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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第315話

 ルーシェルを追ってローデリア王国の施設に行ったこと。

 たどり着いた時には施設が壊滅状態でルーシェルの遺体も確認できなかったこと。

 それからロナとふたりでルーシェルの行方を捜し続けていたこと。

 半年前にその所在をつきとめ、とある砦に侵入したこと。

 そこでようやく発見したルーシェルの無残な姿。

 救い出すこともできず、自分の手で彼女の命を断ったこと。

 敵を尋問した結果、ルーシェルの人生を踏みにじった元凶がローデリアの女将軍ジェリアであること。

 それから半年かけてルーシェルの仇を討っていたこと。


 アルディスが話し終えるとグレイスは憤怒の感情を体中にまとわせて吐き捨てた。


「あのクソ女が……。一体どこまで俺たちを……!」


「それにマーティですか……」


 口調だけなら丁寧に、しかし冷ややかな表情の中に確かな怒りを内包したままエリオンがつぶやく。


「……こうなるとわかっていればあのとき全員葬っておくべきでしたね」


「ルー姉……」


 アルディスのとなりではレイナとキョウがルーシェルの名を呼びながら目を赤く腫らしていた。

 やはりふたりにはまだ聞かせるべきではなかったのかもしれない。


 若干の後悔を心の奥に押しやり、アルディスは意識を別の方向へ持っていく。


 残る仇はたったの三人。

 だがその三人へ届くほどの牙は今のアルディスにない。


「残りは三人。あの狂女にマーティとその仲間の男。だけど三人とも簡単には手が届かない」


 ローデリア王国軍の重鎮であるジェリアは当然ながら、その直属の配下となっているマーティたちも常に守りの固められた城の中にいる。

 すでにこちらの狙いも把握されているようで、マーティたちは城から出るときにも単独行動を避けている様子だった。


「だったら戻ってこい」


 言葉短くグレイスが告げる。


「今さら俺の復讐に団を巻き込むつもりはない」


「そうじゃない。どのみちあの女は俺たちにとっても絶対に許せない相手だ。俺たちだってずっとなにもしていなかったわけじゃないぞ」


「団長の言う通りです」


 エリオンが続く。


「僕らだってこれまであの女将軍の動向を注視し続けてきたんです。まともに戦って勝てる相手ではありませんからね」


 アルディスが出奔してからのウィステリア傭兵団も決して平穏な毎日を過ごしていたわけではない。

 もちろん傭兵団であるからには日々戦いに身を置くのは当然として、同時に低下した戦力の回復もしなければならなかった。

 その上で女将軍ジェリアに対する復讐のみちを模索し続けていたのだという。


「他の傭兵団や対ローデリア王国の立ち位置にある国へも根回しを続けてようやく現実的な作戦にこぎ着けることができました。勝負は二ヶ月後。このタイミングでアルディスに会えたのもただの偶然とは思いたくありません」


