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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十四章 悪意の力

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第204話

 チェザーレに話を聞いてから五日後、彼の言った通り教会からアルディスの異端認定が布告される。


 三大強魔さんだいごうま討伐者であり芙蓉杯ロータスカップ優勝者でもあるアルディスの異端認定は王都の人々に大きな衝撃を与えた。

 まさかと耳を疑う者、やはりと声高に主張する者、そうだったのかと疑いもなく信じる者。

 人それぞれの反応を引き起こしながら、アルディスの名は異端者として改めて王都中に広まっていく。


 昨日までアルディスの功績を讃えていた酔っ払いが、その強さにあこがれていた若者が、あっという間に手のひらを返して悪し様に言いはじめる。

 それはまるで感染力の強い疾病のように止めようもない勢いをもって王都を侵食していった。


 不幸中の幸いだったのは予想以上にアルディスを擁護ようごする声が多かったことだろう。

 トリアのときとは違い三大強魔討伐で多大な利益を王都にもたらしていることや、帝国との戦争で名を上げていたこと、直近では芙蓉杯に出場し部外者として初めて優勝したことなどがアルディスに対する好意的な評判を積み上げてきていた。


 教会の布告であるからには真っ向からそれを否定するわけにはいかないだろうが、思ったよりも異端認定に踊らされる人間の少なさにアルディスは胸をなでおろす。


 しかしだからといって顔をさらしたまま堂々と王都を歩くわけにはいかず、アルディスは適当なローブを購入して顔を含めて身体全体を覆い隠した状態で王都を歩いていた。

 王都の歓楽街にあるさびれた酒場へと迷いなく足を踏み入れると、カウンターの中にいる主人へ目を向けることもなく勝手に二階へと上がる。

 人目を忍ぶ会合によく使われていそうな雰囲気の中、目的の部屋へとたどり着くとノックをして扉を開く。


 室内には先客がいた。


「よお。まさかお前とこんな形で密会するはめになるとは思わなかったな」


 足を踏み入れたアルディスに声がかかる。


「別に俺は堂々と公爵邸に訪問しても良かったんだが?」


「勘弁してくれ。いくら旦那様が大きな権力を持った貴族だとしても、教会から異端認定されたお前が正面から訪問してきた日には大事おおごとだ」


 声をかけてきたのはニレステリア公爵家の警備隊長を務める元国軍大隊長のムーア・グレイスタ。

 それ以外に人影はない。


 公爵邸で雑談をしていた時とは違い、互いに油断はなかった。

 いつでも動けるよう双方共に立ったまま言葉を交わす。


「おまけにどうも公爵邸に張っている一団がいるようでな。どう考えても――」


「俺が公爵邸へ訪ねるのを待ち受けてる、ということだな」


 アルディスがムーアの言葉を引き継いだ。

 ムーアが無言で頷く。


「公爵は何と言ってる?」


「異端認定の取り消しを求めて教会と交渉するから、しばらく大人しくしておけってさ」


「教会よりも俺を信じると?」


「まあ普通はあり得ないだろうがな」


 意外だという顔を見せるアルディスにムーアが同意する。


「それよりもだ」


 ムーアは腕を組んでややくだけた表情を見せた。


「俺には本当の事を聞かせてくれるんだよな? 旦那様は不利益を承知の上でお前をかばうつもりなんだ。その厚意こういに後ろ足で砂をかけるようなマネはしないだろ?」


「……何が訊きたい?」


 否とは言い辛い空気に、しぶしぶアルディスは先をうながす。


「異端認定の発端になった双子のことだ。本当にかくまって育ててるのか?」


「……あっちの世界じゃ女神なんてものはいなかった。当然双子を忌む教義もない。双子だからと忌諱きいする理由がなければ、そこにいるのはただの子供だ」


「つまり、双子を匿っているのは本当の事だと?」


「だとしたらどうする?」


 アルディスは居直ったように問い返した。


「そう警戒するなよ。少なくとも俺はお前が別世界の人間だと知っているんだ。異なる世界の異なる常識で生きてきた人間に自分の価値観を押しつけるほど狭量きょうりょうじゃない。俺も旦那様も特別熱心な信者ってわけでもないしな。王都の一般人だって似たようなもんだ。辺境の村ならともかく、王都みたいに人の多いところだと特にな。教会の手前、表立っては口にしないが双子に対する偏見を快く思わない人間だっている。うるさいのは教会と一部の貴族、あとは熱心な信者だけだろう」


