表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
339/406

第320話

 言葉にならない声が咆哮となってアルディスの口をついて出た。

 血走った目でジェリアへ飛びかかろうとするが、その前を塞ぐようにしてマーティが剣を振り抜く。


 アルディスが目の前の敵を抜けないでいる一方、名も知らぬ少年と戦っていたサークはその排除に成功したらしく、ジェリアへと魔術による攻撃を繰り出していた。


「この外道が!」


 アルディスにも劣らぬ激情を乗せてサークの手から炎が放たれる。

 しかし渦を巻きながら直撃したその炎が消えた後に残ったのは、焼け焦げた椅子と床のみ。


「ふうん、まあまあの威力じゃない」


 当然その程度でどうこうできる相手ではない。

 頭上から聞こえてきた声にサークが反応するのと、岩石の塊が降ってくるのはほぼ同時だった。

 すぐさまサークも障壁を展開しながらその場を飛び退る。


「喚くだけの雑兵と違って頭も悪くないようだし、そこそこ戦えそうだから普段なら兵卒として拾ってあげてもいいんだけれど――」


「そいつはごめんだね!」


「あなたたちには以前顔に傷をつけられた借りがあるものね」


 相手の言葉にかぶせてサークが炎を放つが、ジェリアは造作もなくそれを片手払いのけると剣呑な表情と共に目を細めた。


「不愉快だわ……、あぁ不愉快。思い出しただけで不愉快……本っ当に不愉快! 惨めにつぶしてあげるから、さっさと死になさい!」


 先ほど落ちてきた岩石の塊が、今度は天井を埋め尽くすほど大量に姿を現す。


「おいおい勘弁してくれや」


 アルディスと剣を交えながらそれを見たマーティのこめかみにひと筋の汗が流れる。


 次の瞬間、放たれた矢のごとく加速した岩石が一斉に叩きつけられる。

 敵味方関係なく、避ける隙間もないほどの密度で巨大な岩が襲いかかってきた。


「くっ!」


 本能的に危険を察知してアルディスも障壁を張った。

 落ちてきた岩石が障壁に叩きつけられる。

 アルディスたちをつぶそうと降り注ぐ巨大な岩石と、それを防ごうとする障壁が放つ紫色の輝きがせめぎ合う。


 城の外にまで響こうかという轟音。

 地震かと思わせるほどの揺れと衝撃。


 しかしそれも長くは続かない。

 周囲一帯を埋め尽くすほどの岩石により床が荒野のごとく惨憺たる有り様となってようやくジェリアの攻撃が止んだ。


 静寂が訪れたのは一瞬だけのこと。


「この程度で!」


 岩石のひとつを押しのけたサークが天井に向けて飛び出す。

 その手から連続して生み出される光の矢が逆行する豪雨のごとくジェリアを襲った。


「そんな攻撃で――」


 そのとき、サークの攻撃を障壁で弾こうとしたジェリアへ真下から紫電が放たれた。

 エリオンである。


 同時に二方向から攻撃を向けられ、さすがのジェリアも防ぐのは困難と判断したのか回避行動を取った。

 光の矢と紫電をかわして荒れ地のようになった床へ降り立った後、ジェリアはさして慌てる様子もなく鼻で笑うと反撃に移る。


 その光景を横目に見ながら距離を取ろうとする人物がいた。


「巻き添えなんざごめんだね……」


 三次元的な機動で立ち位置を変えながら戦いを繰り広げるジェリアと双子をよそに、マーティがゆっくりと彼らから距離を取る。

 そこへ取り巻きが声をかけた。


「マーティ、悪いが手を貸してくれ」


「なんだよ、一発食らったのか? まぬけが」


 先ほどジェリアが放った攻撃の巻き添えを食らったのだろう。

 取り巻きの男が赤く腫れた片腕をもう一方の手で押さえながら立っていた。


「そんくらい自分で――」


 不機嫌そうな声でマーティが吐き捨てようとしたそのとき、床を埋め尽くしていた岩石を吹き飛ばしながら剣を持ったアルディスが飛び出す。


「マァーティィィ!」


「ちいっ!」


