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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第303話

 ――折れる。


 アルディスが剣の耐久性に限界を感じたとき、突如化け物が横に吹き飛んだ。


「いい加減にしろよ化け物」


 声の主は飛剣の使い手にしてウィステリア傭兵団の団長。

 この場で最も頼りになる男だった。


「中途半端な攻撃は通用しないと思え! 攻撃は俺を含めて三人まで、残りは化け物の攻撃を受けそうになったやつへ障壁を張って援護!」


「了解!」


 グレイスからの指示で浮き足立っていた仲間たちも落ち着きを取り戻す。


 速さも重さも段違いの攻撃を複数人がかりの障壁で防ぎ、グレイスを含めて手練てだれの傭兵三人が渾身こんしんの一撃を叩き込む。

 その場にいる傭兵たちが総力を挙げてなんとか化け物の討伐には成功したものの、新たにひとりの犠牲者と多数の負傷者を生んでしまった。


「何人やられた?」


「最初にやられてたのを含めて八人ってとこっすかね」


 グレイスの問いかけに古株のひとりが答える。


「ちっ、なんだってんだ……。ただの研究施設じゃないってことか」


 何の研究をする施設かまでは五ヶ国連合も情報を得ていなかった。

 当然予定外の事態が発生することはありえる。

 しかしさすがにここまでの化け物と遭遇するのはグレイスも想定外だったのだろう。


「どうします?」


「……手分けして、ってのは撤回だな。あんな化け物がいるんなら少人数で行動するのは危険すぎる。どのみち出入口は押さえているんだから逃げられる心配はないだろう。他の隊にも可能な限り固まって行動するよう伝令を出せ。あとはそうだな……、捕らえてある研究員からさっきの化け物がなんなのか聞き出せ。正体がわかればもう少し対処のしようもあるだろう」


 古株から促されたグレイスは立て続けに指示を出す。


 だがその指示を受けて傭兵たちが動き出すよりも早く、場違いにのんびりとした口調の声がどこからともなく聞こえてきた。


「あら、そうなの? だったら教えてあげてもいいわよ」


「なっ!?」


 突然のことに傭兵たちは警戒を見せ、声の主を探して辺りを見回す。


「誰だ!」


「どこから?」


 だが周囲をいくら確認しても声の主らしき人物は見当たらない。


 困惑が広がる中、突然壁の一部が裏返り、そこから黒光りする奇妙な板がいくつも現れた。

 そして格子状に区切られた板のひとつが光ると、アルディスたちの知る顔が姿を見せる。


「ローデリアの!」


 驚愕と共に何人かの口から同じ言葉が飛び出す。


 板に出てきたのはアルディスたちと因縁浅からぬローデリアの女将軍。

 凶蝶のジェリアと呼ばれる人物だったからだ。


「くそったれ!」


 傭兵のひとりが反射的にダガーをジェリアに向けて投げた。

 硬い物同士がぶつかる音と共にジェリアの姿が消え、割れた黒光りする板だけがそこに残る。


「まったく、傭兵というのはこれだから……」


「ど、どこに行きやがった!?」


 姿が消えてもジェリアの声は響き続ける。


「そんなところに私がいるわけないでしょ。そこに写っているのはただの幻影。いくら壊しても無駄よ」


「幻影……?」


「そ。だから意味のないことはおやめなさい」


 響きわたる声にあわせて先ほど割れたのとは別の板へ再びジェリアの姿が映し出される。


 さすがに今度は誰も手を出そうとしない。

 ジェリアの言葉通り、見えているのはただの幻影なのだろう。

 いくら板を割ったところで本人に傷を与えられないのなら意味はなかった。


「さて。では仕切り直して――私の実験場へようこそ」


「実験場?」


 不吉な響きにグレイスが疑問を口にする。


「そう。私の部下が育てたペットたちの実験場よ。傭兵相手にどれくらい戦えるか見るための」


「どういう意味だ?」


「あら、そのままの意味よ。さっき戦ったでしょ?」


「ペット……? あれがか?」


「ふふふっ。かわいいとはお世辞にも言えないけど、なかなかいい動きしてたでしょ? 試験データはたくさん蓄積できているけど、実戦データがまだ少ないらしくて。ちょうどいいからあなたたちに実戦の相手をしてもらおうというわけよ」