 そうか、とアルディスは目を閉じる。


「まあしばらくは大人しくしてろ。旦那様がああおっしゃってるんだ、時間はかかるだろうが何とかしてくださるだろ」


「疑問なんだが、どうしてそこまで公爵が動いてくれるんだ? 確かに多少の付き合いはあるが、公爵からしてみれば俺なんぞしょせん一介の傭兵だろう?」


「あー、それはなあ……。お嬢様が……」


 ムーアの目が泳ぐ。


「ミネルヴァが?」


「それはもう激怒していてな。お前が邪教徒のわけはないって、今にも教会へ殴り込みにいきそうな勢いで……」


「絶対止めろよ」


 そんな事をすれば襲撃を受けたときと比べものにならないほどの醜聞になる。

 間違いなく嫁入りは絶望的になるだろう。


「当たり前だ。風聞が悪すぎる。せっかく多額の費用をかけて浄祷礼じょうとうれいでお嬢様の評判を回復したんだ。ひと月も経たないうちに教会相手の醜聞だなんて、旦那様にしてみればたまったもんじゃないだろう」


 もちろんそんな事は公爵もムーアも重々承知のはずだ。

 ミネルヴァ本人にとっては不本意かもしれないが、しばらくは厳重な監視のもと不自由な生活を余儀なくされるだろう。


「なるほど、事情はわかった。そういうことならしばらくはゆっくりとしておくさ。ミネルヴァにはちと悪いが、剣術指南もしばらくお休みだな」


「蓄えの方は大丈夫か?」


「問題ない。これでも討伐依頼でそれなりに稼いでるんだ。半年や一年程度ひきこもるだけの蓄えはある」


 悪評を流されるのはこれが初めてではない。

 だがトリアのときは領軍が流したと思われるただの噂話、今回は正式に教会が布告した異端認定である。

 深刻さの度合いは比べものにならないだろう。


 その一方で今回はチェザーレの警告によりあらかじめ準備ができている。

 こうして人目を忍んでムーアとの連絡を取る手はずもそうだし、すでに宿も引き払っておいた。

 双子とネーレが暮らすのは人間が寄りつくこともないコーサスの森であり、アルディスも最低限の買い出しをする時くらいしか人里には出ないようにしている上、その際も必ず全身を覆うローブで正体を隠している。


 普通の王都民や傭兵ならば途端に苦境へ陥るだろうが、もともと王都の外で暮らし、蓄えも十分にあるアルディスはさほど困らない。

 もちろんそれは現状のままであれば、という前提だった。


「ただまあ、問題はあちらさんが俺たちをそっとしておいてくれるかだがな」






「どうなっておる!」


 オルギン侯爵領の中心地、領都の城で前侯爵が苛立ちをあらわにグラスを壁へ投げつけた。

 叩きつけられたグラスが割れ、飛び散ったワインが壁を伝って床のカーペットへ染みを作る。


「教会に異端認定までさせたというのに、本人の消息がつかめないだと!?」


 怒りの矛先をまともに受けながらも老側仕えが怯んだ様子もなく補足する。


「布告の五日前に目撃されたのを最後に王都でその姿を見かけた者がいないようです。長期の依頼を受けて一時的に王都を離れているだけという可能性もありますが……」


「いや、それはない! あの小僧が受けそうな依頼はこちらから手を回して押さえてあるはずだ。……まさか情報がどこかからもれたか?」


 いくら極秘裏に事を進めたとはいっても、教会まで巻き込み、裏社会の組織にもずいぶんと金を流している。

 事に携わる者が増えれば、情報を秘匿しておくのも自然と限界がくるだろう。


「布告にあわせて捕縛するための戦力も揃えておいたというのに……!」


 教会からの異端認定と同時に千剣の魔術師が立ち寄りそうな宿、酒場、商店、そしてニレステリア公爵邸と、あらゆる場所に金で雇った傭兵と教会の僧兵を組ませて配置していた。


