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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第325話

 自らの放った雷により動かなくなった帝国の兵士を見下ろし、リアナは身体の芯から襲い来る震えにあらがう。


 これまでかてを得るために、そして身を守るために多くの獣や魔物の命を奪ってきた。

 人間相手に戦うのも初めてではない。

 かつてコーサスの森までやってきた教会の僧兵たち相手につたない攻撃を繰り出したことはある。

 しかし実際に命を奪ったのは初めてであった。


 魔力で強化した視力は黒焦げとなって物言わぬ骸となった兵士の様子をまざまざとリアナに突きつける。

 全身を駆け巡る不快感と嘔吐感に知らず知らず眉間にシワが生まれた。


「リ、リアナ……?」


 突然それまでの足止めから一転して敵兵の命を直接奪う魔術を放ちはじめたリアナに、戸惑いを浮かべながらフィリアが声をかけてくる。

 驚きと同じくらい心配そうな色を顔に浮かべたその存在に、リアナは心の中で自分を奮い立たせて口を開く。


「覚悟は決まりましたか、フィリア?」


 思っていたよりも温度のこもらない声が出たことに、リアナ自身ですら意外に思った。


「私はもう覚悟を決めました。たとえこの手が血にまみれても、アルディスのとなりを歩いて行くと」


「リアナ……」


 そんなリアナの様子にフィリアは言葉を詰まらせる。


「私たちはアルディスのきまぐれで命を救われました。その慈悲で生きることを許されました。その優しさで生涯平穏に生きることのできる場所を与えてもらいました。双子として生まれた私たちにとってはこれ以上無い幸福であることは言うまでもないでしょう」


「そんなこと、言われなくてもわかってるよ」


「そうですね。そしてアルディスにとってはそれで十分なんだと思います。きっとアルディスは私たちがあの里で平和に暮らすことを望んでいますし、そうすることによって足枷あしかせであり続けた私たちからようやく解放されるのでしょう」


 それはとても喜ばしいことだった。

 同時にとても悲しいことだった。


「そしてアルディスはきっと私たちから離れていきます。もう守る必要のない私たちを構い続ける理由などアルディスにはないのですから」


 アルディスにとってそれは望んでいた未来だろう。

 しかし少なくともリアナにとっての望む未来にはほど遠い。


 だからリアナが目の前の自分に対して口にするのは答えがわかりきった問いかけだ。


「フィリア、あなたはそれで良いのですか?」


「そんなの……」


 言葉にせずとも表情がすべてを物語っていた。

 唇を噛みしめて何かに耐えるその様子はリアナの問いを否定するに十分な主張である。


「良いわけがありませんよね。だからこうして里を出て来たのでしょう? だから対人戦闘の指南をネーレから受けていたのでしょう?」


 アルディスのそばで彼を守るということは帝国を、教会を、トリアを敵に回すことでもある。

 リアナとて無闇に人の命を奪いたいとは思わないが、明確に敵対する相手を手にかけることもできないようではアルディスの邪魔にしかならない。

 彼の役に立つということは最低限敵の命を絶つ覚悟と力量が必要だった。


 だからこそリアナは、外界から隔絶された隠れ里で暮らしていくだけならば不要な人間相手の戦い方をネーレから学び、修練を重ねてきた。

 その考えをフィリアに伝えたことはなかったが、彼女もきっと同じ考えなのだろうということは疑う余地もなかった。


「やっぱりリアナもそうだったんだね……」


 罪を白状させられたような表情でフィリアが言うまでもないことを口にする。


「当たり前でしょう。どれだけ一緒に居たと思っているんですか。その程度のこと、自分のことと同じくらいにはわかっています」


 かつて自分は目の前にいる彼女と合わせてひとりの人間だと思っていた。


 離れることなど考えられない唯一。

 もうひとりの自分。


 成長と共に自分と彼女が別の人間だという事実を受け入れられるようにはなったが、それでもリアナは世界の誰よりも彼女を理解しているという自負があるし、自分を一番理解してくれるのは彼女だと確信している。


「私はアルディスのとなりに立ち続けたいです。でも戦場に立てない私たちではアルディスのとなりに立つ資格がありません。このままではあのミネルヴァという子が私たちに取って代わるかもしれませんよ。……フィリアはそれで良いのですか?」


「そんなの……嫌だ。絶対に嫌」


 自分たちの立ち位置を奪いかねない女の名を口にすると、フィリアが明らかな動揺を見せた。


 その様子にリアナは安心する。

 いたずらに失敗したと報告してくるときのフィリアへ向ける苦笑に近い表情を浮かべ、穏やかな口調で語りかける。


「ねえ、もうひとりの私。私はあなたが大好きですよ。アルディスと同じくらいに。だからチャンスだけはあげます」


 一転して真剣な顔を見せると、リアナはフィリアを言葉で()()()()()引きずり込む。


「私はアルディスのとなりを誰にも譲りません。だから空いているのは反対側だけです。もしフィリアがそこに立ち続けたいと願うのなら、他の誰かに譲りたくないと言うのなら、――――ここで覚悟を見せなさい」


 眼下で繰り広げられる戦いの喧騒に包まれながらも、ふたりの間だけに認識される沈黙があたりを支配する。

 ときおり足もとから届く魔法の矢が障壁に弾かれて淡い光と共に消えていく。


 さほど長くもない沈黙の後でフィリアが口を開いた。


「…………アルディスのとなりは、私の場所よ」


 決心を固くしたフィリアの答えにリアナは喜びで包まれた。

 やはり私は私だと改めて実感し、百万の味方を得たような心強さを得る。


「この戦いで、私たちがアルディスのとなりへ立つに値すると示す。そういうことよね?」


「はい。アルディスはきっと喜ばないでしょうけど、それができなければこの先私たちを戦場へ連れて行こうとしないはずです。私たちはこの戦いで自分の能力と意思を示す必要があります。誰よりもアルディスに対して」


 フィリアの顔にはもう迷いも見えない。

 ふたりで同じ目的を見定めた今、リアナに恐れるものはなかった。


「アルディスの左手側は私に任せて。リアナは右手側をお願い」


「わかりました」


 眼下の敵とその中を駆け抜ける愛しい人を目で捉えると、その右手側から押し寄せる敵兵に向けてリアナは再び雷の魔術を発動した。

 となりで同じようにフィリアが雷を帝国軍に放ちはじめる。


 魔法を理解し魔力を操る術は詠唱などというまだるい手順を必要としない。

 それは結果として魔術発現までの時間的制約を受けないという意味でもあった。

 同時に六条、そして絶え間なく降り注ぐ雷光の雨に、アルディスの周囲に群がろうとしていた帝国兵が次々と打たれて命を落としていく。


「ごめんなさい」


 なすすべもなく死んでいく兵士たちに憐憫れんびんの情を抱きながら、それでも攻撃の手を止めないリアナが口にした深謝しんしゃの言葉は雷の音にかき消されていった。


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