「……詳しい話を聞かせてくれ」


 アルディスがそう答えを返すのは当然のことだった。






 宿を出たアルディスたちは外で待っていたロナと合流して町を出ると、ウィステリア傭兵団が野営している場所へと向かう。


「おお、アルディスじゃねえか! ロナも一緒か!」


「よう、ダーワット」


「アルディスだって!? ……マジでアルディスか! ハハッ、すっかり一丁前の顔になりやがって!」


「あんたの方は相変わらずだな、ジョアン」


「よく……よく戻ってきたね、坊や……」


「いい加減坊やはやめてくれよ、レクシィ。さすがにもうそんな歳じゃない」


 グレイスに続いて野営地へ姿を現したアルディスへ、顔見知りの傭兵たちが次々と声をかけてくる。


「とりあえず顔見せがすんだら俺のところに来てくれ。案内はエリオン、頼むぞ」


「ああ、すぐに行く」


「わかりました」


 五年近い月日は決して短くない。

 最後に別れたときよりも少し貫禄のついた仲間たちへ言葉を返しながら、アルディスはただただ純粋に『帰ってきた』と温かい感情に包まれる。

 やはりここが自分にとっての家なんだと実感しながら、同時に周囲を見回して見知った顔の少なさに胸を痛めた。


 再会を喜ぶ旧知の仲間たちからようやく解放されたアルディスは、エリオンにグレイスの個人的な天幕へと案内される。


「人数だけは以前と同じに戻ったがな」


 天幕に入ったアルディスが腰を落ち着けるなりグレイスは現状を口にした。


「アルディスがいた頃のメンバーは全体の半分……いや三分の一くらいか。新米は当然だが中堅のメンバーにもお前の顔を知らないやつは結構いるだろうよ」


「まあ……、五年も経てばそうだろうな」


 アルディスが苦笑する。


「それで、作戦っていうのを聞かせてもらいたいんだが?」


「まあそう急くなよ。直にヴィクトルが――」


 逸るアルディスにグレイスが答えようとしたところで天幕の入口が開く。


「お待たせしましたかね?」


 姿を現したのは小麦色の髪を持つ長身の男。

 傭兵という物騒な生き方に似つかわしくない、妙に気品のある顔立ちがアルディスを見て柔らかく緩む。


「久しぶりですね、アルディス。ロナも」


「ヴィクトル……、そうだな」


 空いた場所にヴィクトルが座ると入れ替わりにエリオンが外へ出て行った。


「じゃあヴィクトルも来たことだし説明するか」


「他のみんなはいいの?」


「古参のヤツらはみんな知ってることだ。今さら説明する必要もない」


 ロナの疑問にそう答えると、グレイスはさっそく状況について話しはじめる。


「あの女将軍が普段詰めている居城はアルディスも知っているんだな?」


「そりゃあな。常駐兵が確か千人、くらいだったか?」


「うん、そういう話だったね」


 誰にというわけでもないアルディスの問いかけへ律儀にロナが答える。


「さすがにそれくらいは知っていたか。だったら言うまでもないだろうが、城にこもった千人相手にいち傭兵団がどうこうできるわけもないということもわかるな?」


 グレイスの問いにアルディスが同意すると、横からヴィクトルが説明を引き継いだ。


「だったら戦場で――と言いたいところですが、年々あの将軍の地位も王国内で高くなっていますのでね。昔のように小規模の戦いで前線に出てくることはなくなりました。千人規模の戦いなら本人が出てくるまでもないということなんでしょう。かといって大規模な戦いになると以前やったように隙を付いて本隊を強襲というのも難しくなります」


「だからこれまでは手が出せなかった。悔しいことに時間が経つにつれてあの女は手が届かないところへ行っちまう」


 アルディスは口を挟むことなく無言で頷くだけに留める。


「今回の作戦を形にするまでずいぶん苦労したんだが」


「主に苦労したのは私とエリオンですけどね」


 ヴィクトルの容赦ない横やりにグレイスは一瞬言葉を詰まらせた後、咳払いをひとつして何事もなかったかのように話を続ける。


「二ヶ月後に大きな戦いがある。四ヶ国連合が足並みを揃えてローデリアを叩くつもりらしい」


 かつてローデリア王国へ対抗するために手を携えていた五ヶ国だったが、構成国のひとつが継承問題で内戦に陥っているため現在は四ヶ国による連合へとその数を減らしていた。

 この五年、ローデリアと四ヶ国連合の間には小競り合い程度の戦いしか起こっていなかった。

 だが今回、四ヶ国連合側はかなり大規模な出兵を計画しているらしい。


「その戦いに参加すると?」


「いや、参加はしない。だが利用する」


「四ヶ国連合が本腰を入れて出兵してくるとなれば兵力は万を超えるでしょう。そうなれば当然あの将軍自らが軍を率いて出るはずです。今のローデリアに万単位の将兵を率いるだけの人材は他にいませんからね」


 そう言うとヴィクトルは簡易地図を広げてローデリアの王都を指さす。


「その規模の軍になると通常は王都で編制された後、前線へと移動する途中で将軍が指揮を引き継いで――という流れになると思います。建前上は将軍の居城へ兵が集まってそこで編制という形ですが、実際には王都でなければそれを処理する武官も文官も足りないでしょうから」


