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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十九章 服ふもの抗ふもの(まつろうものあらがうもの) ※過去編 閲覧注意
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第287話

 幾度かの戦場を経験し、納得できない思いを無理やり押し込めながらアルディスは傭兵団の一員として戦い続ける。


 もちろん戦う事が仕事の傭兵にも休息は必要だ。

 戦場と戦場を移動する合間に大きな都市へ立ち寄ることもある。


「まあ、俺たちがこうして街中を堂々と歩けるのも、これまでの積み重ねあってのことだがな」


「積み重ね?」


 眼帯をした男の説明に同行するアルディスが問いかけた。


「信用、ってことさ。うちの団長はとにかく乱暴狼藉(ろうぜき)とか嫌ってるからな。特に女子供からは『怖くない傭兵』ってことで人気がある。その分他の傭兵団からは恨めしげな眼を向けられるけど」


「それってまずくないの?」


 アルディスのとなりを歩いていたルーシェルが横から疑問を投げかける。


「良くはありませんが、気にしても仕方ありませんよ。戦場で略奪を行わない代わりに、うちの場合はそれに見合った給金を出しています。文句があるなら他の傭兵団も同じ事をすればいいのですから」


 眼帯の男に代わってヴィクトルが答えた。


 アルディスとルーシェルは今、傭兵団の仲間であるヴィクトルや眼帯男と共に町の中を歩いている。

 傭兵団全体が街中を歩き回ればどうしても住民を怯えさせることになるため、交替で、しかも少人数単位での休暇を取るようグレイスからの指示が出ていた。


 こういった気遣いをできるのが他の傭兵団とウィステリア傭兵団との違いである。

 他の傭兵団であればここぞとばかりに全員で町へ入り込み、その結果あちらこちらでいざこざを起こすことだろう。


目障めざわりな存在と思われたら戦場でもいろいろと問題がありそうだけど」


「アルディスの懸念けねんはもっともですが、どのみち傭兵団などというものは明日になれば敵同士かもしれない関係です。同じ陣営に立ったとしても互いをうまく利用できればしめたものくらいにしか思っていないのですから、細かい妨害や嫌がらせなんて日常茶飯事ですよ」


「そういうこった。いざとなったら力尽くで納得させりゃいい。うちにはそれだけの力があるんだからな」


 ヴィクトルに乗じて眼帯の男が軽く言い放つ。

 それに小さくため息をつき、ヴィクトルが彼の言葉をとがめた。


「ジョアン。君は仮にもうちの幹部なんですから、そんな下っ端みたいな考え方では困りますよ」


「なんだよ。横紙を破るのもそれを黙らせる実力あってのことだろ? うちがその辺の弱小傭兵団だったらとっくの昔に離散してるっての」


 ジョアンと呼ばれた眼帯男が不満そうに言い返す。


「たとえそうだとしても、そこで思考停止していい立場ではないと言っているのです」


「あーあー、悪かったな! そりゃ俺はお前と違って学がねえよ!」


「学のあるなしを言っているのではありません」


 ヴィクトルとジョアンの言っていることは両方間違っていない。

 傭兵団らしからぬ自らを律した行為がウィステリア傭兵団の評判を上げていることは確かだし、それに対する周囲からのやっかみを実力で黙らせていることも事実である。


「まあまあ、ヴィクトルさんもジョアンさんも。せっかくの休暇なんですからもっと和やかにいきましょ」


 空気が悪くなるのを払拭ふっしょくしようとルーシェルが明るい調子で割り込んだ。


「……そうですね、ルーシェルの言う通りです。ここで騒ぎを起こせば他の傭兵団となんの変わりもありません。ウィステリア傭兵団の評判に傷がつきますし、この話は終わりにしましょう」


「悪かったよ、ルーシェル。確かに休暇は楽しくいかなくちゃな」


 気を取り直した四人は賑わいを見せる町の中を散策して回り、束の間の休息を満喫する。

 露店で買った食べ物を手に持ったまま大通りを眺めつつ、立ち止まっては道端の大道芸を楽しんだ。


「さあ! ここにございます華麗な一筋の桃色。なんとふさわしい持ち主を自分で選ぶという意志を持ったリボンにございます! しかも自らの審美眼にかなった美しい女性にしか興味がないときた。はてさて本日はお眼鏡にかなう女性を見つけられるでしょうか?」


