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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第314話

 それからアルディスとロナは同じような方法で残る四人のうちふたりを捕らえ、尋問し、最初のひとりと同じように死ぬまでの短い時間生き地獄を味わわせた。


 魔術を扱えないマーティたちも魔力そのものは持っている。

 マーティたちがアルディス同様に魔力を探る術を持っていれば話は別だが、彼らは剣術に特化するあまり魔術の習得をおろそかにしてきたのだろう。

 向こうはこちらの動向を把握できない一方で、こちらは向こうの居場所が簡単にわかる状況では人数差も意味をなさなかった。

 相手が単独行動するまで潜み続け、その機会を逃さなければいいだけの話だ。


 しかしそれも長くは続かない。

 さすがに単独行動していた三人が次々に殺されたことでマーティたちも警戒しはじめた。

 単独行動をやめ、さらに砦に強い魔力反応を持った人間が増えだしたのだ。


「これ以上は無理だろうね。以前までいなかった強い魔力反応が増えてる」


「増援か……」


 遠目に砦を睨みながら憎々しげにアルディスがつぶやく。


 砦の情報を提供したあの情報屋がローデリア側にもアルディスたちの情報を売ったのだろう。

 時間をかければこうなることはわかっていたが、確実に相手を圧倒するには仕掛けるタイミングを誤るわけにはいかなかったのだ。

 それでもせめてあの五人組だけは仕留めておきたかったとアルディスは歯がみする。


「でも情報は十分に得られたでしょ。全員地獄送りにするまではボクも付き合うから――」


 ここは退けと目でロナが告げてきた。


 これまで手にかけた三人からに訊きだした情報でルーシェルをけがした人間の名前と特徴は入手できている。

 その人数の多さに目の前が暗くなるほどの怒りに包まれるが、それでも標的が定まったことには間違いがない。


「マーティたちは……絶対にこの手で……!」


「わかってるさ。全員片をつけるまではボクも付き合うよ。ボクは腕か足を一本分けてくれればそれで我慢するから、それ以外はアルの好きにしなよ」


 冷静に不利を悟って退くことを促すロナとてマーティたちへの憎悪は強いだろう。

 幼いロナを見つけ自分の懐へ迎え入れたのはアルディスではなくルーシェルである。

 親友を踏みにじった怨敵に対する怒りはアルディスに勝るとも劣らないはずだった。


「ルーをいつまでも氷漬けにしておくわけにはいかないだろう? どこかゆっくり眠れるところに埋葬してあげよ?」


「そう、だな……」


 アルディスは未練がましく憎悪のこもった視線を砦に向け、その場を後にした。

 ルーシェルを探すふたりの旅は、この瞬間から復讐の旅へと目的を変えて続くことになる。






 そうして半年の時が流れる。

 尋問の結果得られた情報から、アルディスとロナは各地を巡りながら以前砦の巡回任務に就いていた兵士を次々と殺害していった。


 復讐を果たしたからといって得られるものは何もなく、しかしそれでも復讐せずにはいられない。

 ただ得体の知れない何かに捉えられてしまったようにアルディスは憎悪を敵に叩きつける毎日を過ごし続ける。

 長いようであっという間の半年が過ぎたとき、アルディスの復讐対象はマーティたちふたりとローデリアの女将軍ジェリアを残すのみとなっていた。


 だがその半年間にマーティたちは国境近くの砦からジェリア直属の部隊へと配属が変わっており、アルディスたちだけでは容易に手が出せない状況にあった。