「あの女自らが一度王都に戻って最初から軍を率いてくるという可能性はないのか?」


「まあ、少数の護衛で移動してくれるっていうならこっちとしては願ったり叶ったりだろ。むしろそっちの方が楽でいい」


「団長の言う通りです。その場合は少数の護衛と共に移動する将軍を討ち取れば良いのですから。ですがそれは可能性が低いでしょう。王国があの将軍を少数の護衛だけで王都へ召喚するとも思えません。昔とは地位も立場も違います。かといって戦時である以上、王都へ戻る護衛のため前線に近い居城から多数の兵を引き抜いて後方へ下がらせるのは無駄が過ぎます。そもそも戦をする相手にそんな隙を見せられるわけがないでしょう」


「それもそうか……」


「で、どうするの?」


「王都からの本隊が将軍の居城へ到着する当日に、城から半日ほどの距離で陽動作戦を実施します」


 言いながらヴィクトルが地図上の一点を指し示す。


「ウィステリア傭兵団の一部と、その土地を治める領主の軍がこの町にこもってローデリアに反旗を翻すというシナリオです」


「ローデリアの領主が手を貸してくれるとでも言うのか? そんな都合の良い話があるとは思えないが」


「いいえ、違いますよアルディス。彼らが我々に手を貸してくれるのではありません。彼らの挙兵に我々が手を貸すのです。少なくとも彼らの認識では」


「……そういうことか」


「どういうこと?」


 首を傾げるロナへアルディスが自分の推測を口にした。


「ローデリアの不満分子をそそのかして本人たちをその気にさせたんだろう。鎮圧部隊を退けるために足りない戦力の提供という形でウィステリア傭兵団が手を貸す――ように見せかけて実はこっちの都合で利用してるってことだ」


「概ねその通りです。アルディスもちゃんと考えられるようになったようですね。もちろん挙兵の裏では四ヶ国連合が糸を引いてますが、それを利用させて貰った感じです。当の領主は前線で戦いが始まった頃合いを見て挙兵するつもりですが、申し訳ないのですけれどこちらの都合で挙兵の時期を数日早めさせてもらいます。早めざるを得ない状況を作る、と言った方が正確ですが」


「うわぁ、悪質だねえ」


はかりごとをする上でそれは褒め言葉ですよ」


 からかうような口調のロナに平然とした顔でヴィクトルが返す。


「当人たちの意向は無視して挙兵を白日の下にさらすわけですが、当然ローデリアとしてはその対処に兵を送らなければならないでしょう。大きな戦いを前にして不安要素をそのままにしておけないはずですからね。周辺の兵力配置を考えればまず間違いなく将軍の居城から鎮圧部隊が差し向けられるはずです。四ヶ国連合の軍へ隙を見せられない以上、他の場所から兵力を抽出するのは無理です」


「そうしてあの女の部下たちが出払ったところで俺たちが居城に突っ込むって算段だ」


 最後にグレイスが付け加える。

 しかしアルディスの表情は曇ったままだ。


「そう上手くいくとは思えないんだが……」


「本隊が王都から到着する前に城へ攻撃を仕掛けるの? でも向こうにしてみれば居城の守りを薄くするのは下策だろうし、本隊が到着するまで鎮圧も後回しにするんじゃないのかなあ?」


「そういうわけにもいかないのですよ。ローデリア軍にしてみれば四ヶ国連合軍とぶつかるにあたって、反乱分子を抱えたまま戦うことは絶対に避けたいでしょう。対処が遅れればその分鎮圧も遅れます。手間取り続ければその間に敵は進軍してくるわけですし、下手をすると反乱の鎮圧と四ヶ国連合との戦いを並行して、ということにもなりかねません。もともと受け手側となるローデリアの方が一手分後れを取っているのです。その上鎮圧に手間取れば状況はさらに悪化しますからね。ローデリア軍の立場で考えれば少しでも早く反乱は鎮圧したい、ですがそのために捻出できる戦力は――というジレンマに陥るでしょう。そこでタイミングが大事になるのです」


