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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第308話

「ここにもいないか……」


「アル、そろそろ追っ手が来るよ」


 採光用の小さな窓だけが室内を照らす中、落胆した様子のアルディスをロナが促す。


「わかってる」


 短くそう答えるとアルディスは踵を返して通路へと戻っていく。

 黄金こがね色の四つ足獣と並び歩き去るその後には、扉という扉、鉄格子という鉄格子のすべてが破壊されて遮る物のなくなった広大な空間が残っている。

 当初は戸惑いを見せていた虜囚たちも、自分が不意の自由を得たと理解するや途端に歓喜の声を上げて逃亡をはじめていた。






 ルーシェルの行方がわからなくなってから四年の月日が経っていた。


 四年前、崩れ落ちた施設跡でルーシェルを見つけられず、かといって他にあてがあるわけでもないアルディスは失意と共に立ち去るしかなかった。


 ウィステリア傭兵団に戻ったアルディスはすぐさまルーシェルを捜す旅に出た。

 事情を知った仲間たちの中に引き留めようとする者はひとりとしておらず、グレイスはアルディスの肩に手を置いて「いつでも戻って来ていいからな」と、言葉少なくその背中を押してくれた。


 ロナを唯一の共連ともづれとし、アルディスはただひたすらに探し続ける。


 黒い髪の女傭兵がいると聞けば遠国の戦争にも参加し、若い女魔術使いの噂を耳にすれば会いに行く。

 あの施設と同じような場所を見つければ苛立ちをぶつけるように徹底的に破壊して囚われた者たちを解放していった。


 以前のアルディスであれば、たとえロナの助力があったとしてもそのように強引な手段をとることはできなかっただろう。

 しかし立ち止まることのない戦いの毎日はアルディスの実力をいやおうにも高めていった。

 十人や二十人程度の護衛ならば蹴散らし、施設を瓦礫の山へと変えるくらい今のアルディスにとってそれほど難しいことではない。


 そうして大小様々な施設を五つほど壊滅させたところで、アルディスは追われる身となってしまう。

 幸いあの施設に携わっている者はローデリア王国でも一部に限られるようで、アルディスも国からおおやけに手配を受けているわけではない。

 あくまでも施設の発案と運用はローデリアの女将軍ジェリアの管轄――あるいは独断なのだろう。


 ローデリアそのものを敵に回さずにすんでいるのは幸いだったが、だからといって問題がないわけではない。

 少なくともこうしてアルディスの襲撃にすぐさま対応して追っ手を差し向けてくるあたり、向こうとしてもかなりこちらを危険視はしているらしい。


 破壊した施設の数は四年間で両手両足の指を使っても数え切れないほどだ。

 結果、多くの子供を救い出せたが、アルディスにとってそれは何の慰めにもならない。


 なぜならアルディスが最も大切にするものはいまだにその行方がつかめていないからだ。

 

「ルー、どこ行っちゃったんだろうね」


「……」


 この四年間、何百回と繰り返されたロナのつぶやきにアルディスは無言を貫く。


 これだけ探してもルーシェルの行方は一向にわからない。

 自由に行動できない状態にあるのか。

 戦いのある日々から逃れたくてあえて消息を絶っているのか。

 帰るべき故郷へ戻る手段を見つけたのか。


 あるいは何らかの理由で記憶を失い、アルディスやウィステリア傭兵団のことを忘れて暮らしている可能性もある。


 だがそれならばいい。

 たとえ互いの人生が再び交わることがなくとも、無事でいてくれるのであればアルディスにはそれで十分だった。

 最悪の可能性から目をそらしながら、がむしゃらにさまよい続けるアルディスにとってはむしろ救いのある話だろう。


 しかしアルディスの進む道に終わりは見えない。

 きっと生きているはずだという願望にも似た思いが終わることを許してくれなかった。


 あてもなくルーシェルを探し続けた四年間は確実にアルディスの心をすり減らしている。

 限界まで張りつめた弦のように些細なきっかけで切れてしまいそうな危うさがあった。


 悔恨と自責の念、そして自らの愚かさに押しつぶされそうになりながらも、歩みを止めることは許されない。

 与えられた命令をこなす木偶でく人形のように延々と続く旅がアルディスにもたらしたのは、経験により洗練された戦闘技術とその腕っ節で路銀を稼ぐ手段、そして情報屋との縁である。