 大人しく捕まるならそれで良し、抵抗して僧兵に被害が出ればそれはそれで女神に仇なす邪教徒としてふさわしい行動と喧伝けんでんできる。

 あのような人間が由緒正しい貴族である前侯爵に恥を掻かせ、面目をつぶし、隠居にまで追い込むなど許されるはずもない。


 身の程を知らぬ者にはむくいを与えねばならないだろう。

 異端者の烙印を押され、名声を失い、人里を石もて追われ、屈辱と悔恨にまみれ失意のままに死んでいく。

 それが千剣の魔術師にふさわしい最期だと前侯爵は疑わなかった。


 にもかかわらず、布告から五日経った今でも一向にその姿を捉えられないでいる。


「事前に察知して逃げたなら逃げたで構わないではありませんか。異端認定の布告は各国の教会にも伝わっております。どうせあの者はこの先コソコソと陰で生きるしかないのですから」


「それではわしの気が収まらん!」


 前オルギン侯爵は老側仕えの言葉を一蹴する。

 予想以上に千剣の魔術師を擁護する声が多いことも前侯爵にとっては腹立たしかった。


「気に食わん……、気に食わん!」


 神経質そうな顔をさらに歪ませて前侯爵は部屋の中を歩き回る。

 左手で右肘を抱え、右の親指と人さし指であごを支えると、誰にともなくつぶやいた。


「そういえばあの小僧、コーサスの森に住み処があったな……。引きこもって状況が変わるのを待つつもりか? 異端認定が撤回されるわけはないとは思いたいが、公爵が擁護ようごに動いている以上、絶対にありえないとも言い切れん……」


 千剣の魔術師を追い詰めているはずの前侯爵は、正体不明の焦燥感に襲われはじめる。


「座して待つのは悪手かもしれん……。一気呵成いっきかせいに叩くべきか? あの小僧を討伐したとて、異端認定を受けたばかりの今なら非難もあるまい。なんならあの神父からの要請で兵を出したことにすれば……」


 今回教会へ情報提供するときに折衝役として目をつけた、福耳の特徴的な神父を思い出す。

 すっかり千剣の魔術師を邪教徒と信じた神父は、気持ち良いくらいこちらの思う通りに動いてくれた。

 教会内の意思をまとめ上げ、大陸西方にある本部を説き伏せて見事異端認定を布告した手腕は大したものだ。


 もちろん彼は前侯爵によって踊らされ、使い勝手の良い駒として見られているとは知らないだろう。

 聖職者というのは本来なかなか面倒な存在だが、信心が強すぎるあまり視野狭窄(きょうさく)を起こしている者は逆に扱いやすい。


「多額の寄付をしているのだ。せいぜい役に立ってもらおう」


 前侯爵はニヤリと笑みを見せ、すぐさま老側仕えに指示を出す。


 難色を示す老側仕えを押し切ると、トリア侯がずいぶんとこの話に興味を示していたことも思い出し、助力が得られるかもしれないと頭の中で戦力の計算をはじめる。

 前侯爵自身が抱える私兵と領兵、そこへ千剣の魔術師に反感を持つ傭兵をあわせ、さらに教会の僧兵とトリア侯からの援軍を加える。


 行く先が外縁部とはいえコーサスの森であるからには、精鋭を選抜する必要があるだろう。

 必然的に引き連れる人数は減ることとなる。

 しかしそれでも相手はたったのひとりだ。


 確かに芙蓉杯で見せた強さは比類ないものだったが、千剣の魔術師とて多勢に囲まれれば無事ではいられないだろう。

 帝国での戦争で獅子奮迅の活躍をしたという話も、前侯爵は過剰に誇張された話だと思っている。

 ましてや双子を守りながらでは実力を発揮できるとも思えない。

 トリア侯からの情報ではもうひとり女傭兵が仲間にいるらしいが、たかが傭兵ひとり増えたところで影響はほとんどないだろう。


「ふん、儂の野望を頓挫とんざさせた報い、存分に受けてもらうぞ」


2019/11/03 話数誤りを修正 205話 → 204話

※感想欄でのご指摘ありがとうございます。


2019/11/04 修正 俺も旦那様も → 少なくとも俺は

※過去の記述と矛盾する箇所があるので修正しました。ご指摘ありがとうございます。


2020/01/08 誤字修正 躍らされる → 踊らされる

2020/01/08 誤字修正 最後 → 最期

※誤字報告ありがとうございます。


2020/01/13 誤字修正 公爵邸へ訊ねる → 公爵邸へ訪ねる

※誤字報告ありがとうございます。


2021/09/25 誤字修正 二レステリア公爵邸 → ニレステリア公爵邸

※誤字報告ありがとうございます。


2022/02/21 誤字修正 忌避きい → 忌諱きい

※誤字報告ありがとうございます。

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