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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第338話

「はっ。ずいぶん無様な負け方したって?」


 先日の戦いで敗れたサンロジェル君主国の別働隊と、近隣の都市国家攻略を中断して戻ってきた一万の軍は無事都市国家カルヴスをのぞむ丘で合流した。

 合計一万四千の君主国軍はそのまま丘に陣を張る。


 闇夜の中、点在するかがり火がいくつもの天幕を照らしている。

 その中でもひときわ大きな天幕の中で三人の士官が机を囲んでいた。

 軽薄そうな銀髪の男が大柄な男に向けて嘲笑めいた口調で問いかけると、上座に位置する細目の男がそれをたしなめる。


「そういう言い方をするのはやめろ」


 大柄な男は銀髪男の言葉を無視して細目の男に身体ごと向き深々と頭を下げる。


「謝罪を。たったひとりの魔術師に翻弄され、多大な損害を出したのでは弁解の余地もありません」


「本当に相手はひとりだったのか?」


「肯定です。遠目ゆえおぼろげな姿しか見えませんでしたが小柄でかなり若そうな声の魔術師でした。フィリアナという名の女です」


 細目男の問いかけに頷くと大柄な男は淡々と答えた。

 内心はどうかわからないが、少なくとも敗北による負の感情を表に出すまいとする自制心は評価されてしかるべきだろう。


「詳しく状況を聞かせてくれ」


 細目男の言葉に大柄な男は先日の戦いについて詳細を語り出す。

 自らの敗北をごまかすでもなく、客観的かつ筋道を立てて明瞭に説明するその姿勢は彼の誠実さを感じさせた。


 外部からカルヴスにやって来た十騎にも満たない集団の存在。

 探りを入れるための攻撃とそれに対する敵の反応。

 空に浮く敵の魔術師が放ったと思われる不思議な拡声魔法。

 戦力の半数を巻き込む敵の魔法攻撃。


「――に至り、それ以上は被害が拡大するとみて撤退いたしました。申し訳ありません、引き時を誤り多大な損害を出してしまいました」


「いや、責めるつもりはない。むしろ敵の情報を良く引き出してくれた。被害は大きかったかもしれないが、敵の手札をひとつ明らかにしたという意味では成果があったと考えるべきだろう」


 細目の男は大柄な男の失敗を咎めるのではなく必要なことだったと評価した。

 しかし次の瞬間思案顔になり口元に手を添えて誰にともなくつぶやく。


「ただそれがひとりの魔術師によるものだとは……、にわかに信じがたい話だな」


 横から銀髪の男が割り込んで大柄な男に不信の目を向ける。


「負けたからって適当なこと言ってんじゃねえだろうな?」


「明確に否定する。事実かどうかは兵たちに話を聞けばわかる」


 疑われたことが納得いかないのか、大柄な男は強い調子で反論した。


「つってもなぁ。魔術師が空飛んでたとか、自動詠唱機の射程よりも遠方から魔法が届いたとか、その距離で声だけ届いたとか、数千の兵を丸ごと包み込むような嵐を生み出したとか言われてもよぉ……」


 どうも銀髪の男は大柄な男の言葉をいまいち信じられない様子だった。


「確かに突拍子もない話だが、このの魔法体系は君主国とも大陸のそれとも違うようだからな。我々の知らない魔法を使われた可能性もある」


 細目男の言葉に銀髪男が表情を歪める。


「帝国のヤツらが情報の出し惜しみしたってことか?」


「今の段階では何とも言えん」


 ゆるく首を左右に振って細目男は断言を避けた。


「単なるトリックの可能性もあるだろう。目立つようにひとりの魔術師だけに注目を集めておいて、実際にはどこか伏兵として潜んでいた複数の魔術師が攻撃を放っていたとか」


「どっちにしたってその場合はこっちが伏兵に気付かなかったおまぬけ野郎ってことになるんだが?」


「明言する。事前の索敵に手を抜いてはいないし、そもそもこのあたりは兵を潜ませる場所などほとんどない」


 またも挑発的な物言いをする銀髪男に毅然とした態度で大柄な男が異を唱えた。


「まあ相手に多少の策があることは想定しておくべきだろう。種がわからないからと言って手をこまねいていれば向こうの思うつぼだ。明朝夜明けと共に全面攻勢に出る。出来れば強攻はしたくなかったんだが……、この機会は逃したくない」


