表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十五章 カノービスの魔獣王

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

231/406

第216話

 目の前にいる人物の顔を見てアルディスが驚きをあらわにする。

 背に落ちるのは艶のある長い髪、優しげな光を内包する切れ長の目。

 非の打ち所がないそのかんばせは、常日頃から見慣れているネーレと寸分の違いもない。


「えっ?」


「ネーレ……?」


 アルディスの後ろでフィリアとリアナの口から声がもれる。

 まるで双子のようなネーレと同じ顔にふたりも驚いているのだろう。


 だが一致しているのはその形だけであった。

 髪色は赤みを帯びた濃い茶色。瞳は燃えるような赤。身にまとうのは全身をすっぽりと包む漆黒の長衣。

 目鼻の位置や大きさ、形まで複製したかのように一致している一方で、その色は涼やかな印象を与えるネーレと大きく違っている。


 だがアルディスが驚いているのは何も彼女がネーレに似ているからではない。

 その姿に見覚えがあったからだ。


「あんた……、レイティンの――」


 驚愕から立ち直り言葉を絞り出そうとしていたアルディスの横を、スルリと抜けて前に出る人影があった。

 ネーレだ。


 アルディスの様子など気にも留めず、ネーレは黒衣の女性へと近付くとひざをついて頭を垂れた。


「ご無沙汰しておりました」


 日頃の彼女からは想像もつかない丁寧な物言い。

 ネーレがアルディスを主と呼び、付き従ってからずいぶんと年月が経っている。

 だがこれまで一度としてあのように恭しい態度を取られたことはなかった。


 驚きに値する光景を目の当たりにして、アルディスはあっけにとられる。


「そういうのはおやめなさい。私はあなたのセーラじゃないわ」


「しかしセーラ様でいらっしゃることに変わりはありませぬ」


 たしなめる黒衣の女性に頭を下げたままネーレが即答した。

 赤い瞳をまぶたの奥に隠し、女性がため息をつく。


「あなたたちのそういう融通利かないところ、何とかならないのかしら」


「融通が利きすぎてはお役目に問題も生じましょう」


「うちの娘たちからも昔同じ事を言われたわね」


 そう言いながら苦笑を浮かべると、黒衣の女性は視線をアルディスへと向けながらネーレへ問いかける。


「黒髪の彼が今の主なの?」


「はい」


 ネーレの返事を受け、女性はアルディスの顔を見た後でちらりと腰の剣を一瞥いちべつする。


 そこにあるのは空色の剣身をもつ『蒼天彩華そうてんさいか』ではない。

 コーサスの森で手に入れた銘もわからぬ赤い魔剣である。


 アルディスも得体えたいの知れない魔剣を持ち歩く趣味はなく、普段は森の家に置いたままとなっていたが、その家を離れるとあっては剣だけを残して旅立つというわけにもいかない。

