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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
353/406

第333話

 アルディスがトリアを出発してから十日ほど。

 ミネルヴァをはじめとする使節団と護衛の一行は、途中のグロクで馬を換えると一気に都市国家カルヴスへとたどり着いた。


 同行しているメンバーはミネルヴァと四名の文官、それに護衛のアルディス、リアナ、キリル、エレノアが加わり、そこへアドバイザー兼ニコルとの連絡役としてマリーダを入れた合計十名である。


「本当に十日でここまで来られるとは驚きだにぃ」


 カルヴスの町を遠目に捉えたところで、馬上のマリーダがアルディスの後ろから話しかけてくる。


「なんだ、信用してなかったのか?」


「そりゃそうっしょ。途中で町や村には一切立ち寄らず、安全な街道から外れた場所を移動すれば確かに十日でたどり着けるけど、普通はそういうの『机上の空論』って言うんだにぃ」


「距離的にはエルメニアの帝都へ行くよりよほど近いんだ。道中で補給のために町へ立ち寄りさえしなけりゃ余計な回り道もしなくてすむし、敵の目を避けるために街道を外れるのは仕方ないが、その分を差し引いても――」


「だから普通は魔物や獣に襲われる危険を避けるために街道を進むもんなんだよにぃ。そんな当たり前のように敵兵と遭遇する可能性よりも魔物と遭遇する可能性の方がマシみたいな言い方されても……」


「どうせ出てきたところでせいぜいディスペア程度だろ? 敵に見つかるよりはよほど面倒が少ないと思うが」


「うん、まあその『ディスペア程度』っていうのがそもそもおかしいんだけどにぃ……」


 納得したような、それでいて何か言いたげな顔でマリーダが引き下がる。


 実際この十日間、マリーダの言う通り魔物や獣と遭遇した回数は両手で収まりきらなかった。

 しかしそれも今さらアルディスの脅威になるほどの相手ではない。

 護衛対象もマリーダを入れてたったの六人。

 しかも最重要護衛対象であるミネルヴァ自身は下手な傭兵よりも剣の扱いに優れているのだ。


 同行するリアナやキリルも()()()()()()()()()()()()()()ではあるが十分戦力になる。

 事実、道中で遭遇した魔物や獣はアルディスが動くまでもなくリアナがそのほとんどを退けていた。

 アルディスから見たそれなりは、この世界における圧倒的強者という意味に近い。


 リアナほどではないもののキリルも一般的な基準で見れば強力な力を持った魔術師といえよう。

 少数ではあるがこの一団、戦闘力は相当に高いのだ。


 加えてアルディスには門扉ゲートがある。

 水も食料も、そればかりか馬の飼い葉さえも大量に持ち運べるのだから、わざわざ危険を冒して敵の占領下にある町や村に立ち寄る必要もない。


 マリーダの言った通り今回の行程は机上の空論だが、アルディスの存在がその空論を現実に変えてしまっていた。


「見たところ、敵の数は思ったより多くなさそうね。てっきり隙間なく包囲されているものだと思っていたけど」


「でも攻城戦の爪痕つめあとはしっかり残っているよ。攻めてはみたけど思いのほか手強てごわくて一旦後退した、ってところじゃないかな?」


 エレノアが口にした疑問へキリルが答える。


 都市国家カルヴスを囲む外壁にはいたるところに魔術や攻城兵器の攻撃を受けた痕が見えた。

 その一方で攻め手となる君主国と帝国の連合軍はずいぶんと離れた丘に布陣している上、兵力も予想していたよりずっと少ない。


 キリルの見解へ付け足すようにアルディスが推測を口にする。


「カルヴスの他にも持ちこたえている都市国家がまだ二、三あるはずだ。もしかしたらそちらへ向かったのかもしれない。ここに残っている敵はカルヴスの軍を釘付けにして援軍に向かわせないようにするためだろう。ついでにときおりちょこちょこと手を出し続ければ疲弊をいることもできる、というところか」