 楽しそうな表情で告げるジェリアの声に混じって、後ろからひゃっひゃっひゃとかんさわる笑い声が漏れ聞こえてくる。


 グレイスが案内役の兵士を睨みつけた。

 兵士の方は青ざめた顔で首を何度も横に振る。

 どうやら五ヶ国連合側もジェリアの企みに乗せられただけらしい。


意趣いしゅ返しにしちゃずいぶん陰湿なやり方だな。おかげで八人もひどい死に方をしたよ」


 視線を戻し、今度は女将軍を睨みながらグレイスは感情を圧し殺した声で問いかけた。


「……これで満足か?」


「あら、これで終わりなんて誰が言ったの?」


「なんだと?」


「私の顔に傷をつけて、私に恥をかかせておいて、たった数人死んだだけで許してもらえるとでも思った? 残念ね。終わりじゃなくて()()()()始まるのよ」


「どういう意味だ?」


「ふふっ、こういう意味」


 ジェリアの言葉にあわせてそれまで黒く光っていた他の板が一斉に光り出す。


「ぎゃああ!」


「た、助けて!」


「ちくしょう! 放しやがれ!」


「嫌だぁ! 死にたくない!」


 同時に怒声と悲鳴が嵐のように部屋へ響いた。


「なっ……、これは!?」


 光る板に映し出された光景にアルディスは目をむく。


 そこに見えるのは異様な姿をした化け物たちと戦っているウィステリア傭兵団の面々。

 別の入口から建物に突入した仲間たちの姿だった。


「ひぃぃ! 溶ける!」


 ある板に映し出された傭兵は生きながら半透明の化け物に取り込まれ、身体全体を溶かされていた。

 皮膚が溶け、あらわになった筋肉もまたその太さを見る見るうちに失っていく。

 露出した骨が気泡を生じてさらに細くなっていった。


「やめろ! 来るなぁ!」


 別の板には拳大の甲虫らしき生物が傭兵に群がっている。

 生きたまま身体を食い破られ、開いた傷から無理やり体内に侵入されるその様は戦場で人の死に慣れたアルディスですら見るに堪えないものだった。

 やがて傭兵は甲虫になされるがままとなり、赤黒い肉塊となってもなお食われ続ける。

 武器や防具の金属部分を残してすべてを食い尽くした甲虫は、次なる獲物を求めて傭兵たちへと襲いかかっていく。


「くそっ、他にも化け物がいたのか!」


 苦々しく叫ぶグレイスに聞き慣れた声が反応した。


「その声は、団長ですか!?」


「ヴィクトルか!?」


 ご丁寧にも板のひとつにヴィクトルの姿が映し出される。

 ヴィクトルたちはまるで全身が岩で包まれているかのような人型の化け物と戦っている最中だった。


「現在異形の敵と遭遇して苦戦中です! 五人やられました。できれば応援をよこしてください!」


 あのヴィクトルが人からの助けを求めるなど、アルディスは始めて耳にした。

 それだけ相手が手強てごわいということなのだろう。


「わかった! 場所はどこだ!?」


 救援要請に応じようとしたグレイスへジェリアが水を差す。


「あら、そんな暇があるとでも思ったの?」


 突然部屋の天井から三つの人影が落ちてきた。


 その姿が先ほど八人の命を奪った化け物と同じとなれば、当然その強さもして知るべしだ。

 身構える暇もなく三体の化け物はアルディスたちに襲いかかってくる。


 それからはウィステリア傭兵団にとって惨苦の時間であった。

 たった一体で苦戦したにもかかわらず、それが同時に三体。しかも味方の数は当初よりも減っている。


 連携を取ろうにも手数が足りない。

 当たり前のように一対一で戦えるような相手でもない。


 グレイス指揮のもとで必死に抵抗するが、ひとりまたひとりと化け物の犠牲者が増えていく。

 化け物が死者の血をすすっている間だけアルディスたちはかろうじてひと息つけるといった有様だ。


「グレイス、このままじゃ全滅だぞ!」


 犠牲となった仲間のおかげで二体の化け物が動かなくなった隙を見て、古株の傭兵がグレイスに訴える。


「仕方ない。撤退するぞ」


 その決断に口を差し挟んできたのは案内役としてついて来た兵士だった。


「ちょっと待ってくれ。それは契約を破棄するということか?」


「あんただって状況は見えているだろう? 違約金は払う。命あっての物種だ。文句ならここを脱出してからいくらでも聞いてやる」


 不満があるなら勝手にしろとでも言いたそうな語勢でグレイスが言葉をぶつけると、意外なほどあっさりと兵士は引き下がった。


「一応確認しただけだ。私にも立場があるんでな。さすがにこの状況で任務を継続しろとは言えん。違約金は発生するだろうが、恩情が得られるよう私の方からも上に掛け合おう」


