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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第321話

「また邪魔をして!」


 エリオンの放った氷槍がジェリアの障壁で弾かれる。

 その足もとをアルディスは魔力を衝撃波に変えて崩しつつ、さらに斬撃で追い打ちをかけた。

 サークとエリオンの連携には遠くおよばないが、アルディスとて長年双子と轡を並べてきた戦友である。五年近いブランクがあったとしてもこの程度の連携は造作もないことだ。


 ジェリアが崩れかけの床を蹴って剣をかわすが、それこそがアルディスの狙いだった。


「そこだ!」


 アルディスの背後上方からサークの声と共に光のつぶてが降り注ぐ。

 巻き添えを避けて後退したアルディスの視界を無数の光弾が埋め尽くした。


 だが不意をついたエリオンの氷槍、アルディスの斬撃、それらにあわせて撃ち出されたサークの光弾、三人の連携をもってしてもジェリアへは傷ひとつつけられない。


「うっとうしいわね!」


「これでも通らないのかよ!」


 ジェリアの分厚い障壁によって光弾を防がれたサークは舌打ちする。


「本当に目障りな双子ね。もうその顔、二度と見たくないわ。いいかげん消えなさい!」


「気が合いますね。僕らも同じ気持ちですよ」


「上等だ! じゃあこの先永遠に誰ともツラあわせなくてすむようにしてやるぜ!」


 互いに魔術を応酬し合うジェリアと双子。


「お前が消えろ!」


 横合いからアルディスが風刃の魔術を放つ。


「雑兵の魔術など!」


 取るに足らぬとばかりにジェリアは片手を払って生み出した赤光の刃で相殺する。

 サークとエリオンは得意の魔術で、そこに加えてアルディスが魔術を牽制に放ちながら剣撃と飛剣を繰り出す。


 しかし絶え間ないその攻撃にもジェリアの防御は揺るぐ気配を見せない。

 ことごとく障壁や銀色の球体によってアルディスたちの攻撃は遮られ、それ以上の威力をもった魔術によって反撃を受ける。


 あと一歩。

 あとほんの少し。


 ウィステリア傭兵団でも精鋭といえる三人が全力でかかっても届かない。


 だからといって手を止める理由はどこにもなかった。

 多くの犠牲を払いながらようやくアルディスはここまでたどり着いたのだ。


 たとえこの場を脱したとしてもウィステリア傭兵団はもはや終わりだろう。

 今回の襲撃で精鋭の大半を失い、異形との戦いに残った仲間たちも何人が生き残れるかはわからない。

 ここで勝負を決めなければ、後はジリ貧になることなど火を見るよりも明らかだった。


 出し惜しみなどできる相手ではない。

 戦いの後を考えられるような状況でもない。


 圧倒的な力を持つひとりに対し、三人の力を尽くした戦いはもはやどれほどの時間が経ったかもわからなかった。


 その最中――。


 様々な要因が重なり合った偶然がもたらす奇跡ともいえるその瞬間がやってきた。

 アルディスの攻撃によってわずかな時間生じた障壁の隙間を、エリオンの放つ攻撃が強かにつき、サークによって生み出された光の矢が駄目押しのように極小の一点へと吸い込まれる。


 ジェリアの油断もあったのかもしれない。

 偶然によって生み出された意図しない連携が、あるはずのない防御の隙を抜けてジェリアの頬にわずかな傷をつけた。


 それまで余裕の表情を崩すことなく三人を翻弄していたジェリアの顔が強ばる。

 髪色よりも明るいひとすじの血がその頬を伝っていた。


「な、な……」


 我が身に降りかかった現実を、指先で拭い目にしたジェリアが声を震わせる。


「…………くも」


 わなわなと動く口から可聴域ギリギリの声がこぼれ出た。


「よくも……」


 ジェリアの表情が怒りに染まる。

 それまで余裕と共に見せていた嘲笑のような表情は消え失せ、呪殺するかのような視線でアルディスたちを射貫く。


「よくも、よくも私の顔に傷をつけてくれたわね! 一度ならず二度までも! 許さない! 許さない! 許さない! 跪いて許しを請うても絶対に許さない! ここで死ね! 私の敵となったことを後悔しながらぶざまに朽ち果てて死ね!」


