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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第289話

「突っ込めえぇ!」


「うおおぉ!」


 集団となった傭兵たちが砂を舞い上げながら砦に向けて突進してくる。

 重装備とはいえないが、それでも矢を防ぐための大楯を持ち、身を守るための防具を身につけているのだ。その重量は決して軽くない。

 一斉に押し寄せるその足音は、しかし敵味方の放つ怒号によってかき消されていた。


「構え!」


 砂浜に打ち寄せる波の如く近付いてくる敵の姿を防壁の上から見下ろしつつ、グレイスが号令をかける。


「放て!」


 一斉に味方の弓持ちが矢を放ち、緩い放物線を描いた矢が殴りつける豪雨のように敵の傭兵へと降り注いだ。

 幾人かの敵が矢に射貫かれて倒れるものの、大部分の敵はそのまま勢いを失わずこちらへ向かってくる。


「射手はそのまま撃ち続けろ! 魔術が使えるものは各自の担当エリアで迎撃! 障壁張り忘れてまぬけな死に方するんじゃないぞ!」


 たとえ味方が防壁の上という有利な位置を確保しているとはいえ、縮まった距離は死の危険をより身近なものにする。

 突進しながら敵の傭兵が炎や氷針ひょうしんを魔術で生み出し、先ほどのお返しとばかりに放ってきた。


「来るよ、アルディス!」


「問題ない!」


 ルーシェルの警告を受けるまでもなくアルディスは自らとルーシェルを包み込むように障壁を展開する。

 岩つぶてと呼ぶにはあまりにも凶暴な物体が、下から打ち上げるようにその障壁へぶつかり、衝撃と共に弾け飛んだ。


 敵の射手が壁上の味方に向かって矢を放ち、味方の飛剣使いがそれを迎撃する。

 魔術によって誘導された敵の矢が魚のように青空を泳ぎながら飛剣をかわして防壁上の味方を次々と貫く。

 不運にも眼を貫かれた味方が即死し、幾人かが矢を受けて流血していた。


 敵の攻撃は矢ばかりではない。

 腕に矢が刺さったことで意識がれたのか、障壁の展開に手間取った味方のひとりがまともに炎の魔術を食らって身を焼かれる。


 他方では魔力によって作り出された刃を防ぐことに失敗した仲間が全身を切り刻まれて周囲へ血を撒き散らす。

 肉の焼ける不快な匂いが漂ったかと思えば、次の瞬間にそれは血煙へと溶けていった。


「私だって障壁くらい展開できるのに」


「ついでだ、ついで」


 ルーシェルの不満そうな言葉へおざなりに返事をすると、アルディスは反撃のため魔術を行使する。

 先の鋭く尖った氷塊ひょうかいを五つほど生み出すと、近付いてくる敵の一団へと放つ。

 三つが障壁によって防がれ、ひとつはかわされてしまったが、残るひとつは敵の右大腿部を貫いた。

 千切れかけた右足をかばって敵が転倒し、そのまま後続の味方に踏み潰される。


「もう」


 アルディスに不満そうな表情を向けつつ、ルーシェルも魔術で作りだした水の糸を押し寄せる敵に向けて放った。

 極限まで細い糸状に集約された水が凄まじい勢いで一直線に飛び、大盾をも貫いて敵に吸い込まれていく。


 遠目には盾を構えた敵が突然脱力して倒れ伏したようにしか見えないだろう。

 だがその額には小さく血が流れている。

 盾の守りをものともせず、水の糸が敵の頭部を貫いたのだ。


「相変わらず妙な魔術を使うな。ルーシェルは」


 横から声をかけてきたのは緑がかった短い銀髪を持つ男だった。


 男の名はサーク。ウィステリア傭兵団に所属する、アルディスやルーシェルと同年代の仲間だった。 

 年齢はアルディスたちよりわずかに上だろうが、傭兵団においてはその程度の差などあってないようなものだろう。

