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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第五章 グラインダー討伐

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第31話

「いや、それおかしいよね。アルディス」


 あきれたようにノーリスが言った。


 ここはトリアの歓楽街にある一軒の酒場。

 そのテーブルをひとつ占有して、アルディスはテッドたち『白夜(びゃくや)の明星』のメンバーと会っていた。


 半月におよぶ遠出の旅を終え、依頼を完遂させたテッドたちが帰ってきたのは昨日のこと。

 彼らからの呼び出しを受け、ひとり酒場におもむいたアルディスが近況を報告するなりノーリスが疑問を(てい)した。


「何がだ?」


 逆にアルディスが問い返す。


 改めてアルディスは以前テッドたちと別れてからの事を話しはじめた。

 テッドたちから紹介された依頼を受け、ネーレを迎えに行ったところで戦いになったこと。

 領主の館へネーレを連れて行き、依頼を達成したこと。

 その後ネーレにつきまとわれたこと。

 やむを得ず臨時のパーティを組んで狩りを行っていたこと。

 ネーレが双子に対する偏見を持っていなかったため、積極的に連れ立って仕事をこなしていること。

 どうしても宿に泊まろうとしないネーレが、現在アルディスの家に滞在していること――。


「だからそこがおかしいって」


 ノーリスがたまらず口を挟む。


「おかしいか?」


「おかしいよ」


「ネーレには双子への偏見がない。だから双子にも身の危険はないと思うが」


「いやいや、そういう問題じゃねえだろ」


 テッドが横から会話に割り込んできた。


「そのネーレって女が双子へ偏見を持ってねえんなら、それは確かに良いことかもしれねえ。だが、その女が双子に接触しても大丈夫、ってのと同じ家に住んで寝食(しんしょく)を共にするってのはまた別の話だろうが」


「そうねえ。さっきから話を聞いてて私も奇妙な感じがするわ。双子に悪意を持っていない、それは良いでしょう。傭兵として信頼できる腕と人柄、それも良いでしょう。でもそれと家に居候(いそうろう)させるのは関係ないんじゃないの?」


