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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十四章 悪意の力

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第207話

 双子が姿を現してから、明らかに僧兵たちの様子が変わった。

 いや、様子が変わったのは僧兵だけではない。

 傭兵たちも、そして兵士たちも同様だ。


「嫌な顔つきになりやがって」


 数人の僧兵と渡り合いながらアルディスが顔を歪める。


「行け! 邪神の使徒どもを決して生かしておくな!」


 僧兵のひとりが声をあげると、周囲のすべてがそれに応ずる。

 ひとり、またひとりとアルディスが僧兵を斬り捨てるが、いくらその実力差を見せつけても彼らはひるまない。

 その瞳にアルディスへの畏怖いふはなく、戦いの興奮も悲壮な覚悟もうかがえない。

 ただギラついた光が浮かんでいるだけだ。


 アルディスの振るう蒼天彩華そうてんさいかがひとりの僧兵を襲う。

 だがその僧兵は盾でそれを防ぐそぶりも見せず、捨て身の攻撃をアルディスに向けてきた。


「ちっ!」


 思わぬ反応にアルディスは身を引く。

 体勢を崩しながらそれでも蒼天彩華を振り抜くと、晴れた空の色を思わせる剣身が僧兵の腕を斬り飛ばした。


 腕の断面から血飛沫があふれる。

 だが僧兵は止まらない。

 致命傷とはいえなくとも、普通であれば激痛と出血でまともに動けなくなるほどの重傷だ。

 すぐにでも止血をすれば命を長らえることもできるはずだが、そんなことはお構いなしに僧兵は残った一本の腕で剣をアルディスへ向けてくる。


「しつこい!」


 飛剣の一本を僧兵の背後に回り込ませて背に突き立てる。


「ぐあ!」


 おそらく飛剣が肺を貫いたのだろう。

 僧兵が口から大量の血を吐き出した。


 しかしそれでも僧兵はなおぎこちない動きでアルディスへと剣を振り下ろそうとする。

 その瞳には迷いも恐れも見えない。

 ただひとえに目前のアルディスへと向ける敵意だけで染まっていた。


「狂ってやがる」


 僧兵の首をはねながらアルディスは吐き捨てる。


 ひとりだけの話ではないのだ。

 アルディスを囲んで次々と襲いかかってくる僧兵の誰もが同じだった。

 一心不乱にアルディスの命を奪おうと我が身も振り返らず襲いかかってくる敵に、アルディスの背筋が冷たくなる。


 決死の覚悟、いやそうではない。

 まるでアルディスを殺すことが自分の命よりも優先するかのような戦い方。

 自らの負傷など意にも介さず、ただただ目的を達することしか眼中にないその様子はまさに狂気と表現するにふさわしい。


 狂信者。

 そんな言葉がアルディスの脳裏に浮かぶ。


 僧兵だけではない。

 傭兵も兵士たちも、この場にいる人間のすべてがそうだった。


 見れば彼らは皆首から教印きょういんを下げている。

 教印を肌身離さず持ち歩くのはよほど熱心に女神を信仰している人間だけだ。

 そういう人間ばかりを集めたと見える。


 むしろそんな人間でもなければ、危険な獣が跋扈ばっこするコーサスの森までわざわざやって来たりはしない。

 ましてや対峙するのは王都中に強者として名の知れたアルディスである。

 まさに狂気の沙汰と言っていい。


「死ね、邪教徒め!」


 たとえ手足を斬られても、どれほど重い傷を負っても歩みを止めず立ち向かってくる僧兵たち。

 そんな相手に手間取っていたアルディスに向け、突如十名ほどの僧兵が一度に突進してきた。


 両腕に固定した左右の盾で身を固めて一直線に向かってくる僧兵。

 盾の他には武器らしき物も持たず、ただ両手で何かを胸に抱えている。


「何のつもりだ……?」


 嫌な予感がしてアルディスは三本の飛剣をそちらへ回しながら、魔力で生み出した風の刃を差し向けた。


