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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二十章 染め上げる戦火 後編
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第322話

「師匠!」


 目を覚ましたアルディスが最初に見たのは横から身を乗り出しこちらを心配そうな顔で覗くミネルヴァだった。


「ここは……」


 ヴィクトルによって意識を刈り取られたアルディスは自分がどこか室内に寝かされていたことに気付く。


 無骨な印象のぬぐえない壁や天井。

 決して寝心地が良いとはいえないベッド。


詰所つめしょの仮眠室か……」


 すぐに居場所を特定すると、小さく息を吐いて身体の力を抜く。


「どこか痛いところはありませんか? 気分はどうですか? 苦しくないですか?」


 矢継ぎ早に問いかけてくるミネルヴァの姿にアルディスは苦笑する。


 ヴィクトルに叩きのめされたとはいえ斬られたわけではない。

 確かに苦しくはあるが、それは肉体的な苦しさというわけではなかった。


「笑うところではありませんよ! どれだけ心配したと思っているんですか!?」


 苦笑の意味を取り違えたミネルヴァが表情を一転させて声を張り上げる。

 気まずい空気が流れた後、自らの振る舞いを恥じたのか今度は声を落として眉尻を下げた。


「皆様に話を伺いました。いくら町を守るためとはいえ、たったひとりで正面から敵に向かっていくなんて……」


 ムーアかその部下あたりが話したのだろう。

 ミネルヴァは無謀な行為を咎めているつもりなのかもしれないが、アルディスとしては十分勝算ありと考えた結果の行動だ。


「いや、別にあれくらいは……」


 実際にヴィクトルさえ出てこなければなにも問題はなかっただろう。

 ただ、まさか旧知の人間が敵対者として現れるとは思っていなかったのも確かである。

 それをアルディスの油断と言われれば返す言葉もない。


「もちろん師匠が強いことは知っています。でも……だからといって無茶にもほどがあります!」


 そんなアルディスの反応に納得がいかないのか、再び語気を強めるミネルヴァ。


「グレイスタ隊長が師匠を背負って帰った時に私が……、どれだけ……」


 少しずつ勢いを失う言葉と共にその目尻へ涙が浮かぶ。


「無茶をしないでくださいとは言いません。戦い――それも軍隊同士がぶつかる戦場では多少の無茶を押し通さなければならないこともあるでしょう。ですが私の知らないところで師匠が傷つくのは……嫌です」


 戦いに身を置く傭兵が傷つくのは当たり前の事である。

 とはいえ自分を慕ってくれる教え子が心を痛めているのはアルディスとしても楽しいことではない。

 多感な年頃でもあるこの少女をどうやってなだめたものかと考えていたアルディスの耳に、首を傾げるような言葉が飛び込んできた。


「ですから今度無茶をするときは必ず私もお供させていただきます。まだまだ力不足の若輩者ですけれど、師匠の背中を守ることくらいはできます」


「いや、その結論はおかしい」


 そんな言葉が考えるよりも先に口を突いて出た。


「どうしてですか!? 確かに師匠と肩をならべて戦えるなどと自惚うぬぼれるつもりはありませんが、師匠のお役に立てるくらいの実力は身につけたと自負しています!」


「いや、あー、うー……」


 表情へ自信を浮かべるミネルヴァに対してアルディスは言葉を濁す。


 アルディスとしてはミネルヴァの気持ちそのものは嬉しい。

 しかしだからといって教え子を戦場という血煙の立つ場所で危険にさらしたいなどとも思わなかった。


 そもそもヴィクトルはアルディスが本気で戦ったとしても勝てるかどうかわからない相手だ。


 アルディスの手ほどきを受けて鍛錬を重ねてきたミネルヴァは剣士として一角の人物になりつつあるが、それはあくまでもこちらの世界における基準である。

 おそらくあちらの世界ではネデュロ一体にすら勝てずもてあそばれる程度の技量だろう。

 ましてやあの天才が相手では剣を交えたとして二合ともたないはずだ。


 どうやってこの教え子に思いとどまらせればいいのだろうと、アルディスが内心頭を抱えていると仮眠室へムーアがやって来た。


「お、目が覚めたか。だから言ったでしょう、お嬢様。外傷もないし心配はないって」


「心配するなと言うのは無理な話です」


 アルディスに声をかけたムーアがミネルヴァに向かって笑いかけると、当の元公爵令嬢はむくれたように視線をそらした。

 出会った頃に比べるとずいぶん表情豊かになったものだと、アルディスはくだらないことを考える。


「で、どうだ? 身体の方は問題ないか?」


「ああ、問題ない。あれからどれくらい経った?」


「半日ってところだな」


「そうか……。すまないな、情けないところを見せたみたいで」


「いや、謝ることはないだろう。アルディスのおかげでトリア軍は無事撃退できたんだ。まあ、驚きはしたがな。戦いが終わってもなかなか戻ってこないもんだから様子を見に行くと、倒れていたんだから」


