第317話
アルディスは余裕を持たせた走りで城壁までの距離を詰めていく。
魔力探査で敵の動きを確認すると城壁の上に数名の反応があった。
こちらから確認できるということは敵の方からもこちらの魔力を確認できる距離ということだ。
しかし敵に動きはほとんど見えない。
当然だろう。いくら魔力探査のできる人物が敵陣営にいたとしても、四六時中探査し続けているわけではないのだ。
異常が明らかになるまではこちらの存在に気付きはしないだろう。
「お先っ」
ジョアンがアルディスの横から抜け出していく。
他の傭兵たちも次々に走る速度を上げてアルディスを置いていった。
「アル、ボクらも」
「ああ、行くぞ」
ここから先は姿を隠すことよりもいかに時間をかけず城壁を越えるかが大事だった。
身体強化をかけてアルディスが地を蹴る。
魔力によって強化された脚力はあっという間に周囲の風景を置き去りにしていく。
全力の走りでぼんやりと見えていただけの城壁がハッキリとその姿を捉えられるまでに距離を詰めた。
見上げるばかりの高い壁も堅牢な造りの城門も、足場を作って三次元的な動きを意のままにするウィステリア傭兵団の精鋭には何の意味もなさない。
仲間たちは次々と魔術で足場を作り城壁を越えていき、それにアルディスも続いた。
自分が進む先、その半歩上へ魔術によって不可視の足場を作ると勢いのまま飛び乗り、さらに進む先へ新たな足場を生み出す。
連続して作り出される足場は即席の階段となり、それを使ってアルディスは一足飛びに上空から城へ侵入した。
見下ろした先、城壁の上では襲撃に気付いた敵の歩哨が混乱している様子が見て取れる。
「て、敵襲! 敵しゅ――」
警告の声を張り上げた敵兵のひとりが仲間によって討ち取られる。
歩哨の数はごくわずか。
だがそれは決して城壁の守りが皆無というわけではなかった。
城壁の上に据え付けられた数十もの仕掛けが前触れもなく動き出す。
攻め手を排除するために据え付けられた防衛装置だった。
三角錐に似たその仕掛けが人の手に寄らず突端をひとりの傭兵へ向け、一斉に光を放つ。
おそらくは自動迎撃魔術が施され仕掛け。
そうあちこちでお目にかかれるものではないが、さすがは王国の重鎮が居城としている場所だけはあるということだろう。
それが外部から突入してきたアルディスたちへ牙をむいてくる。
放たれた光の矢は上空を駆け抜けようとしていたジョアンへと狙いを集中させた。
ジョアンの方も障壁を展開して防ごうとするものの、ひとつふたつならばともかく数十もの攻撃を同時に食らってはどうしようもない。
「があああ!」
半数以上を防ぎきりながらも残った光の矢に全身を貫かれ、ボロ切れのようになったジョアンが落下していく。
「ジョアン!」
「構うな! 突っ込め!」
動揺するアルディスをよそにグレイスの声が響く。
「くそっ……!」
後ろ髪を引かれながらもアルディスは城壁を越えて前へ進んだ。
自動迎撃魔術が施された仕掛けは事前に込められた魔術設定の通りに動く。
通常は牽制の意味も含めて複数の敵に分散して攻撃を加えるよう設定するものだが、この城に据え付けられた仕掛けはそんなことよりも確実に敵を仕留めることに注力しているらしい。
標的外には目もくれず、ただ執拗にひとりだけを狙い攻撃を同時に叩きつけていた。
ひとり、またひとりと集中攻撃を受けた仲間が犠牲となり撃ち落とされていく。
「質が悪い!」
「持ち主の性格が悪いからね!」
確実に敵の戦力を削るという考え方は間違っていない。
しかしその合理的かつ冷酷さを感じさせる志向らしきものが、なんとも言えない不快感をアルディスに抱かせた。
迎撃を無視して強行突破する仲間たちはグレイスとヴィクトルを先頭にして城壁内で最大の建物へと向かう。
すでに先頭の一団は屋内に突入しており、アルディスとロナはそれに遅れつつあった。
「アル、急いで!」
「わかってるっての!」
アルディスとロナが建物の中へ突入しようと城内の中庭らしき場所へ降り立ったそのとき。
「アル兄、後ろ!」
危険を知らせるキョウの声が聞こえてきた。
とっさに振り向いたアルディスの目に映ったのは突端をこちらに向ける数十の仕掛け。
