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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第327話

 王国の名にもなっている港町、今では王都と呼ばれるようになったトリアを囲む外壁がアルディスの視界いっぱいに広がっている。

 人の住む町と人にとって脅威がはびこる草原の境目となっている外壁だ。


 壁には数カ所の門が設けられ、その門に向けて順番を待つ人々の行列ができていた。


「良かったの?」


「何がだ?」


 草原側からその外壁を眺め、大人しく行列に並んでいたアルディスは足もとから小声で問いかけてきたロナに反問した。


「黙って出てきちゃってさ……」


「ちゃんとムーアには伝えたぞ」


()()()()()、にでしょ」


「十分だろう」


 それがどうしたとばかりに飄々(ひょうひょう)とした答えを返すアルディスへ呆れたような視線を向けると、ロナはため息交じりにつぶやいた。


「……かわいそうに」


 それが置いてけぼりにされた双子やミネルヴァに対しての言葉なのか、それとも彼女たちの矢面に立たされるであろうムーアに対してのものなのかはわからない。


 アルディスとて多少の罪悪感は覚えるものの、だからといって今回の戦いに彼女たちを関わらせるつもりはなかった。

 確かにミネルヴァは一人前の剣士と評して差しつかえない実力を持つに至った。フィリアとリアナに関してはそこいらの傭兵など相手にもならないほどの強さだと認めて良いだろう。


