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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第334話

 敵の一団を一蹴したアルディスは、追撃の部隊も出てこなかったため悠々とカルヴスへたどり着く。

 無事合流したアルディスを見て文官たちは安堵の表情を見せていたが、それ以外の顔なじみたちは全員が『当然』とでも言いたげな顔をしていた。


「お帰りなさい、師匠」


「ああ、今戻った」


 迎える側も迎えられる側もまるで散歩から戻って来たかのようなやり取りである。

 そのままの調子でアルディスは平然とミネルヴァへ問いかけた。


「それでこれからどうするんだ? 一旦ニコルと合流するのか?」


「それが……カルヴスの王城から迎えが来るという話になっていまして」


 アルディスの顔がいぶかしげに歪む。


「いきなり王城から迎え? ずいぶんとまあ……話が早いのは助かるが」


「私も驚いています。それだけあちらも余裕がないということなのでしょうか?」


「それにしたって……。ニコルのやつどんな手を使ったんだか」


 アルディスとミネルヴァが声をひそめて話していると、そこへ王城からの迎えがやって来た。


「ご案内させていただきます」


 簡単に挨拶をすませると案内役はそう告げてアルディスたちに馬車へ乗るよう勧める。

 ここまで騎乗してきた馬をカルヴスの兵士に預け、一行は三台の馬車に分乗してまっすぐ王城へと向かった。


 特に問題が発生するでもなくすんなりと王城へ招き入れられたアルディスたちは城の入口で馬車を降り、案内役の後をついて王城へと足を踏み入れる。


「やはり少し空気がピリピリしていますね」


 城内を歩くアルディスのとなりへキリルがやって来て小さく耳打ちした。


「ああ。包囲されていないとはいえ、近くの丘に敵の軍が布陣しているんだ。気を抜く余裕はないだろうさ」


 言うなれば今は戦時下にある城だ。

 今この瞬間に丘の上に布陣した敵軍が城攻めを再開してもおかしくない状況にある以上、城内の雰囲気がひりついているのは当然ともいえた。


 一行はひとまず各々割り当てられた客間へと案内される。

 旅の汚れを落とした後でカルヴス側が用意してくれた正装に着替えると、文官たちはさっそく実務者協議に入るとのことで別行動になり、護衛として帯同したアルディスたちはミネルヴァと共に賓客ひんきゃく用と思われる大きめの応接間へと通された。