 斬りかかるアルディスを目にしたマーティは舌打ちをしながらとっさに取り巻きの腕を引っぱって自らの盾とする。


「な――」


 何が起こったかわからない様子の取り巻きは、次の瞬間アルディスの剣によって腹を裂かれた。


「――んで!?」


 問いかけの言葉ひとつ口にするのがやっと。

 大量の血と共に取り巻きの身体からはらわたがこぼれ出た。


 そこへジェリアが双子に向けて放った魔術の流れ弾が降り注ぐ。

 着弾した魔術に吹き飛ばされた岩が荒い砂となって巻き上がり、アルディスの視界を奪う。


「くそっ!」


 すぐさま魔術で風を起こして砂塵を散らすが、アルディスが視界を取り戻したときにはすでにマーティの姿は消えていた。

 味方であるはずの取り巻きを身代わりにして逃げていったのだろう。


 歯がみするアルディスの耳に弱々しい声が届く。


「う……、い、痛ぇ……。痛えよぉ……」


 声の主は置き去りにされた取り巻きの男だった。


 見れば男の身体から血が流れているのはアルディスに受けた腹の傷だけではない。

 おそらく今しがたの流れ弾を食らったのであろう腕と足が一本ずつ潰れて出血していた。

 とっさにアルディスは障壁で身を守ったが、すでに致命傷を負っている取り巻きにその余裕はなかったのだろう。


「その程度で……」


 叩きつけたい言葉は際限なく沸き上がってくる。

 ルーシェルの受けた苦しみはその程度ではない。

 そしてこの男に受けさせたい報いもその程度ではない。

 しかし今のアルディスには悠長にこの男を詰る時間などありはしないのだ。


 一瞬剣を振り上げたアルディスだったが、それはこの男に慈悲を与えるだけだと思い直す。

 冷たい憎しみの視線を向けた後、そのまま放置して元凶となる女のもとへと向かって行った。


 天才魔術師の双子が繰り出す連携をもってしてもジェリアを追い詰めるには至らない。

 ふたりがかりでかろうじて対等な戦いに持ち込んでいるというところだろう。


 その均衡を崩すべく、アルディスが横から参戦した。

 サークとエリオンの攻撃をいなすジェリアに向けてアルディスが魔術の風刃を叩きつける。


「邪魔くさいわ」


 不意打ちにも等しい風刃をいとも簡単にかわし、お返しとばかりにジェリアが炎弾を連続して放ってきた。

 直撃するものだけを障壁で防ぎながらアルディスは一直線に飛びかかる。


「お前だけは――、お前だけはっ!」


「うるさいわよ、あなた」


 ジェリアの前面に炎弾が浮かび上がる。

 ひとつひとつは小さな、しかし数え切れないほどの炎弾がアルディスに向けて放たれた。


 高密度の弾幕に遮られたアルディスは障壁ごと押しやられそうになるも、流れを受け流しつつ一旦迂回してその射線から逃れると再び突っ込んで行く。


「お前がルーを! レイナを! キョウを!」


「誰それ? ああ、さっきの玩具たちのこと?」


 とぼけたような表情のジェリアが今度は嘲笑う。

 その手に魔力を帯びた銀色の球体が生み出された。


「キサマあああ! よくも……、よくも――!」


「待て、アルディス!」


 制止するサークの声を無視したアルディスは、破裂させた足場の勢いを借りて身体ごとぶつかるように斬りかかった。


「私の玩具たちをどう処分しようと私の勝手でしょう? 雑兵ごときが口を出すことではないわ」


 ジェリアの周囲に銀色の球体が増えていく。


「せっかく最後の最後にとっておきの場面を用意してあげたのに、泣きじゃくるばかりだなんてちょっと興醒めだったけれど」


「ふざけるなあああ!」


 剣を抜きもせず、ジェリアはアルディスの剣撃を小さく展開した拳大の障壁だけで防ぎきる。

 正面からは自らの握る剣で、背後や上方からは魔術で操った飛剣によって絶え間なく攻撃を繰り出す。


「これだけ? つまらないわ」


 ジェリアの生み出した直径三センチほどの球体がその身を囲むように宙へ浮き、板状に整列して盾となる。

