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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十八章 染め上げる戦火 前編

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第271話

「しまった!」


 その瞬間、アルディスは自らの失敗を理解する。

 とっさに飛剣の斬撃をかわして後方へ飛び退り距離を取った。


「君。こちらの世界で格下相手に慣れ過ぎでしょう。こちらの人は飛剣の制御なんてできませんから、数だって一方的に増やし放題ですしね」


 同時にヴィクトルの言う通り、こちらの世界に慣れすぎていたことを自覚した。


「団長にも言われませんでしたか? 『意味もなく手数を増やそうとするな』と」


 ヴィクトルに制御を奪われた二十本の飛剣がアルディスを再び囲もうと接近してくる。


「くそっ!」


 自分自身へ悪態をつきながらアルディスは門扉ゲートから新たな剣を取り出す。

 薄い黄緑色の剣身を持つ『刻春霞ときはるがすみ』と白い剣身の『月代吹雪つきしろふぶき』だ。


 アルディスは手に持った『蒼天彩華そうてんさいか』とあわせて三本の剣で、向かってくる飛剣に対抗する。

 斬りかかってくる重鉄製の飛剣が三本、またたく間にアルディスの剣で切り裂かれた。


 ヴィクトルに奪われたのは重鉄じゅうてつ製の数打ち物。

 対してアルディスの用いている三剣は七色粉レシアパウダーを練り込んだ逸品だ。

 まともにぶつかればどちらに軍配が上がるかなど明らかだった。


「ほう、いい剣じゃないですか」


 いったん飛剣を呼び戻そうとしたヴィクトルの隙をアルディスは見逃さない。

 ヴィクトルの手元に残った十七本のうち、四本だけに狙いを定めて魔力を集中させるとその制御を奪い返した。


 飛剣の制御数は使い手の魔力量に比例する。

 敵と自分の魔力量を見極め損ない、許容量以上の飛剣を操ろうとすればその隙をつかれて制御を奪われるのはあちらの世界において常識だった。

 脅威となる存在がいないからと実力以上の飛剣を操っていたアルディスは、今こうして痛いしっぺ返しを受けている。


 ヴィクトルと自分の実力を考えれば飛剣の比率は二対一。

 数にすると十三本と六本。

 それが飛剣を制御しようとせめぎ合う魔力の拮抗きっこう点といえる。


「わかっているなら最初からそうすればいいんです」


 さとすようなヴィクトルの口調に鬱陶うっとうしさを感じながらも、アルディスは主導権を取り戻そうと攻めに転じる。

 重鉄製の飛剣はあくまで牽制に、刻春霞と月代吹雪の二本でヴィクトルの操る飛剣を確実に減らしていく。

 そうしてアルディス自身は蒼天彩華を手にしたままヴィクトルの懐へと飛び込んだ。


「これで!」


「ひねりがありませんね」


 蒼天彩華の一撃を物理障壁で受け流しながらヴィクトルは淡々と口にする。

 剣撃から流れるような動きで蹴りを繰り出すと、そのままアルディスは空いた手に魔力を集めて至近距離から火球を放つ。


「雑ですよ」


 ヴィクトルは慌てるそぶりも見せず小さな魔法障壁を無数に作りだした。

 魔法障壁を小さな刃のように操り、アルディスの生み出した火球を分断する。

 加えて障壁の角度を調整することでその勢いと爆風までも軽く受け流してしまった。


「だったら、これなら――」


 牽制のひと振りを残してアルディスは上空へと立ち位置を変える。

 その様子を悠然と眺め、棒立ちのまま次なる一手を待ち受けるヴィクトル。


 アルディスが手のひらを相手に向けて魔力を操る。

 その前方に浮かび上がるのは小さな雷を無数にまとった白い球体。

 この世界に来てそのことわりを知ることになった電撃という回避不能の術である。


「どうだ!」


 さすがの天才とて見たこともない電撃を受け流すことはできまい。

 となれば魔法障壁を使って力尽くで防ぎきるしかないだろう。


「おっと」


 案の定ヴィクトルは一瞬目を丸くする。


 すぐさま電撃の危険性を察知して魔法障壁を八枚重ねしたのはさすがといったところだが、アルディスもこれで一撃入れられるとは思っていない。

 放たれた電撃がヴィクトルの障壁を半分破る。

 しかしアルディスの全力ともいえる電撃ですらその障壁は四枚破るのがやっとだった。


「雷とはまたおもしろい」


 渾身の一撃を平然と防いだヴィクトルに対し、背後から刻春霞と月代吹雪が忍び寄る。

 電撃に注意が向いた隙を狙って不意打ちをかけようという試みだった。


「目くらましにはちょうどいいですね」


 アルディスの狙いなどお見通しとばかりにヴィクトルが飛剣の斬撃を逃れて宙へ飛び上がる。


「だろうな!」


 そこへ剣を手にして追いすがるアルディス。

 電撃と飛剣を牽制に使い、ようやくアルディスの剣がヴィクトルへと肉薄する。