 歳が近いこともあり傭兵団の中でも親しい間柄のひとりである。


 世間話のような口調で言い放ちながらサークは敵に向かって魔術を放る。

 巨大な火球が十個ほど敵の頭上に整然と並び、そのまま直下に叩きつけられた。


 爆音と共に敵の集団が炎に包まれるものの、当然敵の傭兵も障壁を展開している。

 サークの馬鹿げた魔力に押し切られ、障壁を破られた十人ほどが黒焦げの物体と化した。


 だがそれも全体から見るとほんの一部分だけのこと。

 大部分の敵はなんとか障壁で凌ぎきったらしく、軽い火傷程度ですんでいるようだ。


「相変わらず派手な魔術を使うわね。サークは」


 同じような表現で言葉を返すルーシェルだが、その表情はどちらかというと呆れ顔に近い。

 それは穿うがった見方をすれば無駄な魔力を使った効率の悪さを揶揄やゆしているようにも取れた。


「ちっ」


 ルーシェルの言葉に対しての苛立ちなのか、それとも自らの攻撃が思った以上に効果を発揮しなかったことに対しての不満なのか、サークが舌を打つ。


「サークは魔力でゴリ押ししちゃうからねえ」


 そこへ割って入るのはサークとよく似た面立おもだちの若い男。

 涼しげな蒼い瞳が呆れたような表情と共に向けられると、サークは不機嫌そうに反応する。


「うるせえな、エリオン。じゃあどうしろってんだよ?」


「もっと効率良くやればいいじゃないか。こんなふうに」


 そう言いながらエリオンと呼ばれた男は手に持った複数の小さな壺を眼下の敵に向けて放り投げた。

 魔術によって小さな壺たちは敵の頭上へと運ばれていく。


 全ての壺が敵の頭上に近付いたタイミングでエリオンが魔術を放った。

 小さくも鋭い風魔術により壺が一斉に砕かれ、破片と一緒に中から透明な液体が地上に降り注ぐ。


「油か?」


「ご名答」


 見下ろしながら問いかけたアルディスの言葉に返事をしながら、エリオンは再び魔術を行使する。


 エリオンが放つのは極微少の火花を放つだけの小さな炎。

 炎と呼ぶにはあまりにも頼りない、今にも消えてなくなりそうな火種の如き大きさだった。


 だからこそ敵の眼にも留まらなかったのだろう。

 障壁という妨害に遭うこともなく火種が地面へ撒き散らされた油へと接触すると、またたく間に周辺一帯が火の海と化した。


 すぐに敵も魔術を使って消火にあたったため直接的な死者は少ない。

 しかし短い間とはいえ足並みは乱れ、少なからず焼かれて足を負傷した敵も多かった。

 歴戦の傭兵たちが数多く所属するウィステリア傭兵団にとっては、そのわずかな乱れだけでもつけいるに十分な隙となる。


「今だ! ありったけぶちこめ!」


 グレイスの号令で集中的に魔術攻撃が叩き込まれると、混乱していた敵傭兵がまたたく間に飲み込まれていく。


「ほらね」


「まどろっこしい……」


 面倒だと顔全体で表すサークとにこやかな笑みを浮かべるエリオンの顔は非常に良く似ていた。


 もちろんなんだかんだと付き合いの長いアルディスは彼らふたりを見間違うことなどない。

 だが、それもふたりが同じ髪型をして表情を消していれば途端に怪しくなってしまう。


 同じ顔立ちに同じ髪色、瞳の色まで同じとなれば彼らが兄弟であることは容易に想像がつくだろう。

 しかし彼らはただの兄弟ではない。

 サークとエリオンは同じ母親から同じ日に生まれた子供――双子だった。


 短髪のサークに対して背中まで流した長髪をうなじでひとまとめにしているエリオンという髪型の違い、物言いや振る舞いの違い、さらには表情の作り方もずいぶん違うからこそアルディスにも見分けがついているが、もともと顔の作りはほとんど同じようなものだった。


