第253話
ときおり小鳥のさえずりと小動物の足音だけが響いていた穏やかな風景を、爆発音が切り裂いた。
ゴツゴツとした岩で表面が覆われた荒れ地に突然叩きつけられる巨大な暴力。
一瞬にして砕かれた岩が吹き飛び、土砂を巻き込みながら暴風が舞う。
「こんなところか」
大地と岩を吹き飛ばす爆発を生み出した張本人が、その結果を目にして事もなげに言った。
「魔法ってのは便利なもんさねえ」
感心しているのか呆れているのか分からないような顔でそう述べるのは行商人のミシェル。
だが言われた当人のアルディスはもちろんのこと、同行者のネーレとロナもこれといった反応は示さない。
彼らにとっては別段驚くようなことではないからだ。
アルディスが放ったのは一点に強い爆発を引き起こす魔術である。
それが直撃したあとに残されたのは直径八十メートルほどのクレーターだった。
「これで五メートルくらいは掘れたと思うが……」
「鉱石の掘削に魔法をぶっ放すとか、呆れて物も言えないよ」
「手早くすむんだからいいじゃないか」
「まあ、それについては異論もないけどねえ。……っと、そろそろ砂埃も落ち着いてきたみたいだし、下りてみようかね」
クレーターの中心部はその深さがおおよそ五メートルほど。
緩やかな斜面になっているその中心部までミシェルはさっさと歩いて向かう。
アルディスは今、ミシェル、ネーレ、ロナと共にグロクと呼ばれる開拓村から西へ一キロ歩いた場所にいた。
セーラが示した『重鉄鉱脈』を見つけるためである。
「本当に鉱脈があるのかな?」
「セーラ様がおっしゃるのだ。あるに決まっておろう」
ミシェルの耳に入らないよう小声で疑問を呈したロナへ、感情のこもらない声でネーレが答えた。
「それで納得してるのはネーレだけだよ」
「すぐにお主も納得することになる」
「そう願うけどね。鉱脈を探してあちこち爆破しまくるのはあんまり気が進まないもん」
ふたりの会話を聞きながらアルディスはミシェルの後を追う。
ミシェルは後続のことなど気にも掛けず、クレーターの中心部でかがみ込むと落ちている石を手にした。
懐からルーペらしき物を取り出して熱心にそれを観察する。
「こりゃまた……」
思わずといった感じでそうつぶやくと、ミシェルが振り返ってアルディスに石を投げてきた。
「どうなんだ?」
門外漢のアルディスには石を見てもよくわからない。
「アタシも専門外だからハッキリとしたことは言えないけどね。どうも赤茶髪のお嬢ちゃんが言っていたことは本当みたいさね」
ミシェルは立ち上がると、足もとの地面を軽くかかとで踏みながら続ける。
「ここいらの石には重鉄が含まれてるみたいだよ。含有量とか純度とか、そういうのは山師に見せないとわからないけどね」
さすがにアルディスもミシェルへそこまで期待してはいない。
アルディスがわざわざ隠れ里からミシェルを連れてきたのは、あるかどうかもわからない鉱脈を探すためグロク村から人を連れ出すのが憚られたからだ。
グロク村近辺は『鈴寄り』が討伐されて危険性が低くなったとはいえ、それでも獣や魔物と遭遇する可能性がある。
その点、ミシェルは普段から傭兵と一緒に旅をして場数を踏んでいるから守りやすい。
行商人として重鉄鉱石を幾度も目にしているであろうから、とりあえず重鉄の有無を判断するくらいはできるだろうという算段だった。
「本当に鉱脈があったのか……」
セーラの言葉に半信半疑であったアルディスとしては、嬉しさ半分といったところである。
グロク村の近辺で重鉄鉱石が見つかったこと自体は喜ばしいことだろう。
大勢の避難民たちが働く場として有望であるし、ここで重鉄鉱石が取れるのであればアルディスが提供する食料の対価にもなる。
いくら蓄えを吐き出せばギリギリまかなえるとはいっても、五ヶ月分の食料代金を全てアルディスが支払うのでは負担が大き過ぎるというものだった。