 国を代表する使節団とはいえ、いまだ建国宣言もしていない誕生未満の国家に対する待遇としては十分以上だろう。


「こちらにてしばらくお待ちください。間もなく殿下がお越しになります」


 そう言い残して案内役が部屋を出ていくと、代わりに給仕役の女性たちが全員分のお茶を供するために動き出した。


「殿下、と来たか……」


 給仕が壁際に下がったのを確認してアルディスはミネルヴァにだけ聞こえる声でつぶやいた。


「まさかいきなり王族に直接会えるとは思いませんでしたね」


 対するミネルヴァも声を抑えて同意する。


 着いて早々に実務者協議を開始することといい、それだけカルヴス側もこの話に乗り気ということなのだろう。


 ゆっくりと茶で喉を潤し、長旅の疲れが後を追って身体を侵食しはじめた頃にその人物はやって来た。

 部屋の入口を守っていた兵士が「殿下の御成おなりです」と室内のアルディスたちへしらせ、応接間の扉を開く。


 開かれた扉の向こうからふたりの人物が室内へと足を踏み入れるなり、アルディスは目をむいた。


 同時に数名から声にならない驚愕の感情が伝わってくる。

 その驚きを代表してマリーダが困惑の声をあげた。


「ニ……コル?」


 それはまぎれもなくアルディスたちにとってなじみ深い顔の人物であった。

 マリーダの護衛を長年務め、九年ほど前のレイティン防衛戦でアルディスと共に並んで戦い、今は故郷のカルヴスとウィステリアとの連絡役を買って出ていた傭兵だ。


 だが目の前にいるのはアルディスが見慣れたニコルという傭兵と同じでありながら明らかに違ってもいた。

 見るからに一級品とわかる装いに身を包んだその立ち姿からは気品があふれ、丁寧に整えられた深い緑色の髪はグロクで見ていたボサボサのそれとは別物である。


「遠路はるばるようこそおいでくださいました。カルヴスを代表して歓迎の意を表します」


 優雅なたたずまいで口を開いたニコルらしき男が作品といっても良いほど完成度の高い微笑みを浮かべる。


 あっけにとられた一行に助け船を出したのは、ニコルらしき男の斜め後方に控えていた人物である。

 ややふっくらした体格の男性。歳は三十に届くかどうかというところ。

 その立ち位置から従者あるいは補佐のような役割を果たしているのだろう彼が補足するように口を開いた。


「こちらはニコラウス・ファーソン・カルヴス王弟殿下であらせられます」


 王弟という言葉の威力にさらなる衝撃が一行を襲う。


「お久しぶりです、ミネルヴァ陛下。まさか陛下ご自身がおいでになるとは驚きましたが、そのお志は必ずやカルヴスの心を打つでしょう」


 立ち直る間もなく当の本人から放たれた言葉は、相手がただの『よく似た他人である』という可能性を吹き飛ばすものであった。


 間違いなく相手はミネルヴァを既知の人物として扱っている。

 それは他人の空似ではないと本人が明言したに等しい。


「即位前の我が身に過分なお言葉痛み入ります。こちらこそご無沙汰しておりました、殿下。この度の機会が双方にとって実りある結果をもたらすであろうこと、私も確信しております」


 さすが元公爵令嬢といったところであろう。

 ミネルヴァは瞬時に立ち直り、戸惑うアルディスたちをよそに長年磨き上げた淑女の笑みで答えた。

 旅の疲れは確実にその体力を消耗させているはずだが、その優雅さはいささかも損なわれることがない。


 ミネルヴァの言葉を受けてニコルがかたわらに視線を向けると、委細承知いさいしょうちとばかりに頷いた従者が人払いをした。


 入口の扉を挟むように立っていた兵士を含め、壁に並んでいた者が全員部屋から退出するのを確かめた後、ニコルが瞬時に表情を崩して雰囲気を一変させる。

 それまでの優美な振る舞いからは考えられない乱暴な歩き方で空いているソファーにたどり着くと、盛大に音を立てて投げ出すようにその身を沈めた。


「まあ座れよ」


 飾り気のないその口調はアルディスたちのよく知るニコルそのものである。


「ほらほら、ミネルヴァ嬢もお嬢も座って座って。お嬢さん方を立たせたままじゃあ、なんだか俺が傲慢なやつみたいじゃないか」


 だらしなく手のひらをパタパタと上下に動かしてニコルが着席を勧める。

 そのあまりにも思い切りのいい変わり身に、よく知る姿を見て安心すると同時にアルディスの視線はニコルの後ろに控える従者へと向く。


「ああ、こいつは大丈夫。わかってるから」


 おそらくくだけた態度のニコルを知っている、という意味なのだろう。

 先ほど人払いをしたのは今のニコルを見せないため。そしてそれを黙って差配さはいした彼はニコルの表向きの顔も今見せている素の顔も両方理解していると考えていい。


 そんなアルディスたちの考えを察したのか、従者はうやうやしく一礼して口を開いた。


「ご挨拶が遅れました。殿下の放浪癖による最初にして最大の被害者。長年殿下のお世話と尻拭い役をおおせつかっております、サミュエル・ジェイ・パーミルと申します。どうかお見知りおきを」


 その口から吐き出されたのは、口調こそ丁寧ながらも仕える主に対する敬意をどこかに置き忘れたかのような言葉である。

 ぎょっとした一行をよそに当のニコルは何の頓着とんちゃくも感じさせず文句を口にする。


「だからさあ。そんなに嫌なら任を解くって、前から言ってるじゃないか」


「ハッハッハ、何を今さらおっしゃいますか。すでに私めは殿下とセットでカルヴスでは手の施しようがない変人扱いですよ。行き場などとうの昔に失っておりますとも」


 楽しげなふたりのやり取りが部屋に響く中、アルディスは事態についてこられず言葉を失ったままのマリーダへ声をひそめて問いかける。


「知らなかったのか?」


「…………前も言ったよね? 私の夢は見たいものが見られるわけじゃないって」


 どうやらマリーダもニコルがカルヴスの王族であったことは知らなかったらしい。

 素の口調で答えが返ってくるあたり、衝撃の事実をまだ受け止め切れていないようだった。


 もちろんニコルと初対面のリアナを除けば多かれ少なかれ困惑していることは確かだろうが、ミネルヴァは表面上すでに平静を取り戻しているし、エレノアはもともと接点が少ないため受けた衝撃も小さそうだ。