 ムーアが部屋の片隅から丸椅子をひとつ持ってきてベッドのそばに座る。


「で、何があった?」


「昔の知り合いと再会してな……。一戦交えることになった」


「トリア軍にいたのか?」


「いや、違うらしい。だからといって味方とはいえないが……」


「……強いのか?」


 一瞬答えに躊躇したアルディスは正直な胸の内を明かす。


「できれば戦いたくない、といえば納得するか?」


「そりゃまた……やっかいだな」


 目を細めたムーアにアルディスは逆に問いかける。


「被害はどれくらい出た?」


「……八人死んだよ」


 圧倒的な人数差での戦い。

 アルディスの働きと町を囲む防壁により本来よりも遥かに有利な状況での戦いとなったが、それでも百人強の守り手に対し攻め手は三百人ほど。

 まったく犠牲を出さずに勝てる戦いではない。


 その結果が八人という犠牲者の数である。

 本来、千人を撃退した代償としては少ない数だが、それでもアルディスは浮かない表情を見せる。


「必要な犠牲だったんだ。自分を責めるな」


 たとえ犠牲者が出たとしても、アルディスひとりで片をつけるのではなく志願兵の手で町を守り通した実績を作り、いまいち危機感を持っていない他の住民たちに現実を突きつける。


 トリア軍が攻めてくる前から決めていたことである。

 人道的には褒められたものではないが、政治的には必要なことだった。


「犠牲が出たのは悲しむべきことだが、実際トリア軍に攻められて、ようやく町のやつらも当事者意識が芽ばえたらしい。昨日とはすっかり町の雰囲気も変わったよ。この分なら町の守り手になろうってやつも増えるだろう。……町から逃げ出すやつも増えるだろうが」


 防壁を今まで以上に強化するなど、確かにアルディスでなければできないことはある。

 だがアルディスひとりへおんぶに抱っこではまずい。

 いつまでもアルディスひとりが町の守りを担うわけにもいかない以上、住民自身が自発的に防衛意識を持たなければ早々にトリア王国やエルメニア帝国に飲み込まれるだけだ。


「それはまあ……仕方ない」


 今回の戦いを経て、当初トリア軍襲来の情報を信じていなかった避難民の中には町を出ていく者も出はじめるだろう。

 彼らにしてみれば、ようやく安全な場所にたどり着いたと思ったところでそこも戦場になってしまったのだ。

 ミネルヴァのように事情がある者を除けば、戦いが終わって落ち着きを取り戻しはじめた故郷へ帰る方がいいのかもしれない。


「引き留める必要もなければ、面倒を見る必要もないだろうさ。トリアや帝国に敵対するよりも、そのふところに潜り込んで安定した暮らしを取り戻す方が生き方としては楽なんだ」


 そんなアルディスの言葉にムーアも苦笑を浮かべる。


「いっそのこと俺たち以外全員逃げ出してもらった方が面倒も無くていいくらいだな」


「まったくだ。避難民たちが全員元の生活に戻ればそもそもこの町を維持する必要も無いし、俺たちだけならミネルヴァを連れて隠れ里に行けばいいんだから」


 とはいえそれも現実的ではない。

 今回の件で多くの離脱者は出るだろうが、四千人もの避難民がそろって全員この町を出ていくわけもないだろう。

 成り行きでこうなったとはいえ、一度面倒を見ると決めたなら中途半端に放り出すことなど出来はしなかった。


「まあ、今回攻めてきたトリア軍にはそれなりの損害を与えられたはずだ。当面軍の立て直しに時間がかかるだろうから、数ヶ月は攻めてこないと思うが……問題は帝国の方だな」


 いずれ来るであろう帝国軍への対処を、早いうちに講じなければならなかった。


2022/1/31 誤字修正 身を乗り出してこちらを心配そうな顔の → 身を乗り出しこちらを心配そうな顔で覗く

※誤字報告ありがとうございます。

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[気になる点] しかしなー?本当にヴィクトルは裏切ったんだろうか。 出来ればあのクソ女将軍の下で何時かその首を取るために潜んでいて欲しい。 希望だけど。
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