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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第294話

 正面から対峙したローデリア王国とランデスヘル新国の両軍。

 最初に動いたのはアルディスたちのローデリア陣営だった。


 騎兵を除いた両翼に前進命令が下され、半円の弧を描くように形を変える。

 アルディスたちウィステリア傭兵団がいるのは右側の前線だ。

 必然的に敵との激突も他の部隊よりも早かった。


「ひとりで前に出すぎるな!」


「周りと足を揃えろよ!」


 古参の傭兵が新米たちに忠告しながら自らは敵の正面に立ちはだかる。


「アルディス、上から来てる!」


 ルーシェルが頭上から迫り来る敵の一部に気付いて警告を発する。

 魔力によって足場を組み、その上を渡り歩くことで高所からの奇襲を行うのは決して珍しい事ではない。


 見たところ敵は傭兵ではなくランデスヘル新国の正規軍だった。

 揃いの装備は灰色に染まっており、飾り気のない鎧はどこまでも実用性を追求した物である。

 質実剛健を良しとするランデスヘルらしいよそおいだろう。


「エリオン!」


「討ちもらしは頼みますよ!」


 アルディスがただ名を呼んだだけでエリオンは意を汲んで魔術を行使する。


 エリオンの両手に生み出された無数のとげが上空の敵に向かって放たれ、上昇と共にその大きさを増していった。

 小型ナイフほどの大きさになった棘が敵の張った障壁を貫いてその身に突き刺さる。


 五名ほどの敵がそれによって脱落し地上へ落ちていく。

 当然あの高さから落ちて助かるわけもない。

 敵味方入り乱れる戦場へいくつかの赤い染みが新たに生み出された。


「来るぞ!」


 エリオンの魔術を防ぎきった三人の敵が上空から魔術を行使する。


「こっちは大丈夫!」


 ルーシェルに一瞬だけ視線を送り、アルディスは敵を迎撃するために足場を作り出す。

 大きく隙間の空いた階段のように作り出された透明な足場を蹴りつけ、空中を駆け上がった。


 空へ向かうアルディスと交差するように、敵の魔術によって生み出された氷柱が地上に向けて落ちていった。

 ルーシェルならあの程度は防げると判断したアルディスは脇目もふらず敵に向かった。

 三人の中で最も若そうなひとりへ狙いを定めると、そのすぐ側に足場を作り出して飛び込む。


「傭兵如きが!」


 あからさまにこちらを見下した口調でランデスヘルの兵士がアルディスを迎え撃つ。


 アルディスは勢いそのままに剣を振るい、力で敵兵士を足場から落とそうとする。

 もちろんそれは相手も予測済みなのだろう。

 剣を斜めにそらして力を受け流す。


「食らえ!」


 お返しとばかりに敵兵士が至近距離から魔術で生み出した火球をぶつけてくる。


 アルディスはとっさに自分の足場を消す。

 自由落下に任せて火球を回避すると、死角となる敵兵士の足もとから剣を突きあげた。


 回避のために飛び退すさった兵士が新たな着地点となる足場を作り上げたその時、アルディスはその足場の上へつぎ足すように拳大の足場を生み出す。


「うわぁ!」


 予測していた場所よりもわずかに上へずれた着地点。

 そのわずかなズレですら戦闘中の人間にとっては致命的な狂いとなる。

 体勢を崩した兵士にはアルディスの剣を回避する余裕もなかった。


「こういう戦い方は軍じゃ教えてもらわないか?」


 慈悲もなくアルディスの剣が兵士の横腹を貫く。


「ぐはぁ!」


 致命傷ではない。

 だがここは魔力で足場を確保しなければ立つこともできない空中だ。


 大きな傷を負った兵士は苦悶くもんの表情を浮かべたまま落下していった。


「アルディス、こっちは終わったぞ」


 残った敵のふたりを確認しようと首を巡らせたアルディスへ声がかかる。


 声の主は仲間のサークだった。

 アルディスが敵の兵士をひとり倒す間に残りのふたりを片付けたのだろう。


「なんだ。邪魔が入らないと思ったら……」


 どうやら目前の敵に集中できていたのはサークのおかげだったらしいと知り、アルディスは軽く落胆する。


「ん? 余計なお節介だったか?」


「いや、そんな事はない」


「だろ。助け合ってこその仲間だよな!」


 そう言ってサークが笑い声を上げる。

 血飛沫ちしぶき飛び交う戦場にはそぐわないが、その快活な性格こそがサークの長所でもあった。