 とはいえ似ているのは姿形だけである。

 性格は正反対といってもいいくらい違うし、魔術を使った戦い方も全然違う。

 直接的な魔術攻撃を好むサークに対し、エリオンは常に創意工夫をして新しい戦い方や新しい魔術を生み出すことに喜びを見出すタイプらしい。


 先ほどの攻撃もそうだ。

 片割れであるサークは「まどろっこしい」と切って捨てたが、その効果は馬鹿にできない。

 直接的に敵をほふった数ならサークの方が当然多いだろう。


 しかし敵に損害をいるという意味では、エリオンの取った手も決して無視できないものだ。

 ましてや消費した魔力の量に至ってはおそらくサークの使った魔術に比べて百分の一にも満たない量である。

 長期戦の可能性も考慮すれば、後先お構いなく魔力を注ぐサークの戦い方よりもはるかに堅実と言えるだろう。


 もちろんエリオンの魔力量がサークに劣っているわけではない。

 やろうと思えばおそらくサークのような力押しの戦い方もできるだろうが、それを良しとしないのがエリオンという人物の性格だった。


「魔術使いにとって魔力は生命線だよ。魔力が枯渇すれば僕らみたいなタイプはあっという間に足手まといだ。サークはもうちょっと考えて魔力を使った方がいい」


「うっせえな。細かいことなんて気にせず障壁ごと押し込みゃいいじゃねえか」


 エリオンの忠告を一蹴したサークにルーシェルが横から不満げな顔を向ける。


「それが簡単にできるんなら誰も苦労しないよ」


 その点についてはアルディスも同意見だった。

 敵の障壁ごと押し込めるほどの魔力があればアルディスとてもう少し役に立てるだろう。


 魔力の多さにものを言わせて敵の障壁ごと押し込むなどという芸当ができるのは、ウィステリア傭兵団でもこの双子とあとはヴィクトルくらいのものだ。

 団長であるグレイスですらそこまでの魔力は持っていない。

 魔力量という観点から言えば規格外としか表現のしようがない双子であった。


「お前らなあ。ペチャクチャ無駄話ばかりしてねえでちゃんと迎撃しろよ」


 アルディスたち四人の様子に、青筋を浮かばせながらジョアンが小言を口にする。


「でもジョアン、あっちはもう退きそうな雰囲気だぞ」


 わざとらしくサークが手のひらで額にひさしを作り、先ほどまで眼下に押し寄せていた敵の傭兵たちへ目を向けた。

 確かにサークの言う通り敵に先ほどまでの勢いはない。


 エリオンの魔術を基点にしたウィステリア傭兵団の集中攻撃により、攻め手の敵は甚大な被害を出してしまったらしい。

 時折牽制のようにこちらへ攻撃を飛ばしてくるが、それも散発的なものばかり。

 全体としては撤退に移っていると見ていいだろう。


「敵が退いていくぞ! 傭兵隊は追撃に移れ!」


 敵の様子を窺っていた砦の指揮官が追撃の命を下し、それを受けて傭兵団がそれぞれ動き出した。


「聞いたな! ウィステリア傭兵団は壁上に二隊残して追撃に移る! 負傷者以外は門の前へ集まれ!」


 ウィステリア傭兵団もグレイスの指示に従って門へと移動しはじめた。

 当然傷を負っているわけでもないアルディスたち四人はそれに続くことになる。






 アルディスとルーシェルがウィステリア傭兵団に拾われてから早五年の月日が経っている。


 今となってはふたりも傭兵団の立派な戦力としてその一翼をになっていた。


 アルディスに遅れること三年でルーシェルも傭兵として戦いへと加わるようになり、戦いへ赴くこと十数回。

 戦場の洗礼も受け、殺し殺されかける立場でいることを受け入れた今ではひとりの立派な戦士だ。自分に戦争は無理だと顔を青くしていた無垢な少女はもういない。


 アルディスに至ってはその数倍の死地へ足を踏み入れてきた。

 死にかけた回数は両の手で数えられないほどあり、手にかけた相手はもはや数える気にもならないほど。

 それが傭兵だから、と自分に言い聞かせながら五年間生き抜いてきた。


 生死を問わず入れ替わりの激しい傭兵団の中では、五年も生き残れば十分に古参と言ってもいい。

 事実、アルディスよりも前に傭兵団へ所属していた人間は全体の半分をわずかに超える程度だった。


 五年の間に半数近い百人ほどが消え、代わりに新顔が百人ほど増えている。

 サークとエリオンの双子は後者だ。


 四年ほど前、アルディスがまだ戦場に立ちはじめてまだ間もない頃にふたりしてウィステリア傭兵団へ入団してきた。

 双子の方がやや年かさだが、同年代ということもあり互いに遠慮のない距離感でいられる貴重な相手。

 それが双子とルーシェルを含めたアルディスたちの関係である。


 四人がそろって戦場へ出るようになってから二年。

 今ではアルディスもルーシェルも一人前の傭兵として仲間たちから認められている。