「タイミング?」


「ええ。もし本隊が城へ到着するであろう予定日に反乱発生の報が届いたとしたらどうでしょうか?」


「……じきに本隊が到着するなら城の兵力を鎮圧に割いたとしても守りが薄くなる時間は最小限ですむ、と考えるかもしれないな」


「鎮圧部隊を進発させるにしても準備に半日はかかります。場合によっては準備をしている間に本隊が到着すると考えてもおかしくありません。そして一旦動きはじめると人間というのは予定通り動く方が楽なものです。兵力の空白は最小限に収まると思わせておいて城の兵をおびき出し、同時に別働隊で本隊を多少なりとも足止めできれば……」


「作り出した空白の時間に攻め込む余地が生まれる、と」


 アルディスがあごを指でつまむ。


「理屈としてはわかるんだが、ローデリアの本隊――万単位の兵力を足止めするような戦力がどこにあるんだ?」


「なにも戦う必要はないんですよ。なぜか街道に大岩や瓦礫が散乱していたり、なぜか雨も降っていないのに一部がぬかるんでいたり、なぜか助けを求める旅人が度々現れたり、なぜか普段は見かけないような獣が襲いかかってきたり……。そういうちょっとしたトラブルがたまたま重なれば、ひとつひとつは小さなタイムロスでもどんどん積み重なっていくわけです。特に大きな軍の場合、止まるのも進みはじめるのもいちいち大変ですから」


 笑みを浮かべながらヴィクトルがおどけてみせると、ロナが異なる表現で言い換えた。


「つまり戦うんじゃなくて嫌がらせをして足を止める、ってこと?」


「そういうことです」


「なるほどな……」


「絶対に成功するなどとは思っていませんが、分は悪くないと思いませんか? 私としては六割くらいの確率で成功すると見積もっています」


 確かに成功の可能性は低くないだろうとアルディスも思った。

 ヴィクトルの言う通り難しいのは反乱の報せが城に伝わるタイミングだろう。


「もしローデリアが鎮圧を後回しにしたらどうするんだ? 四ヶ国連合との戦いで不利になるのを覚悟の上で、本隊が到着してから鎮圧部隊を送る決断をしたら」


「そのときは諦めて次の機会を待ちましょう。挙兵した領主の元にいる部隊へも連絡して密かに撤退させるのが最善です」


「それともうひとつ気になることがある」


「なんですか?」


「……以前のようなことはないのか? あの……研究施設を制圧しに行ったときのような」


 当時の五ヶ国連合から請け負った研究施設の制圧という依頼。

 それが蓋を開けてみればウィステリア傭兵団を罠にはめるための謀だったという、アルディスたちにとっては忘れられない苦い過去だ。


 企みを見抜けず、女将軍ジェリアの罠にはまったアルディスたちは団員の半数以上を失うという大打撃を受けることとなった。

 ウィステリア傭兵団がジェリアへの復讐をその目的とした集団に変質したのはあれからだろう。


 もしあのときのようにこちらの謀がローデリア側へ筒抜けになっていたら……。

 そう考えてしまうのも当然だった。


「心配無用です。あのときは連合もろとも踊らされてしまいましたが、今回はウィステリア傭兵団単独で動いているので他から企みが漏れることはないはずです。確かに作戦そのものは四ヶ国連合の謀に便乗した形になります。しかし直接彼らと連絡を取って共同戦線を張っているわけではありません。情報収集も根回しも間に何人もの人間を挟んでこちらの関与を悟られないよう徹底しています」


 どうやら不安材料は対策済みらしい。


「そうか。それを聞いて安心したよ」


 一番の懸念が払拭された以上、アルディスにとってこれは女将軍ジェリアを間合いに捉えるまたとない機会であろう。


「で、どうだ? 無理にとは言わないが、あの女をぶん殴るのにお前も一枚噛まないか?」


 すでにアルディスの結論はグレイスに問われるまでもなく決まっていた。


「ああ、もちろんだ。むしろダメと言われても無理やり参加させてもらうさ」


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