 苦笑いを浮かべようとしたアルディスの横を数本の矢が通り過ぎた。

 次いで矢を追うように地上から敵の魔術攻撃が向けられる。


 足場を用いた空中戦がさほど珍しくないとはいえ、やはり主戦場は地上だ。

 遮る物のない空中にいるアルディスたちは地上の射手や魔術使いにしてみれば良い的だろう。


「おっと、やっぱ落ち着かないな」


「ああ、別に戦場で人気者になっても嬉しくないしな」


 サークとアルディスはそう声を掛け合うと、足場を崩して地上へと戻っていく。

 その最中、アルディスは遠目に見た戦場の形勢に若干の不快感を覚えてグレイスへと報告に向かう。


「グレイス、味方の左翼が押されてる」


「左翼が?」


 アルディスからそのことを告げられたグレイスは、自らも足場を作って上空から戦場全体を確認した。


「ちっ、確かにアルディスの言う通りだった。このままじゃ俺たちだけが敵の中に突っ込む形になるな」


 もともとローデリア王国の布陣において、半円の弧を描いた両端のひとつがアルディスたちの所属するウィステリア傭兵団である。

 もう一方の前線である左翼が押されている今、なまじアルディスたちが優勢に戦いを進めていることから自分たちだけが敵陣深くに食い込む形となってしまっていた。


「少し攻勢を弱めましょう。このままだと敵に囲まれかねません」


 ヴィクトルもグレイスと同じ考えらしく、前進をやめることを進言していた。


「ああ、そうしよう」


 決断したグレイスの指示が伝わって行くにつれ、緩やかにではあるがウィステリア傭兵団の攻勢にブレーキがかけられる。

 部隊の勢いが問題なく制御されたと思われたその時、問題が発生した。


「あいつら、状況が見えてねえのかよ!」


 ダーワットが文句を放つ相手は敵ではなく味方だった。


 敵中に突出することを避けるため、攻勢を弱めて足を止めようとしたウィステリア傭兵団だったが、その後ろに控えていた他の傭兵団が同じように考えるとは限らない。

 むしろ後方に配置されては手柄の立てようもなく、ウィステリア傭兵団が戦いを優勢に進めているのを見て自分たちもと前へ出ようとする。


 彼らに悪意はないのだろう。

 勝てる戦、実際に目の前で勝っている状況を見れば傭兵団として焦りが出るのも仕方のないことだった。

 グレイスやヴィクトルのように戦場全体を見通して判断できる戦術眼が彼らにあれば、このような事態にはならなかっただろう。


 練度の高いウィステリア傭兵団とはいえ、場の雰囲気や勢い、流れというものはそう簡単に制御できない。

 突出することを避けるため攻勢を弱めたにもかかわらず、背後から追い立てられるように圧迫を受け、次第にアルディスたちは突出する形となってしまう。


「まずいぞグレイス。一旦右に転進するか?」


「それはまずいでしょう。騎兵の前を塞ぐ形になってしまいます」


 悪化する状況に手を打とうとするダーワットと、それを否定するヴィクトル。


「だが左はもっとまずいだろう」


「いっそのこと上に避けますか?」


「……そうだな、その方がまだマシか」


 逆にヴィクトルが提示した案にグレイスが乗っかる。


「よし、全員に上がるよう伝えろ。後ろのヤツらを素通りさせてやれ」


 グレイスがそう指示を出すも、既に時機は逸していた。


「なんだ!? 敵の攻撃がいきなり激しく――!」


 仲間の誰かが叫ぶ。


 だがその声を聞くまでもなく、アルディスは状況の変化を肌で感じ取る。

 敵からの攻撃密度が一気に高くなったのだ。

 それまで正面からしか飛んでこなかった矢や魔術が、左側面からもやって来るようになった。


「ちっ、遅かったか!」


 グレイスが唇を噛んだ。


 敵の中央部隊が前進してきたことで、ウィステリア傭兵団は前方と左側の二方向から攻撃される状況に陥っていた。

 こうまで攻撃が激しくなってしまっては、今から上空に逃げるのも難しい。

 無理に退避しようとすれば濃密な矢と魔術にさらされてしまう。


 さらに後方からは状況を理解していない味方の傭兵団が圧力をかけてくる始末である。

 半ば包囲されたような形でウィステリア傭兵団は敵の攻撃に耐え続けていたが、さらにそこへ状況を悪化させる敵の一手が加えられた。


「右手前方から敵騎兵の突撃!」

2021/10/24 重言修正 不快感を感じて → 不快感を覚えて

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