 しかし今回ばかりはさすがのアルディスといえど彼女たちの安全を気にしながら戦うのは難しい。

 もちろん負けるつもりなどさらさらないが、いざという時は敵に囲まれた状態から単独で脱出できるだけの力量が求められる戦いなのだ。


 そんな事を考えているうちに門に並んでいた列は数を減らしていく。

 やがて門兵がアルディスの足もとにいるロナの姿を見て驚きに目を丸くする。


「何だその獣は?」


「何だと言われても、俺の相棒なんだが」


 門兵の反応はごく自然なものだろう。

 大人しくアルディスのとなりに控えているとはいえ、ロナの姿は体長一メートルを超えようかという四足の獣。

 しかもどう見ても肉食獣にしか見えないのだ。

 警戒するなというのが無理な話である。


 実際、列に並んでいる間もアルディスの前後には不自然なほどの空きができていた。

 これが普通の反応である。ロナの姿に慣れすぎた隠れ里やグロクの人々がむしろ異常と言って良い。


「制御はできているのか?」


「そのへんの獣と一緒にしてくれるな。こいつは必要もないのに人を傷つけたりはしないし、明確な敵以外には牙をむいたりしない」


 そんなアルディスの答えに門兵は疑念の眼差しを向けてくる。

 町の安全を守り、不審者の出入りを防ぐことが役目である門兵がロナのような存在に不信の目を向けるのは仕方のない話であるし、アルディスもそれは予想済みであった。


「しかしそんな大きな獣を町中に入れるわけにはいかんしなあ……」


「それは困る。トリアでの用件を済ませるためにはコイツの力が必要なんだ」


 渋る門兵にアルディスがそう口にすると、門兵は当然の疑問をぶつけてきた。


「その用件というのは?」


「ここの城を落としにきた」


「…………は?」


 端的なその表現に門兵は理解が追いつかなかったのか、開いた口をそのままにまぬけな声をもらす。

 わずかな沈黙が訪れ、次の瞬間門兵は表情を厳しくしてアルディスを問い詰める。


「今なんと言った? 冗談ではすまない言葉というものがあるんだぞ」


「問題ない。冗談じゃないからな」


 アルディスがそう答えると、門兵は一歩下がって槍を構える。


「もう一度訊く。答え次第ではそれなりの対応を取る」


 槍の穂先ほさきをアルディスに向けながら門兵が再び問う。


「トリアにきた目的は何だ?」


 真剣に問いかける門兵へ涼しい顔でアルディスは答える。


「だから城を落としにきたと言っただろう。これから城に出向いてトリア侯――いや今はトリア王か。その身柄を捕縛もしくは首をねるのが目的だ」


 淡々としたアルディスの答えに門兵の顔色が変わる。


 その様子は遠目にもただ事ではないと感じられたのだろう。

 待機所と思われる建物から次々と武装した門兵が飛び出してくるのと同時に、列に並んでいた旅人や行商人たちがとばっちりを恐れて散っていった。


「囲め!」


 上官らしき男の指示で十名ほどの門兵がアルディスたちの周りを囲む。

 全方位を囲まれ、槍を突きつけられながらもアルディスは泰然とした態度を崩さない。


「抵抗は無駄だ、大人しくしろ!」


「無駄かどうかはあんたらが決めることじゃないだろう」


「捕縛しろ!」


 アルディスの揶揄も無視して門兵たちが一斉に襲いかかってくる。


「アル」


「殺すなよ。後々のことがある」


「ん、わかってる」


 短く会話を交わしたアルディスとロナが同時に動き出す。


 アルディスは素早く剣を抜くと自分に向けられる槍の穂先を薙ぎ払った。

 体勢を崩した門兵の懐へ潜り込むと剣を握っていない方の拳をその脇腹に叩きつける。

 すぐさま身をひるがえし、別の門兵が繰り出した刺突から逃れると今度は剣を振るってその柄を叩き切った。


手練てだれだぞ!」


 アルディスの力量を察した門兵のひとりが警告の声をあげるが、だからといってどうにかなるものでもない。

 門兵の攻撃はそのすべてが空振りとなり、対してアルディスの攻撃は確実に兵士の戦闘力を奪っていった。


 またたく間にその数を半分に減らした門兵たちは、さすがに彼我ひがの力量を悟ったのかアルディスと距離をとって遠巻きに武器を向けてくる。


「貴様……何者だ!」


「何者?」


 問いかけられたアルディスは思案する。


 今回の戦いは帝国の目が都市国家連合との戦いに向いている隙を付き、トリアという町そのものを落としてあわよくば自分たちの勢力下に収めるのが目的である。


 この考えを伝えたとき、ムーアが「正気か?」と口にしたのも当然だろう。

 本来であれば今のグロクにそれだけの戦力はない。

 たとえトリアを陥落させたとしてもそれを維持することがいかに無理筋な話かはアルディスにも理解できている。


 だがブロンシェル共和国が滅び、都市国家連合が劣勢の今、何もせず指をくわえて見ていればいずれグロクもロブレス同盟の圧倒的な国力によって押しつぶされるだろう。

 だからこそロブレス同盟の中で最も勢力が小さく、同時にグロクにとって最も至近の脅威であるトリアを叩くことで、同盟の足並みに乱れを生じさせることが結果的に自分たちの利につながるとアルディスは考えた。


 もちろん藪蛇となる可能性も十分にあるが、どうせ何もしなければジリ貧になるのはわかっているのだ。

 ならば変化を主導してその中で自分たちに有利な結果を引き寄せるべきだろう。


 トリアを勢力下に収め周辺の諸侯を味方につけることができれば万々歳である。

 たとえそれが叶わずとも、最低でもロブレス同盟に対抗しうる勢力として名乗りをあげること。今回アルディスが狙っているのはその一点だった。


 すでに反ロブレス同盟の筆頭と見られている以上、今さら無害をよそおうことはできない。

 ならば逆にその立ち位置を最大限活用して力をつけるべきだ。

 ナグラス王国やブロンシェル共和国の残党、トリア王国に併呑された旧ナグラス王国の諸侯、滅ぼされた都市国家連合の残存勢力、それらを糾合きゅうごうしてようやくまともな戦いができるかどうかというところなのだから。


 今回、アルディスはただ勝てば良いというわけではない。


 ひとりの傭兵として城を落とす、あるいはトリア王を暗殺するだけならば大して難しくはないだろうが、それではただ混乱をもたらすだけでトリア王国を打倒したことにはならない。