 アルディスの攻撃に対応して上下左右関係なく動き回り、重い一撃を受ける度に散らばりながらも、その隙間は新たな球体によってすぐさま埋められてしまう。


 決して全周囲を埋め尽くすほどの球体が浮かんでいるわけではない。

 打ち込む隙があるように見えて、しかしながら何度斬りかかっても、幾度飛剣を振るっても球体による防御を打ち破ることができない。

 アルディスの飛剣をも上回る手数をジェリアは球体による機動的な防御という形で実現していた。


「手数が……!」


 飛剣と違い防御に特化した術だが、それ故に守るという点においては非常に堅牢だった。

 今のアルディスが操る飛剣の数ではその隙をつくことも難しいだろう。


 アルディスとて自我を取り戻してからの人生ほとんどを戦いに捧げてきた人間だ。

 これだけ剣を交えていれば、相手と自分の力量差くらいは理解できる。

 認めたくはないが、アルディスの飛剣ではジェリアの球体による防御を抜くことができないと感覚で悟る。


「だったら正面!」


 手数も足りず、実力も相手の方が上。

 ならばその差を埋められるのは敵の防御を一瞬でも上回る渾身の一撃のみである。


 牽制のため飛剣で一斉に斬りかかり、相手の注意をそらしたところで自身が手にした剣で突きを放つ。

 その一撃がジェリアの物理障壁を二枚突き破ったところで止まる。


 憎き怨敵はアルディスの一撃をかわそうともしなかった。


「あくびがでそうね。さっきの玩具たちよりはマシだけど」


「――お前はあああ!」


 怒りに身を任せたまま振るった剣がジェリアの障壁を削るが、すぐさま新たな障壁がその行く手を阻む。


「お前、だけはっ、絶対に――!」


 だからなんだというのだろうか。


 ジェリアを誅殺する。

 ただそれだけのために生きてきたアルディスに手を止める理由などない。


 振るう。

 右から左へと剣を。


 突く。

 一瞬生まれた隙目がけて。


 叩きつける。

 一見華奢に見えるその肩へと。


 ただただ、その刃で目の前にいる女を斬り裂くことだけを目的として。

 怒りに染まった心のままにひたすら殺意を剣撃に変えて。


 しかし――。


「なん、でだあああっ!」


 アルディスの剣は届かない。


 咆哮にも似た声をあげながら振るうその剣が幾度となくジェリアの障壁に阻まれる。

 アルディスの剣術も魔術によって操る飛剣も、銀色の球体で防ぎながら悠然と構えるジェリアに傷ひとつ与えられないでいた。


 腰の剣すらも鞘に収めたままでジェリアが羽虫を追い払うように手を払うと、至近距離で無数に生み出された赤い光の刃がアルディスを襲う。


「くっ!」


 アルディスが攻撃の手を止めて厚みを持たせた強固な障壁を展開する。

 障壁がその赤い刃に侵食され、まるで熱せられた蝋のようにじわりじわりと厚みを失っていった。


「アルディス!」


 背後から聞こえるエリオンの声。


 障壁を維持しながら足場を積み上げアルディスが空中へと退避した直後、そのすぐ下を後方から大きな光の束が通り過ぎる。


 濃密な魔力を感じさせる薄緑色の光がジェリアを包み込んだ。

 ボロボロになりながらもかろうじてその形状を残していた柱や、床に隙間なく転がっている岩石の破片を巻き込み、一瞬のうちに光の束は射線上にあるものを蒸発させていった。


「サーク!」


「ダメ押しだ!」


 エリオンの合図を受けて今度はサークが追撃の魔術を放つ。

 極限まで圧縮された空間そのものがつぶてとなり、周囲の空間を歪ませながら同時に十個が先ほどまでジェリアの立っていた場所へ突入していく。


 だがそれが着弾する直前、阻むように銀色の球体が宙に立ち塞がった。

 そのまま飛び込んでいったつぶてはいくつかの球体を吸い込みながら勢いを失っていき、やがて揮発するように消滅していった。


 数十の球体と引き換えにサークの放ったつぶてが消え去った後に立っていたのは、赤い髪をなびかせるジェリアの姿である。