 その瞬間、膨大な魔力をジェリアが発する。

 明らかな凶兆に距離を取ろうとしたアルディスへ、ジェリアの放った衝撃波が襲いかかった。


「くっ!」


 障壁越しでも全身を圧迫するような強い衝撃が襲う。

 アルディスは片腕でとっさに頭を庇うが、それでも防ぎきれない圧倒的な力が脳を容赦なく揺さぶった。


 一瞬意識を飛ばされてしまい、アルディスの視界が暗闇に包まれる。


「うぅ……」


 どれほどの時間意識を失っていたのだろうか。

 痛みによって叩き起こされたアルディスが目を開けると、すぐそばにエリオンの姿が見えた。


「よかった。気が付いた、アルディス?」


「エリオン……、俺は……」


「気を失っていました。ほんの少しだけですが」


 どうやらずいぶんと長く気を失っていたらしいとアルディスは理解した。

 刹那をせめぎ合う戦いの最中に気を失うなど、傭兵としては迂闊にもほどがある。


「サークは?」


 自らのふがいなさを恥じつつ問いかければ、エリオンからは端的な答えが返ってきた。


「あの女を抑えています」


 エリオンの声を聞きながらアルディスは頭を振って周囲を見渡した。


 一体どこまで飛ばされたというのだろうか。


 視界の端にいくつかの肉片と成り果てた取り巻き男が見える。

 わずかに口惜しさを感じながらもアルディスはその存在を自分の中から消し去った。


 ずいぶんと離れた場所で魔術を応酬し合うサークとジェリアの姿が見える。

 アルディスとエリオンが戦線を離脱してしまったためどうやら今はサークがひとりでジェリアと対峙しているらしい。


「すまん。足手まといになるつもりはなかったのに……」


「いえ、足手まといは僕の方です」


 らしくないエリオンの言葉にその視線を追ったアルディスは息をのんだ。


「おまえ、その足は……」


 ひざから下が完全に千切れ、骨があらわになったエリオンの右足を見て言葉を失う。


「どうやら運がなかったようです。飛ばされた場所が悪かったので」


「くそっ!」


 アルディスは折れそうになる心を汚い言葉でなんとかつなぎ止める。


「今となってはアルディスひとりが最後の望みです。僕のとっておきを施しますので、じっとしていてください」


「しかしサークひとりじゃ――」


「サークも長くはもちません。だからこそ今のうちしかないんです」


 真剣に訴えかけてくるエリオンの表情に押され、今もなおひとり戦い続けるサークを一瞥した後でアルディスは渋々と受け入れる。


「……わかった。急いでやってくれ。たとえ刺しちがえてでも……、あの女だけは絶対に……!」


「…………」


 アルディスの言葉に無言で頷いたエリオンが術を構築しはじめた。


 なんの術を施すかなど細かい説明はない。

 だがアルディスよりも遥かに優れた才を持ち、数多の戦場で期待を裏切ることなく実績を示し続けてきたエリオンだ。

 実力も人柄も、アルディスが信頼を寄せるに足らぬところなど何ひとつありはしない。


 そのエリオンがサークへの加勢を遅らせてでもアルディスへ施そうという魔術なのだ。

 ならばエリオンを信じて身を委ねるのみである。


 アルディスの身体を中心にして魔力が大きな縁を描き、その線上から内外へ向けてじわりと小さな紋様が広がり輝きはじめる。

 思ったよりも大がかりな術だなとアルディスは感じた。


「アルディス、僕もサークもずっと悔やんでいました」


 そんなタイミングで前触れもなくエリオンが口を開く。


「いきなりなんだ?」


 戦いの場に似つかわしくない落ち着いた口調と言葉に、意図を計りかねてアルディスが問い返す。


「あの時、ルーをひとりで行かせてしまったことを……」


「……おまえらのせいじゃない。あいつが自分で選んだことだ」


 苦い思いを噛みつぶしながらアルディスはエリオンの言葉を否定する。


「それでも、ですよ。僕らはルーを力ずくでも押し止めておくべきでした。せめて僕らふたりのうちどちらかだけでもついていくべきでした。完全に僕らの落ち度です」


 そこまで口にしてエリオンは口を閉じた。

 ただならぬ雰囲気を漂わせるエリオンに何か言うべきか、それとも沈黙を守るべきか……。判断しかねるアルディスは結局何も言えずにいた。