 最初は他の剣と同様、『門扉ゲート』経由で向こうの世界へ放り込むつもりだったが、なぜかこの剣だけは門扉を通過させられないでいた。

 やむを得ず『蒼天彩華』の代わりに赤い魔剣を身につけてここまで旅を続けてきたアルディスである。


「まあ、とりあえずお立ちなさい。それでは話がしづらいわ」


 黒衣の女性はすぐに視線をネーレへ戻すと、困り顔でそう言い渡す。

 それまでずっとタイミングを見計らっていたのか、黒衣の女性と向かい合って座る年老いた男性が口をはさんできた。


「あの……、御使みつかい様?」


「ああ、ごめんなさい村長」


 申し訳なさそうな顔を見せながら御使い様と呼ばれた女性が向き直る。

 村長と呼ばれていたことから、どうやらこの老人がこの村の長を務めている人物なのだろう。


「そちらの女性は? 御使い様とお知り合いのようですが?」


 蚊帳かやの外に置かれていたことを気にした様子もなく、村長が問いかける。


「この娘は、そうね……めいっ子みたいなものよ。ここで会ったのはたまたまだけど」


「おお、姪御様めいごさまでいらっしゃいましたか。確かによく似ておいでですな」


 女性の答えに疑問も抱くことなく、村長はとたんに表情を柔らかくした。


 逆に驚きを重ねたのはアルディスたちの方だ。

 もともとネーレと関わりのないシャルは別として、フィリアやリアナ、ロナまでもが目を丸くする。


「ほら、やっぱり御使い様のお知り合いだったじゃないか。連れてきて正解だったろ?」


「はいはい、ディンの言う通りでしたよ」


 そんなアルディスたちの横ではディンがカリナを肘で小突きながらしたり顔を見せていた。






 御使い様のご縁戚とお連れ様ならば、と村長はアルディスたちを歓迎してくれた。


「旅の疲れが癒えるまで、一晩と言わず何日でもゆっくりなさってください」


 思った以上に友好的な村長の態度に、アルディスは多少の戸惑いを感じながらも空いた一軒家で休ませてもらうことにした。

 アルディスがいくら旅慣れているとはいっても、暖かい寝床を得られるのならばそれに越したことはない。

 ましてや本格的な旅が初めての双子であればなおさらだ。


 村長から指示を受けた村人に案内されたのは、人の生活感が全く感じられない一軒の木造家屋。

 しかし完全に放置されていたというわけではなさそうで、清掃は行き届いているようだった。

 おそらく村を訪れる旅人のために――それが果たしてどれくらいいるのかはわからないが――普段から管理されているのだろう。


 案内してくれた村人が帰っていった後、アルディスは周囲に人の気配がないことを確認すると早速ネーレに疑問をぶつける。


「さっきの女、ネーレは顔見知りなんだな?」


 当のネーレはそれがどうしたとばかりに頷いた。


「先ほどの話にもあった通り、我から見れば伯母おばのようなものだ」


 それがアルディスにはよくわからない。

 確かに姉妹のような年齢差の叔母おばと姪はいるだろう。同い年というのもあり得る話だ。

 しかし伯母と姪ならば同じ年齢になることなどありえないし、普通は親子ほどの歳が離れているはずである。


 だが御使い様と呼ばれていた女性とネーレは双子と言っても違和感がないほどにそっくりだった。

 村長やディンたちはすんなりと受け入れていたようだが、アルディスとしては強く違和感を覚えてしまう。


 それ以上に気になるのはあの姿だった。


 髪と瞳の色が違うだけでネーレと瓜二つの容貌。

 漆黒の長衣を身にまとったその姿は紛れもなくアルディスが都市国家レイティンの防衛戦で見た幻影の女だ。

 魔剣の変異と共に現れ、首を斬り落としてなお動き続けるしぶとい魔物を一撃で沈め、その後レイティンの街へと消えていった正体不明の女。アルディスにはそれが先ほど見た女と同一人物としか思えなかった。


