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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第297話

 敵騎兵を打ち破ったローデリア軍が一気に攻勢へ転じたことで戦いの趨勢すうせいは決した。


 それまで巧妙に敵を引きつけていたローデリアの左翼が逆撃を始め、騎兵はその勢いのまま敵の後方へと食らいつく。

 ウィステリア傭兵団が半包囲されていた状況から一転して、今度は敵全体を半包囲する形でローデリア軍が展開。

 ランデスヘル軍は虎の子である騎兵をことごとく失ったあげく敗走を余儀よぎなくされる。

 壊走するランデスヘル軍を追撃し大勢の敵兵を討ち取ったローデリア軍は会戦での大勝を方々へ喧伝けんでんしながら首都へと凱旋した。






 互いに宿敵関係にあった二国の総力を決する会戦も、終わってみればローデリア王国の圧勝に終わる。

 ランデスヘル新国は精鋭騎兵が壊滅した上で敗北。

 人と馬の育成にかかる時間を考えれば軍の再建には十年近く必要となるだろう。

 当然その間ローデリアが大人しく待っていてくれるとは限らない。


 対するローデリア王国は被害らしい被害がほとんどなかった。

 戦死者、負傷者は多数出たもののそのほとんどは金で雇われた傭兵たちである。

 正規軍の被害は微々たるものであり、もはや彼我ひがの戦力比は戦前と比ぶべくもない。


 ローデリアは戦勝に沸き、首都において祝勝会という名の式典が開かれる運びとなった。

 本来であれば戦いが終わった時点で傭兵はお役御免となるところだが、報酬の残りは王城で行われる式典の後と通達されたため仕方なくローデリア軍に同行している。


 もちろん友軍とはいえ大勢の傭兵を一度に首都へ入れてくれるわけもない。

 式典に出席するのは団長であるグレイスの他、ヴィクトル、ジョアン、エリオンの合計四人だけだった。

 残るアルディスたちウィステリア傭兵団は都市を囲む壁の外で野営を行いながら彼らを待っている。


「あーあ。せっかくの勝ちいくさ後だってのに、何が悲しくてこんなところで野営しながら硬いパンかじらなきゃならないんだか」


 ぶつくさと文句を口にしながらダーワットがカチコチのパンをスープにひたして食べている。


 そのスープも決しておいしいものではない。

 量だけがそれなりの主張をしている具は、収穫されて日が経った野菜の切れ端と生臭さが抜けきらないまま凝縮されたかのような塩漬けの干し肉である。


 都市のすぐそばということもあってアルディスたちの食事も量そのものは用意されているが、それは味というものを度外視すればの話であった。

 香辛料などといった高級なものは当然使われておらず、薄い塩味をベースに素材の味が染み出したそのスープは干し肉の悪臭が全体を支配している。


「文句があるんだったら食べなくてもいいのよ」


 そんなダーワットへさほど熱意もなく言葉を返すのはレクシィだ。


「あんたが食べなきゃその分食べられるようになる子たちがいるんだから」


「食わねえなんて言ってねえだろうが。もっとまともな飯が食えると思ってたんだから愚痴ぐちのひとつやふたつ言わせてくれよ」


「愚痴を言っててご飯がおいしくなるならいくらでも言えばいいだろうけどさ。どうせボヤいたところで味は変わんないわよ」


「んなこたあわかってるっての」


「じゃあ黙って食べなさいよ」


 ダーワットとレクシィのやり取りを聞き流しながら、アルディスはスープを口にする。

 素材となった野菜の味どころか、ベースとなるはずの塩味すらも塗りつぶす干し肉の悪臭が嘔吐感を引き起こしそうになった。


 わずかに表情を歪ませながらもアルディスは鼻での呼吸を止めて一気に飲み干す。

 可食物であることは変わらないし、貴重な栄養源であることも疑いようはない。

 ただそこに味という贅沢を求めることが許されないだけだった。


 傭兵として各地を行き来していれば頻繁に見かけるものがある。

 裏路地に放置されたままの餓死者や都市防壁の外側で壁にもたれたまま鳥に屍肉をつつかれる棄民きみんの姿だ。

 多い少ないの程度はあれどどの町でもどこの村でも、それこそ都市全体を外壁に囲まれたこの王国首都のような場所でも目に入ってくる光景だった。

 いかにまずかろうと、毎日食べられているだけまだましだということだ。


「あー、鳥肉の塊を丸焼きにして食らいつきてえなあ……」


 ダーワットが今度はアルディスに話の矛先を向けてきた。


「おいアルディス、ちょっくら先輩傭兵のために肉の調達に行ってみる気はねえか?」


「お望みならそこいらでネデュロでも狩ってこようか?」


「馬鹿やろう。ネデュロ食うくらいならまだこれの方がましだろうが。町の中へ入って肉を調達してこいって言ってんだよ」


「そうは言っても、今回都市への立ち入りは禁止されてるだろう」


「だーかーら。こそっと忍び込んでくりゃいいじゃねえか」


「なんで俺がわざわざ……。自分で行けよ」


「俺にそんな器用な真似ができるわけねえだろ!」


「はいはいそこまで。わかってると思うけど勝手なことしたら後で団長に知られたときが怖いよ? 一割近い被害を出しながらもなんとか手に入れた『勝ち手』側の報酬を、あんたの馬鹿でパーにする気じゃないだろうね?」