 大道芸人の口上に続き、彼が手に持っていた桃色のリボンがゆるりと動き出す。

 鎌首をもたげた蛇のように頭を上げると、周囲に集まった見物客をキョロキョロと見渡すような仕種を見せた。


「おぉ……」


「動いてるぞ」


 やがてリボンは大道芸人の手を離れ、勝手に宙を舞い始める。


「浮いた!」


「踊ってるみたい」


 右へ左へふわりと流れ、身をよじらせてコミカルな動きを見せつつ、リボンは見物客の中からひとりの女性へと近付いていく。


「え、え?」


「どうやら今日はお嬢さんがリボンのお眼鏡にかなったようです。恐がらなくてもいいですよ。そのままで」


 戸惑う女性に大道芸人が声をかける。


 リボンはまるで人を警戒する小動物のようにちょんちょんと女性の腕をつつく。

 やがて納得したかのような動きを見せると、女性の手首にスルリと巻き付いて自ら蝶々結びの形でそこに収まった。


「わあ、すごーい」


「本当にリボンが自分で女の人を選んだよ」


「いいなあ」


 見物客が感嘆の声と共に拍手する。


「おめでとうお嬢さん。そのリボンはさしあげますので、どうか大事にしてやってください」


「え……あ、はい」


 リボンに選ばれた女性は反射的にそう答えた後、注目の的になっていることを自覚したのかはにかんだ笑顔を見せた。





 大通りを歩きながらルーシェルは先ほど見た大道芸を話題に載せる。


「さっきの大道芸、すごかったよね! リボンが生き物みたいに動いて、ちょっと可愛いって思えちゃった」


「あれも魔術……なのか?」


「ええ、魔術ですよ」


 ルーシェルとはまた違った視点でアルディスが疑問を口にすると、ヴィクトルがその通りだと答えを返す。

 それを聞いて目を輝かせたのはルーシェルだ。


「私もがんばって訓練すれば同じ事ができるかな?」


「どうかな。そんな簡単にマネできるんだったら大道芸にならないだろ?」


「できますよ。やって見せましょうか?」


 否定的なアルディスのセリフをすぐさまヴィクトルが覆す。


 軽い口調で言うなり、ヴィクトルは近場の露店でスミレ色のリボンを買うと、それを手のひらに乗せた。

 アルディスたちの見守る中、リボンは先ほどの大道芸と同じように生き物じみた動きを見せ、スルスルとルーシェルの手首に巻き付いて蝶々結びを作ったところで動かなくなる。


「すごい。さっきと同じ!」


「理屈は団長の飛剣と一緒です。多少細かい制御が必要になりますしタイミングがシビアになるのは確かですがね」


「勘違いするなよルーシェル。アルディスも。一遍見ただけでそんな芸当ができるのはこいつが単にヴィクトルだからだ。普通の人間はやって見せようかなんて言って、一度で成功したりはしない。いくら飛剣と理屈が同じでも俺にはぶっつけ本番で成功させる自信はないし、団長だってすぐには無理だろうよ」


「それは君の制御が雑なだけでしょう」


「うっせえ」


 制御の甘さを指摘されてジョアンが反射的に文句を口にする。


 だがアルディスとしてはどちらかというとジョアンの方へ共感を抱いていた。


 なにせ傭兵団に入った当初、アルディスへの手ほどきという名の訓練を行っていたのはヴィクトルその人なのだ。

 正式に傭兵団の一員となった今は他の団員と共に訓練をするようになり、ヴィクトルと直接剣を交えることもほとんどなくなった。

 しかし他の団員と手合わせをし、実際に戦場へおもむいたからこそヴィクトルの実力がいかに他者と隔絶かくぜつしているか理解できている。


 確かに自分の力がまだまだ未熟だという自覚はあるものの、それ以上にこの優男やさおとこはいろいろと規格外だと思い知らされていた。

 ルーシェルも同じ思いだったらしく、アルディスの心を読んだかのような言葉を口にする。


「でも確かにヴィクトルさんってできないことがありませんよね? 剣だって魔術だって、団長と同じくらいすごいんでしょう?」


「無駄に教養もありやがるしな」


「無駄にとはなんですか、無駄にとは。君はいつもひとこと多いですよ」


 ルーシェルに乗っかったジョアンへヴィクトルは冷たい視線を送る。


「天才ってヴィクトルさんみたいな人のことを言うんでしょうね」


 羨望と称賛、それに少しの嫉妬が混じったような声でルーシェルがつぶやいた。

 ヴィクトルが顔をしかめる。


「私は天才なんかじゃありませんよ。確かに一度見聞きすれば大抵のことはできるようになりますけど」


「それを天才っていうんだろうが」


 容赦ないつっこみを入れるジョアンを無視してヴィクトルは話す。


「武術や魔術が得意なのは子供の頃に教育を受ける機会が多かったからですし、知識が人よりも多いのは単にたくさんの書物を読む機会があったからです」


「お前の論法が正しいなら貴族の坊ちゃん嬢ちゃんは全員天才だらけじゃなきゃおかしいけどな」


「え? どういう意味ですかジョアンさん?」


 無視されるのを承知の上で茶々を入れるジョアンへ反応したのは、ヴィクトル本人ではなくルーシェルの方だった。


「ん? ルーシェルたちは知らなかったのか? ヴィクトルは元貴族の坊ちゃんだぞ」


「ええっ!?」


「貴族……?」


 驚きの事実にルーシェルが大声を上げ、アルディスはヴィクトルの顔を凝視した。


「昔の話ですよ」


「なんで……貴族が傭兵団にいるんだよ」


「ちょっと、アルディス。いろいろ事情があるかもしれないでしょ。あんまり踏み込むのは……」


 純粋に疑問を口にしたアルディスの服を引っぱって、ルーシェルが控えめに窘める。


「まあ、別に隠しているわけでもないですから構いませんよ。団のみんなはとっくに知っている話です。ちょうどいい機会ですから話しておきましょうか」


 ルーシェルの配慮など無用とばかりにヴィクトルはあっさりと口にした。

 そのまま道の端に寄ると、積み上げられている廃材のひとつに腰を下ろす。

 躊躇ためらいがちにアルディスとルーシェルがそのとなりに座ると、ヴィクトルは語り慣れた口調で自分の生まれについて話しはじめた。


2021/05/31 変更 木枠 → 廃材

2024/06/05 誤字修正 一辺 → 一遍

※誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにヴィクトル、なんか貴族っぽい名前だし丁寧だし… 団長よりも強いのか…?
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