「またあなたたち?」


 うんざりした表情を隠しもせずにジェリアが吐き捨てるように言った。


「いい加減にして欲しいわ。ますます双子が嫌いになりそう」


「そりゃこっちのセリフだ!」


「あなたに好かれようなどと微塵も望んでいませんので!」


「ダンスの順番も守れない不躾な下郎にはこれで十分よ」


 ジェリアの魔力によって周囲の瓦礫が人型に変わっていく。


「あとでじっくりいたぶってあげるから、今はこれとでも踊ってなさい」


 またたく間に生み出された二体の人型が双子に襲いかかる。


「サーク、エリオン! ただの人形じゃないぞ、気をつけろ!」


「誰に言ってんだよ!」


「わかってますよ、アルディス!」


 ふたりへ視線を向けることなく声をかけるとアルディスは笑みを浮かべたままのジェリアへ攻撃を繰り出す。

 剣先を発現の基点として白熱に輝く炎を生み出した。


「灰になれ!」


 剣を振り下ろす動作にあわせてアルディスの全力をもって放たれた白炎がジェリアの身体を包み込まんと宙を駆ける。


「雑兵が! 調子にのらないでちょうだい!」


 しかし相手もその実力だけで一国の重鎮にまでのし上がった女である。

 ジェリアの言葉と同時にその手から放たれるのは青い輝きを放つ炎の塊。

 アルディスとジェリア、両者の間で正面からぶつかったふたつの炎は周囲一帯に衝撃波を放ちながらせめぎ合い、やがて白炎を飲み込んだ青炎がアルディスへと逆に襲いかかってきた。


「くそっ!」


 形勢の不利を悟ったアルディスは攻撃へ傾けていた魔力を防御へと注ぎ込む。


 正面からでは受け止められないと判断し、青炎の勢いをそらすようにして障壁を展開する。

 それが功を奏し、かろうじて直撃を避ける事に成功したが、だからといって完全に防げたわけではない。アルディスの身体を吹き飛ばすには十分な威力が残っていた。


 勢いを殺しきれなかったアルディスが壁に叩きつけられたところへ、抜剣したジェリアが追い打ちをかけようと飛びかかってくる。


「あの程度に必死とは、底が知れるわねえ」


 体勢を整えられないでいるアルディスへ、飛びかかった勢いそのままにジェリアが剣を薙ぐ。


「くっ!」


 かろうじて反応したアルディスの剣はその強烈な一撃に弾かれた。


 得物を手放すわけにはいかないと柄を握りしめるが、そのせいで剣ごと腕が泳いでしまう。

 強度を重視した小さな障壁を盾代わりにして続く追い打ちの一撃を防ぐと、体勢を整えるため壁を蹴って離れようとする。


 しかしアルディスが全力で構築したその盾ですらジェリアの強烈な一撃を防ぎきることはできなかった。


「がはっ!」


 斬撃による直接の傷を受けることはかろうじて回避できたものの、薄皮一枚にまで削られた障壁越しに伝わる衝撃は防ぎきれず、横っ腹へと苛烈な圧迫を食らってしまう。

 声にならない声を吐き出しつつアルディスは横に吹き飛ばされた。


 臓腑を激しく揺さぶられて飛びそうになる意識をかろうじて引き止めながら、それでもアルディスは反射的に反撃を試みる。


 だがそれすらもジェリアには見透かされていたらしい。

 彼女の操る銀色の球体がアルディスの腕に群がってその動きを阻害した。


「無様ねえ」


 そのときである。


「アルディス、伏せろ!」


 後方からサークの声が響いた。


 考えるよりも早くアルディスは身体ごと床に倒れこむ。

 それと入れ替わるようにしてエリオンの放った幾本もの氷槍が頭上を抜け、ジェリアへと襲いかかった。


2022/01/24 誤字修正 振ってくる → 降ってくる

※誤字報告ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] えー、マーティ逃したの? 162話では三対一だったから、始末したと思ったのに……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