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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第337話

 もともと有利な防衛戦とはいえ、一方的な展開で君主国軍を単独で撃退してみせたリアナ。

 そんなリアナに対するカルヴス側の反応はその力に恐怖する者、取り入ろうと色目をつかってくる者、単純に称賛する者と様々であった。


「いやはや驚いたな。まさかアルディス以外にもあれだけの使い手がいたとは」


 さすがにアルディスの実力を目の当たりにしたこともあるニコルだけは、リアナの力を目にしても態度が急変することはない。


「俺がグロクにいたときには見かけなかったが、最近仲間になったのか?」


 とはいえ、ずいぶんと前にグロクを発ったニコルにしてみればリアナは見慣れない顔。新入りと勘違いするのも仕方がないことだろう。


「……以前言わなかったか? 俺が面倒を見ている子供がいるって話」


「あー、……あれか」


 直接面識はなくともアルディスから話を聞いていたニコルはそれだけで事情を察したらしい。


「お前さんも大変だな」


「そうでもない」


 気安い口調でねぎらうニコルに対し、アルディスはまんざらでもなさそうな顔で答えた。


「なにはともあれ、これで反対派の声も小さくなるだろうよ。帝国の軍を再三退けたって噂があながち誇張じゃないってわかっただろうしな」


 君主国軍との戦いから一夜明け、カルヴスへ実力の一端を見せつけたアルディスたちの一行はそのまま城へと滞在している。


 昨日の戦いでウィステリア側の力を証明できたため、カルヴス内でも同盟賛成派の主張が支持を得やすくなった。

 今後は両国の外交官たちによって同盟についての協議が続けられることになるだろう。


 ニコルが王弟としてではなく個人として訪れてきたのは、アルディスを通してミネルヴァたちにカルヴス内の動きを伝えようという意図があるに違いない。


「それで敵の動きは?」


「今のところ大人しいもんだな。あれだけの被害を出したんだ。うかつには動けんだろうさ」


 敵軍が退却したあとに残された死体はざっと二百から三百といったところだろう。

 負傷者はその数倍に達すると推定すれば、敵の戦力は大幅に減少したと考えていい。


 敵としてはこれ以上の損害を出して、あげくの果てにカルヴスが行動の自由を取り戻すということにでもなれば最悪だ。

 まともな指揮官なら積極的な攻勢を控えて監視や牽制に専念する可能性が高い。


「今は使者を立てて戦死者の扱いを調整しているところだ」


「扱い?」


 ニコルの口から飛び出した不可解な言葉にアルディスは問いを投げかける。


「そりゃあのまま放置はできんだろ? 身代金と交換に遺体を引き渡すのか、こっちで処理するのか。装備品の所有権も決めなきゃならんし、休戦期間の相談やこちらが処理するなら費用の負担割合も決める必要がある」


 その答えにアルディスの疑問がさらに深まる。


「……戦をしているんだよな?」


「遊んでいるように見えるか?」


 どうやらニコルは冗談を言っているわけでもないらしいと理解し、アルディスは渋い表情を見せながら素直な感想を口にした。


「ずいぶんと長閑のどかなこった」


「長閑、ときたか」


 アルディスの言い様に今度はニコルが渋い顔になる。


「しかし死体をあのまま放置すれば疫病の原因になる。それにたとえ敵でも死者に対しては敬意を払うべきだろう」


「敵への敬意……?」


「礼儀と言い換えればいいか? 死んだやっこさんたちだって国に帰れば誰かの父親や息子なんだ。家族の元に遺体を帰してやるのは無理でも、とむらってやるくらいは当然だと思うが?」