「で、お前の欲しがってた黒髪の女について新しい情報――」


「いくらだ」


 休息のため立ち寄った町で馴染みになりつつある情報屋と会ったアルディスは、話を切り出しかけた相手の言葉を遮って値段を問う。


「っと、話が早いのはお前のいいところだよ」


 情報屋の男は素の笑顔を見せた後、すぐさま商売用の顔に戻る。


「今回は確度の高い情報だからな。三千キャルはもらうぞ」


 情報料としてはかなり高額の部類に入るその金額にアルディスは文句もつけず、路銀袋から取りだした硬貨を男の前に積み上げた。


吝嗇けちじゃないのもお前のいいところだな」


「世辞はいらん。さっさと情報をよこせ」


「せっかちなのはお前の悪いところだが……、まあ貰うもん貰った以上はこっちも仕事だ」


 積み上がった硬貨を流れるような手つきで懐へしまうと、情報屋の男は目だけを左右に動かして周囲を確認した後、アルディスにだけ聞こえる声で話しはじめた。


「ローデリア領の南端、隣国との国境近くに古い砦がある。今は新しい砦があるから国境警備はそっちがメインになっているが、それとは別に周囲を巡回する部隊の駐留や訓練用の施設としてもっぱら利用されている。そこの地下牢に何年もの間捕らえられている女がいるらしい」


「何年も、というのは?」


「確実なのは三年以上。もしかすると四年くらいになるかもしれん」


 アルディスの眉がピクリと動いた。


「でだ。お前にとっては一番大事な点だろうが、その地下牢の女。年の頃は二十代の半ば。長い黒髪でおまけに瞳の色も黒ときたもんだ。ただまあ、どうして何年も捕らえられているのかはわからんがな。国境近くの砦なら怪しい人間を一時的に拘留することはあっても、年単位で捕らえておくくらいなら別のところへ移送するだろうし」


 髪色ばかりか瞳の色まで黒い。しかも年齢も二十代半ばとなれば、その人物がルーシェルである可能性はかなり高い。

 アルディスは希望を得て沸き立ちそうになる心を沈め冷静に問いかけた。


「その女……生きてるんだろうな?」


「死んだ人間なら捕らえておく必要はないだろう?」


「……そうだな」


 情報屋の反問に納得するとアルディスは砦の場所を詳しく確認して席を立つ。

 町の外で待機していたロナと合流すると、その足先を南へと向けた。


「行くぞ、ロナ」


「手がかりはつかめたの?」


 待ちぼうけを食らわされたロナがあくびとともに成果を確認してくる。


「ああ。三千キャル払わされたけどな」


「三千? そりゃまたふっかけられたね」


「だが黒髪と黒眼の女が三、四年の間地下牢に入れられている――って情報だ」


 アルディスの言葉にロナの目が細められた。


「ふうん、どこに?」


「ローデリア南の国境付近にある古い砦だとよ」


 一瞬だけロナは複雑そうな表情を見せる。


「そりゃまたずいぶん遠いところに……」


 それから気遣わしげな視線をアルディスに向けて問いかけた。


「……ルーだと思う?」


「可能性は高いと思う。時期的にも一致するしな」


 そうアルディスが答えると、ロナは柔軟運動のように身体全体を伸ばしはじめた。


「すぐに向かうよね? どうせ向こうにもボクらの情報を売るんだろうし」


「それが情報屋だからな。だがこっちには先に動いているという優位性がある。情報が砦へ伝わる前に潜入して片をつけてしまえばいいんだ」


「ま、そうなるよね」


 互いに予想通りの受け答え。

 四年間常に一緒だったふたりにはそれだけで十分に通じ合うものがあった。


「馬でも借りる?」


「残念ながら三千キャル支払ったおかげですっからかんだ」


「じゃあ仕方ないか。そうすると空から?」


「ああ、それが一番速い」


「ちゃんと途中で休憩挟んでよ。疲れるんだから」


「できる範囲でな」


「ホントかなあ……」


 疑いの言葉を口にしながらもロナが空中に不可視の足場を作って飛び乗った。


「行くぞ」


 同様に宙へ生みだした足場へ乗ったアルディスは短く出発を宣言する。


 足場の裏側に中が空洞になった円錐えんすい状の障壁を逆さにしたフタのように作り出すと、その中で魔術による爆発を生みだし、足場ごと身体を宙に放つ。

 高度を稼いだところで今度は横方向に同じ要領で身体を飛ばして初速を得る。


 あとは断続的に後方から強い風をあてれば擬似的な飛行術にさまわりだ。

 小回りが利かないため戦闘にはとても使えないが、今回のような長距離を直線的に移動する目的には適している。


 アルディスの視界をものすごい速さで景色が通り過ぎ、先ほどまで滞在していた町の姿はあっという間に見えなくなった。


2021/11/14 誤字修正 アルディスが得たのは → アルディスにもたらしたのは

※誤字報告ありがとうございます。

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[気になる点] 四年……嫌な予感しかしない……
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