 これまでアルディスたちがふたりだけでやってこれたのは、いずれも相手が単独行動していたり、不意をついて致命的な一撃を与えることができたからだ。

 いくら仇討ちに心を支配されていたとしても、自分たちふたりだけで敵の拠点に殴り込むのが無謀であることは理解している。


 そんなおり、ロナとふたりだけでは限界を感じるに至ったアルディスが立ち寄った町でウィステリア傭兵団の面々と再会することになったのはまったくの偶然であった。


「アル兄ぃ!」


 突然の呼びかけに手が腰の剣に伸びるが、振り向いたアルディスはこちらへ向かって突進してくるふたりの人物を目にするとすぐに警戒を解く。


 そこへ飛び込んできたのはふたりの姉弟。

 姉が真っ先にアルディスの身体に取り付き、遅れてやって来た弟が反対側から抱きついてきた。


「レイナ、キョウ……お前ら、どうしてここに?」


 それはかつてアルディスとルーシェルがローデリア王国の施設から救い出した子供たちだった。


 あれから五年近い月日が経つ。

 ふたりとも見違えるほど大きくなっているが、幼さをまだ残したその顔は間違いなく妹分、弟分として可愛がっていた本人たちだ。


「なんでここにいるの!?」


 アルディスの問いかけをそのまま返してきたような言葉はこの再会がただの偶然だということを物語る。


「いや、武器の手入れをするためにな……」


「そうなの? じゃあすごい偶然だね!」


「え……手伝いに来てくれたんじゃないの?」


 弟のキョウは純粋にこの邂逅を喜び、姉のレイナはなにやら少し不満そうな表情を見せた。


「一応ここにボクもいるんだけどなー。もうボクのことは忘れちゃったのかなー」


 足もとで相棒の黄金色がふてくされたように棒読みのセリフを吐く。


「忘れてないよロナ! ちゃんと憶えてるって!」


 アルディスのから離れたキョウが今度はロナの身体に抱きつく。

 ロナはなされるがままにキョウを受け入れ、視線をレイナに向けると『君はいいの?』とばかりの視線を投げかける。


「ロナもおかえり! ふふ、相変わらずフワッフワね」


 誘惑に負けたレイナはロナの身体に抱きつくと子供っぽさの残る笑顔を浮かべた。

 そんな屈託のないふたりの笑顔が、ささくれだったアルディスの心を癒やしてくれるような気がした。


「ふたりともちょっと見ない間に大きくなったな」


 ルーシェルを探すために傭兵団を出たとき、まだふたりは幼かった。

 キョウに至っては身長がアルディスの腰に届かないほどだったのだ。

 すでにそのときロナは成体になっていたため、あれから身体に大きな変化はない。


 長い間変わりのない相棒と寝食を共にしたことで時間の間隔が麻痺していたのだろうか。

 ふたりの成長に、流れた月日の長さを突きつけられる思いがした。


「アル兄ぃ、その言い方おじさんくさーい!」


 ひとしきりロナの身体を堪能したキョウがアルディスを見上げて笑う。

 久しぶりにアルディスの頬が緩んだ。






 レイナとキョウの案内で町中にある宿のひとつへと赴いたアルディスとロナは、そこで懐かしい顔と再会する。


「お帰り、アルディス」


「……エリオンか」


 アルディスを迎えたのは天才魔術師である双子の片割れ、エリオンだった。

 その落ち着いた反応にアルディスは疑問を抱く。


「まるで俺が来るのをわかってたみたいな反応だな」


「そんなことはありませんよ。これでも結構驚いているんです」


 微笑を浮かべながら緑がかった銀髪の美男子は言う。


「そんなすまし顔でか? それになんだよその他人行儀な口調は」


「役割柄これが身に染みてしまいましてね。二年ほど前からヴィクトルさんの代わりに対外折衝を任されるようになったんですよ。顔も口調もそのせいです。いちいち切り替えるのも面倒ですし」


