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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第300話

 ローデリア軍本隊の頭上から奇襲を仕掛けたアルディスたちは混乱の中にある敵兵へと躊躇ちゅうちょなく襲いかかる。

 浮き足立っているひとりの兵士に斬りかかると、そのまま剣で喉元をなで切りにして声を上げる間さえ与えず息の根を止めた。


 着地した瞬間を狙って他の兵士が槍を突き刺してくるが、今しがた倒したばかりの敵兵を盾にしてそれを防ぐ。


「くっ、裏切り者め!」


 憎々しげににらんでくる兵士の顔にアルディスは見覚えがあった。


 前回の戦いではアルディスたちもローデリア側についていたのだ。

 どこかですれ違ったことがあるのかもしれない。


 だが今は敵同士である。


「恨むなよ」


 軽く謝罪の言葉を口にしながらアルディスは速やかに敵兵の懐へ潜り込んで脇腹を深く切り裂く。

 傭兵である以上、昨日の味方が今日の敵ということは日常茶飯事だ。

 常に同じ陣営にいる正規軍の兵士から見れば裏切り行為に見えるかもしれないが、アルディスたちの立場からすれば「だからどうした」という程度のことであろう。


「アルディス、あそこ!」


 同様にすぐそばで敵兵を倒したばかりのルーシェルがある方向を指さした。


「敵将か?」


 見通しの悪い視界の中で鮮やかな赤毛がやたらと目立つ。


 アルディスが瞬時に敵将と判断したのも無理はない。

 豪華絢爛(けんらん)とまでは言えずとも、戦場には似つかわしくないきらびやかさの鎧を身にまとい、その髪色と同じく真紅の外套がいとうをなびかせながら剣を振るうひとりの女性がそこにいた。

