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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第四章 アリスブルーの女

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第24話

 ミシェルの護衛たちが――酒以外のもので――つぶされてしまったため、宴会は夜が更ける前にお開きとなった。


 アルディスは報酬の中から自分の取り分を受け取り、久しぶりに懐を暖かくして家路につく。

 場合によっては十日以上かかるかもしれないと覚悟していた仕事だったが、ミシェルたちの助力もあり、この上なく短い期間で解決した。


 双子を家に残しているアルディスとしても、長い間家を空けずにすんだのは幸いだったと言える。何よりアルディスにしてみれば、ベッドでゆっくり眠れるのが嬉しい。

 実入りという点から考えても、今回の報酬で当面は衣食に困らないだろう。


 やがて家の前に到着したアルディスは、正面玄関の鍵を開けて中へと入る。

 住み始めてひと月ほど経った家は、やはり借宿とは違った安心感があった。


 家で待つ家族――といってもまともに会話すらない少女がふたりいるだけだが、それでも帰る場所に誰かがいるというのはアルディスにとって久しぶりのことだ。

 こういうのも悪くない。意図せず始まった三人の生活に、アルディスがそんなことを考えながら帰宅すると、家の雰囲気がいつもと違うことに気づかされた。


 これまでと同じように、双子の部屋をのぞいて「今帰ったぞ」と口にするアルディスが見たのは、ぐったりと床に倒れて荒く息をする双子の片割れ。そしてその手を握っているもうひとりの姿だった。


「おい、どうした!?」


 あわててアルディスが双子のそばに駆け寄る。

 倒れこんでいる少女の顔は熱で赤く染まり、苦しそうに呼吸をしていた。

 その目は閉じられていたが、眠っているのか意識を失っているのかはわからない。


「風邪……か?」


 アルディスは医者でもなければ薬師でもない。

 症状をひと目見て診断できるような知識の持ち合わせなどないのだ。


 普通の人間なら教会に連れて行って治療を受けるのが一般的である。だが双子の場合は安易にそれを選択することもできない。

 この世界では女神に(あだ)なす邪神の使徒が双子であったことから、双子そのものが()み子とされている。

 女神を信仰する者たちが双子を癒してくれるとは思えないのだ。

 そして治癒術士はそのほとんどが女神の信徒なのである。


 ならば医者はどうか?


 それも期待はできなかった。

 おそらく同じ理由で診察を断られるだろう。

 市井にも女神の信仰者はあふれている。


 薬師だってそうだ。

 たとえ治療してもらえたとしても、この家に双子がいることを知られてしまえば、今後安心して家を空けることが出来なくなる。


「リアナたち死んじゃう……、死んじゃやだあ……」


 熱で苦しむ双子の手を必死に握りながら、もうひとりの少女――フィリア――が浅黄色(あさぎいろ)の瞳をうるませて訴える。


 女神からも(うと)んじられている双子は、一体何に祈り、すがればいいのだろうか?

