09/03 誤字修正 沈めよう → 鎮めよう

※誤字報告ありがとうございます。

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