 その間もジェリアとサークの放つ魔術がアルディスを急かすように音と光を撒き散らす。


 耐えきれず沈黙を破ったのはアルディスである。


「術の方はまだか? サークだっていつまでもひとりじゃもたないぞ」


「術は話と並行して組み立ててますからご安心を。それより話をはぐらかそうとしないでください」


 その言葉通り、エリオンはこうしている間も術の展開を止めていない。


「この状況で話すようなことじゃないだろう?」


「ええ、その通りです。戦いの最中に話すようなことではありません。でも今この場でしておかなければならない話です」


 その真剣な表情にアルディスは言葉にならない焦りを感じた。


「僕らはアルディスに償いをしなくてはいけません。いつかきっと、と思っていましたが、ようやくその時が来たみたいです」


「何を言ってるんだ、エリオン?」


 今はそんな懺悔をしている場合ではない。

 一刻も早く戦線に復帰してサークの援護に回らなければ、ただでさえ小さな勝ちの目が時間とともに失われていくだろう。


 それがわからないエリオンではないはずだ。

 らしくないその様子にアルディスは言い表せない違和感を覚えた。


 そのタイミングでこちらの様子に気付いたジェリアが攻撃の矛先を向けてくる。


「死に損ないがそろって何をコソコソと!」


「やらせるかよ!」


 ジェリアの放つ爆炎の波を防ぐため、サークがエリオンとアルディスの盾となって障壁を展開した。


「邪魔よ!」


 忌々しそうな表情でジェリアが罵る。

 同時にその爆炎が勢いを増し、立ちはだかるサークの障壁もろとも三人を包み込む。

 サークの展開した障壁が揺れ、震え、紫色の光を発しながらボロボロと崩れはじめた。


「急げエリオン! もうもたねえぞ!」


 エリオンを急かしながらサークの後ろ姿を確認してアルディスは絶句する。


「サーク……!」


 アルディスの目に映ったのは脇腹を大きく抉られ真っ赤に染まったサークの姿。


 決して浅い傷ではなかった。

 炎の熱によって固まった血糊は確かにそれ以上の出血を押し止めているのかもしれない。

 だが人のシルエットとは明らかに異なる曲線を描いた影が、その深刻さをアルディスに訴えかける。


 アルディスの視線がとらえた光景を理解して、エリオンが無慈悲な現実を突きつけた。


「サークも僕もご覧の通りです。勝つことはおろか逃げることも無理でしょう」


「だとしても――」


 その現実を受け入れられず言い返そうとしたアルディスを無視して、エリオンは一方的に話を進めていく。


「一応実験は何度も重ねていますが、まだ細かいところまでは調整し切れていないんです。危険がない場所を指定するつもりですけど、もしかしたら妙なところに飛ばされるかもしれないので、先に謝っておきますね」


「まてエリオン! 何をするつもりだ!?」


 エリオンの言葉が意味するところがわからず、身を乗り出そうとしてアルディスは自分の身体にまとわりつく魔力の存在に気付く。

 まるでアルディスを拘束するかのようなその存在に困惑し、同時にそれを施したであろう相手に食いかかるような勢いで問い質した。


「どういうことだ、エリオン!?」


 混乱するアルディスと対照的に当のエリオンは落ち着いた様子だ。


「アルディス。僕らは今日勝てなかった」


「まだ負けと決まったわけじゃない!」


「いいえ、負けです。僕らはあの女を甘く見ていました。決してそんなつもりはなくても、やはりどこかで見積もりの甘さがあったのでしょう。だから今日のところは僕らの負けです」


 まるで後進へ想いを託すかのように、エリオンは一語一語を丁寧にアルディスへ言って聞かせる。


「エリオン、お前何を……」


「でもアルディス。僕らの敗北が結果としてあの女の勝利となる、そんな理屈を許すわけにはいかないでしょう? ここに来るまで散っていった仲間たちの死が無駄であって良いはずはないでしょう? こんな役どころを押しつけてしまうのはとても気が引けるのですが、僕やサークはそろそろ舞台から降りる時間のようですし、これだけ時間が経っても誰ひとりここにやってこないということは、グレイスたちももう……」


