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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十六章 毀(こぼ)れる王統

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第241話

 リアナたちと合流したアルディスは情報の共有をした後、その日のうちに王都をった。

 場合によっては数日王都へ滞在することも考えていたが、すぐに戦いがはじまる様子もないと判断し、いったん村へ戻ることに決めたのだ。


 傾きはじめた太陽を背にしながら街道を北へ向かって歩き、周囲に人影がないところまで進むとリアナたちを抱えて再び上空の人となる。

 おそらく淡空あわぞらが拡がるころには村へ到着するだろう。


「……何かいる」


 行く手を阻む者のいない空をカノービス山脈へ向けて飛んでいたとき、行程の半分を過ぎたところでシャルが草原を駆ける小さな何かを発見した。


「獣の群れじゃないんですか?」


 とっさにリアナが常識的な見解を示すが、さすがのアルディスも上空から見通す範囲全ての魔力探査ができるわけではない。

 かろうじて遠目に視認できるのは、ゴマ粒のような何かが集団で同じ方向へ動いていることだけだ。

 だが獣の群れにしては数が多い。


 奇しくもアルディスが進んでいる方向とその集団が進んでいる方向はほぼ一致していた。

 集団を後ろから追いかける形になるが、相対的な速度はアルディスの方が速いためその距離は少しずつ縮まっていく。


 やがてアルディスはそれが人間の乗った馬であることに気付いた。

 同時に、追われている集団の中へ見慣れた顔をいくつも見つけることになる。


「テッドにノーリス? じゃああっちのローブ姿はオルフェリアか?」


 逃げていたのは最近ミシェル専属護衛のような働きをしている『白夜びゃくや明星みょうじょう』の面々だ。

 彼らを含め、あわせて八頭ほどの馬が固まって逃げている。

 それを追いかけているのはやはり人が操る馬群。

 だが数は追われる側の倍以上だった。


 追われている方が各々バラバラの装いなのに対して、追う側は全員が統一された装備を身につけている。

 そのよそおいに見覚えのあったアルディスは思わず顔をしかめた。


「トリアの領軍か」


 どういう状況なのかわからないが、追う側の馬も追われる側の馬も元気がない。

 ずいぶんと長い距離を走ってきたのだろう。

 いくらアルディスが上空を高速で移動できるとはいえ、馬の全速力に比べれば遅い。

 しかしこうして距離が縮まっているということは馬の方もすでに限界に近いほど消耗している様子だった。


 ときおりノーリスが器用にも逃げながら上半身だけを振り向かせ牽制の矢を放っているが、馬上で放つのに特化しているわけでもない弓では当たったとしても大した威力はない。

 追いかけるトリア軍の兵士もそれがわかっているのか、追撃のスピードは変わっていなかった。


「状況がわからんが……」


 片や村のために日々物資を届けてくれる顔見知りの一行、片やアルディスとは因縁浅からぬトリアの領軍だ。

 どちらに助力するかなど考えるまでもなかった。


 リアナとシャルを抱えたままということもあり、アルディスは追撃する兵士たちのさらに後方上空を飛びながら、魔術による足止めを敢行する。

 逃げるテッドたちには当たらないよう絶妙のタイミングで氷塊を地面に叩き込み兵士たちの乗る馬を怯ませると、すかさずその前方に土壁を出現させた。

