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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第326話

 帝国軍によるグロク侵攻は指揮官の戦死に伴う全軍撤退という形で幕を閉じた。


 戦死者は帝国軍二百人余に対してグロク側はわずかに十一人。

 結果だけを見ればアルディスたちの圧勝である。

 三千人を超える帝国の軍勢はその多勢という利点を活かせず、森からの奇襲に手をこまねいているうちに指揮官を討ち取られて瓦解。

 自分たちよりも一桁少ない数の敵に敗れグランへと退却していった。


 帝国軍の指揮官を討ち取ったムーアだけではなく、ミネルヴァも敵の小隊長を討ち取り、フィリアとリアナの両名に至っては敵の大部分を足止めしつつ雷撃により五十人以上をほふるという初陣とは思えない活躍を見せた。

 アルディスとしては不本意なことではあったが、ミネルヴァにしろ双子にしろ本人たちが望んだ道である以上は口出しもできない。

 複雑な表情を浮かべながらもその無事を喜び、彼女たちの頭を撫でるような軽さで叩いて彼なりに働きをねぎらった。


 その後も断続的に帝国が兵を差し向けてきたが、双子やマリウレス学園出身のキリル、エレノアと優秀な魔術師を抱えるグロクは三度続けてその侵攻をねのけることに成功する。


 戦力に劣るグロク側が帝国軍に一度も負けていない理由。

 それはなにもアルディスの力によるものだけではない。


「どうも足並みがそろっていないらしい」


 シャルやロナと共に今や帝国の一都市と成り下がったグランへと赴き、収拾してきた情報をもとにアルディスがそう告げた。


「独断先行?」


「チェザーレという情報屋が言うにはな」


 ムーアの疑問にアルディスが答える。

 グロクの詰所内にある一室で交わされる会話の主題は帝国の動向。


 市井に流れる噂話やチェザーレから買った情報を踏まえた結果、わかったことがいくつかある。

 最初に攻めてきた三千の帝国軍に関しては正規の出兵だったが、その後三度にわたって攻めてきたのは全て帝国貴族による独断専行の結果だという。

 功名心にかられたのか、それとも欲に目がくらんだのかはわからないが、正式な下命を待たず単独で軍事行動を起こしたという話だった。


「どうりで兵数が少なかったわけだ」


 三度の攻勢がいずれも千人にも満たない少数の兵力だったことに首を傾げていたムーアは、アルディスの話を聞いてようやく納得の表情を見せる。


「おかしいと思ったんだよな。三千の兵力で負けた後にその三分の一しかない兵力で攻めてくるなんて。それも敗北を忘れたかのように何の策もなく二度三度と」


「どいつもこいつも他の貴族を出し抜くことで頭がいっぱいだったんじゃないか? しょせんは開拓村に毛が生えた程度と高をくくってろくにこっちの戦力を調べもせず、敗戦の教訓も共有しなかった結果があれなんだろうよ」


 惨敗を繰り返しながらも何の工夫も見せない無様な用兵を思い返し、アルディスが鼻で笑う。


「その分こっちは助かったわけか……。それで、今後もこの状態が続きそうか?」


「いや、どうやらこっちは後回しにして都市国家連合の方へ注力するみたいだぞ。サンロジェル君主国への援軍派遣を計画しているらしい」


 そんなアルディスの報告にムーアは訝しそうな表情を浮かべた。


「うちを放置してか?」


「トリアにかすめ取られる心配がなくなったからな」


 帝国よりも先に手を出してきたトリア王国軍はアルディスたちの迎撃により壊滅している。

 当面大規模な軍事行動を起こすことは不可能だろう。


 ロブレス同盟を構成する四ヶ国のうち、グロクと直接領土を接しているのは帝国とトリアの二ヶ国だけである。

 トリアが身動き取れない以上、帝国にしてみても前回のようにグロク攻略をく必要はない。

 都市国家連合を屈服させたあとに悠々と戦力を差し向けて制圧すればいいとでも思っているのだろう。


「それともうひとつ。グロクが反帝国の根拠地になりつつあるというのもあると思う」


「…………反乱分子をうちに集結させて一網打尽に、って魂胆か」


 アルディスたちがトリアと帝国に連戦連勝という結果を出し続けたことで、ロブレス同盟に対抗しようという人間が続々と集まってきている。

 それはグロクの戦力拡充という益ももたらしているが、一方でロブレス同盟からの敵意もよりいっそう強くなることだろう。

 制圧を急ぐ必要がないのであれば、誘蛾灯としてちょうど良い。そんな風に帝国の上層部が考えていてもおかしくはなかった。


「そこで俺に考えがあるんだが」


「なんだよ」


 他に誰がいるわけでもないのにアルディスがムーアに耳打ちする。

 二言三言アルディスがささやくと、見る間にムーアの表情が驚愕に彩られ、その口からすっとんきょうな声が吐き出された。


「はあ!?」


「チャンスだと思わないか?」


 ニヤリと笑いながらそんな問いかけをするアルディスへ、ムーアが信じられないものを見るような目を向けていた。






 王都トリア。

 古くはコーサス王朝時代に都市国家として栄え、その崩壊後にはナグラス王国へと併合された歴史を持つ港町だ。

 エルメニア帝国のナグラス王国侵攻に乗じて独立し、トリア王国を名乗る国の王都としてその役割を変えた今も大陸東部を南北に貫く街道の中継点として、なによりも港に集まる交易品の売買で賑わう大きな都市でもある。


