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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第307話

 不完全燃焼で野営地に戻ってきたアルディスを待っていたのは、ルーシェルの残した書き置きだった。


『すぐに戻ってくる。心配しないで、危険も無茶もしないから』


 それを読んだとき、アルディスは全身が凍りつくような恐怖に見舞われる。

 慌てて野営地を走り回りルーシェルの姿を探し、そこら中でつかまえた人間にその行方を聞くが当然知る者はいない。


「すまん、アルディス」


 そんなアルディスへ突然声をかけてきたのは留守を任されていたサークだった。

 そのとなりにはエリオンの姿もある。


「何か知ってるのか!?」


 サークの両肩へつかみかかるように迫ったアルディスへ、横からエリオンが表情に影を落としながら言った。


「たぶんルーはひとりで……」


「……どういうことだ?」


 野営地を出発した後の話をエリオンから知らされ、アルディスは思わず彼らを怒鳴りつけたくなる。


「なんで――!」


 止めてくれなかったのか、と口から飛び出しそうになった言葉をすんでの所で押し止めた。


 サークもエリオンもルーシェルが短慮を起こさないよう忠告してくれていたのだ。

 それを無視してひとりで飛び出したのはルーシェルの意志である。


 物事の分別が付かない十やそこらの子供ではない。

 傭兵団の一員として認められた一人前の人間が周囲の反対を押し切って、しかも無断で出て行った以上はその責任も本人に帰するはずだ。

 エリオンに当たるのは筋違いの話だろう。


 ルーシェルを追って連れ戻そうにも、彼らはグレイスからの指示で野営地全体の守りを任されている。

 実力者であるふたりが残るからと、野営地の守りは少ない人数しか割り当てられていなかった。


 ただでさえ戦力として数に入っていたルーシェルが姿を消したのだ。

 その上双子のどちらかが野営地を離れてしまえば残された者たちの危険度はさらに大きくなってしまう。

 勝手な行動をとって他の非戦闘員たちを危険にさらすわけにはいかない。


 それがわかるからこそアルディスの感情はぶつけどころを見失う。


「くっ……!」


 やりどころのない気持ちを抱えたままアルディスは身をひるがえした。


「ちょっと、アルディス!?」


「グレイスに伝えてくれ。すまない、と」


 呼び止めるエリオンの声を背にアルディスは自分の天幕で手早く最低限の準備だけを調えると野営地を飛び出した。


 ルーシェルの残した書き置きには行く先が書かれていない。

 しかし向かった先があの施設であることは明らかだった。


 三日前に発ったルーシェルに、今から追いかけて間に合うとは到底思えない。

 だがそれでもアルディスは飛び出さずにはいられなかった。


「アル、ボクを忘れてるよ」


 目的地へ向けて駆け出したアルディスのとなりに黄金こがね色の獣が並ぶ。

 一瞬何かを言いかけて口をつぐみ、再び口を開いたアルディスが短く答える。


「急ぐぞ」


「わかってるって」


 ただそれだけのやり取りを終え、ひとりと一匹は魔力によって底上げされた脚力にものを言わせて疾走する。


 森を抜け、町を素通りし、ひたすらに最短のルートを突き進みながらもアルディスの胸を埋め尽くすのは焦燥感のみ。


 ルーシェルが野営地を抜け出してからすでに三日が経っている。

 のんびりと旅路を楽しむ人間を追いかけているわけではない。

 状況から考えて、ルーシェル自身も急いであの施設へと向かっていったのだろう。

 今頃はもう目的地へ到着していてもおかしくないくらいの時間は過ぎているのだ。


「くそっ……、こんなことなら……!」


 今さら悔やんでも仕方がないと理解したところで、それでもアルディスは自らの選択を恨まずにはいられなかった。

 同時に三日前の自分を殴りつけたくなる。


『本当に大事なのは彼女への復讐じゃないでしょう?』


 今さらながらにルーシェルの言葉がアルディスへ問いかける。


 あの時のアルディスはその問いに答えられなかった。

 初めて得た居場所と苦楽を共にした仲間を踏みにじった相手への憎しみと怒りが迷いを生み、そして目を曇らせたのだろう。


「俺は……馬鹿か!」


 一番大事なものがなんなのか、あの時のアルディスはそれを見失っていた。


 アルディスにとってウィステリア傭兵団という居場所もくつわを並べた戦友たちもかけがえのない存在だ。

 かつての自分と同じ境遇を強いられ、助けを必要としている囚われた子供たちを救うことは自らの使命だと思っているし、家族同然の仲間たちをもてあそび、その命を奪っていった女将軍へ報いを受けさせることはもはや必然である。