 兵士たちが土壁への激突を防ごうと馬を止めたところへ今度は砂を巻き上げてその視界を奪うと、混乱する追っ手たちを放置してテッドたちの後を追っていった。






 やはりテッドたちの乗る馬も限界が近かったのか、走る速度はかなり落ちていたようでアルディスはすぐに一団へ追いつくことができた。

 しばらく様子をうかがい、追っ手がやって来ないことを確認すると地上へ降りて歩き、木陰で馬を休ませているテッドたちに近付いていく。


「アルディスじゃねえか!」


 周囲を警戒していたテッドがすぐに気付き駆け寄ってくる。


「追われてたみたいだが、何があったんだ? さっきのはトリアの領軍だろう?」


「あー、追っ手を足止めしてくれたのはお前だったのか」


 アルディスの言葉でようやく追撃がなくなった原因を理解して、テッドが感謝の言葉を口にした。


「まあ詳しいことはミシェルに訊いてくれ。俺も詳しいことはわかんねえんだ」


「わからないのに逃げてたのか」


「そりゃただ事じゃない雰囲気で追っかけられりゃ、普通は身の危険を感じるだろうが」


 それだけ切羽詰まった状況だったのだろう。


「変なところで会うねえ。しかも嬢ちゃんまで連れて」


 テッドについて木陰へ向かうと、オルフェリアと共にミシェルが出迎えた。


「あ、アルディス。私、追っ手が来ないか見張っておくね」


 オルフェリアの姿を見たリアナが逃げるようにして木の上へと登っていく。


「シャルも頼む」


「わかった」


 アルディスの頼みを引き受けたシャルは、背負いぶくろを地面に下ろすとリアナの後を追い木の上へ姿を消していった。


「初めて見る子だねえ。ありゃ村の子かい?」


「ああ、普段はあまり表に出ないヤツだからな。目はいいから見張りをするにはちょうどいいだろう」


 どうやらミシェルとは面識がなかったらしい。

 家の外に出たがらないというわけではないのだが、どうもこっそりと動き回る癖が抜けないらしく、村の中でもあまり顔が知られていないシャルだった。


「まあ、上にはノーリスもいるし、追っ手が来ればすぐ気付くでしょうよ」


 オルフェリアの言葉に、テッドがついさっき知ったばかりの情報を開示する。


「追っ手はアルディスが足止めしてくれたみたいだぞ」


「誰かと思ったら、あれ……アルディスだったのね」


 その説明に納得するオルフェリア。

 第三者の介入によって自分たちが逃げ切れたことは理解していたらしい。


「それで、なんだってトリアの兵士に追われてたんだ?」


 アルディスの問いかけにミシェルが大きくため息をついた。


「それがねえ――」


 気が重そうに口を開いたミシェルの話によれば、そもそもは街道を進むトリア軍と出くわしたのが事のはじまりだったらしい。


「そりゃ各地の貴族が領軍を率いて戦場となる国境や王都に向かっていることは聞いてたよ。だから領軍と遭遇すること自体はおかしなことじゃない。補給を少しでも充実させるために現地の商人や行商人から物資を買い上げることだってあるだろうさ。こっちとしちゃあ、村に運ぶ物資が減るのは歓迎できないけど、だからって領軍の意向に逆らってもいいことはないからね。積荷全部を持って行かれるわけじゃないし、代金だって相場以上で払ってもらえる。まあ、今回は運が悪かったと思って積荷を半分ほど提供したのさ」


 ここまで聞く限りは特に問題があったとは思えない。

 だがミシェルの話には当然続きがある。


「ところが問題はその後だ。ちょうど淡空から夜に変わりそうな時間だったもんで、アタシらもトリア軍もその場で野営をすることになったんだけどね。何時くらいかはわからないけど、夜中にアタシらのところへ若い兵士がひとり駆け込んできたんだよ。その若い兵士、駆け込んで来るなりなんて言ったと思う?」