 アルディスはやるせない気分になった。


「とにかくベッドに寝かせよう」


 ぐったりとした双子――リアナ――を抱きかかえると、アルディスはまだ一度も使われたことのないベッドに寝かせて布団を掛ける。


 その間もフィリアはリアナから離れようとしない。

 本当なら病人からは距離を置かせるべきなのだが、この双子に限って言えばそれは無茶な相談だった。

 片時も離れようとしない両者を無理やり引き裂くのは逆効果と考え、アルディスはフィリアの好きなようにさせることとした。


 濡らした手ぬぐいを魔法でほどよく凍らせ、額にのせ、体の汗を拭ってやって面倒を見ること数時間。

 明け方になってリアナの熱が下がりはじめると、今度はフィリアが熱を出しはじめた。


 ずっとそばに居た上、もともと体力の少ない少女、しかもリアナが熱を出してからアルディスが戻るまで食事をおろそかにしていたこともある。

 それでフィリアだけが元気で居られるわけもない。


 だが、リアナの熱が下がりはじめたことで、アルディスもいくぶん安心していた。

 リアナから――おそらく風邪が――うつったのであれば、フィリアの症状も同じように落ち着くと思えたからだ。


 意識を取りもどしたリアナと並べてベッドに寝かせ、頭を冷やしてゆっくりと眠らせたおかげで、翌々日の朝にはふたりとも症状が落ち着いていた。


 その間、アルディスはふたりに熱冷ましを飲ませたり、食べやすい食事を作ったりと看病に専念する。

 時折うなされる双子の手を握り、額の手ぬぐいを冷やすついでに頭をなで、可能な限り側についておく。


 アルディス自身はそんな風に看病された経験はない。だが、なぜだか自分でも理解できなかったが、そうするべきなのだと思った。

 記憶や経験ではなく、その思い起こせない何かが自分にそうさせている気がした。


 結果的には単なる風邪だったが、食事もとらずに床の上で倒れたままの子供が無事で居られたのは手遅れとなる前にアルディスが帰ってきたからだ。


 もし学生たちを救出する依頼が長引いていたら? 自分の帰りがあと半日遅れていたら?

 双子は共に冷たい体になっていたかもしれない。


 そんな考えにアルディスは背筋を冷たくした。

 子供だけを家へ置き去りにする危険に、今さらながら思い至ったのだ。


 しかしだからといって、アルディスが家でつきっきりになるわけにもいかない。

 通常なら人を雇うという選択肢もある。銀貨一枚出せばお手伝いさんのような人間は雇えるだろう。

 だが双子がいる以上、それは難しいだろう。

 よほど信頼のおける相手でなければ、留守を任せることなど出来ない。


 そう考えたとき、アルディスは自身の交友関係の狭さを思い知らされる。

 その一方で悪いことばかりでもなかった。


 熱にうなされた双子をアルディスが看病した日から、ふたりとの距離が目に見えて縮まったのだ。

 『うん』か『ううん』の二択だった返事が少しずつ別の言葉混じりになり、それまで他人の顔色をうかがって部屋のすみでうずくまっていたのが、トコトコとアルディスの後ろをついて歩くようになった。


 何よりアルディスにしてみれば、ベッドで眠ってくれるようになったのが一番ホッとした。以前のように床で寝て風邪でも引かれてはたまったものではないからだ。


 同時に自嘲(じちょう)めいた感情が浮かび上がる。

 アルディスとしてはもともと双子に深入りするつもりなどなかった。

 しばらく面倒を見ながら、里親を探すか商会の見習いにでも放り込めばいいと思っていたのだ。


 だが、それでもひと月以上寝食を共にしていれば、憎からず思うようになるのも仕方がないことだろう。

 今ではすっかり双子に情がわいてしまったようだ。


 アルディスの名を呼び、時折笑顔を見せるようになった双子を置いたまま家を留守にも出来ず、ふたりに家事を教え、ときおり双子といっしょに昼寝を堪能しながら漫然(まんぜん)と過ごす日々が続いていた。