 この地を治めるのは初代トリア国王フレデリック。

 無駄に肉をまとった鈍重そうな身体を執務室の豪奢ごうしゃな椅子にうずめ、家臣からの報告を不機嫌丸出しの表情で聞いていた。


「戦力が足らぬと申すか?」


「はっ。新規の徴募と再編成により六百にまで兵力は回復いたしましたが以前の規模へ至るにはまだ時間が必要かと。現状の戦力もその半数は練度の足りぬ新兵ばかりです。とても再度の派兵は……」


「ならば傭兵をかき集めれば良いではないか!」


「それが……どうにも集まりが悪く、特に前回の戦いから帰ってきた傭兵たちは軒並み非協力的ですので……」


「なんだと……! 傭兵ごときが私の命を拒否するというのか!?」


 傭兵はトリア王国に仕えているわけではない。

 当然トリア国王といえど契約もなしに傭兵たちへ命を下すことなどできないのだが、頭に血が上ったフレデリックには関係のないことだった。

 王となり、権力の頂点を極めた自分の意に添わぬ者などあってはならないというのが彼にとっての真理なのだろう。


「陛下、あまりこやつをお責めになりますな」


 となりに立つ老人が口を差し挟むが、フレデリックはなおも声を張り上げてヒステリックに叫ぶ。


「何を言うかコスタス! 重鉄じゅうてつ鉱脈の重要性はお前もわかっておるだろう! アルバーンに北への拡大を抑えられ、南は帝国の領土。すでに我が国の拡張は頭打ちだ。せめて重鉄と共にあの領土だけでも手に入れねば、帝国にもアルバーンにも国力で差をつけられる一方ではないか!」


「もちろん陛下のおっしゃるとおりでございます。しかしながら先だっての戦いでこうむった損害の大きさを考えれば戦力が整うまでに時間を必要とするのは致し方ありませぬ。幸い帝国は君主国への援軍を派遣して西方戦域へ注力する模様。帝国があの領土へ手を出すまでには今しばらく猶予がございます」


 コスタスと呼ばれた老人の言葉にフレデリックは少しだけ落ち着きを取り戻すが、それでもなお隠しきれない焦燥感と共に問いかける。


「だがその猶予も長くはあるまい。ヤツらが西方を片付けて戻ってくるのにどれくらいかかる?」


「早ければ半年、遅くとも二年といったところでしょう」


「二年……、それまでに戦力の回復は間に合うのか?」


「ご心配には及びませぬ。戦いとはなにも兵をぶつけて直接武器や魔法を交えるだけではございませぬ」


 落ち着き払ったコスタスの様子にフレデリックはさらなる問いを重ねた。


「……何か手があるのか?」


「相手はしょせんまとまりを持たぬ烏合うごうの衆。はかりごとなど無縁のやからでしょう。ならば内側から切り崩していけば良いのです」


「ほう……」


「すでに傭兵に扮した手の者を用意しておりますゆえ、陛下は座して朗報をお待ちください」


「ふむ。それは良――」


 コスタスの答えに満足した顔で鷹揚おうように頷き、フレデリックがさらに言葉を続けようとしたとき、執務室に伝令が飛び込んできた。


「陛下、一大事にございます!」


「なんだ? 騒がしいぞ!」


 息を切らす伝令の兵が執務室に入ってすぐのところでひざまづき、顔を伏せながら注進する。


「先ほど我が国に宣戦が布告されました! 敵は城下の大通りをこちらに向かって侵攻中! 現在ドルイセ中隊が迎撃にあたっております!」


「は?」


 間の抜けた声はフレデリックの口から出たのか、それともコスタスのものか。

 同じように呆然とした表情を見せていたふたりは我を取り戻したのもほぼ同時であった。


「宣戦布告!?」


「我が国にか!?」


 とっさに口から出た言葉に続いてコスタスの疑問が伝令の兵士へ向けられる。


「どこが攻めてきたというのだ!?」


 今のトリア王国が領土を接しているのはロブレス同盟の盟友ばかりだ。

 北にアルバーン王国、南にエルメニア帝国があるだけで、それ以外に宣戦布告をしてくるような敵性国家は近隣に存在しない。

 まさか帝国が裏切ったのかと不吉な考えがフレデリックの頭をよぎったとき、伝令の兵士がコスタスの問いに答えた。


「はっ! 敵は自らを『ウィステリア』と名乗っております!」


「ウィステリア……?」


 聞き覚えのない国名にフレデリックとコスタスは思わず顔を見あわせた。


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