「ネーレ」


「何かね、我が主よ?」


「その伯母とやらに訊きたいことがあるんだが、村の人間が間に入らない形で会うことは出来るか?」


「それには及ばぬ。あのお方も我が主に興味をお持ちになったようだ。じきにいらっしゃるであろうよ」


 すべてを理解しているような涼しい顔でネーレがそう答える。


 一方のアルディスはこの村に来てからというもの、何とも言えない引っかかりを覚えていた。

 ネーレに対して妙に友好的な村人の態度もそうだが、彼らはロナの姿を見ても全く恐れる様子がなかった。


 アルディスたちにとってロナは知性を持った意思疎通のできる仲間だが、それを知らない人間からすれば体長一メートルを超える獰猛どうもうな肉食獣にしか見えないだろう。

 普通ならその姿を目にするなり逃げ出してもおかしくはない。

 しかしこの村の人々はアルディスと並んで歩くロナの姿を見ても、気にした様子がなかった。


 それは悪いことではない。

 敵意や害意を向けられているわけではないのだ。

 むしろ温かく迎え入れられ、ロナと共にいられるということはアルディスたちにとって幸いというべきだろう。


 だがこの村は普通じゃない。そうアルディスが考えるのも当然だろう。

 もっとも、それを言えばそもそもこんなところに村があること自体がおかしいのだが。







 さほど間を置かずして訪問者はやって来た。

 訪問者はネーレの言った通り御使い様と呼ばれていた女性、そしておそらくその付き添いとしてやって来たであろうディンとカリナの兄妹である。


「疲れているところを申し訳ないのだけれど、少しお話を聞かせてもらってもいいかしら?」


 ネーレが三人を部屋へ招き入れると、相手の方からそう切り出してきた。

 アルディスとしてはむしろそれを望んでいたほどである。断る理由などない。


「ふたりとも、案内してくれてありがとう。もう戻っていいわよ」


 女性は付き添っていた兄妹へとそう告げて席を外すよう促すが、どうやらふたりはそのままここへ残るつもりだったらしい。


「えー、俺たちも外の話聞きたいよ」


「このまま居てはだめですか?」


「ふふふ。話をする時間なら後からいくらでもあるわよ」


 不満をあらわにするディンと恐る恐る伺いを立てるカリナに、女性は柔らかい笑顔のままいなを告げる。


「それより仕事の途中だったのでしょう? 今日の獲物はもう確保出来ているの?」


「うっ」


 次いで投げかけられた追い打ちの言葉で兄妹の顔が見るからに歪んだ。


「今日は客人を案内してくれたのだから収獲が減るのは仕方ないと思うけれど、さすがに仕事を放棄した結果がそうであるなら私も擁護のしようがないわよ?」


 形勢不利とみた兄妹は未練がましい視線をこちらへ向けた後、しぶしぶと部屋を出て行った。

 おそらくアルディスたちと出くわしたことで中断していた仕事とやらの続きに取りかかるのだろう。


「さて」


 女性はアルディスたちに向き直ると、仕切り直しとばかりに笑顔を見せる。


「まずははじめまして、と言うべきよね。私の名はセーラ。あなたたちのお名前も教えてくれる?」


 得体が知れないのは相変わらずだが、少なくともセーラと名乗った女性は友好的な姿勢を見せている。

 テッドやノーリスに『敵が多い』と言われ続けているアルディスだが、好き好んで敵を作っているわけではないのだ。

 相手が友好的ならば意味もなく喧嘩を売るほど面倒な性格はしていない。


「アルディスだ」


 続いてアルディスの左右から双子が名を明かす。


「フィリアだよ!」


「リアナです!」


「で、こいつがロナであっちの子がシャルだ」


 一応まだ獣のふりをしているロナと、おそらく自分では名乗るつもりがないであろうシャルについては代わりにアルディスが紹介しておく。

 ネーレについてはもともと顔見知りらしいのだから、今さら紹介するまでもないだろうと省いた。


「あらあら元気ね」


 フィリアとリアナに向かって微笑みかけるセーラ。

 少なくともその目には双子に対する特別な感情はうかがえなかった。


「あんたに聞きたいことがあるんだが」


「なにかしら?」


 アルディスはさっそくとばかりに先ほどからの疑問をセーラにぶつける。


「この剣を知っているのか?」


 言いながら腰に差した赤い魔剣の柄へと手をのせる。


 先ほどセーラが一瞬魔剣へと目を向けたことにアルディスは気付いていた。

 加えてセーラの姿はレイティンで見た女の幻影そっくりなのである。

 彼女がこの剣について無関係だとは思えなかった。


救魔きゅうまの残した剣でしょう? あなたすごいのね。練能れんのうの娘に主と認められただけじゃなく、救魔の力まで得るなんて」


「救魔? 練能? なんだそれは?」


 初めて耳にする言葉を疑問と共に問い返すアルディス。


「え?」


 対してセーラの方もアルディスの問いに目を丸くした。


「どういうこと?」


「それはこっちのセリフだ。この剣はいったい何なんだ?」


 問いに問いを返され、互いに状況を理解できないでいると、セーラが何かに気づいたような表情を浮かべる。