 たとえ顔を知らずとも、そのよそおいだけで高い地位にいることがひと目でわかった。


「見つけたぞ、ローデリアの女将軍だ!」


 仲間の傭兵が声を上げ、それに気付いた敵味方が集まりはじめる。


「てめえが馬鹿にした傭兵の力を見せてやるよ!」


 女将軍を囲んだ四人の傭兵が一斉に襲いかかった。


 だが四人同時の攻撃に女将軍は涼しい顔で剣を振るう。

 正面から斬りかかっていた仲間が瞬時に首をはねられ、その勢いのまま女将軍の剣が横から迫っていた別の傭兵を横一文字に切り裂く。


「くそっ、強えぞ!」


凶蝶きょうちょうの名は伊達じゃねえってことか!」


 残るふたりが危険を感じて一歩下がる


「ダンスの誘い方も知らないのはまあ仕方ないにしても……。誘いをかけておいて女に恥をかかせるのはみっともないわね」


 自らの獲物を逃すつもりはないとばかりに女将軍は残るふたりに斬りかかる。


「アルディス!」


「わかってる!」


 ルーシェルに言われるまでもなくアルディスはふたりの仲間を援護するべく障壁魔術を展開しつつ斬り込んでいく。

 背後を取って不意を打てるかと思ったその時、まるで背中に目が付いているかのように女将軍がぐるりとこちらへ振り向いた。


「遅いわ」


「ちぃっ!」


 奇襲の失敗に舌打ちしながらもアルディスはそのまま剣を振り下ろす。

 剣の動きに合わせてルーシェルからの援護が火球魔術の形でアルディスの横を通り過ぎた。


「ふっ、なんのお遊び?」


 失笑する女将軍の周囲に鏡の如く光り輝く銀色の球体が三つ現れ、ルーシェルの火球を正面から受け止める。

 同時にアルディスの一撃を手持ちの剣で受け止めると、横合いから不意打ちを狙っていたロナに対しても球体をひとつ飛ばして牽制する。


「むぅ」


 タイミングを逸してロナの足が止まった。


「ほらあ、少しは楽しませなさいよ!」


 うたげの余興でも催促しているかのように言い放つと女将軍はアルディスに向けて剣を振るう。


 とっさにその攻撃を剣で受け止めたアルディスだったが、思った以上に重い一撃に顔を思いっきりしかめた。

 かろうじて剣を弾き飛ばされる事態は避けたものの、次いで飛んできた銀球体をかわすことができずまともに腹部へ食らってしまう。


「ぐっ!」


 一瞬思考が吹き飛びそうな痛みを覚え、身体ごと後ろへと吹き飛ばされる。


「アルディス!」


 駆け寄ろうとするルーシェルの横を長身の人影が追い抜いた。

 影は倒れこんだアルディスをも通り過ぎ、一直線に女将軍へ向かって行く。

 またたく間に距離を詰めた影が女将軍へと斬りかかる。ヴィクトルだった。


 左右両手にそれぞれ短めの剣を持ち、矢継ぎ早の剣撃を女将軍へ叩きつける。

 息つく間もないその連撃にさすがの女将軍も足を止めて対応せざるを得ないようだった。


 そこへさらにもうひとり、飛び込んできたのはウィステリア傭兵団の団長にして最強の戦士でもあるグレイスその人だ。


「ヴィクトル! ……グレイスまで!」


 グレイスの周囲には剣や槍、はては石鎚まで様々な武器が浮かんでいた。

 魔力を用いて武器を操り、見えざる手の如く意のままに攻撃を繰り出す飛剣の魔術だ。


 その数は十を超えている。ひとつひとつがグレイス本人と遜色そんしょくない戦闘技術を有していた。

 グレイスと同等の実力を持った不可視の分身が武器の数だけ増えているようなものだ。


 精鋭ぞろいのウィステリア傭兵団でも抜きんでた実力を有するナンバーワンとナンバーツーの連携である。

 普通ならこのふたりを同時に相手してまともに戦える者などいないだろう。


 だが凶蝶のふたつ名を持つ女将軍の方も噂に違わぬ実力を見せつける。


「あら、あなたたち今日は敵なの!? いいわね、楽しめそうじゃない!」


 グレイスとヴィクトルという異常な強さを持つふたりを相手にしながらも女将軍は楽しそうに剣を振るい続ける。

 その身を囲む銀球体も数を増やし、今では十個ほどが縦横無尽に空中を飛んでいる。

 時にヴィクトルの双剣を防ぐ盾となり、時に矛となりグレイスを貫こうと勢いをもって射出される。


 尋常ならざる女将軍の実力にアルディスもルーシェルもその戦いを見守ることしかできない。

 アルディスから見ればあまりにもレベルの高すぎる攻防が繰り広げられていた。

 援護をしようにも隙が無く、下手に手を出そうものならグレイスたちの邪魔をしかねないだろう。


 時間にすればそれほど長くない攻防を経て、互いに譲らない両者の間へ割り込んだのは涼しげな蒼い瞳を持つ魔術師の攻撃魔術。

 グレイスとヴィクトルが体勢を整えようと一歩退いた瞬間を逃さず、エメラルドグリーンに染まった光の束が女将軍へと命中する。

 術の主はアルディスもよく知っている仲間のひとりだった。


「エリオンか!」


「加勢します!」


 グレイスにそう言葉を返し、エリオンはさらなる一撃を加えるために魔術を構築する。


 先ほどの攻撃は確かに女将軍へと命中したが、さすがにあれで致命傷を被るほど敵も弱くはない。

 案の定魔法障壁を展開して魔術を防ぎきった女将軍に向けて次々とエリオンが攻撃魔術を繰り出していく。


「この程度で……」


 だがエリオンに返されるのは反撃どころかただの冷笑。


「雑魚は引っ込んでなさい」


「雑魚でもこれくらいのことはできるんだよ」


 物乞いを追い払うように冷たく口にする女将軍へ言い返すと、エリオンの身体がブレはじめた。

 やがてその姿を写し取ったような人影が三人四人と増えていく。


「幻影か?」


 アルディスが術の正体を推察する。


「どれが本物かわかるかな?」


 珍しく挑戦的な表情を浮かべたエリオンたちが一斉に動きはじめる。

 同時にグレイスとヴィクトルも再び攻撃に転じた。

 グレイスの周囲に浮かんだ武器が一斉に女将軍へ襲いかかり、別の方向からヴィクトルの双剣が繰り出される。

 さらには一分の隙間さえも許さないとばかりにエリオンの攻撃魔術が追い打ちをかける。


「それが何か?」


 だが女将軍は平然とした表情でそれをさばいてみせる。

 身を守る銀の球体を増やし、三十はあろうかというそれでグレイスの飛剣を、ヴィクトルの双剣を、エリオンの魔術を防ぎながらなおかつ攻撃に転じるほどの余裕を見せた。


「化け物か、あの女将軍は……」


 アルディスの口からうめくような声がもれる。

 いまだグレイスにもヴィクトルにもその技量が届かない身としては、両者に加えて天才魔術師の三人と同時に対しながら余裕を見せる女将軍に恐ろしさを超えたおぞましさすら感じていた。