 アルディスの前に座っていたリアナが振り向き、プラチナブロンドの髪がふわりと空気をはらんで揺れた。

 リアナはまだ騎乗の訓練をしていないためアルディスの馬に同乗する形になっている。

 本来なら騎乗もできない人間を今回の任務に加えるべきではないのだが、リアナに関してはいざとなれば飛んで逃げることもできるため足手まといになることはないだろうという判断だ。


「カルヴスの力ではあの敵を撃退できないんでしょうか?」


 青みがかった浅緑色の瞳をアルディスに向けてリアナが訊ねた。


「できないことはないだろうが……、それで大きな損害が出ればカルヴスは今以上の劣勢に追い込まれるだろうからな。そんな賭けにはまだ出られないんだろう」


「だから私たちとの同盟に前向きということですか? 帝国の矛先が少しでも別のところへ向けば今よりも状況が好転するかもしれないから」


「そういうことだ」


 よくできた、といった笑みを浮かべてアルディスが肯定する。


 かつて片手で抱え上げられるほど小さな子供だったリアナも今では立派に成長している。

 一頭の馬に同乗している様子は、事情を知らない者からは恋人同士か兄妹のようにも見えるだろう。


 そんなふたりの会話へミネルヴァが加わってくる。


「いずれにせよ私たちにとっても今回の同盟は望むところです。互いに目の前の脅威を少しでも減らせるなら手を組むことに意味はあるでしょう。……相手を利用しているのはお互い様です」


 最後に申し訳なさそうな表情を見せるのは彼女の未熟さゆえか、それとも生来の善性ゆえか。


「俺はあまり詳しくないが、外交ってのはもともとそういうもんなんだろう?」


 その一方でアルディスの方はあっさりとしたものである。


 戦場では敵味方問わず利用もすれば利用もされる。傭兵として育ったアルディスにとってそれはごく当たり前のことであった。

 互いに利用価値のあるうちは手を組み、利用価値がなくなれば途端に敵同士というのも珍しくはない。


「そうそう。国同士の関係も商会同士の関係も持ちつ持たれつというのが真っ当な関係ってもんだにぃ。先々のために今回はたっぷりと貸しを作っておけばいいんだよん」


 いつの間にか横についていたマリーダがミネルヴァに向けて言う。


「でも商談の場でそういう表情をすると分の悪い条件を呑まされかねないにぃ。外交のことは私もよくわかんないけど、少なくとも商人同士のやり取りだとねー」


「……はい。ご忠告感謝します」


「いいのんいいのん。おねーさん、頑張ってる若い子みると応援したくなっちゃうのさー」


 そんなマリーダの言葉に思わすアルディスは疑問が口をつく。


「お姉さん?」


 アルディスがはじめてマリーダと出会ったとき、すでに彼女は大人の女性であった。

 あれからもう八年以上の月日が経っている。


 リアナやキリルが成長しているようにマリーダも同じだけ年齢を重ねているのだ。

 考えてみれば結構な年齢に――。


「なんだにぃその顔は? 言いたいことがあるならハッキリ言ってみやがれだにぃ」


「いや……、別に何でもない」


 アルディスの表情から何かを読み取ったのか、じっとりとした目でマリーダがケンカを売ってくる。

 そんな彼女から逃れるようにアルディスは手綱を操って馬を前に出した。


「さて、問題は敵がすんなりと俺たちを通してくれるかどうかだが……」


 露骨に話をそらしたアルディスへ空気の読める男キリルが同調する。


「そうですね。いくら今カルヴスを包囲していないからといって、僕らが近付いていけば必ず行く手を遮ろうとしてくるでしょうし」


 もともとこういう状況になることは想定済みだ。対処の方も特別なことをするつもりはない。


「予定通り、追っ手が出てきたら俺が対処する。ミネルヴァたちは先に行ってくれ。俺を待つ必要はないから門はすぐに閉めてもらって大丈夫だ。エレノア、すまんがリアナをそっちに乗せてくれるか?」