「もしかして何も聞いていないの?」


「だから何をだ?」


 ようやく状況が理解できたとばかりに眉を寄せると、セーラは問いかける相手をネーレへと変える。


「ちょっと……、まさかあなた彼に何も説明していないの?」


「訊ねられませなんだゆえ」


 問いかけに対し平然とネーレが答えた。

 次の瞬間、深いため息と共にセーラは額を右手で覆う。


 色以外はネーレと瓜二つのセーラだが、その表情はめまぐるしく変わり続け、今は呆れ返った顔を周囲にさらしている。

 普段表情に乏しいネーレの顔を見慣れている分、その違和感も尋常ではなかった。


「本当にあなたたちはどうしてそう……」


 出来の悪い娘を嘆くような声でセーラはぼやく。


「いいかげん俺にもわかるような話をしてくれないか?」


「ああ、ごめんなさい。その剣が何なのか、だったわね」


 意味のわからないアルディスが話を先に進めるべく口を挟むと、セーラは謝罪の言葉と共に赤い魔剣の正体を明かす。


「それはね、魔物に終わりを与えることの出来る剣、と言ったらいいのかしら」


 どうせ彼女のことだから銘なんてつけていないのだろうし、と小さなつぶやきを挟んで説明が続く。


「魔物に対しては絶大な威力を誇る代わりに、人間に対してはまったくと言っていいほど役に立たない剣よ。どこで手に入れたのかは知らないけれど、とても貴重なものだから大切に扱ってね」


「以前、この剣がらみであんたとそっくりの幻影を見たんだが。あれはあんたじゃないのか?」


 アルディスが一番気になっているのはレイティンで見た幻影のことだ。

 同じ姿をしているセーラならば何か知っているだろうと期待するのは当然だろう。


「それは間違いなく私じゃないわ。多分その剣を作った彼女の残留思念でしょうね、あなたが見たというのは」


「つまりあんたと同じ姿形の女が他にも居ると?」


「ええ。私も全員と顔見知りというわけではないけれどね。この近くならアルバーンという国にも確かひとりいるはずよ」


 剣の幻影として現れた女とセーラは別人だという。

 それどころか彼女と同じ姿形の女、つまりネーレの色違いがさらに存在するとまでセーラは言い切った。


「じゃああんたはこの剣に何の関わりも持っていないんだな?」


「基本的には関与していないわ。ただ無関係とも言い切れないけれど」


「なんだそりゃ。まるで謎かけだな」


 訊けば訊くほどわからないことが増えていく。

 セーラ自身は特に隠すつもりもなさそうだが、果たしてこれ以上深入りしても良いものだろうかとアルディスは考える。


 これまでアルディスはネーレの素性を詮索せんさくしてこなかった。

 それはアルディスが逆に自分の素性を詮索されたくなかったからでもある。


 ネーレの方もそれを察して何も訊いてこなかったのだと思っていたが、どうもセーラの話を聞いていると誤った認識だったように思えてくる。

 単にネーレはアルディスの素性など最初から関心がなかっただけなのかもしれない。


「他に訊きたいことがたくさんあるのでしょう? もちろん私にも秘密のひとつやふたつはあるから、何もかも答えるというわけにはいかないけれど、そこにいる困った姪の代わりに可能な範囲で答えるわよ」


 相手に自分の過去を詮索するつもりがないのであれば、もはや疑問を自分の中でくすぶらせ続ける必要もないだろう。

 そう考えてアルディスは今一番疑問に思っていることを口にする。


「あんた、村人から『御使い様』と呼ばれていたが、御使い様ってのは何なんだ?」


「ああ、それ? それね……」


 アルディスの問いかけにセーラが苦々しい顔を浮かべる。


「答えたくないことなら別に答えなくていいぞ」


「いや、そういうわけじゃないのだけれどね。なんというか、自分で説明するのはちょっと恥ずかしいというか……。まあその……。自分でそれを言ってしまうと自意識過剰というか……」


 ばつが悪そうに言葉を濁し、セーラは視線をあさっての方へ向ける。


「……私から説明するよりもエルマーにお願いした方がいいかも」


 ひとりでうんうんと頷いた後、セーラはアルディスに結論を告げた。


「そうね、そうしましょう。明日、エルマーという人にそのへんも含めてお話を聞いてみてちょうだい。その上で疑問があればまた私がお答えするわ」


 セーラはそう言い残すと、エルマーとは誰のことだと問いかける間もなくそそくさと部屋を出て行った。

2021/09/09 誤字修正 お答えするわ。」 → お答えするわ」

※誤字報告ありがとうございます。


2024/08/10 誤字修正 優しげな光り → 優しげな光

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ネーレ側のお話!私、気になります!
[一言] >ネーレの色違い 2Pカラー、3Pカラーっと増えていく 最大何色まであるのだろう?
[良い点] 御子使い様って言うのは一体何なのか楽しみです! [一言] あの村はどう言う村で、何であんな危険な森の奥にあったのか気になります!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