 しかし本当に大切なのはたったひとりの少女だったはずだ。

 アルディスが最初に守りたいと思ったのはルーシェルだった。

 アルディスに生きる意味をくれたのもルーシェルだった。


 長い時間を共に過ごし、少年と少女だったふたりはひとりの男、そしてひとりの女としてこれからも並び歩んでいくはずだった。


「ルー……」


 それを忘れ、本当に大切なものをないがしろにしてしまったアルディスは今まさにツケを払わされようとしていた。


 愚かな選択をしたことで失ってはならないものを失おうとしている。

 そんな自分から目をそらすようにただまっすぐルーシェルの後を追った。


 いくら魔力で強化していても酷使し続ければ当然ながら疲労は蓄積してしまう。

 だが身体が限界を訴えようともアルディスは足を止めることなく、わずかな休息だけを挟んで昼夜を問わず走り続けた。


 野営地を飛び出してから二回目の夜を越えた時、ようやくアルディスは目的の場所へとたどり着く。


 ただひたすらにルーシェルの無事を祈るアルディスを待っていたのは、乾いた空気を運んでくる風の音。

 そして瓦礫がれきの山と化した施設跡という予想もしていなかった光景だった。


「こ、れは……」


 呆然とするアルディスをロナが問いかける。


「アル、場所はここで間違いないの?」


「場所は……。間違いない……けど……」


 アルディスの視界に入ってくるのは大小様々な瓦礫ばかり。

 かつて身長の五倍に達するほどの高さを見せていた建物は、内在する空間を抜き取ったかのように潰れている。

 前回ウィステリア傭兵団が攻撃した時ですらここまで崩れることはなかったはずだ。


 一体何が起こったのか。

 それはわからない。


 ただ確かなのはすでに施設は崩壊し、見る影もなくなっているという目の前の事実だけである。


「あ……、ルー…………。ルーを探さないと」


 目的を思い出したアルディスが自分にそう言い聞かせると同時に顔を青くした。


 瓦礫は静寂と共に墓標の如く鎮座し、聞こえるのは風の音と虫たちの小さな声ばかり。

 この場に生きている人間がいるとはとても思えない、アルディスが立っているのはそんな場所だった。


 アルディスは瓦礫に向かって足を進めると同時に魔力の網を広げて人の反応を探る。

 そして息をのんだ。


「アル……。ここには、誰も……」


 同じように魔力反応を探ったであろうロナが気遣わしげに言葉を濁す。

 決して広くもない一帯を探った結果、人らしき反応はまったく引っかからなかった。

 いや、()()()()()()()の反応はなかった。


「くっ……!」


 込み上げる感情を無理やり押し込めると、アルディスは足下にある瓦礫をひとつひとつ取り除きはじめる。

 小さな破片を魔力の風で吹き飛ばし、大きな瓦礫は身体強化した腕と足で、自分の身体よりも大きな壁は魔力で生みだした衝撃波で砕き取り除いていく。

 急き立てられるように無言で手を動かすアルディスを見て、ロナも黙って手伝いはじめた。


 やがて天井だったと思しき瓦礫がなくなるにつれ、その中から潰れたむくろが姿を現しだす。


 白衣をまとった研究者らしき男。

 武装した大柄な男。

 黒髪の小さな子供。

 そして人とは思えぬ姿の異形。


 掘り出したそれらの骸を少し離れた平らな場所へ並べると、アルディスは再び瓦礫の山へと向かう。


 一体どれだけの時間が経ったことだろう。

 経過した時間の流れを意識する余裕もなく、アルディスは瓦礫を崩して骸を掘り出し続けた。


 やがてすべての瓦礫を取り除き、五十を超える骸を並べ終えたアルディスは膝をついて声を震わせる。


「……いなかった」


 アルディスとロナが瓦礫の中から掘り出した骸たち。

 その中にルーシェルの姿はなかった。


「生きてる」


 アルディスは自分に言い聞かせる。


「……ルーは生きてる」


 今ここにルーシェルの姿はない。

 だから彼女が生きているか死んでいるかはまだわからない。


 しかしルーシェルはこの瓦礫に埋まっていなかった。

 それはつまり少なくともルーシェルの死が確定したわけではないということだ。


 この場所で遺体が見つからなかったということは、ルーシェルが生きている可能性を示唆しさしているということでもある。


 想定された最悪よりもわずかにマシ。

 ただそれだけのことが今のアルディスにはこの上ない幸運に思えた。


 だがもちろんそれはただの錯覚である。

 最悪ではないが最悪に近い現状。

 それをアルディスに突きつけ、束の間の安堵から現実に引き戻したのはロナがつぶやいた疑問の言葉だった。


「だったら、ルーは今どこに……?」


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