「わかってもらえてなによりだ」


 グレイスは端的にそう答えるだけだったが、兵士の方は気が付いているのだろうか。


 アルディスたちを待ち構えていたかのような今の状況、そしてジェリアの物言い。

 ウィステリア傭兵団を罠にはめようと画策した結果が今の状態にあるのは明らかだった。

 そして五ヶ国連合はその罠に巻き込まれた、いや片棒を担がされたに等しい。

 アルディスから見れば責められるべきは罠とも気付かず話を持ち込んできた五ヶ国連合の方だ。


 とはいえ今それを言ったところで仕方がない。

 グレイスの言う通り生き延びなければ何の意味もないのだ。


「全員聞こえているか!? ウィステリア傭兵団は今回の契約を破棄する。各自の判断で撤退に移れ!」


 撤退を宣言したものの、だからといってすんなり逃げおおせるというわけでもない。


「あらあら、もう降参なの? だらしないわねえ。でもまあ――」


 愉快な光景を眺めてえつに浸るかのような嫌らしい笑みを浮かべてジェリアが問いかけてくる。


「――逃げられるかしら?」


 ジェリアの言葉通り、こちらの意志など関係なく化け物は襲いかかってくる。


 板に映し出された他の場所にいる仲間たちも撤退を試みているようだが、離脱できたのはほんの一部だけ。

 大部分は襲いかかってくる化け物を防ぎきるだけで精一杯だった。


「安心なさい。あなたたちが死んでも今回の戦いで得られたデータは今後の奇兵育成に役立ててあげるわ。技術の発展に寄与できるのだから無駄死にじゃないわよ、良かったわね」


「くそったれが!」


 人を実験道具のようにみなすジェリアの言葉に仲間のひとりが呪詛を吐く。

 アルディスとて口を開く余裕があるのなら同じ事をしただろう。


 驚異的な速度で迫り来る敵をなんとか防ぎつつ、アルディスたちは部屋を出て撤退に移った。

 その過程で既に犠牲者の数は二桁を超えている。


 人間同士の戦いでも撤退戦というのは難しい。

 敵が恐れも疲れも見せない化け物であればなおさらだ。

 ようやくアルディスたちが出口近くの通路までたどり着いた時、生きている人間は突入時の半数を割っていた。


「急げ! もうすぐ出口だぞ!」


 今となってはどこから化け物が現れるかもわからない。

 過剰なほど周囲を警戒しながらアルディスたちは通路を走り抜けていた。


「あ、ちょっと待って!」


「どうした、ルー?」


 そんな中突然ルーシェルが足を止める。


「あそこ、子供がいる」


 ルーシェルの指さす方向を見れば、確かにふたりの子供らしき姿があった。


 他の隊が戦闘していた後なのだろう。

 壁が崩れ、ぽっかりと横穴の空いた場所がある。

 横穴の向こうには牢のような部屋が見え、ふたりの子供はそこからって出てきたところだった。


「おい、こんな時に子供なんて」


「今はそれどころじゃないだろ」


 一度は足を止めた傭兵たちが口々にルーシェルを責める。


「でも、だからって子供をこんなところに放っておけないでしょ!」


「あれも化け物なんじゃねえか?」


 その言葉に一瞬だけアルディスも身体を強ばらせた。


「先に行ってて!」


 しかしルーシェルは仲間の指摘にも怯むことなく子供たちの方へと駆け出していた。


 子供たちの手足にはかせがかけられ、身につけているのも服と呼べない粗末な布だけだ。

 どう見てもとらわれていたようにしか思えない。


 確かにあの女将軍なら化け物を囚われた子供に見せかけるといった罠を仕掛けてもおかしくない。

 だがそれを承知の上でアルディスはルーシェルを追いかけることにした。

 ふたりの子供がかつての自分と重なったからだ。


 アルディスやルーシェルと同じようにまだ人間の段階なのかもしれない。

 ならばこのまま放置することなどできるわけもないだろう。


 そばに寄ってみるとふたりの子供は十歳くらいの女の子と七歳くらいの男の子だった。


「俺はこっちの子を背負うから、ルーはそっちを頼む」


「わかったわ」


 身体の小さな男の子をルーシェルに任せると、アルディスは女の子を背中に負って仲間のもとへと戻っていく。

 ルーシェルが『先に行ってて』と言ったにもかかわらず、仲間はアルディスたちを待ってくれていた。


 それを甘いと言う人間はいるだろう。

 しかしこの甘い傭兵団をこそアルディスは誇らしく思う。


「仕方ねえな、お前らは。殿しんがりは俺が受け持つからさっさと行け」


 苦笑いを浮かべながらアルディスの頭を軽く手のひらで叩くと、グレイスは言葉通り後方へ下がっていった。


 その後化け物と幾度か遭遇しながら、かろうじてアルディスたちは外への脱出に成功する。

 安全な場所まで退しりぞき、前もって決めておいた集合場所へとたどり着いて知ったのは被害の大きさだ。


 グレイス率いるアルディスたちの隊は半数以上の犠牲者を出したが、他の入口から突入した隊の被害はさらに大きい。

 ヴィクトルの率いた隊は七割以上が未帰還、そしてダーワットの率いた隊に至っては生き残ったのがわずか三人という有様だった。


 参戦者百五十八名中、生還したのは四十三名のみ。

 実に四分の三に迫る犠牲者を出し、ウィステリア傭兵団は壊滅と呼んでも良いほどの損害を被っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] まだこれ以上の惨劇が残ってるとか……ヤバイ
[一言] なかなかえげつない回でした。そろそろ辛くなってきた……
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