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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第335話

「立ちっぱなしじゃ疲れるだろ? まあ座れよ」


 ニコルと同じようなセリフを口にしながらライが三人掛けのソファーに身を沈める。


「ほれ、ここ座れよ」


 そのまま自分のとなりをポンポンと叩きながらキリルに催促した。


「え、あ……でも」


 どうして良いかわからないのだろう。キリルは視線をさまよわせるばかりだ。

 さっさと割り切ったアルディスはマリーダと共にニコルと対面するような位置のソファーへと腰掛けていた。


 この場でいまだに立ったままでいるのはキリルとエレノアのみである。

 良い意味で空気の読めるキリルはさっさと白旗を揚げることにしたらしい。

 小さく息を吐くと恐る恐るといった動きでライのとなりに腰掛ける。


「ほれ、エレノアも」


「し、しかし……殿下……」


「今さらかしこまんなよ。『しょせん生まれた家がたまたま貴族だっただけ』って、言ってたのはお前さんだろ?」


 俺の場合たまたまそれが王家だっただけ、といわんばかりにライが笑う。


「そ、その……確かにそうですが……」


 気安く接していた、それどころかぞんざいな扱いすらしていたかつてのクラスメイトがまさかの王子様だったという事実に混乱しているのだろう。

 エレノアは普段の勝ち気な態度をどこへ置き忘れてきたのか、借りてきた猫のように大人しくなっていた。


「エレノア、もう諦めて座りなよ」


「キリル……あなたねえ……」


 恨めしそうな視線をキリルに向けた後、とうとう抵抗するのがむなしくなったのかエレノアもライのとなりに腰を下ろした。


「はははっ! こうして三人そろうのも久しぶりだな!」


 豪快に笑いながらライがキリルとエレノアの背中をバンバンと叩く。


 キリルは困り顔と笑顔を混ぜたような表情を見せ、エレノアの方もようやく状況を受け入れたのか、ライに向けてくだけた言葉で接しはじめる。

 幾つか言葉を交わした後で、その口から放たれるのは非難めいた問いかけである。


「なんで王太子殿下が身分を隠して他国の学園に通ってたのよ」


 ジト目で陽気な同窓生へぶつけられた言葉に、当の本人ではなく別の人物が回答した。


「私めが愚考いたしますに、身内に悪い手本がいたからではないかと」


 人数分のお茶を配膳していたサミュエルがエレノアの前にカップを置きながらしれっと言う。


「おい、聞こえてるぞサミュエル」


「聞こえているのではなく聞かせているのですよ、殿下」


 ニコルの不満そうな声にサミュエルは辛辣しんらつな言葉で返した。


「恐れ多くも次代の国王であらせられる王太子殿下の他国留学、しかも身分を隠しての就学を『その方が面白い』などという理由で後押ししたのはどこの王弟殿下でしたかなぁ」


「反対意見も収まらない中、留学や滞在先の手配をしれっと整えてたやつには言われたくない」


「私めは王太子殿下のお心に従ったまでのこと。そもそも反対意見といってもその大部分は閉鎖的志向の強い貴族や、娘を王太子殿下に近づけたい下心見え見えの貴族どもが声高に吠えていただけにございます。他国で見聞を広げるのは将来に向けての糧となる、と両陛下もお考えでしたし。ただまあ……」


 サミュエルの顔にわずかな苦みが浮かぶ。


「まさかナグラス王国が開戦早々に学園の生徒まで動員するとは予想もしませんでしたが……」


 それについてはアルディスもまったくの同感である。

 ただでさえ動員すら予想外だったのに、まさかそこへ他国の王太子が紛れ込んでいるなどと誰が予測できようか。


 アルディスと同じ気持ちを抱いたのだろう。エレノアがハッキリとそれを口にする。


「他国の王太子が学徒動員で戦場へいち兵士として駆り出されるとか、どう考えても外交問題になるじゃない」


「いやあ、俺もまさかあんな短期間で学園に動員がかかるとは思ってなかったよ、はははっ!」


「笑い事じゃないでしょ!」


 一歩間違えば大事おおごとだったにもかかわらず軽く笑い飛ばしたライにエレノアが声を張り上げる。


「あの時はカルヴスでも大変だったらしいぞ? 自国の王太子が他国の戦争に巻き込まれて戦場へ引きずり出されたってんだからな」


 そう言って苦笑するのは当時レイティンでマリーダの護衛についていたニコルだ。

 レイティンに情報が届いてから慌ててカルヴスに連絡をしたらしいが、その数日後にはライがキリルたちと共に王都グランを発っていたのだからどうしようもなかったのだろう。


「私めも生きた心地がしませんでした。最終的に留学の判断を下されたのが陛下とはいえ、そそのかし――王太子殿下へその話を持ち掛けたのは王弟殿下。しかも当のご本人は年に数回便りを送ってくるばかりで相も変わらずの放蕩ほうとう生活。そのとばっちりが回り回って私めに――」