「幻影なんて、しょせんまやかしじゃないの」


 エリオンの術はすでに見切ったといわんばかりに女将軍はエリオンの分身を無視し始めた。


 幻影自体は相手を惑わせることはできても直接攻撃を繰り出すことはできない。

 実際に攻撃を繰り出すのはエリオン本体である以上、エリオンの姿をした他の幻影はせいぜい相手に錯覚をいるだけのものだ。

 どれが幻影でどれが本体かを看破されれば意味はなくなる。


 それがわからないエリオンではないだろうに、とアルディスは内心首を傾げた。

 だがその疑問はすぐに氷解する。


「かかった!」


 突然幻影のひとつが声を発したのだ。


「えっ?」


 さすがの女将軍も幻影が自ら言葉を口にするとは思っていなかったのか、驚きの表情を見せる。


 次の瞬間、言葉を発した幻影が強力な風の刃を魔術で作り出して放った。


「どこから――!」


 慌てて障壁の展開を試みるが、すでに風の刃は女将軍の首まで迫っていた。


 それでも直撃を避けるだけの防御は間に合ったようだ。女将軍の首元を小さな障壁が包む。


 硬質な音を立てて風の刃が障壁にぶつかった。

 ハニカム状の障壁が紫色に鈍く光る。


っ!」


 女将軍が短く声を上げる。


 いかに化け物じみていても不意を打たれては完全に防ぎきれなかったのだろう。

 刃の狙いは女将軍の首かられたものの、代わりに頬へ風の刃が小さな切り傷を作った。


 はじめて動揺を見せた女将軍がグレイスとヴィクトルを吹き飛ばして引き下がる。

 距離を取った上でまじまじとエリオン、そしてそのとなりに立つ幻影を観察すると途端にふたりを睨みつける。


「双子……?」


「ご名答」


「もうちょっとだったのにな」


 つぶやくような女将軍の疑問にエリオンたちがそれぞれの言葉で反応する。


 そう。エリオンのとなりに立っているのは幻影ではなく双子の兄弟であるサークだった。

 エリオンの生みだしていた幻影はすでに消えている。

 それでもなおエリオンに瓜二つの姿がそこに存在し続けているのは、サークが幻影ではなく実在する人間だからだ。


 気付かなかったのは女将軍にとって痛恨のミスだっただろう。

 戦いに気を取られるあまり、魔力を探ることに思い至らなかったのがその原因だ。

 魔力を探ればそれが幻影なのか人間なのかはすぐにわかる。

 だが戦いの途中から女将軍は眼に映るのがエリオンの幻影だと結論付けて、そこに人間が混じっている可能性を自ら切り捨てた。


 サークがいつから幻影に混じっていたのかはアルディスにもわからない。

 エリオンが幻影を生みだしたタイミングでは確かにサークはいなかった。

 サークの存在を知っているアルディスですらわからなかったのだから、女将軍が欺かれるのは無理もないだろう。


 女将軍が自らの頬に手をあてた。

 ゆっくりとそれを顔の前に動かすと、真紅の瞳で血に濡れた指を凝視する。


「血……? 私の顔に……傷?」


 状況を把握するのにふた呼吸ほどの間を使った後、女将軍の目がつり上がる。


「私に傷を……。私の、顔を――!」


 やがて自らが傷つけられたと理解するや否や般若のように顔を歪め、烈火の如く怒りをあらわにしはじめた。


「傭兵――ごときが――私の顔に傷を!」


 女将軍の怒気がふくれあがる。

 つい先ほどまでの余裕が嘘のような憤怒の表情。

 見るからに怒りで感情を染め上げられた女将軍がエリオンとサークを睨みつけた。


「よくも! よくも! よくもやってくれたわねえええ!」


 それを見たアルディスの背筋を冷たい汗がつたう。

 むき出しの殺意と共に女将軍が一歩踏み出したその時、少し離れたところからときの声が上がる。