それはつまり、自動迎撃魔術がアルディスを次の犠牲者に選んだということに他ならない。
「ちいっ!」
アルディスが反射的に障壁を五重展開する。
間を置かずして仕掛けの突端から一斉に光の矢が放たれ、アルディスへと集中した。
瞬時に砕かれる四枚の障壁。
なおも半数以上残る光の矢に一瞬死を覚悟したアルディスは、しかし次の瞬間展開された新たな障壁に目を見開いた。
「ロナ!?」
いつの間にかアルディスの前へロナが立ち塞がっていたのだ。
ロナの展開した障壁と一枚だけ残ったアルディスの障壁へ光の矢が降り注ぐ。
アルディスを貫こうとする光の矢とアルディスを守ろうとするロナの障壁がぶつかり合って不快な音を奏でる。
互いにせめぎ合う魔力と魔力の攻防。
しかしその激しい戦いはほんの刹那で決着を見る。
アルディスを狙っていた光の矢はすべて障壁に防がれ、同時にアルディスとロナの障壁も完全に消失。
結果を見れば両者拮抗といえるかもしれない。
だがその結論を出すのは早計というものだった。
一瞬の後、アルディスが目にしたのは後ろ足と背から血を流してぐったりとするロナの姿。
すべての攻撃を防ぐことができず、すり抜けた光の矢がロナを傷つけたのだとアルディスはようやく理解する。
「大丈夫か!?」
「いててて……」
物理的な形を持たない光の矢はすでに姿を失っている。
しかしその残した傷跡は黄金色のロナをまだらに赤く染めていた。
「アル兄! 今のうちに隠れて!」
レイナの声ですぐに我を取りもどすと、アルディスはロナを引きずるように抱えて物陰へと身を隠す。
防衛用の仕掛けが連射能力に劣っていたことはアルディスに取ってなによりの幸運だったといえるだろう。
「大丈夫、ロナ!?」
「ひどい傷……」
レイナと共にキョウもアルディスたちのもとへと駆け寄ってきた。
「いやあ、なかなか……。厳しかったね」
答えるロナの声はしっかりしているように聞こえるが、その傷は深くとても戦い続けられる状態でないことは明らかだった。
「せっかくあの狂女にひと泡吹かせられると思ったのに……、こんな時に我ながらなんてざまだか」
「ロナ……」
表情を歪ませたアルディスのとなりでは、駆け寄ったレイナが止血用の包帯を取りだしてロナの傷を手当てしていた。
「仕方がないね。この傷じゃあ間違いなく足手まといになる。ボクはここに残るからみんなは先に進んでよ。残念だけどルーの仇はボクの分も全部アルに任せるから」
「お前をそんな状態のままここに置いて行けと? あの仕掛けだってまだ生きてるんだぞ」
思いもよらぬロナの言葉に自然とアルディスの語気が強くなる。
確かにロナの傷は決して浅いものではない。
しかし、だからといってこの場に残ったとしてそれで安全というわけではないのだ。
アルディスとロナのふたりがかりでも防ぎきれなかった防衛用の仕掛けはまだ健在のままだった。
物陰に隠れ続ければ攻撃を受けることはないにせよ、この城から脱出するためにはずっと隠れ続けているわけにもいかない。
とはいえ深手を負ったロナがこの先の戦いへ参加するのは難しいだろう。
いつもの動きは当然できないだろうし、これから戦おうという敵は万全の状態であっても手強い相手なのだ。
今のロナが女将軍との戦いに加わるのは到底無理な話だとアルディスにもわかった。
「心配しなくてもボクなら大丈夫だよ。あの仕掛けに見つからないよう安全な場所へ逃げる手段ならあるから」
思った以上にあっさりとした口調のロナにアルディスは念を押す。
「……本当だな?」
「疑り深いなあ。大丈夫だって。アルにも見せたことがないボクの奥の手だもん。それよりも今はぐずぐずしていられる時じゃないでしょ。こんな機会はもう二度とないかもしれないんだから」
そう促されたアルディスは苦しそうな表情を見せながらも、ロナの言葉を受け入れる。
「…………わかった。こんなところでくたばるなよ」
アルディスが立ち上がる。
「一応止血はしたけど……」
「また後でね、ロナ」
「ありがと、レイナ。またね、キョウ」
手当てを終えたレイナとキョウがアルディスに続いて立つ。
「行くぞ」
ふたりに向けて短く声をかけるとアルディスは周囲の魔力反応をひと通り確かめた後、物陰にロナを残したまま建物の中へと駆け込んでいった。