 いくら盾で身を守ろうとも身体全体をカバーできるわけではない。

 その足へ斬りつけ何人かを転倒させると共に、巨大な岩石を生み出して上から叩きつける。


 だがアルディスも彼らにだけかかずらってはいられない。

 同時に全周囲から襲いかかってくる傭兵や兵士を斬り払い続ける必要があるのだ。


 その時だった。


「ネーレ!」


 後方から双子の悲鳴が聞こえてくる。

 反射的にそちらを振り向いたアルディスが目にしたのは、腕から血を流すネーレの姿。


「どうし――!」


 叫びかけたアルディスがハッと何かに気付く。

 一瞬の隙をついて敵が歯牙しがの距離にまで近づいて来ていた。


 それは先ほど真っ直ぐにアルディスへ突進してきていた僧兵のひとりだ。

 片方の足首から先を失いながらも、まるで痛みなど感じていない様子で最後の一歩を蹴り出し、アルディスへ体当たりをするような格好で倒れこむ。

 狂った瞳がアルディスに向けられた。


「滅べ!」


 最後に呪詛じゅそを残して僧兵が両腕を緩める。

 その腕に抱えられていたものがアルディスの足もとへとバラバラとこぼれ落ちた。


「魔石――!」


 次の瞬間、アルディスの驚愕と重なるようにして十数個の魔石がその力を解放する。


 ゼロ距離から放たれた魔石の力が周囲を包み込みんだ。

 爆炎が、疾風が吹き荒れる。


 瞬時に魔法障壁を展開することには成功したものの、とっさの事では十全な強度とはいかない。

 さらには攻撃の起点は手が届くほどの至近だ。

 いくらアルディスといえど、無傷ではいられなかった。

 腕や顔にいくつかの裂傷を負いながら、魔石を抱えているであろう残りの僧兵を数えようとしたところで――。


「きゃあああ!」


 アルディスの耳に再び双子の悲鳴が届いた。


「フィリア、リアナ!」


 牽制として爆発の魔術を周囲へ放ちながらアルディスは上方へと跳躍する。

 追いかけるように四方から放たれる矢を物理障壁で防ぎながら双子の方へと目を向けると、そこには負傷してぐったりとしたふたりを支えるネーレの姿があった。


 アルディスの瞳に怒りが灯る。


 ネーレに向けて弓を向けるトリア領兵に魔力で生み出した衝撃波を放つ。

 数名の兵士が吹き飛んで動かなくなった。

 アルディスはそのままネーレたちのすぐそばへ着地すると、彼女たちを守るように強固な障壁を周囲へ展開する。


「すまぬ、不覚を取った。よもや捨て身の手段に出るとは」


「予想していなかったのは俺も同じだ。ふたりの傷は?」


「見たところ深い傷はない。だがとっさに展開した障壁では限界があった。頭を打ちつけたらしく意識がない」


 ネーレに支えられた双子の姿をアルディスがちらりと確認する。

 打撲や小さな裂傷はあるがネーレの言う通り大きな怪我はなさそうだった。

 しかしだからといって怒りが収まるわけではない。

 むしろ僧兵が自分の命を懸けてまで双子を排除しようとしたことに言いようのない気持ち悪さと憤りを感じていた。


「三分でいい。五重に魔法障壁を張れるか?」


「命とあらば」


 短いやりとりを終え、アルディスは再び自分たちを囲む敵に視線を戻す。


 数歩進み出てネーレたちを囲むように障壁を張る。

 守りに専念したネーレ自身の五重障壁も加えれば、そうそう双子が危険にさらされる事もないだろう。


 残る敵はもはや百人もいない。

 しかし半数以下にまで減らされてもなお、敵の戦意には衰えが見えなかった。

 ネーレと双子が負傷し、敵が躊躇ちゅうちょすることもなく尋常ならざる戦い方をしてくるというのなら、もはや周囲の森へ及ぼす影響を考慮している場合ではない。


「祈りの時間くらいはくれてやる。あんたらが担ぎ上げる狂った女に死後の平穏でも祈ればいい。もっともあの女がそんな殊勝しゅしょうな願いを聞き届けるわけないがな」


「……我らが神を侮辱するつもりか!」


 激昂する福耳神父へアルディスが吐き捨てるように答えた。


「事実を言ったまでだ」