 それはアルディスにとって理解不能な考え方だった。


 確かにニコルの言っていることは間違いではない。

 敵もひとりの人間であり、故郷に帰れば愛すべき家族や恋人がいることだろう。

 だが彼らは故国を守るために戦っているわけではなく、遠路はるばる大海原を渡ってまで侵略にやって来ているのだ。

 自ら戦場へ身を投じるという選択をした以上、ろくな死に方が出来ないことくらい覚悟の上ではないだろうか。アルディスの価値観に照らし合わせればそうなる。


 敵と味方がにらみ合っているところへ遺体が転がっているため、その処理をするならニコルの言う通り休戦でもしなければ安全が確保できない。

 しかしそれは相手がお行儀良く休戦の約束を守ればの話だ。


 かつてアルディスが身を置いていた戦場というのはそんな生ぬるい場所ではなかった。

 隙を見せれば約定などあっという間に無かったことになり、油断した方が悪いと嘲笑われるような世界である。

 そんな世界で傭兵として生きてきたアルディスからすれば、ニコルの言い様はどこか深刻さに欠けて聞こえた。


 文字通り住む世界が違うということなのだろう。


 今はこちらの世界の住人となっているアルディスだが、その根本となる部分を育んだのはあちらの世界であり、かつて所属していた傭兵団である。

 長い年月をかけてリンゴを実らせた樹木が今さらブドウの木に変われるわけもなかった。


「余裕がなけりゃそんなことできるわけがない」


 この点に関してはきっと分かり合えないのだろうとアルディスはさじを投げた。





 カルヴスとサンロジェル君主国の間で一時的な休戦が結ばれ、野ざらしになっていた遺体が敵の手によって回収される。

 その間、敵は無防備な姿をこちらへさらすことになるが、約定により攻撃は固く禁じられていた。

 回収された遺体は彼らの慣例に従って休戦期間中に弔われるのだろう。


 休戦にあたり、君主国からは相当額の謝礼金がカルヴスに支払われている。

 とはいえ彼らにしてみれば惜しくも何ともないはずだ。いずれ攻め落とすときに取り戻せばいいとでも考えているに違いない。


 休戦期間が終わっても敵は動く気配を見せなかった。

 戦争では死者の数に対して何倍もの負傷者が出るものだ。


 敵が再び攻勢に出てくるのはもう少し先のことになるだろう。

 アルディスはそう考えていたし、カルヴスの軍部もそう見ていた。

 その予測が覆されたのは五日後。ウィステリアとカルヴスの同盟交渉が大詰めを迎え、いよいよ現実のものになろうとしていたその矢先だった。


「本隊が転進して来たそうです」


 表情には出さず、だがその声色からは物憂げな感情をにじませながらミネルヴァがそう告げた。


 カルヴスの放っていた斥候からの報告によると、他の都市国家の攻略にかかっていた君主国の本隊がこちらへ向かって来ているのだという。

 その数は報告によると一万を超えるらしい。


「先日の敗戦を重く見たということでしょうか?」


「普通に考えればそういうことだろうが……」


 キリルからの問いかけに答えながらもアルディスは視線を一瞬だけミネルヴァへと向けた。


「だろうが?」


「いや、何でもない。それより同盟交渉の方は上手くいってるのか?」


 なおも投げかけられるキリルの問いを涼しい顔で流して話をそらした。


「はい、そちらはつつがなく」


 話を向けられたミネルヴァはしっかりと頷いてそう答えた後、申し訳なさそうに言葉を濁す。


「ただ……だからこそこの危機をそしらぬ顔で見ない振りというわけにもいかず……」


「それはそうだろうな。こういうときを想定しての同盟だ。ここで俺たちが身の安全を図って帰ったのではそもそも同盟の意味がない」


 今すぐカルヴスを離れて帰途につけば敵の本隊がやって来る前に去ることは可能だ。

 ミネルヴァの安全を考えればそうするべきかもしれないが、それは今回の同盟交渉を白紙に戻すことと同義である。

 実質、今のアルディスたちにはこのままカルヴス軍と共に敵を撃退する道しか残されていなかった。


 アルディスだけがここに留まり、リアナに護衛を任せてミネルヴァたちを先に帰還させるという考えも一瞬頭によぎる。

 しかしやはりミネルヴァの立場上、カルヴスの危機を前に逃げ出すような印象を植え付けるのはまずいだろう。


「まあ、やることがシンプルなのはわかりやすくていい」


「シンプルって……、いくらアルディスさんでも一万以上の敵を相手に勝つのは無理でしょう? …………無理ですよね?」


 平然と言い放つアルディスへキリルが自信なさげに確認した。


「いくら俺でも一万人相手じゃ手が回らん。せいぜい一部を足止めするのが精一杯だ」


 敵が必ず特定の隘路あいろを通ってくるならそこを塞げばいいが、カルヴスの周囲は起伏の乏しい地形が広がっている。

 広大な戦場をたったひとりでコントロールできると考えるほどアルディスは増長していない。


「だがどれだけ人数が多くても軍隊には指揮系統ってものがある。その頂点に立つ大将がひとりであることに変わりはない。強引に扇の要を叩き割ってやるくらいなら……まあ、なんとかするさ」





 二日後。

 カルヴスの見張り塔から敵本隊接近の報がもたらされる。


 サンロジェル君主国の本隊と援軍として追随する帝国の兵が合わせて一万あまり。

 カルヴス近くの丘に布陣している君主国の別部隊を合わせれば一万四千に達しようかという数だ。


 対するカルヴス側の戦力は常備兵約二千と志願した民兵が約三千の合計五千弱。

 それに加えてウィステリアからの援軍であるアルディス、リアナ、キリル、エレノアの四人であった。


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