「いくらかサンプルとしてグロク村に持ち帰れば、もっと詳しく調べられよう」
ネーレの言葉に頷くと、アルディスは持ってきた丈夫な麻袋に重鉄鉱石を入れていく。
「収入源の目処がついたのはいいけどさ。問題は輸送手段と食料買い付けの人手さね。いくらなんでもアタシひとりじゃどうにもならないよ?」
「まあそこは考えがある。村に戻ってから話すさ」
ミシェルの指摘に軽い調子で答えると、アルディスは鉱石で一杯になった麻袋を背にかついだ。
グロク村に戻ったアルディスが山師に採取した鉱石を見せると、その口からは『質は悪くない』という言葉が出てきた。
埋蔵量にもよるが、この品質の鉱石が安定して採掘できるのであれば三千人の人口を養うのに十分な収入が得られるかもしれないと山師は言った。
さっそく試掘に向かうという山師たちと護衛を請け負うニレステリア公爵家の警備員たち。
今のグロク村は開墾、建築、狩猟と忙しいが、それでも避難民の数は三千人を数えるのだ。
人手は十分に足りている。
アルディスがグロク村へ鉱石を持ち込んだ数時間後には、護衛を含めて五十人ほどの男たちが現場へと向かっていった。
そうして鉱脈の発見に沸き立つグロク村を後にアルディスたちは隠れ里への帰路につく。
空を飛んで二時間ほどで隠れ里へたどり着いたアルディスは、すぐさま自宅へ関係者を集めて協議を行った。
参加者はセーラ、ミシェル、ネーレ、ロナとテッドたち『白夜の明星』の面々である。
「村長や世話役たちは呼ばないでいいの?」
「この村に関することじゃないんでな。話をするのは最低限の関係者だけにしたい」
セーラの疑問にアルディスが答えると今度は不思議そうな顔でテッドが問いかけてくる。
「なんで俺たちまで呼ばれてるんだ?」
「テッドたちのことは信用しているし、ミシェルと一緒に頼みたいことがあるからだ」
「頼みたいこと?」
当然の疑問がオルフェリアの口から放たれた。
「避難民たちがいるグロク村への食料輸送と、村からの重鉄鉱石運び出しに協力をして欲しい」
アルディスの答えを耳にしてテッドとオルフェリアが微妙な顔になる。
「確かにここんとこミシェルの護衛ばかりやってるけどよ。俺たちはキャラバンじゃねえんだからな? 延々荷運びを続けるつもりはねえぞ」
「わかってるよテッド。別に四六時中どうこうしてもらおうってんじゃない。拘束期間的にはこれまで通りでいいんだ。ただ、ちょっとした秘密を守ってもらえればそれでいい」
「秘密?」
それまで微笑を浮かべ話を聞いていたノーリスが、その言葉に反応する。
「ああ」
アルディスは短く答えると、黄金色の相棒に向かって声をかけた。
「ロナ、いいか?」
「構わないよ」
返事をしたロナが立ち上がって全員から少し距離を取る。
「ロナのことか? そりゃあいつが人語を操れるなんて言いふらすつもりはねえぞ」
「いや、違うんだテッド」
隠れ里で暮らす人間はロナやルプスが人と会話できることを知っている。
また、頻繁にこの村へ出入りするミシェルやテッドたちも自然とその事実を知ることになった。
それ自体は確かに触れ回ることではないが、そこまで秘密の保持に腐心するようなことでもない。
「見ててくれ」
アルディスはテッドたちにそう言いながら鞘に入ったダガーを持つ。
十二の瞳が見守る中、アルディスは『門扉』を開いてその中へダガーを放り込んだ。
門扉へと吸い込まれたダガーがその姿を消失させる。
「え?」
「どこへ?」
テッドとオルフェリアが目を丸くしたのも束の間、「向こうだ」とアルディスの声に全員の視線がロナへと向かう。
そのロナが口にくわえているのは、つい今しがたアルディスが門扉の向こうへ送り込んだばかりのダガーだ。
「ほう」
「ふーん、面白いわね」
今度はネーレが感心したように声をもらし、セーラが面白そうに笑みを浮かべる。