 仲違い一歩手前に見えるふたりを落ち着かせるため細目の男が話を転換させると、その中の一語を拾って大柄な男が短く問いかける。


「機会?」


「今カルヴスにはグロクを中心とした反抗勢力の指導者がわずかな護衛と共にやって来ているらしい」


 細目の男がそう答えれば大柄な男はさらに疑問の色を濃くする。


「内通者のひとりやふたりはいるさ。カルヴスの宮廷だって一枚岩じゃない」


「なるほど」


 その答えでようやく理解したのか、大柄な男は納得顔を見せた。


「出来れば内側から崩すなり、交渉でくだすなりの方が良かったんだが……。帝国の方もそろそろ足もとが落ち着いて動き出しそうだからな。その前に片をつけたい」


 君主国にとって帝国は今のところ味方だが、この先もずっと味方であるとは限らない。

 今回の遠征にも援軍として帝国兵二千が加わっているものの、細目の男は彼らをまったくといっていいほど当てにしていなかった。

 むしろ可能な限り帝国兵を戦いから排除して関わらないように気を配るほどである。


 カルヴスを落とし、周辺に残った都市国家をすべて呑みこんだ後はおそらく帝国が最大の仮想敵になるだろう。

 だからこそ今ここでつまずいているわけにはいかないのだ。


「ふたりにはそれぞれ三千の兵を預ける。敵の伏兵には最大限の注意を払うよう徹底させてくれ。我々に負けは許されない」


「承知しました」


「あいよ」


 細目の男が出した指示に大柄な男は一分の隙もない敬礼を、銀髪の男はだらしなく緩んだ敬礼を返して天幕を出て行った。






 翌朝。

 カルヴスは君主国と帝国の兵一万四千に四方から攻め込まれていた。


「一斉射! 放てっ!」


 カルヴスの兵士が号令にあわせて外壁の上から矢を放つ。

 放物線を描いた矢の雨が敵兵の一団を襲った。


 大楯を構えた兵士が前に立ち、降り注ぐ矢から味方を守っている。

 その中心に見えるのは土台の上に載せられた大きな筒。それを支える支柱と車輪。

 多数の兵に守られているのはキリルも見たことのない不思議な形をした兵器だった。


「あれが自動詠唱機……」


 君主国軍が攻撃魔術を放つ兵器を用いていることは既に知られている。

 あらかじめ魔力を込めてさえいれば魔術師なしに攻撃魔法を放つことが出来るという恐るべき物である。

 戦端が開かれた当初はベールに包まれていたその兵器も、今となっては多くの情報と共にその名が広まっていた。


 その筒先はカルヴスの外壁門に向けられ断続的に攻撃魔術を放っている。

 ひとつひとつの威力はそこまで大きくないものの、自動詠唱機自体が二十から三十ほどの数があり、その上途切れつつとはいえ連続して攻撃してくるのだ。

 自動詠唱機がどれだけの回数魔法を放てるのかわからないが、このままではいずれ門の耐久力も限界を迎えてしまうだろう。


 カルヴス側としては門が破られる前に何とかして敵の自動詠唱機を破壊してしまいたい。

 しかし届いた矢も頑強な兵士たちが手にした大楯に阻まれてしまう。

 彼我ひがの戦力差があまりにも大きすぎるため打って出るわけにもいかず、矢を射かけ、攻撃魔法を飛ばすしか対処の方法はない。


「猛き紅は烈炎の軌跡に生まれ出でし古竜の吐息――――煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ!」


 キリルが攻撃魔法を放ち、自動詠唱機のひとつを守っていた兵士の一団が炎に包まれる。

 いかな重装の歩兵といえど魔法の炎に包まれればたまったものではないだろう。

 魔法障壁でも展開できれば話は別だが、自動詠唱機などという代物を持ち出すくらいである。あの場所に魔術師がいるとは思えなかった。


「おぉ!」


 周囲の兵士たちから歓声が上がった。

 巨大な炎の塊に包まれた敵の一団がバタバタと倒れ、中心で守られていた自動詠唱機は土台部分も焼け落ちて黒く焦げた筒がゴロリと地面に転がる。


「ふぅ……」


 キリルは大きく息を吐いた。

 夜明けと共に戦いが始まってから既に結構な時間が経っている。

 太陽はまだ天頂へと昇る最中とはいえ、その間に上級攻撃魔法を五度も使えば疲労も小さくはない。


「キリル、私が交替するからあなたは少し下がって休みなさい!」


 見かねたエレノアがキリルの肩を強引に引っぱって後ろへと下がらせ、代わりに自分が前に出る。


「いや、まだいけるよ」


「そんな疲れた顔でなに言ってるのよ。先がどれだけ続くかわからないんだから。休める時に休んでおきなさい」


 思ってもみなかった言葉をかけられてキリルは一瞬呆けた後、苦笑を浮かべてやんわりと反論する。


「アルディスさんのことだからそう時間はかからないと思うんだけど」


「だとしても、よ。アルディスさんを頼りにするのはいいけれど、当てにしすぎるのは良くないでしょう。世の中に絶対なんてものはないんだから」


 エレノアの口から飛び出したのはいたって正論とも言える言葉。


 確かに世の中には絶対などない。バケモノじみていることは間違いなくとも、あのアルディスといえど不死の存在でもなければ全能の神でもない。

 キリルにはアルディスが負ける光景など想像も出来ないが、相手は単独の人間ではなく一万以上の集団である。狙い通りに事が進まない可能性だって十分にあるだろう。


「うん、そうだね」


 しかし口ではエレノアにそう答えながらも、キリルは自分の心があまりに穏やかなことに疑問を抱くことすらなかった。


 およそ三倍の敵の包囲攻撃にさらされて、悲壮な表情の兵士たちに囲まれているにもかかわらず、キリルの中にはわずかばかりの不安も生まれない。


 ――まあ、アルディスさん(あの人)のことだし。大丈夫じゃないかな。


 規格外の人間と長い時間一緒にいたがために、自分の感覚が麻痺していることにも気付かないキリルであった。


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