 レクシィがそう口にして睨むと、ダーワットもブツブツと言いながら引き下がった。


 彼もわかっているのだ。

 大きな損害を出しながら手に入れた勝利側の立場とそれに付随する多額の報酬。

 それをたかが一時のおいしい食事を手に入れるため台無しにするほどダーワットも馬鹿ではないだろう。


「くそぉ。今頃グレイスたちは美味いもの食ってんだろうなあ」


 大げさにうらやましそうな表情を浮かべ、ダーワットは都市の方へと目を向けた。






 翌日グレイスたちが都市から戻ってきた。


 だがその様子はとても勝利を祝う式典に出席してきたとは思えないほど重苦しく見えた。

 グレイスは必要最低限の指示しか口にせず、ヴィクトルは普段とは違って近寄りがたい雰囲気をまとい、エリオンは珍しく苛立ちを表情に出している。


「くそったれ!」


 中でも周囲が驚くほどに荒れているのはジョアンであった。

 普段の軽い性格が嘘のように怒気を撒き散らしたあげく、「夜までには戻る」と言い残し武器を手にして野営地を出ていったほどだ。


「放っておいていいんですか?」


「……放っておいてください。彼なりによく我慢してくれたのですから」


 ジョアンの行動に危うさを感じ取ったのか、ルーシェルがヴィクトルに問いかけるとそんな答えが返ってきた。


「その辺で獣を狩って鬱憤を晴らすつもりなんでしょう。気持ちは私もわかります」


 何があったのか問いかけようとするアルディスよりも早く、そう言い残してヴィクトルは場を後にする。


「式典で何かあったのかな?」


「さあな……」


 ルーシェルとそろって首を傾げるアルディスのもとへ、事情を知るであろう人物が近づいてきた。

 グレイスたちに同行して式典へ出席していたエリオンだ。


 アルディスと同じく話を聞きたいと思ったのだろう。

 サークや他の若い傭兵たちが取り囲んで問い詰め出すと、エリオンは滅多に見せない表情で式典の話を口にする。


「そりゃ僕らはしょせんお金で敵にも味方にもなる傭兵だよ。でもわざわざ祝勝の式典に招待しておいてあの扱いはジョアンじゃなくても怒るさ」


「扱い?」


「まさか残りの報酬渋られたのか?」


 周囲から投げかけられる疑問の声にエリオンは答える。


「いや。さすがに報酬は満額支払われたよ。相場の三倍だってさ」


「うおっ、三倍かよ!」


「そりゃすげえ! これでしばらくは美味い飯が食えるぞ」


 沸き上がる周囲の傭兵たち。

 金回りが良くなればそれだけ日々の食事も改善されるのは当然だ。

 命を張ってまで傭兵という危険で保障もない生き方を選んでいるのだから、せめて美味いもので腹を満たしたいという願望はむしろ一般の人間よりも強い。


 そんな中、ひとりの傭兵が問いかける。


「じゃあなんでジョアンはあんなに荒れてたんだよ?」


「理由はいくつかあるけど……。ひとつは戦功の認定だね」


「戦功?」


「そう」


 短い返事の後にエリオンは盛大にため息をつく。


「よりによって僕らもろとも敵を蹂躙した騎兵部隊の隊長が第一戦功だったんだよ。確かスペンサーとかいう貴族だったけど」


 その話を耳にして傭兵たちが色めき立った。


「はあ!?」


「味方もろとも吹き飛ばしやがったあいつらが第一戦功!?」


 大半は怒り混じりの声だが、中には苦虫を噛みつぶしたような顔でその事実を受け入れる者もいた。


「あー。まあ、うちとしちゃ納得できないけど……」


「味方を巻き添えにしたことに目を瞑れば、確かにあの突撃が決定打だったからな」


「うん、それは団長たちだってわかっているし、それだけならあそこまで荒れないんだけど」


 どうやらエリオン自身、その点については渋々ながらも受け入れているようだった。


「他に何かあったのか?」


 落ち着いた様子のエリオンに今度はアルディスが訊ねる。


「指揮官だった女将軍の演説がね……」


 エリオンの表情が歪む。