「言いつくろうならもう少ししっかりやれ」


 途中で口を挟むニコルを無視してサミュエルは続けた。


「私めの首が今もつながっておりますのはひとえに千剣の魔術師殿のおかげにございます。その節は王太子殿下をお救いいただきありがとうございました。カルヴスのいち国民として、また個人としてもお礼申し上げます」


 そう頭を下げるサミュエルへアルディスが外向けの口調で謙遜する。


「ただ傭兵として戦地に赴き、たまたまご縁があっただけのことです」


「私めごときにそのように丁寧な言葉遣いはご不要ですよ」


 おや、という表情を見せてサミュエルが言うと、アルディスは少し困った顔を見せた。


「そうは言っても……あなたは貴族でしょう?」


「いえいえ、私めなどどこぞの王弟殿下のおかげで主流派からは縁遠くなってしまった、ただの木っ端貴族の末端の端くれの小物です。お気遣いは無用にございます」


「いちいち俺への棘を含まないと話せないのか、お前さんは」


 思わずニコルが口を挟むが、当のサミュエルは涼しい顔である。


「何をおっしゃいます。殿下から賜った数々の迷惑を考えれば、多少毒のある言葉を口にする程度些細なことでございましょうに。はじめて私めがお側仕えの任を賜った幼少のみぎりも『冒険の仲間に入れてやる』とおっしゃり、嫌がる私めの手を引っぱり城を抜け出して下町の露店街を連れ回したあげく、窃盗団の一味を見つけるなり『懲らしめてやろう』などとのたまい私めを巻き込みながら拳ひとつで突撃していき、大立ち回りのあげく巡回の騎士に拘束されるまで暴れ回ったはた迷惑な王弟殿下は一体どこの――」


