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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第三章 自信過剰な迷子たち

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第22話

 クレンテたちの姿を目にして、ミシェルはようやくホッと一息つくことができた。


 ざっと見回して、クレンテたち全員に負傷がない事を確認する。

 九死に一生を得たことで自然と笑みがこぼれてしまう。


 初めて見る四人の傭兵は、クレンテが連れてきた救援に違いない。

 予定より一日早く到着したのは、それだけクレンテたちが無理をおして森を抜けたためだろう。


 そのおかげで間一髪のところに間に合ったのだ。もし予定通りに到着が明日になっていたら、きっとその時はミシェルたちの誰ひとりとして生きてはいなかっただろう。


 護衛の治癒術士がヘレナへ癒しをかけている間、クレンテが連れてきた傭兵たちは学生たちの介抱に取りかかっていた。


「ん?」


 その様子をミシェルが見ていると、傭兵の中で最も年若いと思われる少年だけがウィップスの(むくろ)へと近づいていく。


 (たけ)が短い藤色のローブをまとった少年は、ウィップスの身に突き刺さった二本のショートソードを引き抜くと、血に濡れた剣身を布でぬぐい取り腰に下げた鞘へと収めた。

 それはつまり、ショートソードの持ち主がその少年であるということを暗に示しているのだ。


 ミシェルは目を細めてその少年を観察する。


 年の頃は十四、五歳くらい。傭兵としては駆け出しも良いところの年齢だ。

 黒目黒髪の平凡な目立たない容姿。

 唯一特徴的なのは額に巻いた一条の布。黒髪の合間からスミレ色が垣間見えた。


 だが身のこなしを見る限り、ヘレナたち熟練の傭兵にも劣らぬ力量を感じさせる。

 少なくともミシェルの見立てでは、ハンスリックたち学生とは比べものにならないほどの手練れであることは間違いない。


 不思議な雰囲気を持った少年である。

 学生たちと同じ年頃にもかかわらず、たたずまいは戦場に立つ戦士そのものだった。


 やがてヘレナの治療が終わり、学生たちが意識を取りもどすと、ミシェルとクレンテは互いに情報を交換し、これからの行動を協議しはじめた。

 それでわかったのは、今回の幸運がいくつも重なった偶然によってもたらされた奇跡的な結果だということだ。


「なるほどね、それで予定よりも早く戻って来られたのかい」


「ああ」


 ミシェルと向かい合って座るクレンテが、代表して説明をしていた。


「俺たちがようやく森を抜けて、トリアへ向かおうとしたところにちょうど一台の馬車が向かって来てたんだ。歩けば半日かかろうかという距離だが、馬車ならその時間を大幅に短縮できる。無理を承知でトリアまで乗せてもらおうと思って止めたら――」


 クレンテの説明に横からテッドが口を挟む。


「その馬車がオレたちの乗っていた馬車だったってわけよ。あん時ゃあ驚いたぜ。いきなり馬車が止まったからな」


「悪かったよ。こっちも切羽詰まってたんで、焦ってたんだ。御者の兄ちゃんにも悪い事したと思ってるよ。えーと……、まあそんな感じで馬車を止めて事情を説明したんだが、なんと運の良いことに馬車に乗っていたのがこいつら傭兵四人だったわけだ」


 そこでクレンテがすぐさま助力を頼んだらしいが、相手も緊急の依頼を受けている真っ最中ということで、話が折り合わない。


「ところがさ。よーくよく話を聞いてみると、どうも彼らの受けた依頼ってのがこの坊ちゃん連中の捜索だっていうじゃないか。となれば互いに同行しない理由はないだろ。俺たちは予定よりも早く救援を連れて戻れる。彼らは森を探し回らなくても捜索対象のところまで行ける。ってことで、俺たちは合流してすぐにここまで戻ってきたわけさ」


「なるほどね。偶然のたまものだってことはよーくわかったよ。ようするに、運が良かっただけってことかい。ま、そのおかげで間一髪のところを助かったわけだし、文句はないさね」


 経緯を理解したミシェルはクレンテたちにねぎらいの言葉をかける。


「さて、それじゃあこれからの話をしようかねえ。……えーと、アンタ。テッドとかいったね。アンタがパーティのリーダーかい?」


「まあ、そんなとこだ」


「クレンテから聞いてるかもしれないが、改めて護衛を頼めるかい? 護衛対象はこの子たち。期間はここからトリアの街へ入るまで。報酬は全員分で金貨二十枚だ」


「いやいや、何言ってんだよばあさん。オレたちゃもともとそのヒヨコたちを救出する依頼を受けてるんだぞ? 報酬もそっちから出るし、ばあさんから護衛料もらうわけにゃいかねえよ」


