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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十六章 毀(こぼ)れる王統

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第237話

 リアナとアルディスたちが村で暮らすようになってから二年の歳月が流れた。

 その間、かつて百人ほどしかいなかった村はまたたく間にふくれあがり、今では老若男女あわせて五百人を超える人数にまで達している。


 通常なら急激な人口増加は住民同士の不和を呼ぶものだ。

 しかしセーラが連れてくる人間は不思議なことにそういった問題を引き起こす人間がひとりもいない。


 どういう方法を取っているのかわからないが、何らかの手段で連れてくる人間をふるいにかけているのだろう。

 双子の多い村の状況を見ても、西方の国々で迫害されている少数民族の姿を見ても、また明らかに異民族の風貌ふうぼうが混じった子供を見ても、驚きはするものの侮蔑ぶべつの視線を向けるものは皆無だった。


 だからこそリアナにとって、この村は自分を偽る必要もなければ何かに怯える必要もない、自分が自分そのままでいられる場所になっているのだ。


「リアナちゃーん」


 呼び止められたリアナは立ち止まって振り向く。


 近付いてくるのは四つ足で歩く狼のような動物。

 しかしその大きさは狼の比ではない。

 馬車よりも巨大な身体は黒い毛ですっぽりと覆われ、肉食獣にしか見えない外見は黙っていれば獰猛どうもうな魔物としか思えない。

 そんな黒い巨体が近付いてくれば普通の人間なら恐怖で身をすくませるか、あるいは身構えるものだが、リアナはそのどちらも選択せず平然と言葉を返す。


「どうしたんですか、ルプス?」


 黒い獣の名はルプス。

 二年前、アルディスとロナが連れてきた人語を解する獣だ。

 初めて会った時はリアナも恐怖に身を縮こめたものだが、今となってはそれもただの笑い話であった。


 ルプスが歩みを止めずに近付いてくる。

 あわせて一歩進むたびにキャッキャと子供の声が周囲に響いた。

 ルプスを包む黒い毛にぶら下がって、数名の子供が揺られている。

 まるでひっつき虫のようにまとわりついて離れない子供たちにうんざりした表情を見せながらも、振り落とさないようルプスが慎重に歩いて来た。


 楽しそうにぶら下がる子供たちをひと通り見渡し、リアナは純粋な疑問を口にする。


「痛くないんですか?」


「うう……、ちょっと痛い。でもいくら言っても離れてくれないんだもん」


 泣きそうな顔でルプスが愚痴ぐちをこぼす。


「まあ恐がられるよりも好かれてる方がいいでしょうし」


「そういうのとはちょっと違うと思う……」


 当初は怯えられていたルプスも今ではすっかり村に溶け込んでいる。

 良く言えば優しい心根、身もふたもない言い方をすれば気弱な本性が理解されるようになると、途端に子供たちの人気者おもちゃとなった。

 怖い相手ではないとわかれば子供たちにとってはぬいぐるみの手触りを持った都合のいい遊具でしかない。

 そのこともあってか、村にいる間のルプスはすっかり子供たちの遊び相手を押しつけられていた。


「るぷすぅ」


 そうこうしている間にも三歳くらいの男の子が近づいて来て、ルプスの足にしがみついたかと思うとよじ登りはじめる。

 ずいぶんと平和な光景であった。


 アルディスやロナと対等に渡り合える力を持ったルプスならば、子供たちを力尽くで振り払うことなどわけはない。

 だが当然そんな事をすれば大惨事になるのは目に見えている。

 子供たちに怪我をさせないため、ただひたすら不快感と微妙な痛みに耐えるルプスを危険な獣とみなす者はもはやこの村にはいなかった。


「それで、私に何か用ですか?」


 リアナが問いかけるとルプスは小さくため息をつき、その凶悪そうに見える口を開いた。


「アルディスさんどこに行ったか知らない?」


「アルディス? ……確か今日はフィリアやロナと一緒にレイティンへ行ってるはずですけど」


 最近はアルディスとロナが村の外へ出かける際、リアナとフィリアのどちらかひとりが同行するようになっていた。

 今日はフィリアの順番となっていたためリアナの方は留守番である。


「そっかあ。出かけてるのか……。今日中に戻ってくるかな?」


「多分、明るいうちには戻ってくると思いますよ」


「じゃあ戻ってきたら村長が呼んでたって伝えてくれる?」


 村長がアルディスを呼ぶというのも珍しい話だった。

 何か問題でも起こったのかとリアナは顔を曇らせる。


「それはいいですけど……。私もこれから見回りに行くから、しばらく留守にしますよ? 言伝を頼むならネーレが家に残ってますから、そっちへ伝えておいた方がいいと思いますよ」