「……もういい。わかったわかった」


 サミュエルの口から解き放たれる過去の汚点に耐えきれなくなったのか、ニコルが投げやりに手をヒラヒラと振る。

 毒の多い言葉を吐き出すとはいえさすがに分はわきまえているらしく、サミュエルは素直に口を閉じた。


 なんだかんだ言ってもニコルはこの国の王族にして現国王の弟なのだ。

 ふたりが幼い頃からの主従で、気の置けない仲であったとしても引くべき一線はあるのだろう。


 それにしても、とアルディスは思う。

 カルヴスに来るまでは随分と話が都合良く進むものだと思っていたが、それも当然だ。


 ニコルのツテとやらがどのくらい当てになるのかと思案していたのが馬鹿馬鹿しい。

 ムーアがニコルのことを「貴族の三男坊あたりかも」と言っていたが、蓋を開けてみれば貴族の三男どころか王弟殿下である。

 王弟殿下その人が直接現国王陛下へと話を持っていったのだから、話が早いのも当たり前であった。


 グロクを離れるとき、ニコルが口にした『兄貴』『長男』という言葉をアルディスは思い出す。

 確かにあの時のニコルは嘘を言っていない。

 ただその兄貴とやらが陛下と呼ばれる存在であっただけの話だ。


 ペテンにかけられたような不快感のこもった声がアルディスの口からこぼれ出る。


「兄貴、兄妹、家族、ねえ……。さしずめこの豪勢なお城はニコルにとって『実家』か?」


「おう、そうだな。確かに言ってみりゃここが俺の実家というわけだ。どうだ、まあまあ広いだろ?」


 まあまあどころの話ではないが、アルディスが指摘したいのはそこではない。


「で、兄貴というのが……」


「一番上の兄貴が国王やってる。二番目の兄貴は軍の統括で、三番目の兄貴が文官のとりまとめだ」


 そんなアルディスとニコルの会話にまたも横からサミュエルがチャチャを入れる。


「そして四番目が放浪癖のある上に傭兵のまねごとをして陛下のお心をわずらわせてばかりいる困ったお方というわけです」


「まねごととはなんだ、まねごととは。ちゃんと真っ当に傭兵してたぞ、俺は」


「なおさらまずいではありませんか。第四王子とはいえ王族ともあろうお方がすっかり傭兵稼業に染まってしまって……」


 ヨヨヨとあからさまな泣きまねをする従者らしくない従者。


「見たい物しか見ないボンクラどもの御輿みこしになんぞなってたまるかっての」


「そういえば、そのボンクラどもを納得させるだけの材料を用意しろと陛下はおおせでしたね」


 サミュエルが先ほどまでの悲壮な雰囲気をさっさと脱ぎ捨てて言うと、それに反応したのは静かに話を見守っていたミネルヴァである。


「何か問題が?」


「まあ、ちょっとな……」


 ニコルが片手で髪をかきむしりながら言いにくそうな表情を見せる。


「ウィステリア王国と手を結ぶこと自体は兄貴も同意してくれてる……んだがなあ。貴族の一部からはまだ建国宣言もしていないような勢力と結ぶ必要性が感じられないという声があってだな。俺個人としては孤立無援で踏み潰されるより、小さな勢力同士でも手を組んで対抗した方がまだましだと思ってるんだが……」


「特に軍の方からは反対の声が強いのです。足手まといになりかねないからと」


 ニコルの説明をサミュエルが補足する。


「足手まとい、か……」


 その言い分は理解できる。

 アルディスたちの戦力は実際強大とは言い難く、カルヴスからしてみればどさくさ紛れに湧いて出た新興勢力のひとつとしか思えないだろう。

 その実力に疑問符がつくのも、色眼鏡で見られてしまうのも仕方ない話である。


「さっきのあれじゃだめなのか?」


 アルディスがカルヴスに入る前、敵の追撃をひとりで蹴散らした光景は外壁を守る兵士たちの目にも入っていたはずだ。

 あれを見てさえいればこちらを実力不足とそしる者は少ないだろう。


 しかしニコルは申し訳なさそうな声色でつぶやくように返事をする。


「あれくらいなら俺でもできるからなあ……」


 ニコルもこの世界では実力者と言って良い。

 確かに彼ならば先ほどの状況も単騎で切り抜けることができるだろう。


 手の内をさらさないようアルディスは攻撃魔術を見せず、剣魔術もごまかしながら使っていた。

 なまじアルディスが普通の騎兵らしき動きをしていたがために過小評価され、ただの強兵という印象を与えてしまった可能性はいなめなかった。


「仕方ないな。それで? 俺は何をすればいいんだ?」


 諦めたようにため息をついてアルディスがニコルへ問いかける。


「外の丘に布陣した敵を追い払えばいいのか?」


「それができれば文句なしだが、さすがにそこまでは求めん。防衛戦に参加してアルディスの力を見せつけてくれればそれで十分だろう」


 ニコルの答えに反応したのはミネルヴァの方である。


「防衛戦? それでは王弟殿下は近いうちにあの敵が攻めてくるとおっしゃるのですか?」


「非公式の場ではニコルで構いませんよ、ミネルヴァ嬢。質問に答えるのならイエス、ですね。あちらさんからしてみれば正体はわからないでしょうが、少なくとも外部からの連絡員を通してしまったことに変わりはありません。圧力をかけ、こちらの出方を見ることで情報を得ようと考えるのは自然なことです。前回攻めてきてから三日ほど経過していますし、揺さぶりをかねてそろそろ仕掛けてくるでしょう」


 そう答えるとニコルはアルディスに再び視線を戻す。


「ってことでアルディス。悪いが防衛戦のときにド派手なのを一発かましてくれるか? できれば帝国との戦いでライが見たっていうやつみたいなのがいいな」


「カルヴス国内に向けてわかりやすいアピールをしろ、と?」


「そういうことだ」


 もともとカルヴスが戦いの最中さなかにあったなら、そのままどさくさまぎれに参戦するくらいのつもりはあったのだ。

 ましてカルヴスとの同盟に必要ということならアルディスにそれを拒否する理由はない。


「わかったよ、必要なことだったらせいぜい派手に――」


「アルディス」


 承諾の意を口にしようとしたアルディスのそでを引っぱりながら、それまで大人しくしていたリアナが唐突に呼びかけてくる。


「どうしたリアナ?」


 意外な人物の割り込みに驚きながらアルディスが問いかけると、リアナは確固たる意志のこもった目を向けて言った。


「それ、私にやらせて」


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