 怒り心頭なのはアルディスの方である。

 抑揚のない口調とは裏腹に、内心は焼けるような憤怒で満たされていた。


「度重なる女神様への冒涜ぼうとく、許すわけにはいかぬ! 皆一斉にかかれ! 邪教のしもべを生かしてはならんぞ!」


 福耳神父の号令を受けそれまで様子を窺っていた僧兵が、そして弓を構えていた兵士が、生き残った数少ない傭兵が一斉にアルディスへ襲いかかる。

 迎え撃つアルディスの左腕が真っ直ぐ天へ向けて伸ばされた。


「消えろ」


 その口から冷たい響きの言葉が放たれると共に、伸ばした腕が振り下ろされる。

 瞬間、アルディスたちを囲むようにして巨大な熱の塊が十個生み出された。


 それはまばゆい太陽を思わせるかのように輝く白炎の球。

 存在するだけで周囲を焼く天の炎だ。

 白炎の出現した位置にいた人間は瞬時にして黒焦げの何かに変わり果て、その周囲にいた人間はあっという間に全身を包む炎により息絶える。

 わずか瞬きひとつの間に二十人ほどが死に、さらに瞬きひとつの時間で白炎が四方を巻き込みながら爆発した。


 さらにアルディスは頭上高くにひとつの光球を生み出す。

 虹色の弓リテ・キュオール・ロ・ベルネを思わせる光景だった。


 しかしその光球から放たれるのは光の矢ではなく、輝く光を思わせる直径十センチほどの光線。

 それもひとつではない。

 光球から地表に向けて数十もの光線が絶えることなく降り注ぐ。


 光線はまるで意思を持った触手のように生き残っていた敵を探り当て、その強烈な熱によって身体を焼いていった。

 白炎の爆発から辛くも逃れた敵は捕食獣のように自分たちを追いかけてくる光線に追われ、なすすべもなく息絶えていく。


 すべてが終わるまでおよそ三分。

 アルディスが光球を消し去るとそこには地獄絵図が広がっていた。


 障壁によって守られた家を残し、半径百メートルほどにおよぶ焼け野原。

 炭化した木々が爆風で千切れ飛び、その破片に混じってさっきまで人間だった黒い塊が方々に散らばっている。

 かろうじて黒焦げにならずすんだ周囲の木々も高熱の余波で燃えていた。

 地面には光線のい回ったあとがそこら中に残り、その線に沿って千切れた肉の塊が散乱している。

 この場に残されているのはアルディスとネーレ、そしてネーレのそばで気を失っている双子の四人だけだった。


「ネーレ、ふたりを頼む」


「承知した、我が主よ」


 アルディスの言葉に何のためらいもなくネーレが答える。


 視界に敵はもういない。

 だがおそらくネーレもアルディスたちから遠ざかっていくふたつの魔力反応に気づいているはずだ。

 人間サイズのそれはつい先ほどまでこの場にいた人物のもの。

 部隊の指揮をとっていた福耳の神父と前オルギン侯爵その人だ。


 わざわざ魔法障壁を展開してまで守ってやったのは決して彼らを見逃すためではない。

 もちろん生かして帰すつもりもないが、冥府までの切符を手渡す前に恨み言のひと言くらいはぶつけてやらなければ気が済まなかったからだ。


 時間は十分残されている。

 どのみち彼らの足では森を抜けるのに三時間以上はかかるだろう。

 むしろ肉食獣に捕食される前に追いつかなければならないほどだ。


 アルディスは落ちている数打ち品の剣を一本拾うと、森の外へ向けて逃げるふたつの魔力を追っていった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] どうせ皆殺し前提で戦うのなら最初から最後に使った魔法使えよ、と正直なところ感じました。 特に溜めもなく魔法使えるのにチマチマ剣で攻撃する必要があるんでしょうか? 狂信者達を描写したか…
[良い点] 良かったああの二人生きてたか 生きてないと後悔させられないもんね
[一言] 全く邪神の狂信者とか、手が付けられないね。 福耳と前侯爵、逃すなよぉ。トドメ刺さない結末は要らないDEATHヨ。
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