「だれがばあさんだ! アタシゃまだ四十代だよ! ミシェルと呼びな!」


 テッドが面倒くさそうな目でクレンテを見た。

 そのとなりでは鋼色の目をした小柄な弓士が口に手をあてて笑いをこらえている。


「あなたはもうちょっと女性に対する接し方を勉強した方が良いんじゃないかしら」


 テッドの仲間である赤毛の女性があきれたように言った。


「まあまあ、おふたりとも。その辺は無事この子たちをトリアへ送り届けてからでも良いじゃありませんか。今は協力して森から出ることを優先しませんか?」


 ミシェルとテッドの間を取り持つように、ヘレナが割って入る。


 確かにヘレナの言う通りである。

 テッドが報酬にこだわらないのであれば、とりあえずは森を抜けて安全な街へたどり着くことを考えた方が良い。

 どちらにせよテッドたちは学生の護衛をするつもりであろうし、そこにミシェルたちが加わればさらに安全が確保できる。


「そうさね。まずは森を無事に抜けることが優先。あとはトリアへ戻ってからだ。テッドもそれで良いかい?」


「問題ねえ。それじゃさっそく出発するのか?」


「アンタらが問題ないならすぐにでも。学生たちがもう限界だ。体力はともかく精神的にね」


 無理もない。

 学生たちはつい数日前まで安全の確保された王都で暮らしていたのだ。

 いくら戦い方を学んでいるとはいえ、危険がすっかり排除された学園の内部と魔物が闊歩する森では勝手が違う。


 学園では決して味わうことのない恐怖とプレッシャーで、押しつぶされそうになるのは当然だろう。

 生まれて初めて目の当たりにした魔物の恐ろしさに、ソルテ以外の四人はすっかり憔悴しきっていた。


 ヘレナの治療を終えると、一行は早々に洞窟を後にした。

 ミシェルたち六人、テッドたち四人、そして学生たち五人を合わせた十五人の集団は、隊列を組んで森を北へ進んでいく。


「あはは。ちょっとした行軍だね、この人数は」


 ノーリスという名の小柄な弓士が朗らかに笑いながら言った。

 その表情も虚勢で作られたものではない。

 この森程度なら危険はないと判断できるほどの実力を持っているのだろう。


 同じくテッドのパーティメンバーである赤毛の女魔術師も、緊張を感じさせない歩みでそれに続く。

 オルフェリアと名乗った彼女の立ち振る舞いは、魔術師ながら隙がなく、これまでに積んだ経験を窺わせた。

 テッドを含めていずれも熟練の傭兵なのだろうということが、これまで多くの傭兵を目にしてきたミシェルには推測できる。


 ただ、唯一その実力を測りかねているのがアルディスと呼ばれる黒髪の少年だ。

 学生たちと変わらぬ年齢にもかかわらず、そのたたずまいはテッドやヘレナたち熟練の傭兵に引けをとらない。


 聞けばウィップスを仕留めた二本のショートソードは彼が放ったものだという。

 それが事実なら彼の実力は熟練の傭兵などというものではない。

 いくら戦闘のただ中にあったとはいえ、ウィップスの視界に入らないほど離れた場所からショートソードを投擲(とうてき)して二撃で倒してしまうなど、行商人仲間に話せばホラ吹き呼ばわりされかねないだろう。