 留守番とはいえリアナにも課せられた役目がある。

 すでにリアナも昨年成人を迎え、村のために働く責務を背負っているのだ。


「うぅ……、あの人ちょっとこわいんだよね……」


「……そうですか?」


 長年ネーレと一緒にいるリアナにはルプスの気持ちがわからない。

 確かにネーレは感情が顔に出ないことから初対面の人間には冷たい印象を与える。

 だがリアナにとっては人生の半分を共に過ごした家族のような存在だ。

 たとえ出会った頃と全く姿形が変わらない不思議な人物であろうと、怖れなど感じるはずがなかった。


「優しい人ですから、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」


「う……ん。………………がんばってみる」


 肩を落としつつルプスはその場を去っていく。

 そこはかとなく漂う悲壮感と、身体のあちこちへ子供をぶら下げているという滑稽こっけいな姿のちぐはぐさが妙に印象的だった。






「お待たせです」


「ああ、そんなに待ってないわよ」


 村の入口でリアナを待っていたのはひとつ年上の友人カリナだ。

 村の周囲、結界内の見回りは常にふたり以上で行うのが規則となっている。

 パートナーは必ずしも固定されているわけではなく、今日はリアナとカリナのふたりが東側の巡回を行うことになっていた。


「こっちも出がけにディンがトロトロしてたもんだから、出るのが遅れちゃって」


「ディンは北側でしたっけ?」


「そう。今日のパートナーがナッカなもんだから、張り切っちゃって張り切っちゃって。見回り行くのにやたら髪型とか気にしてるのよ。馬鹿馬鹿しいでしょ?」


「あはは……」


 なんと答えていいかわからず、リアナは笑ってごまかした。

 同じ双子同士でもリアナたちと違いカリナとディンの方はあまり仲が良くない。

 男女という性別の違いもあるのだろうが、本人がその場に居ようが居まいが、辛辣しんらつな言葉が双方の口から放たれるのだ。


 ふたりは装備の確認をすませると、村を出て森の中へと入っていく。

 村の近辺には狩りの獲物もいなければ注意すべき危険もない。

 さほど警戒が必要ないエリアということもあって、結界の外周へ向かって歩くふたりの間に会話の花が咲く。


「でもホントにいいの?」


「え? 何がですか?」


「ディンのことよ。あいつ、半年前までリアナへ言い寄ってたくせに、ナッカが村に来た途端あっさりアプローチ先を変えて……」


 ナッカというのは半年前に村の一員となった十五歳の女の子だ。

 西方の国で迫害されていたレト族という少数民族の子で、薄茶色の大きな瞳がリアナの目にも可愛らしく映る。

 弓の名手であるためリアナたち同様、結界内の巡回と狩猟を役割として受け持っていた。


「いえ、別に私は気にしてないですし。その……そういうの良くわからないから」


 目下のところ、ディンはナッカのことが気になるらしく、積極的に関わりを持とうと動いていた。

 彼にとってナッカとパートナーになる今日の仕事は半分デートみたいなものなのだろう。


 もちろんリアナとてディンのことは嫌いではない。

 だがそれはあくまでも友人としてであり、カリナへの好意と同じレベルのものだ。

 以前言われたような『特別の好意』ではなかった。


 だからディンからのアプローチがなくなったことは残念でもなんでもない。

 むしろ困りごとが減ったくらいにしか思っていなかった。


「まったく。男って顔が良ければ誰でもいいのかしら?」


「さ、さあ……?」


 下手な答えもできず、リアナは話の向きをそらそうとした。


「そういうカリナは気になる人とかいるんですか?」