 勝ったのが一個人ではなく、反ロブレス同盟の勢力であるという印象を周囲に与える必要があった。


 なればこそトリア王国に『敗北した国家というレッテル』を押しつけるには、ここで門兵の問いに『傭兵』と答えるべきではない。

 かといって独断で動いたアルディスがグロクの名を出すのはまずいだろう。

 十中八九勝てる戦いではあるが、たまさか邂逅かいこうしたヴィクトルのような件もある。

 万が一の敗北や撤退の可能性を考えれば現段階でグロクの名を出すべきではなかった。


 結果、アルディスの口を突いて出てきたのは自分にとっての故郷であり、かつて自分が掲げていた旗の名である。


「ウィステリア」


「何?」


 つぶやくようなアルディスの言葉は届かなかったのか、問い返してきた門兵に対して改めて宣言する。


「ウィステリアのアルディスがトリア王の首を取りにきた。怪我をしたくないならそこをどけ。邪魔をするなら骨の一本や二本は覚悟してもらうぞ」


 言葉と共にアルディスが一歩踏み出すと、兵士たちもすぐさまそれに反応した。


「一斉にかかれ! 絶対に通すな!」


 号令と共に兵士たちが飛びかかってくる。


 アルディスは歩みを緩めることなくその攻撃を正面から受け止めた。

 前面に展開した物理障壁が青い光を放って兵士たちの穂先を弾く。


「障壁! いつの間に!?」


 驚く兵士に向けて圧縮した空気の塊を放ち、一瞬にしてその場にいた全員を吹き飛ばす。


「うがっ!」


 ある者は壁に激突し、ある者は地面を二度三度と転がってようやく地面に倒れこんだ。


「ううぅ……」


 加減したとはいえ不意の衝撃をまともに食らったのだ。あばらの一本くらいは折れているだろう。


「アル、門が閉まるよ」


「ああ」


 アルディスは何も殺戮さつりくをするために来ているわけではない。

 うずくまって戦闘不能になった兵士たちを放置して、そのままロナと共に門へと歩きはじめた。


 兵士たちが慌てて門を閉じようとする。

 しかしアルディスが可動部へと魔術で生み出した岩を放つと、それが引っかかりとなって門扉の動きを封じた。

 なおも門を何とか閉じようと苦心している兵士へ先ほどと同じように圧縮した空気をぶつけて排除すると、アルディスとロナは悠々と開いたままの門を素通りする。


「応援を! 応援を要請しろ!」


「ここから先へ行かせるな!」


 ペースを落とさず歩みを進めるアルディスたちの前に、次々と武装した兵士が立ちはだかる。


「ねえ、ちゃっちゃと城に飛んだ方が良くない?」


「それじゃあ示威じいの意味がないだろう?」


「めんどくさいなあ」


 ぶつくさと文句を口にしながらもアルディスに歩調を合わせて並ぶロナ。


 その間にも近隣から集まってきたのだろう兵士たちが侵入者を止めようとかかってくるが、そのすべてを一蹴しつつひとりと一匹は悠然と歩いて行く。

 まるで町の観光をしているかのようなアルディスたちの余裕とは対照的に、トリアの兵士たちは浮き足立ちはじめていた。


 もちろんアルディスはトリア兵以外に手を出すことはない。

 基本的には剣を使って敵の武器を砕き、時には拳でその戦意を奪う。

 使う魔術も単体を対象にした弱い威力のものばかりで、トリアの住民はおろか建物へ流れ弾が届くようなことも一切ない。

 むしろトリア兵の方がアルディス迎撃に意識を取られるあまり、大通り沿いの露店を荒らしている始末である。


 アルディスに飛びかかってはまたたく間にはね返されて兵士たちが崩れ落ちる。


「何……あれ?」


「捕り物……?」


「それにしては……」


 殺気立つ兵士とは反対に、悠々と歩みを進めるアルディスの姿に住民たちは戸惑いを見せていた。

 血が流れるでもなく、魔術が行き交うでもない。

 まさかこれが敵対勢力による攻城戦の最中だとは誰も思わないのだろう。


 困惑しているのは住民たちばかりではない。

 道端で傍観する人々の中には、トリアを拠点とし、戦いを生業なりわいとする傭兵たちの姿もあった。

 兵士たちが血眼ちまなこになって攻撃しているにもかかわらず、平然と大通りを歩いて行くアルディスの異常性を少なくとも彼らは住民たちよりも理解していた。


 だが異常性を理解できることと目の前で何が起こっているかを理解することは別の話である。

 目に見える範囲の兵士をすべて無力化し、そのまま城へ向けて足を進めはじめたアルディスに、それまで呆然と戦いを眺めていた傭兵のひとりが声をかけてきた。


「ア、アルディス……だよな?」


 聞き覚えのある声にアルディスが振り向くと、そこにいたのはアッシュブロンドの髪を持つ背の高い男と茜髪の小柄な女。

 見るからに傭兵の装いをしたふたりの名前をアルディスは記憶から掘りおこす。


「確か……グレシェと、コニアだったか?」


「あ、ああ。そうだ」


 そのふたりは以前アルディスがトリアを拠点に活動していたとき、一時的に行動を共にしたことのある傭兵だった。

 同じ村の出身者四人で『コスターズ』という名のパーティを組み、『白夜びゃくや明星みょうじょう』が去ったトリアで実力派の傭兵として名を知られるようになった者たちだ。


 懐かしい顔にアルディスの頬が緩む。


「久しぶりだな。しばらく見ないうちにいっぱしの傭兵になったじゃないか」


「そりゃまあ……、おかげさまで。……ってそうじゃない!」


 いだ雰囲気に引きずられそうだったグレシェが、突然我を取り戻したかのように声を張り上げる。


「これは、何が起こってるんだ? アルディスは何をしているんだ?」


「何を、って言われてもな。見ての通りだ」


「いや、見てわからないから聞いているんだが」


「そうか?」


 アルディスが周囲を見渡すと、同じように困惑を浮かべた顔ばかりが目に入る。

 どうやらあまりにも地味な戦闘の様子にこれが戦だと理解できている者はこの場にいないらしい。


 アルディスとしては特に隠す必要もないことであったため、素直に本当のところを口にする。


「まあ、わけあって城を落とそうと思ってな」


 まるで腹が減ったから食事に行ってくるとでも言うような口調とは裏腹に、吐き出されるのは不穏極まりない言葉。


「はあ?」


 耳にした情報を処理しきれないのか、グレシェは最初戸惑いを、次いでアルディスの正気を疑うような表情を浮かべる。


「じゃあな。作戦行動中だからもう行くぞ」


 グレシェ同様あっけにとられたままの傍観者たちを置いて一歩踏み出すと、アルディスは思い出したように首だけで振り向いた。


「ああ、そうそう。もしトリア王の側について俺の前に立ちはだかるつもりなら――」


 グレシェだけではなくその場にいる傭兵全員に向けて釘を刺す。


「――それなりに覚悟してから来いよ。本人の意志で敵対してくるやつには手加減なんぞせんからな」


 そう言い残すと、アルディスは再び町の中央にある城に向けて歩きはじめた。


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