 一行は学生たちを守るように列をなして進む。

 先頭にテッドと彼のパーティメンバーが固め、護衛対象の学生たちとミシェルをはさみ、後方にクレンテたちが控えた。


 半日も歩けば獣や魔物が出てこない安全なルートへのることが出来る。

 敵に遭遇した場合、基本的には前を歩くテッドたちがその排除を担当するが、いざとなればクレンテたちにも援護をさせようとミシェルは考えていた。


 しかしその配慮が何ら意味のないものであることを、一時間もかからず知ることになる。


「テッド」


「わかってる、右のは任せた」


 ノーリスの呼びかけに、すぐさま剣を抜き放ったテッドが腰を落として構えると、逆に仲間へ向けて指示を出す。


 頭上の葉が揺れた。

 巨大な体を重力に任せ、薄紫色のヘビがテッドたちに襲いかかる。ラクターだ。


「うぉりゃあああ!」


 気合いと共にテッドのバスタードソードがラクターに向けてふるわれる。

 樹上から飛びかかったラクターの攻撃を、半身ずらすことでかわしながら、すり抜けざまにその口から胴体へ向けて斬り払う。

 一気に口を裂かれ、体を真っ二つにされてのたうち回るヘビの頭を、テッドが二の太刀で斬り落とした。


 テッドがラクターを軽くさばいている間に、ノーリスは右手の茂みへ向けて素早く矢を三本放つ。

 三本目の矢がノーリスの手から離れるのと同じタイミングで、茂みの中からラクターがもう一体(おど)り出た。

 胴体に矢が深々と刺さったままのラクターは、飛び出すと同時にその頭部へ三本目の矢を受ける。


 ラクターが一瞬怯んだ。

 だがさすがにそれだけでは大蛇の動きは止められない。


「キシャアアア!」


 威嚇(いかく)音を発しながらラクターが首をもたげる。


 そんな殺意に満ちた大蛇へ、背後から一本のショートソードが音もなく迫るのをミシェルたちは目にしていた。


 何者もいない空間を無機物である剣が怪しく浮いている。ミシェルは自分が何を見ているのかすぐには理解できなかった。


 不可思議な光景に目を見張るミシェルの視界で、宙に浮いたショートソードがひとりでに動きはじめる。

 忍び寄ったショートソードは、無防備なラクターの首を背後から一刀のもとに斬り落とすと、そのまま宙をゆらゆらと飛んで、持ち主であるアルディスの手へとおさまった。


 ノーリスが声をかけてから二体のラクターにとどめを刺すまで、おおよそ三十秒。


手練(てだ)れだろうとは思っていたが、ここまでの使い手とはねえ……)


 テッドたちの実力はミシェルが予期したレベルを上回っていた。


 確かにクレンテやヘレナたち五人でもラクター二体は撃退できるだろう。

 だが、こうも一方的に短時間で出来るかと問われれば、是と即答するのはためらわれる。

 しかもオルフェリアという魔術師が戦いに参加せず、実質三人でラクター二体を圧倒したのだ。


 なによりミシェルを困惑させていたのが、少年としか見えないアルディスの術である。

 ショートソードを飛ばし、まるで見えない手で操るかのごとくラクターの首を斬り落とした。

 そんな魔術など、大陸中を行商で飛び回っているミシェルでも聞いたことがない。


「あの……、ミシェルさん」


「……なんだい、ソルテ?」


「さっきの剣は、……なんですか? 宙に浮いて勝手にヘビを切ったように見えたのですが……」


 この歳まで嫌というほど傭兵と獣たちの戦いを目にしてきたミシェルですら初めて見たのだ。

 いくら戦闘技術を学ぶことの出来る学園の生徒とはいえ、年若いソルテにそれがわかるはずもない。


「さあねえ……? アタシもあんなの初めて見たよ。ヘレナ、アンタは知ってるかい?」


「いえ、私もあのような術は初めて見ました。剣が宙を舞っておのずから敵を切るなど、聞いたこともありません」


 見れば、クレンテや他の傭兵たちも驚きの表情を浮かべていた。

 多少興味深そうな色が目に宿っているのは、やはりその(わざ)が初めて見るものだからだろう。


「もったいねえが、今は森を抜けるのが優先だ。素材の回収はせずに行くけど、かまわねえよな?」


 テッドが確認してくるが、異を唱えるつもりのないミシェルは了承の旨を口にした。


 それからの道中も時折獣の襲撃を受けたが、いずれもテッドたちの手によりまたたく間に殲滅され、被害らしい被害もなく一行は森を進んだ。

 双剣獣は出会い頭にテッドの剣で斬り払われ、ノーリスの矢で射抜かれる。

 一度だけ隊列の横合いを突かれたが、アルディスの操るショートソードによって、すぐに息の根を止められるありさまだ。


 やがてミシェルたちは安全なルートへとたどり着くと、そのまま半日かけて歩きコーサスの森を後にするのだった。


2017/11/02 誤字修正 伺わせた → 窺わせた

2017/12/16 誤字修正 学院の生徒とはいえ → 学園の生徒とはいえ


2019/05/02 脱字修正 目を張る → 目を見張る

2019/05/02 脱字修正 目の当たりした → 目の当たりにした

※脱字報告ありがとうございます。

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[良い点] テンポが良い [気になる点] 主人公の容姿が平凡であることを殊更強調することの意味が今後わかるのかとても楽しみ。
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