 ひどく落ち着いた雰囲気のエリオンが理解できず、アルディスはただ小さく首を振ることしかできなかった。


「だけどアルディス、まだあなたがいる。誰かひとりでも生きている限りは、負けじゃないんです。あなたの存在が僕らの勝利につながるなら、今僕がやるべきことは決まっています」


 そしてようやくアルディスは気付く。

 エリオンが何をしようとしているのかに。


「ちょっと待て! エリオンお前まさか――!」


 アルディスを囲む紋様に注ぎ込まれた魔力の高まり。

 それは術の発動が間近であることを物語るのに十分な兆しであった。


 円形に描かれた文様の集まりが鈍い輝きを持ちはじめ、外縁部から中央に座すアルディスに向けて魔力が流れ込んでくる。


「エリオン! サーク!」


 身動き取れないアルディスが声の限りに叫ぶ。

 その声に反応したサークが一瞬だけこちらを見た後で乱暴に言葉を返してきた。


「死ぬんじゃねえぞ、アルディス!」


 アルディスの視界が歪んだ。

 にじむように侵食する歪みがサークとエリオンの姿を虚ろにしていく。


 やわらかい笑みを浮かべたエリオンがアルディスのすぐそばで最後の言葉を紡ぐ。


「だからアルディス。僕らの分も――――」


 その声が届くよりも早くアルディスの世界から音が消えた。


 エリオンの顔が歪んでいく。

 空間そのものが歪んでいく。

 アルディスたちを守るために立ちはだかるサークの姿も、ジェリアの爆炎と障壁がぶつかり合う音も、静寂の中で渦巻きながら遠ざかる。


 必死に口を開き、声の限りにアルディスはふたりの名を呼んだ。

 それすらも現実世界から切り取られた虚無のように闇へと溶け込んでいく。


 視覚が、聴覚が、嗅覚が、触覚が――すべてが闇に閉ざされようかというその直前。

 爆炎に飲み込まれていくサークの後ろ姿とエリオンの笑顔がアルディスの目に焼きついた。










 ――草の匂い。


 ――鳥の鳴き声。


 ――小石の感触。


 ――浮上する意識。


 ゆっくりとアルディスはまぶたを上げる。


 薄明かりに照らされた土と苔が目に入り、アルディスは自分が地面の上へ倒れていることに気付いた。


「そ、と……?」


 ぼやける意識のままに身体を起こしかけたところで、ハッと息をのむ。


「サーク! エリオン!」


 慌てて素早く周囲を見渡すも、目に入ってくるのは豊かに育った森の木々のみ。

 人の姿はおろか人工物すらろくに見当たらなかった。


「ここは……」


 自らの置かれた状況が把握できず、呆然としながらもアルディスはなんとか手がかりを得ようと視線を巡らす。

 身にまとう装備がやたらと身体の動きを阻害して違和感があった。


「あれから一体何が……」


 少なくともここはアルディスたちが攻め入ったジェリアの居城ではない。

 もしかするとエリオンの魔術によって城の外へと弾き出されたのだろうか。そう考えたアルディスは何気なく空を見上げて目を見張った。


「なんだあれは……」


 そこに見えるのは澄み切った青空ではない。

 夜闇でもなく、夕暮れや朝焼けでもなく、ただまばゆいばかりに白い空。

 雲とはまた違った輝きを見せるそれが、染料を塗った板を反転させるように空の一方から色を変えていく。


 空に広がる淡い白が一切のグラデーションも見せず、まるで線引きをしたように境界を維持しながら瞬時に黒へと切り替わる様は訳もなくおぞましい感覚を引き起こす。

 どう考えても理解できない光景を目の当たりにし、自らの常識が通用しないその異常性にアルディスは戦慄した。


「ここは…………どこだ?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 辛すぎる。もう映画見た後みたいにボロ泣きしてる。 どうかあのクソゴミクズ女がアルディスによって地獄に叩き込まれて欲しい。世界を渡ってこの物語の先にそんな未来があって、復讐を果たしたアルディス…
[一言] で、今に繋がると… 追い詰められていたグレイスたちの中で、ヴィクトルだけが生き残っていたのが気になるな…
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