「で? いつになったら仕事するんだよ?」


 仏頂面で(にら)みながらテッドが言う。

 ただでさえ悪人顔の大男がそんな表情をするものだから、アルディスの両隣に座った双子が怯えて腕にしがみつく。


 双子の面倒を優先するあまり、アルディスはあれから一ヶ月近くも依頼を受けていない。

 そんなアルディスを見るに見かねてテッドたちが家へ乗り込んできたのだ。


「テッド、あんまり怖い顔しないで。あの子たちが怖がってるわ」


「なんだよ、アルディスにそろそろ仕事させろって言いだしたのはお前だろ?」


 不満そうにテッドがオルフェリアに突っかかる。


「確かにそれもあるけど。あの子たちの状況も気になってたのよ」


 彼女の言う『あの子たち』は、現在アルディスの腕を抱えたまま警戒心に満ちた表情を浮かべている双子の事である。


「その様子だと、少しは打ち解けたみたいね」


 双子の様子を見て、オルフェリアが安堵の笑みを浮かべる。

 もちろん『人並みに』とは言えないが、少なくともアルディスに対する接し方を見る限り、三人の間に良い関係が生まれているであろう事は彼女にも想像できるらしい。


「まあな。最初は大変だったけど、最近はいい感じだ」


 アルディスもまんざらではなさそうな顔を見せる。


「じゃあ、そろそろ仕事したら良いんじゃない? いつまでも蓄えが続くわけじゃないでしょ?」


 横からノーリスが口を挟んだ。


「そうだぜ、アルディス。ここんとこいつも誘いを断りやがって、しかもひとりで稼いでる気配もねえ。あんま他人の懐具合に探りは入れたかねえが、そろそろ仕事受けねえとまずいんじゃねえのか?」


 テッドの言葉にアルディスがかすかに苦笑いを浮かべる。

 彼の言葉を否定できなかったからだ。


 双子が熱を出す前に受けた仕事――学院の生徒救出――で得た報酬が金貨四十枚と少し。

 これは贅沢さえしなければ一般的な家族が二年は食べていける金額だ。

 当然アルディスと双子の少女だけであれば十分すぎる。


 だが、アルディスは傭兵だ。ただ、衣食住が確保できれば良いというわけではない。

 武器の修繕、治療薬など携行品の補充は必要だし、その価格は一般市民が買う日用品とは金額の桁が違う。金貨などあっという間に消えてしまうのだ。

 確かに懐はそろそろ寂しくなってきていた。


 だが、双子の問題がある。

 ようやくアルディスに対する警戒心を解いた双子だが、今度は一転して依存の兆候(ちょうこう)を見せはじめた。


 アルディスの後をふたりそろってトコトコとついてくる。

 アルディスがソファでくつろいでいると、そのとなりに座ってくる。

 アルディスがリビングで窓から差し込む太陽の光を浴びながら昼寝をしていると、いつのまにか側でふたりが眠っている。


 夜は夜で、せっかく双子用の部屋とベッドを用意したにもかかわらず、アルディスのベッドへと潜り込んでくるようになった。

 さすがにまだ屋外は怖いのか、買い物に出かけるアルディスへ同行することはなかったが、家の中にいる間はなんだかんだとくっついていた。


 アルディスもアルディスで、そんな双子についつい情がうつってしまい、置き去りにして仕事や狩りに出かけるのを躊躇(ちゅうちょ)してしまっている状態だ。


「だからって、いつまでもこのままってわけにゃいかねえだろ?」


 テッドの言うことは正論だった。

 実際、そろそろ仕事をしなければ、という意識はアルディスにもある。


「そこでね。面白い話を持ってきたんだ」


 アルディスの表情を窺っていたノーリスが切り出した。


「街道に出る美女の話は耳にしたことがある?」


「なんだそれ?」


「あはは、よっぽど家に閉じこもってたんだね。今じゃトリアだけでなく王都でもこの噂で持ちきりらしいのに」


 何が楽しいのか笑うノーリスだが、それはいつものことだ。

 良いから早く話せとばかりにアルディスが視線で訴える。


「トリアから王都への街道を進んで半日ほど行ったところに若い女性がひとりで出没するらしいんだ。でね、この女性がまた強いんだってさ」


「……野盗ってことか?」


「いやいや、全然違うらしいよ。ただ、街道を通る傭兵や商人の護衛に手合わせを申し入れてくるらしいんだ。で、あっさり勝っちゃうんだってさ。熟練の傭兵相手に連戦連勝。今のところ負けなし」


「意味が分からん」


「だよね。僕も意味わかんないや。だってその女性、勝ったからって何を要求するでもないらしいよ。おまけに理由を聞いても返答がないもんだから、なおさらいろんな憶測が飛び交っててね」