 双子に至ってはその魔力量の多さからわずか四年にして主戦力扱いだ。

 傭兵団の中では団長であるグレイス、古株のヴィクトルやジョアン、ダーワットらに続く五番手六番手とみなされていた。


 一方のアルディスは一人前として認められてはいるものの、まだまだ団の主戦力として名が挙がるほどではない。

 傭兵団の半数よりは強い、という程度の立ち位置に忸怩じくじたる思いを抱くアルディスであった。


 今回ウィステリア傭兵団が請け負ったのはとある砦の防衛だ。

 領主の兵たちと共に敵の攻撃をしのぎ、撃退することがその役割である。


 ウィステリア傭兵団を入れて三つの傭兵団、そして領主の私兵と領民兵の合わせて千五百人ほどで砦を守ること二十日。

 直近の十日間で三度に渡って敵の攻撃を受けているものの、そのすべてを撃退することに成功していた。

 三度目の防衛戦はエリオンの小技とウィステリア傭兵団の火力によって味方の勝利となり、その余勢を駆って撤退する敵への追撃を行っているところである。


「でも罠だったら危ないんじゃない? 撤退を装って敵を引きつけた上で伏兵を使って反撃するとか、よくある話よね?」


 アルディスと並んで敵を追いながらルーシェルが懸念を口にした。

 走るリズムにあわせてひとまとめにした黒髪が尻尾のように揺れている。


 彼女の長い髪をくくっているのはずいぶん前にアルディスがプレゼントしたスミレ色のリボンだった。

 ルーシェルにとってはお気に入りのリボンらしく、ほぼ毎日アルディスは目にしている。

 その光景にアルディスは心の奥底で妙な満足感を覚えながらもルーシェルに答える。


「まあ、だからこそ俺たち傭兵に追撃させるんだろうよ」


「そうだね。追撃が上手くいって敵が減れば良し、もし罠だったとして僕ら傭兵が逆撃を受けたところで領主にとっては痛くも痒くもないだろうし」


 アルディスの後ろを走っているエリオンが同意すると、そのとなりを走るサークがさらに邪推する。


「むしろ敵と一緒に消耗してくれとか思ってんじゃねえか?」


「さすがにそれは……」


 ルーシェルが口ごもる。

 さすがにそれは無いだろうと言いたくとも、彼女も傭兵団に所属して今年で五年。戦場へ出るようになって二年が経つ。

 この世界で傭兵がどのように扱われるかはその身をもって知っているのだ。

 ハッキリ否定したくともこれまでの経験がそれを許してくれないのだろう。


「よし、追撃やめぇ!」


 逃げ遅れた幾人かを仕留めながら敵を追撃した後、敵の殿しんがりとの距離が開いたところで停止の合図が出る。


「これ以上は深追いするな! 残敵を掃討しつつ砦に戻るぞ!」


 砦の防衛には成功し、追撃でかなりの敵を減らすことができた。

 今回の戦いは味方の完勝といえるだろう。

 圧倒的な勝利に高揚しながらも、ウィステリア傭兵団は淡々と残敵を掃討しつつ砦への帰路につく。


「あれ?」


 その最中、突然ルーシェルが何の前触れもなく立ち止まった。


「どうした、ルー?」


「うん……」


 アルディスの問いかけに生返事をするルーシェル。

 彼女の視線が向いている先にあるのは、砦への帰り道をかすめるように広がっている小さな森。


「ちょっと先に行ってて」


 訝しげにそちらを見ていたルーシェルがそう言い残して森へと入っていく。


「おい、ルー。ひとりじゃ危ないだろ」


「どうした、アルディス?」


「すまん、先に行っててくれ」


 何事かと振り向いたサークとエリオンへルーシェルと同じ言葉を残すと、返事も待たずにアルディスは後を追いかける。

 残敵の掃討が済んだとはいえ絶対に安全とは限らない。

 アルディスは森の中を歩くルーシェルへ駆け寄った。


「どうしたんだよ。いきなり森に入ったりして」


「んー」


 となりに並んだアルディスへ先ほどと同じく生返事を口にしながら、ルーシェルはどんどん森の中へと歩いて行く。


「なんかちょっと気になって……」


「気になるって、何が?」


「うん」


 アルディスの問いかけへ適当な返事をしたかと思うと、今度は突然立ち止まって周囲をキョロキョロとしはじめる。


「この辺だったと思うんだけど。…………あ」


「だから何が…………え?」


 視線を斜め上に向けたルーシェルが何かに気付き、その視線の先を追ったアルディスの顔に怪訝の色が浮かぶ。


 ふたりが見上げた先にあったのは枝葉をい茂らせる木々の一本。

 そしてその枝先にぶら下がる――いや、逆さ吊りになっている小さな黄金色の獣だった。


2021/11/30 誤字修正 相当 → 掃討

※誤字報告ありがとうございます。

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