 思い出しながら同時に怒りの感情も再び湧き起こってきたらしい。


「要約すると『今回は戦死者が少なかった。金はかかったがその分人的被害はごくわずかだった』ってさ」


 その言葉に傭兵たちが静まりかえる。


「なんだよそれ……。こっちは戦いに出た人間の一割が死んでるんだぞ」


 ひとりの傭兵が苦々しそうに吐き捨てた。


 今回ウィステリア傭兵団が被った損害は決して軽いものではない。

 通常の戦いなら一桁を超えることのない死者が今回だけで二十人以上出ているのだ。


 この場にいる傭兵の中には親しかった仲間や大事な相棒を失った者もいるだろう。

 人的被害がごくわずかなどという言葉で軽々に受け入れられるわけがなかった。


 傭兵団としても看過できる言葉ではない。

 負傷者も含めれば戦いの前と比べて三割ほどの戦力減が発生している。

 それでもまだウィステリア傭兵団はましな方だろう。

 他の傭兵団は味方の騎兵突撃へまともに巻き込まれたため、良くて半壊状態、小さな傭兵団の中にはほとんど全滅してしまったところもあるのだとか。


 確かに相場の三倍という高額の報酬だったが、その報酬と引き換えにアルディスたちは大きな傷を負った。

 戦力が元の水準に戻るまでには今しばらく時間を必要とするだろう。


「確かに被害のほとんどは傭兵ばかりでローデリアの正規軍は損害が少なかったかもしれないけど。何も僕らの居る前でそんなことをわざわざ誇らしげに言わなくてもいいのに」


 エリオンの蒼い瞳に怒りが浮かぶ。


「さすがに団長も他の傭兵団の代表と一緒に抗議したんだけど、そしたらその女将軍……」


 その唇をぎゅっと噛みしめた後、エリオンが伝えた女将軍の言葉にアルディスは内心いきり立つ。


『お金をもらって死ぬこともあなたたちの仕事でしょう? 何か問題があるのかしら?』


 抗議するグレイスたちに向かって女将軍はそう言い放ったのだという。


「ふざけんなよ!」


「死ぬことが仕事なわけないだろうが!」


「俺たちをいったい何だと思ってんだ!」


 途端に周囲が怒号に包まれた。


 当然だろう。


 アルディスも他の仲間たちも傭兵が死と隣り合わせの危険な仕事であることは理解している。

 長年戦い続けていればいずれ死ぬであろうことは覚悟しているが、だからといって死ぬために傭兵をやっているわけではない。


 生きていくためにやむを得ず傭兵となった者、生まれ故郷を追放されて行き場のなくなった者がほとんどである。

 誰もが生死の狭間に立たずとも生きていける暮らしを渇望かつぼうしながら、それでも他に生きる術がなく傭兵をしている者ばかりだ。

 むしろ好き好んで戦いに身を投じている人間の方が少数だった。


 女将軍の言葉は完全に偏見である。


 傭兵にも人生があり、望みがあり、苦悩があり、未来がある。

 ただ戦場で駒として動かされるだけの存在ではないのだから。


「その……疑問なんだけど」


「なに?」


「なんで傭兵団の代表を式典に招待したのかな? 聞いてる限りだとその将軍って傭兵のこと道具くらいにしか思ってなさそうだけど」


「ああ、そのことね……」


 女将軍に言わせれば今回の戦いにおいて傭兵団にはちゃんと功績があるらしい。

 ただその功績は例えば強敵の撃破だったり、戦況をひっくり返す決定的な一撃といったアルディスたちが考えているものとは違っていた。


『ローデリア兵たちの代わりに死んだことがなによりの功績よ。傭兵なんてさもしい生き方をしているわりに、多少は意味のある死に方ができて良かったじゃないの』


 慈愛に満ちた眼差しで心の底から言祝ことほぐように女将軍はそう言ってのけたのだという。


「さすがにあれは僕も切れそうだったよ。ジョアンなんてヴィクトルが抑えてなかったら素手で殴りかかってたと思う」


 言ったエリオンも聞いた周囲の傭兵たちも静かなものである。


 だがその静寂は間違いなく怒りの感情で満ちていた。