 三方から指摘を受け、アルディスはふと考える。

 ネーレは傭兵として信頼に足る。それはここしばらく共に行動していてアルディス自身が下した評価だ。


 ネーレは双子に悪意や敵意を持っていない。だから双子の存在を隠し通す必要に迫られない。

 だが確かにテッドたちの言う通り、『だからといってアルディスの家に招き込む』必要などどこにもなかった。


「なるほど……、そう言われてみれば……」


 言われてみればもっともな話だ。


 ネーレはもともと家族でもなければ保護対象でもない。

 共に狩りをして報酬を山分けしているので、宿に泊まる金には事欠かないだろう。

 よくよく考えれば、宿に泊まらせて仕事のときだけ合流すれば良いのだ。


 アルディス自身、双子を悪意から守る事ばかりに意識が向いていた。

 ネーレが女神を否定した驚きに、それ以外の考えが一時的とはいえ吹き飛んでいたのだろう。

 雨宿りという一時的な措置が、そのままいつの間にかネーレの居候という形に姿を変えても疑問すら持たなかった。


 最近では双子もネーレに慣れつつあり、会話はないものの、同じテーブルで食事をするくらいには距離が縮まっている。


「まあ、双子も慣れてきてるし、良いんじゃないかな?」


「良いのかよ!?」


 テッドがすかさず突っ込む。


 アルディスにしてみれば敵対的な行動さえとらなければ問題ないのだ。

 部屋はもともと余っているし、家賃こそもらっていないがなんだかんだと言って買い物の際にお金を出してもらっている。


 本気かどうかは知らないが、ネーレはアルディスを主と仰いで付き従ってくる。

 敵対どころか協力的な傭兵、しかも双子に対する悪意がない。となれば排除する理由がアルディスにはないのだ。


「うーん……。アルディスがそれで納得してるんなら、僕らがどうこう言うべきじゃないのかもね」


 いまいち納得できないといった雰囲気のテッドに比べ、ノーリスはあっけらかんとした態度だ。もともと彼は他人にあまり干渉するタイプではなかった。


「それはそうと、アルディス。例の話は聞いた?」


「例の話って、グラインダーが降りてきたってやつか?」


「そう、それ」


 それはここのところトリアの酒場を騒がせている話題だった。

 事の起こりは四日ほど前、草原で傭兵たちに目撃された空を飛ぶ大型の影にある。


 傭兵たちは最初、それが鳥の影に見えたらしい。

 トリア周辺に広がる草原で、鳥の姿を見かけること自体は珍しくもない。

 傭兵にしろ行商人にしろ、草原で旅をした経験があれば、頭上を旋回する鳥の影と遭遇したことが少なからずあるだろう。

 トリア周辺には『キラーバード』や『監視者』といった大型の鳥が生息し、頻繁(ひんぱん)にその姿を見ることが出来る。

 これらはいずれも肉食の猛禽類だ。行商人や傭兵の骸に集るだけでなく、群れをなして人間に襲いかかることもある大変危険な獣だった。


 しかし危険とは言っても、それはあくまでも戦いの(すべ)を持たない行商人や一般人にとってである。傭兵にとってはその強さも特別問題視するほどではない。

 一人前と認められるほどの傭兵であれば、苦もなく撃退できる程度である。弱ったところを狙われたり、集団で不意をつかれない限り、それほど恐れる相手ではないのだ。


 その日、鳥の影を見かけた傭兵たちも最初はそんな認識だった。


 次の瞬間、鳥が急降下して『闘牛』の巨体に襲いかかるまでは。


 闘牛は体長三メートルほどの巨体をもつ草食動物である。ただし、その気性は非常に荒く、不用意に近づけば頭部の左右から天に向かって伸びた太い角で、痛い一撃をこうむる。


 空から降りてくる影を見ていた傭兵たちは、自分たちの認識が誤っていたことをすぐに知った。

 キラーバードにしても監視者にしても、その大きさはせいぜい翼を広げた状態で一メートルほどである。

 ところが、獲物に向かって襲いかかったその影は、体長三メートルという闘牛の体と遜色(そんしょく)ない大きさだったのだ。


 あっという間に闘牛を仕留めた影は、その翼で闘牛の体を覆い隠すように抱え込み、その場で小刻みに動きはじめた。おそらく闘牛の身体をついばんでいたのだろう。


 傭兵たちはすぐさまその場から全力で離れ、トリアの街へ戻って衛兵に報告したらしい。

 その後も同様の報告が続いたようだ。目撃者の証言をもとに考察した結果、影の主はグラインダーではないかという結論に至った。


「知ってはいるが……。あれ、信憑(しんぴょう)性あるのか? グラインダーが山脈から降りてくるなんて聞いたことがないぞ」


 眉唾(まゆつば)とばかりにアルディスが言う。


「にわかには信じがたい話だけど、それにしては目撃者が多いらしいよ。それに原因らしきものも見当はついているらしい」


「原因っつーのは?」


 テッドが口を挟む。


「ここ最近、ディスペアや獣王に襲われる傭兵が減ってるらしいね。安全に狩りが出来るから新米の傭兵たちにとっては嬉しい話なんだろうけど、もし実際にディスペアや獣王の数が減っているなら……」


「減ってんなら、どうだってんだ?」


「捕食者がいなくなった分、獲物になる獣も減りにくくなる。もちろんそう簡単には増えないだろうけど、捕食されて減る数は少なくなったんだ。以前よりも多くの草食動物が草原にはあふれることになるだろう? グラインダーがわざわざカノービス山脈から遠出してくるだけの魅力ある狩り場になっちゃった、って考えてる人もいるみたいだよ」


 もしノーリスの聞いてきた話が本当だとしたら、責任の一端はアルディスにあるのかもしれない。


 もともとアルディスひとりでもディスペアや獣王を多数狩っていたのだ。

 さらにネーレと行動を共にするようになってからは、その効率が大幅に上昇している。

 この半月で狩ったディスペアは五十を超えていたし、獣王に至ってはどれだけ狩ったのか記憶も定かでない。

 乱獲とも言えるアルディスたちの狩りが、草原の生態系にまで影響を与えた可能性はある。


 一方で、そこまで責任は持てない、という開き直りに似た感情もアルディスにはある。

 目の前にグラインダーが現れたならばついでに討伐しても良いが、わざわざ時間をかけ探し回ってまで討伐する義理はないのだ。そんな暇があったら家で寝ている方が良い。

 だから自然と口調もそっけないものになる。


「で、それが? 俺たちには関係ない話だろ?」


「それがそうでもないんだよね」


 ノーリスの返答にアルディスは眉をしかめる。

 これまでの経験から言って、ノーリスがこういう話の進め方をするときは、ろくな内容ではない。


「行商人や隊商にとって、街道の安全が確保されているかどうかというのは死活問題だよね。もちろん支配者層にとっても放置しておくわけにはいかない。安全保障上の問題になるからね」


 ノーリスの言う通り、街道の安全保障は領主の義務だ。

 危険な土地へ荷物を運ぶのは商人にとってリスクとなる。そうなれば当然のように行商人や隊商の行き来が減り、それは物価の上昇という形でトリアの街へ悪影響を及ぼしてしまう。