「……魔物の襲撃を知らせに来た、とか?」


「それならまだマシだったんだけどねえ。その兵士、悲壮な表情で王都にいる自分の家族へ伝言を頼んできたんだよ」


「伝言か? それ自体は別におかしいことじゃないが……」


 行商人に駄賃を払って手紙を預けたり伝言を頼むことは珍しくもない。

 従軍中の兵士は遠く離れた家族と連絡を取る手段も限られるからだ。


 しかしミシェルたちは王都から北に向かっていたというから、王都の家族へ伝言を頼むのであれば方向が逆だろう。

 これについてはその兵士がミシェルたちの進む方向を知らなかった可能性もあるため、理解不能というほどではない。

 だがわざわざ夜中に行商人の天幕へ押しかけてきてまで依頼するというのは少々妙だった。


「伝言の内容が『王都からすぐ逃げろ』だったとしてもかい?」


「逃げろ? ……それは確かに妙だな」


 ミシェルの口から知らされた兵士の伝言内容にアルディスは眉を寄せる。


 今の王都は常ならぬ状況にある。

 帝国軍は国境を越えてきていないが、ひとたび戦争がはじまれば王都とて必ずしも安全とは言えなかった。

 しかし王国の方も黙って易々(やすやす)と王都まで攻め込まれることを良しとするわけがない。

 事実、トリア領軍はその王都を防衛するために軍を移動させているのだ。


 チェザーレの話によれば王都に集まる兵はトリア領軍を合わせて約二千五百人。

 決して十分とはいえないが、守りの戦力としては少なくない人数である。

 いずれ戦火に巻き込まれることを恐れるにしても、一刻を争うほど切迫した状況ではないだろう。


「まあ結局その兵士にはお引き取り願ったんだけど、それから少しして護衛のみんなが不穏な空気に気付いてね」


「最初に気付いたのはノーリスだったんだがな。確かにトリア軍の雰囲気がなんつーか、緊迫した感じってのか? とても国内を移動してるだけの軍とは思えない気配に変わったんだよ」


 ミシェルの言葉にテッドが続く。

 四年前の戦争でも生き残ったテッドたち『白夜の明星』は戦場の空気というものを知っている。

 人間の集団が向けてくる敵意に対して敏感に反応するのはごく自然なことだろう。


「馬車と天幕を兵士が遠巻きに囲んだ段階で、こりゃ話を聞いてもらえる状況じゃないと全員の認識が一致してね。やむを得ず馬に飛び乗って突破してきたってのが顛末てんまつさ」


 あのまま大人しくしていたら間違いなく捕縛されるか、下手をすれば殺されていただろうとミシェルは断言する。

 そこまでの話を聞いて、ようやくアルディスもおぼろげながらミシェルたちの身に降りかかった事態を把握した。


「それで馬車がなかったのか……。だがどうしていきなり? 日が暮れる前はそんな雰囲気もなかったんだろう?」


「それは間違いねえ。最初からそんな雰囲気漂わせてたんなら、すぐ近くで野営なんてしねえよ」


 アルディスが疑問をぶつけると、テッドがハッキリと言い切る。


「いまいち状況が判然としないが、ひとまずほとぼりが冷めるまでは村で大人しくしておいた方がいいかもな」


「確かにねえ。なんでアタシらが追われたのか、理由がわかるまでは目立たない方がいいだろうね。悪いけどしばらくはやっかいになるよ」


 ミシェルたちによる物資の輸送は途絶えることになる。


 しかしもともと自給自足の生活を続けていた村だ。

 外からの供給に頼らざるを得ないものは塩や薬など限られた品である。

 これまでに運び込んだだけでもおそらく半年はもつはずだった。

 いざとなれば『門扉ゲート』に詰め込んで運んでくればいいという、アルディスとロナだけが知っている奥の手もあるのだ。


 その後、馬の息が整うのを待って、一行は追っ手を警戒しながら進路を北にとる。

 先ほどの足止めが功を奏したのか追っ手も姿を現すことなく、アルディスたちは無事カノービス山脈への入口となる森へ足を踏み入れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] スケールが大きくなるほど、マリーダの苦労が忍ばれるww
[一言] あー、クソトリア侯のことだし帝国と共謀して、謀反を起こすパターンか。内から王都を潰す計画が、下っ端兵から洩れたと考えたかな? クソ侯爵の息の根止めずにいつまでも放置してるから…。アルディス…
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