 あまりにも無神経で無情な女将軍の言葉に声が出ないだけで、その内心は皆煮えくりかえっているのだろう。


 そんな女の指揮で二十人を超える仲間が死んでいったのだ。

 それも味方を平気で巻き添えにするような戦い方の末に。


 静まりかえった見た目とは裏腹に、ちょっとした刺激で今にも爆発しそうなその場へひとりの男が近づいてきた。

 グレイスだ。


「団長!」


 いち早くそれに気付いた傭兵のひとりが声を上げると、次々に仲間たちが叫び出す。


「話はエリオンから聞きました!」


「このままで良いんですか団長!」


「舐められっぱなしじゃウィステリア傭兵団の名がすたるんじゃねえのか!」


「あいつら、絶対許せねえ!」


 戦場もかくやという喧騒に囲まれたグレイスは殺気立つ傭兵たちを必死になだめる。


「落ち着け。お前ら」


 ようやく耳を傾ける態勢になった傭兵たちへゆっくりと語りかけた。


「お前らの気持ちはわかる。怒りを覚えるのも当然だ。だけどな……」


 落ち着けと言った当のグレイス自身、誰よりも今回の仕打ちが腹に据えかねているのだろう。

 湧き起こる苛立ちを押し殺しながら努めて冷静をよそおっているのが、アルディスにも容易に読み取れた。


「あんなのでも雇い主だ。むかっ腹が立つのは俺も同じだが、雇用契約があるうちは叩っ斬るわけにもいかねえだろ」


「だけどもうその雇用契約も終わったんだろ!」


「だから待てっての」


 いきり立つ傭兵を手でぎょしながらグレイスは続ける。


「雇用契約が終わったからって、足下から立ち去る間もなく噛みついたんじゃあどうにも風聞が悪すぎる。そんなことをすればこの傭兵団の信用はがた落ちだ。だいいち今回の戦いでローデリア軍はほとんど損害を負ってない上、そんな軍を丸ごと相手にして勝てると自惚うぬぼれられるほど俺たちには戦力がない」


「じゃあこのまま泣き寝入りかよ!」


「納得できません!」


「待て待て。いいか、俺たちは傭兵だ。その時の依頼次第で敵にも味方にもなる。傭兵は傭兵らしく戦場で借りを返せばいいんだ。そんな顔すんなよ。そう長く待つことはない」


「どういうことだ?」


「ヴィクトルが拾ってきた噂なんだがな。どうやら最近のローデリアは勝ちすぎたみたいだ。周辺の小国が手を組んでローデリア包囲網を張ろうって動きがあるらしい。こういう噂が出回るってことは、既に各国で話がついてるってことだろう。そうすればさすがのローデリアも楽勝ってわけにはいかない。噂に上った国の軍がまとまればおそらく兵力にそれほど差はつかないだろう。で、その時に俺たちがどちらに味方するかって話なんだが……」


 グレイスの話が進むうちに、彼が何を言わんとしてるのか傭兵たちも理解した。


「当然ローデリアの女将軍をぶん殴れる方に決まってますよね!」


「戦場で敵味方になったんなら遠慮なく斬り捨てて構わないしな!」


 それらの言葉に次々と賛同の声が上がる。

 これから戦場に向かうというわけでもないのに、やたらと士気の上がった一団が『打倒ローデリアの女将軍』を合言葉に気勢を上げる。


「そういうことだ」


 傭兵たちの反応を受けて、満足そうにグレイスが笑みを見せる。


「よし、いいなお前ら! 戦場での借りは戦場で返せ! あの女将軍は俺たちを便利な道具程度にしか思ってないようだが、道具だって扱い方を間違えれば自分が怪我をするってことを教えてやるぞ!」


 グレイスの言葉に傭兵たちが声を揃えて応じる。


 こうしてウィステリア傭兵団が次に身を投じる戦場が決定された。

 今度の敵はローデリア王国軍。その指揮をるであろう女将軍である。


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[一言] なるほど、ここで対立するわけですか
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