「だから甘いと――!?」


 ヴィクトルはアルディスの剣撃を手に持った一本の短刀で受け流しながら、攻撃の組み立てが甘いと断じかけ、そこでようやく気付いたらしい。

 アルディスの手にしている剣が青い剣身の蒼天彩華から、鈍く鋼色に輝く重鉄製の剣へ代わっていたことに。


 次の瞬間、ヴィクトルが今まさに剣撃を受け流しているその腕のそばへ門扉が開く。


 飛び出してくるのは蒼天彩華。

 電撃と、続く二剣による牽制の間にアルディスが門扉の中へといったん格納していたのだ。


 顕現けんげんした蒼天彩華がゼロ距離にも等しい至近からヴィクトルの横腹を襲う。


「やりますね!」


 ヴィクトルが称賛の言葉を放つ。

 その表情は窮地に陥っているとは思えないほど歓喜の感情に彩られていた。


 アルディスがヴィクトルに対して持つアドバンテージは三つ。

 七色粉レシアパウダーを使った強靱な三本の剣、電撃の術、そして門扉ゲートを操る術である。


 それらを駆使することによってようやく得た一撃のチャンス。

 だがヴィクトルの力量はそれすらも上回るものだった。


 ヴィクトルが空いた方の腕でもう一本の短刀を鞘から抜く。

 一方の短刀でアルディスの剣撃を受け流しながら、もう一方の短刀を自らの脇下へと滑り込ませてぎりぎり蒼天彩華の切っ先へと届かせる。


 それで蒼天彩華の動きが完全に止まるわけではない。

 だが彼ほどの実力者にとってみれば、その一瞬が確保できさえすれば対処は可能なのだろう。

 ヴィクトルは蒼天彩華の剣先によって横腹を突き刺される寸前に、強固な物理障壁をピンポイントで展開し防ぎきる。


「ちいっ!」


 ようやく手に入れた機会をものにできず、アルディスは相手との力量差をあらためて思い知らされる。


 確かにアルディスは弱くなった。

 ロナの推測が正しいとすれば、転移と同時にふたつの世界へ分裂したアルディスはもともと持っていた力の大半を失っている。

 本来の力を取り戻せば女将軍には届かずとも、ヴィクトルともっといい勝負ができるくらいにはなるだろう。

 時折相手をしているカノービス山脈のシューダーを相手にしたときも、一方的にやられることは少なくなるはずだ。


 だが力を取り戻す術は見当もつかず、今は地道に力を身につけていくしかない。

 そんな自分にもどかしさを感じるアルディスにしてみれば、女将軍と渡り合えるだけの力を持っていながらその軍門に降ったヴィクトルの選択は受け入れ難いものだった。


「それだけの強さがあるのに、なんで……あんたは!」


「傭兵とはそういうものでしょう? ずっと同じ団にいた君にはわからないかもしれませんが」


 ヴィクトルの操る飛剣が上下左右からアルディスを囲む。


「まあ、君の場合はルーシェルのこともありますからね。私もこちら側へ来いと言うつもりはありませんが……」


 実力を土台にした余裕と自信がそうさせるのだろう。

 かつての仲間からアルディスに対する一方的な通告が突きつけられる。


「邪魔だけはしないでください。突っかかって来さえしなければ見逃しておいてあげます」


「誰がっ!」


 まるでこちらを哀れむような物言い。

 アルディスは仇敵の女将軍へ向けるのとはまた違った怒りをヴィクトルに対して覚えた。


 目の奥で急激に熱を持つ憤りという感情に踊らされ、蒼天彩華を再び手に持って斬りかかる。

 その剣撃を涼しい顔で受け流しつつ、ヴィクトルが哀れむような表情を向けてきた。


「確かにあの頃と比べれば少しは強くなっていますね。ですが戦い方が雑すぎます。昔の君の方が相手をするにはやっかいでしたよ」


「ふざけるな!」


 もはや癇癪かんしゃくを起こした子供のように、何の創意工夫もなく力の限り斬りつけ続けるアルディス。

 もちろんその一撃一撃は、軍隊が束になってかかっても勝てない魔物をやすやすと斬り裂く強烈な一撃のはずだ。


「私に勝てない程度の君が彼女に勝てるわけないでしょう」


 それを余裕の表情でかわし、数打ち品の短刀で受け流しているヴィクトルとの力量差は明らかであった。


 一方的な攻防もすぐに終わりが訪れることになる。

 乱暴な連撃の隙をついてヴィクトルが膝をアルディスの腹に打ち込む。

 動きの止まったところへ、さらにアゴ先へかするようにして短刀の柄が振り抜かれた。


 一瞬のめまい。


 揺れる視界。


「悔しかったらせめて私に勝ってみせなさい」


 その言葉を最後に、地上へと落下しながらアルディスの意識は遠のいていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どう見ても仲がいい二人の戦いw
[一言] 書籍版はもう新刊を出す気ないんかな?
[一言] 主人公最強ではないならタグは変えて欲しいです。 それを見て来る人もいるでしょうし。
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