 やはり付き合いが長いほど驚きも大きかったらしい。

 マリーダと同様、昔からニコルを知るキリルの方も見るからに戸惑いが見て取れる。


 そんなアルディスたちの困惑などお構いなしに、ニコルは座ったまま首だけ後ろに向けてサミュエルへ問いかけた。


「あいつは呼んであるんだろう?」


「はい、そろそろおいでになる頃合いかと」


 そんなふたりの会話へ合わせたようにドアの向こうから若い男の声が届く。


「叔父上。ライオネル、ただいま参りました」


「おう、入れ」


 ニコルの声を受けてひとりの青年が応接間へ入室してくる。


「えっ!?」


「あっ!」


 今度はキリルとエレノアが大きな反応を見せた。


 現れたのはシンプルながら仕立ての良い服に身を包んだ二十歳前後と思われる男である。

 長い青緑色の髪をひと束ねにして背中へ流し、優雅な足取りでニコルのそばまで歩いてきた若者は清々(すがすが)しい微笑みと共に口を開く。


「女王陛下、お初にお目にかかります。カルヴス王の長子、ライオネル・ファーソン・カルヴスと申します。大変な状況の中で我が国まで玉体をお運びいただいたこと、王族を代表して感謝申し上げます」


 ミネルヴァに向けたその挨拶は素のニコルによって容赦なく切り捨てられる。


「あー、いいよいいよ。そういうの。もう終わったから」


 のほほんとした口調と共にニコルが手のひらを泳がせると、目に見えてライオネルの声と態度から丁寧さが失われる。


「なんだよー。せっかく()()()()()でキメたのに。少しくらい顔見知りの前で格好つけさせてくれたっていいじゃないか」


 その口調からは先ほどまでの貴公子然とした雰囲気が欠片も感じられない。


「今さら学友相手に格好つけてどうするんだよ」


「同級生相手だからこそ、こう……なんというか意外な一面を見せつけて驚かせてやろうかと」


「そんな小細工する時間があるならもっと剣の腕を磨いて実力で驚かせてやれよ。いまだに俺から一本も取れてないだろ」


「叔父さんみたいなバケモノ相手にどうやって一本取れっていうんだよ。ただでさえ王太子教育で時間が取られるっていうのに」


「馬鹿言うな。俺の強さなんて大した事ないぞ? 世の中には俺なんかより強いやつはいくらでもいる。ほら、そこにもひとり。本当のバケモノっつーのはやっこさんみたいなのを言うんだよ」


 ニコルの目がアルディスに向けられる。

 つられてその場にいる全員の視線がアルディスに集中した。


「そりゃ確かにキリルから話は聞いてたし、実際に戦場でその強さも見たけど……叔父さんがそこまで言うほどなのか?」


「おう。比べるのも馬鹿馬鹿しい、清々しいほどのバケモノだぞ」


 あまりに言いたい放題なニコルへアルディスが控えめに抗議する。


「あんまり人をバケモノバケモノ言うのはやめてくれるか?」


「ちょっ! アルディスさん!」


 アルディスはすでに目の前の人間がカルヴスの王族ではなく知り合いの傭兵であると割り切って接することにしたが、誰もがそう簡単に意識を切り替えられるわけではない。

 知り合いのニコルと王弟ニコラウスが同一人物ということをいまだに咀嚼そしゃくしきれないキリルが慌てて声を上げたが、当の本人は意にも介していない態度でおざなりな謝罪を口にする。


「あー、わりわりぃ」


 それでいいのかと疑問満載の表情でニコルたちの方へ視線を向けたキリルに、今度はライオネルと名乗った青年が軽く右手をあげるとなれなれしい調子で声をかけてきた。


「よっ、キリル。エレノア。久しぶりだな」


「え……。あー、えー」


 何と反応して良いかわからないのだろう。

 口を開きながらも言葉を発せずにいたキリルの反応を見て、次の瞬間ライオネルは吹きだしてカラカラと笑った。


「なんだよ、もう忘れたとか言うなよ? 俺だよ俺。ライだよ」


 おかしくてたまらないといった風に腹を抱えて笑うライオネルと対照的に、キリルは口をパクパクと開閉するばかり。


「ライが……、ライがカルヴスの王子殿下……?」


 もうひとりの当事者であるエレノアは白昼夢でも見ているかのように、誰にともなくつぶやきを繰り返していた。


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― 新着の感想 ―
なるほど、ニコルとライの二段構えだったか。 ライの方は予想出来なかったw
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