「時間切れだ! 引き上げるぞ!」


 グレイスが撤退の号令をかける。


 ローデリア本隊の側面から攻撃を仕掛け、アルディスたち強襲部隊が突入するためのお膳立てをしていた味方は敵の混乱をついてそのまま時間差で突入することになっていた。

 すでにローデリア本隊を包み込んでいた煙や砂塵は相当薄くなっている。

 同士討ちの危険は減っているだろうが、それでも勢いのままやってくる味方に攻撃を受けないとも言いきれない。


「ヴィクトルは足止めだ! アルディス聞いてるか!? ルーとロナ連れてさっさと離脱しろ!」


「あ、ああ!」


 ジェリアの殺気に足が止まっていたアルディスはグレイスから声をかけられてようやく動き出す。

 問題は怒れる女将軍がこちらを素直に見逃してくれるかだったが……。


「ジェリア様! 左側面の敵が突っ込んで来ます!」


「くっ! こんな時に……!」


 部下からの報告を受けた女将軍はこちらを射殺さんばかりの目で睨みつけ悔しそうに唇を噛む。

 それでも自らの職責を放置もできなかったのか、こちらの追撃を諦めて周囲へと指示を飛ばし始めた。


 その結果、アルディスたちは多少追撃を受けたもののほとんど犠牲を出さず撤退することに成功したのだった。






「あのいけ好かねえ女将軍にひと泡吹かせてやったぜ! ざまあみろってんだ!」


 酒をなみなみと注いだ木のジョッキを片手で掲げジョアンが吠える。


 そこかしこで乾杯の声が響くここは五ヶ国連合の軍が陣を張っている小高い丘の上だ。


 結局戦いそのものは痛み分けに終わった。

 アルディスたちウィステリア傭兵団の強襲によりローデリア王国軍の本隊は混乱に見舞われ、それを突いた形で五ヶ国連合軍の別働隊が大きな戦果をあげる。


 しかし敵もさるもの。

 ローデリアの女将軍は浮き足立つ軍を見事に立て直し、五ヶ国連合軍は反撃によって大きな被害を受けた。

 勝敗という意味では微妙な結果となったが、それは五ヶ国連合軍の立場で見た場合の話である。


 凶蝶と呼ばれる女将軍へひと泡吹かせるという私情丸出しで戦いに参加したウィステリア傭兵団としてみれば十分に目的は達したと言える。


「首を取れなかったのは残念だったが、傭兵を軽く見るとどうなるかあの女もこれで身に染みただろうぜ!」


ったやつらもこれで浮かばれるってもんだ!」


「傷をつけられたときのあの顔! 見物だったぜ!」


「よくやったサーク! 今日の主役はお前だ!」


 もちろん味方の被害が皆無ということはないが、前回の戦いに比べれば遥かに少ない。


 傭兵が戦で死ぬのは当然のことだ。

 まっとうに戦い、戦士として死んでいったのであればそれは仕方がない。


 だが今回の戦いは自分たちを駒として良い様に使い捨てたあの女将軍への意趣いしゅ返しだ。

 確かに一般人から見れば傭兵はいやしい存在なのだろう。

 それでも、自分たちは使い捨ての消耗品ではなく、感情を持ち各々が自らの人生を歩んでいるひとりの人間だ。

 少なくとも今回の戦いではそれを相手に突きつけることができたのだ。

 それを勝利と呼ばずしてなんと呼ぶのか。


 乾いた音を立ててジョッキを打ち合い、互いの背を叩き合って生き残ったことを祝い、戦場で浴びた血と背負った負の感情を酒で洗い流す。

 ウィステリア傭兵団が野営する一角はその日夜遅くまで賑やかな酒宴が続いていた。


2021/09/19 ルビ修正 外套(外套) → 外套がいとう

※誤字報告ありがとうございます。

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