「エリオンが対外折衝役ねえ……。ヴィクトルはいないのか?」


「ヴィクトルさんは団の方に残っています。僕に面倒事を押しつけて本人は生き生きしてますよ」


 どうやらあの食えない男はさっさと自分の後継者に仕事を引き継いで、自らは一足先に肩の荷を下ろすことにしたらしい。


「代わりといってはなんですが、団長ならこの宿にいますよ。案内しましょう」


 そう言って踵を返したエリオンを追いかけ、宿の二階にある一室へと足を踏み入れたアルディスは親代わりであると同時に師でもあった男の姿を見つけた。

 かつてアルディスが所属していたウィステリア傭兵団の団長、グレイスである。


「…………アルディスか!」


 しばらくこちらを見て呆けていたグレイスは次の瞬間オリーブ色の瞳へ喜色をあらわにした。


「はははっ、生きてやがったかこの野郎!」


 乱暴な物言いとは裏腹にグレイスは破顔して歩み寄ってくると、その存在を確かめるかのようにアルディスの肩や背中をバンバンと力任せに叩いてくる。

 喉から出かかった苦情を飲み込むと、アルディスは目を伏せて頭を下げる。 


「すまなかった」


「なんだよ藪から棒に」


「団が大変なときに、勝手な自分の都合で抜け出したことだ。申し開きのしようもない」


 あの時はルーシェルのことしか頭になかったとはいえ、戦える人数が激減した状態の中、無断で出奔してそのまま五年近くも姿を見せなかったのだ。

 軍隊ならば脱走者として処罰されて当然だし、それが傭兵団でも制裁や罰則の対象となるのは常識であった。


 頭を下げたくらいで許される事ではないにしろ、それでも今のアルディスは自分が迷惑をかけたと理解するだけの冷静さを取り戻している。

 行き場のない自分たちを保護し、生きる術を与えてくれた恩に報いるどころか仇で返す結果になったことをアルディスはずっと気にんでいた。


「なんだ、そんなことを気にしてたのか」


「そんなことって……」


「いいんだよ。お前にとって一等大事なもののためってことはわかってたんだ。お前を責めるやつはウィステリア傭兵団にはいないさ」


「…………感謝する」


「なんだよ他人行儀だな。初対面の時さんざん俺に飛びかかってきた小僧がすっかり大人になっちまいやがって」


 かつての無様な自分を思い出し、アルディスはばつの悪そうな表情を浮かべた。

 そこへ横からエリオンまでもが参戦してくる。


「ああ、例の団長がアルディスを拾ったときの話でしたっけ? ナイフ一本を手に飛び出して他の人には目もくれず一直線に団長へ飛びかかったっていう」


 アルディスは思わず手のひらで目を覆う。


 他に方法が思い浮かばなかったとはいえ、今から考えれば無謀にもほどがある行動だった。

 穴があったら入りたいとはこのことだと痛感しながらも、迷惑をかけただけの自分を非難することもなくこうして受け入れてくれるグレイスとエリオンに傷だらけとなった心が温かく包まれるような思いがした。


 しばらく互いを揶揄やゆするようなやり取りが続いたあと、ふとグレイスが真剣な表情を見せて問いかける。


「それで……ルーはまだ見つかっていないのか?」


 ほぐれかけたアルディスの心が瞬時に固くなり冷たさを増す。

 言葉にしようとして声が出ず、アルディスは首を横に振ることで答えを返した。


「見つかったんですか!?」


 エリオンが驚く。

 アルディスは再会してから初めてエリオンの感情に触れたような気がした。


「……それを話す前にレイナとキョウは席を外してくれるか?」


 ルーシェルの最後を伝えなければならない。


 少なくともグレイスとエリオンのふたりはそれを聞く権利があるだろう。


「なんで私たちはダメなの!?」


「僕らもルー姉のことずっと心配してたんだよ!?」


 のけ者にされることを受け入れられないと、レイナとキョウが食ってかかる。


「ふたりにはまだ早い」


「早いってなにが!?」


「どういうこと? ルー姉を見つけたんだよね?」


 困ったアルディスはグレイスとエリオンに視線を送る。


「アルディス、ふたりにも聞かせてやれ」


「しかしグレイス……」


「ふたりはもう一人前の傭兵だ。単独でネデュロも狩ったし、前線要員として何度も戦場に出ている。子供扱いはするな」


「はぁ……? レイナはともかくキョウはまだ――」


 境遇が境遇だけにアルディス同様レイナとキョウも正確な年齢はわからない。

 だがアルディスですらその当時は「まだ早すぎる」と心配する声が多かったくらいなのだ。

 姉のレイナは当時のアルディスよりも若く、キョウに至っては声変わりもしていない少年である。

 それがネデュロを単独討伐して傭兵の仲間入りしたと言われてもすんなりとは受け入れられなかった。


「本当ですよ。ふたりとも昨年正式に傭兵団の一員となりました。僕なんかよりもよほど見込みがある子たちです」


 サークと共に天才魔術師と称されていたエリオンが迷いもなくそう言い放ったことに、アルディスは言葉を失う。


 しかしグレイスとエリオンが口を揃えてそう言う以上、またレイナとキョウが一人前の傭兵として認められている以上は反論も難しいだろう。


「わかったよ……」


 アルディスはまだ幼さの残るふたりを渋々と一人前の傭兵として認めるしかなかった。


「だけど聞いて後悔するなよ」


 そう前置きをしてアルディスは傭兵団を出てからのことを話しはじめた。


2021/12/26 誤字修正 くれくれた → くれた

※誤字報告ありがとうございます。


2022/01/27 誤字修正 !。 → !

※誤字報告ありがとうございます。

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