「こっちにやってくれ、ロナ」
「ふぁいよ」
再びダガーがその姿を消す。
次の瞬間、アルディスが門扉からダガーを取りだして手に持つと、ノーリスが突然笑い出した。
「あはは、何それすごい! もしかして離れたところで物をやり取りできるってこと!?」
「そういうわけだ」
厳密に言うと直接物を転送しているわけではないが、要はアルディスとロナが離れた場所にいても物を送り込めるという事実を理解してもらえればそれで良かった。
「ずいぶんと物理法則を無視したことしてくれるのね」
セーラが苦笑いを浮かべ、次いで疑問を口にした。
「やり取りできる距離はどれくらいなの?」
「さてな。試したことがないから限界はわからん。ただ、今のところ距離的な制約を感じたことはないぞ」
そもそも異なる世界を行き来させるのだから、その時点で物理的な距離はあまり意味をなさないだろうとアルディスは考えていた。
「なるほどねえ。アンタの言いたいことはわかったよ。アンタかロナのどちらかがグロク村に、もうひとりがどこかの町にいさえすれば距離は関係なく物を送り込めるって言いたいんだろう? 瞬時に物が送り込めるんなら重鉄鉱石だって運ぶ手間はほとんどなくなるさね」
口では納得したようなことを言いながらも、ミシェルは眉を寄せて不機嫌そうな顔を見せる。
「ああ、そういうことね。確かに買った場所から瞬時に物を送り込めるなら、輸送という面では問題がほとんど解決するわね」
ミシェルの説明を聞いて目を丸くしていたオルフェリアも利点を理解したようだ。
感心したようなオルフェリアとは対照的にふてくされた雰囲気を醸し出すミシェルに向け、アルディスは気まずそうに謝罪の言葉を口にした。
「まあその……あれだ。ミシェルたちには……すまなかった」
ミシェルにはこの二年間、各地を行き来しながら隠れ里と外との交易を担ってもらっていた。
いくらセーラ特製の護符があるとはいえ常に危険と隣り合わせであり、加えて商売的にもあまり旨味のない交易である。
もちろんそれを承知でミシェルも引き受けてくれたのだが、当然ながら彼女にとってはもっと別のルートで交易をしていた方がよほど利益になっていたであろうことは間違いない。
アルディスが門扉を使って食料調達をするのなら、最初からミシェルを巻き込まずに自分たちだけでまかなうことは可能だったのだ。
それをしなかったのはアルディスが門扉の存在を隠したかったからであり、完全にこちら側の都合でミシェルたちに負担を強いていたという意味でもある。
本来ならば激怒してもおかしくないであろう事実を聞かされながらも、ミシェルは鼻で笑うと諦めたようにそれを受け入れた。
「そりゃアンタにも事情があるんだろうからね……。頼まれたとはいえ最終的には自分で選択した結果さね。隠し事をしていたことについちゃあ水に流すさ」
「助かる」
「まったく……、空が飛べるだけでもこっちはたまげたってのに、その上離れた場所でも瞬時に物が送り込めるって? 馬車でちまちま商品を運ぶのがバカらしくなるじゃないのさ」
ぶつぶつとボヤキ続けてはいるものの、責めるような口調ではなかったことにアルディスはホッとする。
「だけどね。いくら瞬時に物が送り込めるっていっても、さすがに限度があるよ? あまりに少人数で食料を買いあされば不自然だし、グロク村に送るとしても受け取る側の保管場所だって確保しなきゃならない。アタシひとりじゃどうにも手が回りっこないのは目に見えてるさね」
「ああ、それについては考えがある」
「考え?」
「それなりに大きな規模の商会を窓口にすれば、大量に食料を買い付けても目立たずにすむだろう」
「大きな商会? ツテはあるのかい?」
「まあな。ひとつだけ心当たりがある」
ミシェルにそう答えると、アルディスは妙な口調で話す若い女商会長の姿を思い浮かべた。