 ディスペアや獣王と違い、グラインダーは空を飛んでいるのだ。

 その行動範囲はディスペアたちよりはるかに広く、なお悪いことにグラインダーは草原の絶望を赤子扱いするほど強い。

 このままグラインダーを好き勝手にさせておけば、早晩(そうばん)被害者が出るだろうし、物流に与える影響も増していくだろう。


「ということで、近々領軍が討伐隊を組むんだってさ」


 被害が出てからでは遅いということなのか、意外なほど動きの早い領軍にアルディスは感心する。


 個人的には良い関係といえない領軍だが、決して腰の重い無能集団というわけではなさそうだ。

 それとも領主が有能なのだろうか。

 どちらにしても会ったことがない領主の器量など、アルディスに判断できるわけもない。


「討伐隊の中心は領軍になるらしいんだけど、万全を期すためとかでトリアを拠点に活動している有名どころの傭兵にも声がかかってるんだ。というわけで、おやっさん!」


 ノーリスが声をかけると、カウンターにいた酒場の主人がのそのそとテーブルまでやってくる。


「ノーリスから話は聞いたと思うが、今回『白夜の明星』宛てに指名依頼が来てる。依頼主は領主様。内容はグラインダー討伐隊への参加だ。参加報酬は一日金貨三枚。グラインダーを発見した者には金貨十枚。討伐に成功した者には金貨五十枚が追加の報酬として支払われるそうだ」


 参加報酬の金貨三枚というのはパーティ全体での報酬だ。

 通常の傭兵なら十分な金額かもしれないが、普段から金貨十枚以上を毎日稼いでいるアルディスにしてみれば少なく感じてしまう。


 それはおそらくテッドたちにとってもそうだろう。

 彼らの実力ならば、依頼の内容によっては一日金貨五枚以上を稼げるはずだ。


「テッドたちは受けるつもりなのか?」


 アルディスは報酬額を踏まえた上でテッドに訊ねる。


「討伐報酬は魅力的だが、そんな都合良く見つかるとも思えねえしなあ。正直あんまり受けたかねえんだが……」


 テッドの声色からは、あまり乗り気でない様子がうかがえる。


「領主からの指名依頼を断るのは、今後を考えるとあんまりすすめられないぞ」


 酒場の主人が忠告めいた言葉を口にすると、しぶしぶといった風にテッドが言う。


「なんだよなあ……。おまけにグラインダーに出くわしたとしても勝てるかどうか微妙だしよ。まあ、気はすすまねえが、アルディスが入ってくれるんならグラインダー相手でも死にゃしねえだろう」


「ってことで、僕らはアルディス次第で依頼を受けようかと思ってね」


 テッドの言葉を引き継いだノーリスがアルディスに向かって言う。


 アルディスはテーブルにヒジを立ててアゴに手を添えると、少し考えるようなそぶりを見せた後、酒場の主人へ向けて訊ねる。


「領軍の指揮下に入らないといけないのか?」


「いや、基本的には少人数のグループに分かれて行動するらしいからな。傭兵のパーティは領軍と一緒に行動することはないだろう」


 もともと領軍としても、傭兵などというあぶれ者をあてにするつもりはないらしい。

 グラインダーを発見し、その足止めが出来れば良い程度に考えているのだろう。

 捜索の割り当て区画を決めたら、あとは勝手にしろという方針のようだった。


「だったら構わないが……、そうするとネーレをどうしたものか」


 領軍、特に居丈高(いたけだか)なあの将軍と顔をあわせずにすむのなら、アルディスとしても気が楽だった。

 『白夜の明星』として、領主に悪印象を与えるのは得策といえない。だったら、積極的に協力して今後の活動に良い影響をもたらすべきだろう。

 そうすると、アルディスには一点だけ気がかりがある。


「ネーレも同行させて良いか?」


 ここのところ常に行動をともにしているパートナー、ネーレの事だ。

 アルディスが討伐に参加するとなれば、ネーレは単独での行動となる。

 もっとも、ネーレの事である。別行動と言い渡したところで、勝手についてくるのは目に見えていた。


「そいつがどれだけ使い物になるか、次第だな」


 役立たずはいらない。テッドの言うことはもっともである。

 参加報酬はパーティ全体の報酬であるため、人数が増えればそれだけ取り分が減るのだ。

 いくらテッドたちが金に執着しないとはいえ、無駄飯食らいを連れて行くほどお人好しではない。


「実力は俺が保証する。ウィップスをひとりで狩れるくらいの力は持ってるから」


「それなら少なくとも足手まといにゃならねえか。いいぜ、そいつも『白夜の明星』の一員として依頼を受けるとするか」


 アルディスの答えに満足して、テッドは依頼受領の判断を下す。


「決まりだな。じゃあ『白夜の明星』として五人で参加、ってことで良いな?」


 酒場の主人がホッとした表情で話をまとめ、カウンターへと戻っていった。


2016/12/23 誤字修正 参稼報酬 → 参加報酬

※感想欄でのご指摘ありがとうございました。なんでこんな誤変換になったんだろう……?

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