「アルディス、私も」


 言葉少なく視線で訴えかけてくるリアナをアルディスは優しい口調で諭す。


「追っ手が分かれてそっちにもいくかもしれない。リアナにはみんなを守って欲しいんだ」


「……わかりました」


 素直に頼みを受け入れてくれたことにホッとすると、アルディスはリアナの頭を撫でようとして途中でその手を止めた。


「ああ、すまん。さすがにもう子供扱いはよくないな」


「いえ、撫でてもらうのは…………別に」


 小さな声で言葉を濁して目をそらすと、リアナは馬から飛び降りてエレノアの方へと駆け寄っていく。

 その態度に首を傾げるも、アルディスはすぐに気を取り直してミネルヴァとキリルを呼び、突入のための段取りを話し合った。


 リアナがエレノアと同乗し、準備を整え終えると一行は馬を全力で走らせてカルヴスに向かう。

 その動きは当然丘に布陣している敵からも確認できるはずだ。


「敵の騎兵が出てきました!」


「手はず通りに!」


 キリルの声に短く答えると、アルディスは自分の馬を減速させて隊列の最後尾につく。


 敵の陣に目をやればざっと二十騎ほどが飛び出してこちらへ向かってきていた。

 アルディスが手綱を操り単身敵を迎え撃つような位置へと動くと、敵は三騎だけを分けて差し向け、残った全てでミネルヴァたちを追う気配を見せる。


「させるか!」


 向かってくる三騎を無視して進行方向を変えるとアルディスは残った十七騎の方へと馬を走らせる。

 その挙動に驚く気配を見せたものの、敵はさらに二騎を切り離してアルディスへと向けてきた。


 正面から二騎、後方からは追いすがる三騎に挟まれる形となったアルディスだが、そのターゲットは変わらない。ミネルヴァたちを追っている残りの十五騎だ。


 門扉から小さなナイフを二十本ほど取り出すと、連続して腕を振り下ろし投擲とうてきのふりをする。それにあわせて一本また一本と剣魔術で操ったナイフを飛ばした。

 人間の手で投げられたとは思えない速度でナイフが宙を裂き、緩やかな曲線を描きながらターゲットへと迫る。


 遠くで馬のいななきが響くと、それを合図に敵兵が次々と落馬しはじめた。

 いかな剣魔術といえど離れた場所から高速で動く標的へ致命傷を与えるのは難しい。だが人間よりも大きな馬をターゲットにすればその難易度も多少は下がる。


 小さなナイフであっても突き刺されば馬にとっては一大事だろう。

 アルディスが腕を振り下ろす度、痛みに暴れる馬から敵兵が振り落とされていった。

 遠目にはアルディスがナイフを投擲しているようにしか見えないはずだ。


 すべてのナイフを使い果たすと、アルディスは腰の剣を抜く。

 かつて魔獣王から譲り受けたレシア精製石を素材とする剣である。

 剣身が太陽の光を反射して七色の輝きを見せた。


 正面から迫り来る二騎を避けもせず、まっすぐに馬を走らせると勢いそのままに斬りつける。


「ぐあぁ!」


 互いの剣がぶつかり合ったかと思うと、アルディスの剣が相手の剣をいとも簡単に切断し、そのまま敵兵の上半身を切断する。


「なっ!?」


 その光景に驚くもう一騎をすれ違いざまに一閃。

 またも相手の武器ごとその身体を斬り裂き、馬の足を緩めることなく駆け抜ける。


 後ろからすがりつく三騎を引き連れたまま落馬した敵の集団へと突っ込むと、武器を構えている者だけを狙って斬り捨てていく。


 後方から追いついてきた敵がアルディスを仕留めようと斬りかかってくるが、今さら三騎増えたところで大勢に影響はない。

 危なげなく返り討ちにし、立ち上がる者がいなくなったことを確認したアルディスはカルヴスの方を確認する。


「どうやら問題なく入れたようだな」


 見れば門が閉まっていくところだった。

 門の前にミネルヴァたちの姿がないことから、すでに中へ入った後なのだろう。


「増援は……来ないか」


 今度は敵の陣へ目を向けて動きを確認する。


 すでに大部分が町に入ってしまった以上、残ったアルディスひとりを相手に部隊を動かしても仕方ないと判断したのか。それともこれ以上の損害を出したくないのか。

 その考えはわからないが、やって来ないのならアルディスにとっては都合がいい。


「相手の気が変わらないうちに行くか」


 これ幸いとアルディスは手綱を操りカルヴスに向けて馬を走らせた。


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