 話だけ聞けば、旅の傭兵が腕試しに手当たり次第ケンカをふっかけているようにも聞こえる。

 名を上げようとしているのでは、と推測する者もいる。だが、肝心の女性は名乗りもしないそうなのでおそらく見当違いだろう。


「ただ、手合わせと言っても死人どころかろくに怪我をした人間も出てないし、断ればそのまま素通りするにまかせるってことで、一部の人を除いて問題視している人はいないみたいだね。聞いた話によると、その女性に野盗から守ってもらった商隊もいたらしいよ」


「害がないなら何も問題ないだろうに。その一部の人間は何を問題視してるんだ?」


 アルディスと同じ考えの人間は多い。

 害がないどころか治安の面では貢献しているとも言えるし、望まない者には不干渉というのであれば、単に変わり者が出没するだけの話だ。

 最近では女性との手合わせ目当てで、会いに行く者すら出始めているらしいが、本人の自由意思で戦うのであれば他人がどうこう言う話でもないだろう。


「放って置いても実害はない。あるとすればメンツの問題だろうね」


「メンツか……。ということは、領主や領軍あたりから何か話が出て来てるのか?」


「当たり。トリア侯からの依頼話だよ」


 女性は罪を犯しているわけでも治安を乱しているわけでもない。

 だが得体の知れない者が、我が物顔で街道に居座っていては領主としての面目が丸つぶれであろう。下手をすると敵対する貴族との間で政争の具に使われかねない。


「ふうん。で、依頼の内容は?」


「交渉。相手の女性を領主の館に招きたいってことらしいよ」


 それを聞いたアルディスが眉を寄せる。


「よくわからないな。だったら領主の配下に行かせればいい話だろうに」


「さあ? 在野の傭兵相手に領主自ら使者を立てるのが嫌なのか、それとも一度断られたのか。その辺は今手元にある情報だけじゃ判断できないなあ。ただ、討伐ってわけでもないし、手合わせになっても怪我しなくてすみそうだから、アルディスが久しぶりに受ける依頼としてはちょうど良いんじゃない?」


「まあ、そうかもな。で、報酬は?」


「成功報酬で金貨二枚。失敗時は銀貨一枚だってさ」


「報酬少なすぎやしないか?」


 アルディスの懸念ももっともだった。たとえ成功しても四人で丸一日かけて金貨二枚では割りにあわない。

 まして失敗したら銀貨一枚しか実入りがないのだ。実質ただ働き同様である。


「ああ、オレたちゃ別の依頼を受けてっからな。美人のねーちゃんを口説くのはアルディスに任せた」


「私たちはしばらく荒野の方へ出かけるのよ」


「なんだ、そういうことか」


 どうやらこの依頼は本当にアルディスだけのために持ってきた話らしい。

 正直余計なお世話と思わないでもないが、せっかくの厚意だからとアルディスはこの依頼を受けることにした。


 渡りをつけてくれる酒場をアルディスへ伝えると、テッドたちは帰っていった。


「アルディス、出かけるのー?」


「アルディス、行っちゃうのー?」


 とたんに双子がアルディスのそでを引っぱりながら聞いてくる。


「ああ、明日はちょっと出かけてくるからな。ふたりで留守番できるな?」


 アルディスの問いかけにコクリと頷いた双子たちは、浅黄色の瞳をまっすぐ向けて尚も訊ねる。


「アルディス、リアナたち置いてかない?」


「アルディス、…………戻ってくる?」


「……ちゃんと戻ってくるから心配すんな」


 幼いなりに必死で訴える表情を見て、アルディスは微笑みを返しながらふたりの頭を優しく撫でた。


2016/12/18 誤字修正 アスタルは微笑みを返しながら → アルディスは微笑みを返しながら

※感想でのご指摘ありがとうございます。

2017/05/29 誤字修正 他人のの顔色 → 他人の顔色

2017/11/02 誤字修正 伺っていた → 窺っていた

2017/11/02 誤字修正 好意 → 厚意


2019/10/13 修正 風邪――がうつった → 風邪が――うつった

※ご指摘ありがとうございます。

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