「私?」


 訊かれるとは思ってもみなかったのか、カリナは驚きと共に自分を指さす。


「二年前ならともかく、今は同じ年頃の男の子も結構いるじゃないですか」


 リアナたちが村にやって来た二年前、村の人口は百人ほどだった。

 ディンやカリナにとって同年代の異性というのはり好みできるほどいなかったのだ。

 だからこそディンは同じ年頃のリアナに興味を示してアプローチしてきたのだろう。


 しかし今は村の人口も五百人を超えている。

 ディンにとってもカリナにとっても選択肢が一気に増えたことは確かだった。


「そうねえ。んー、アルディスさんなんかいいかもね」


「え……、アルディス?」


「うん。アルディスさんっていつも動じたりせず妙な安心感があるし、さりげなく手を差し伸べてくれる優しいところとかポイント高いよね。顔だって悪くないし、何といってもあの強さ! 魔物とかに襲われても絶対守ってくれそうでしょ?」


「え……、あ……うん……」


 動揺したリアナは言葉を詰まらせながらも同意する。

 アルディスの事をわかってもらえて嬉しいという気持ちが半分、そしてよくわからない苦しさが半分、リアナの胸を締め付ける。


「実は村の女の子たちにも結構アルディスさん人気あるのよ。特にレト族なんて狩猟民族だから、一族の価値基準で言うと毎回ものすごい量の獲物を持って帰るアルディスさんってすごく好評価なんだって」


「そ、そう……ですか……」


 カリナがアルディスを称賛すればするほど、リアナはもやもやとした気持ちに襲われる。

 これは一体何なんだろうと内心首をひねりながらカリナの言葉に相づちを打っていた。


 その時である。

 リアナの魔力探査に複数の反応が引っかかった。


 人間サイズの魔力が十個ほど、真っ直ぐこちらに向かってやって来ている。


「カリナ、前方から人間。十人くらい」


 その言葉を聞いて、それまで緩んでいたカリナの表情が一瞬にして引き締まる。


「人間? 間違いないの?」


「この数で、しかも隊列を組みながら移動する生き物はこの森にいないでしょ?」


「それもそうね。……リアナ、木の上に隠れるわよ」


 リアナの答えを待たず、カリナがスルスルと近くの木を登っていく。

 慌ててリアナもその後を追って樹上へと身を隠した。


 やがて魔力反応がゆっくりと近付いてきて、次第に肉眼でもその姿を捉えられる距離になる。

 先頭を歩くのは屈強な体格のバスタードソードを背負った男だ。

 その斜め後ろには弓を手にした背の低い男。

 さらに傭兵らしき人間がふたりほど並び、その後ろへ隠れるように荷袋を背負った小柄な人物の姿が見えた。


 距離が縮まり、次第に顔が判別できるようになると、リアナとカリナはホッと息をつき警戒を解く。

 なぜなら、その一団に見覚えのある顔がいくつも混じっていたからだ。


 ふたりは一団から見える位置へ降りると、大きく手を振って声をかけた。


「ミシェルさん!」


2020/06/22 修正 リアナがアルディスたちと → リアナとアルディスたちが

※ご指摘ありがとうございます。


2020/07/07 誤字修正 伝えておいて方が → 伝えておいた方が


2020/07/31 誤字修正 賞賛 → 称賛

※誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] お疲れ様です。 次回をよろしくお願いします。
[一言] 新しい章になってワクワクします。 さらに懐かしいミシェルさんも! 孫のお話が気になりますねぇ
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