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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十四章 悪意の力

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第202話

「どうやら上からの指示をずっと待ってるみたいだよ。新たな指示がないから最後の指示だったアルの監視を続けてるみたい」


 せせらぎ亭の一室でアルディスは戻ってきたロナから話を聞いていた。


「あの組織にいた人間だったのか……」


 思ってもみなかった話にアルディスは何とも言えない感情を抱く。


「もう指示が来る事なんてないのにね」


 感情のこもらない声でロナが事実を口にのせる。


 ロナの言う通りだった。

 すでに組織のトップに立つ人間も幹部と言うべき人間も全てアルディスの手で黄泉よみへ送られている。

 国外の拠点ですら壊滅しており、おそらく組織を再建することは不可能だろう。


 あの少女に指示を出すべき人間はもういない。

 普通なら少女自身の意思によってこれからの生き方を決めればいいのだろうが、ロナの話を聞く限り、そして実際に少女の行動を見る限りそれはなさそうだった。


 組織にとって都合の良いように思考を誘導され、知識を与えられ、技術を教えられ、それら以外の全てを遮断されれば出来上がるのは自分の意思を持たない人形のような人間だ。

 そういう育てられ方をしたのだろう。


 人間としてではなく道具として磨かれた少女にとって『生きる』ということは自分の頭で考えることではなく、組織から与えられる命令を遂行し、同時に与えられる生活のかてへ依存することでもある。

 アルディスのやったことは少女を組織から解放したともいえるし、逆に少女の生きる道を無理やり断ち切ったにも等しい。


「責任感じてるの?」


 その内心を見抜いたかのようにロナが問いかけた。


 アルディスは無言で首を振るとロナの労をねぎらいつつ、監視の終了を告げる。

 キリルたちから聞いていた『森の家で感じた何かの気配』が当初は少女のものではないかと疑っていたが、ロナの話を聞く限り彼女の監視対象はアルディス本人に限定されているらしい。


 そもそもアルディスを追跡して少女自身も王都を離れていたのだから、本人がコーサスの森へと突然現れるとは思えない。

 先日、ラクター二体に手も足も出ず瀕死となっていた事も考えれば、あの少女が森の中にある家までたどり着く可能性はほとんどないだろう。


「とりあえず誰かの差し金じゃないことがわかっただけでも良しとしよう。あの娘が俺の監視だけを目的にするのなら、大した害があるわけでもない」


「そだね。放っておけばそのうちのたれ死ぬだろうし」


 軽い口調でそう言ったロナへアルディスは一瞬だけ険のある視線を向ける。

 だが当のロナはそれに気付かないふりをしてベッドの上で丸くなると、あくびをかみ殺しながら「お休み」と口にして眠りについた。






 翌日からも尾行してくる少女の気配を感じながら、アルディスは王都を拠点にしてこれまで通り活動を続けていた。

 ミネルヴァの指南がある日は王都で、それ以外の日は近隣で討伐依頼をこなしながらアルディスは比較的平穏な日々を過ごしている。


 そんな中、どうしても気になってしまうのは常にアルディスを少し離れた場所から監視し続ける少女のこと。

 脅威にはなり得ない上、害意もないとハッキリわかったことで警戒するべき理由はなくなった。


 そうなると目に付くのは今にも倒れそうなほどやせ細った少女の姿。


 確かにあの少女はミネルヴァを襲撃した組織の一員だったのだろう。

 襲撃を実行した組織やそれを依頼した誰かに対する怒りもいきどおりもアルディスにはある。

 だが大人の都合で生き方をねじ曲げられた子供へその怒りをぶつけるほど、理不尽な性格をしているわけでもなかった。


 その日もミネルヴァの指南を終えたアルディスは、常宿にしているせせらぎ亭へ戻ると看板娘のメリルへ三人分の食事を注文して席を立つ。


「すぐに戻る」


 アルディスはメリルへそう告げると、物言いたげなロナの視線を無視して宿の外へ出た。


 魔力によって人間の位置が把握できるアルディスにとって少女の居場所は筒抜けである。

 ネーレのように魔力反応だけで対象の判別ができるわけではないが、こちらの様子を窺うように物陰へ潜んでいる人間がいればだいたいの見当はつく。

 他にアルディスを監視するような動きの人間がいなければなおさらだ。


 こちらの動きに気付き移動しようとした少女に先んじて、アルディスは裏路地へ立ちふさがるように姿を現した。


「おっと、そう警戒するな」


 懐に手を入れた少女をアルディスは片手で制する。


「お前がこっちに害意を持ってないのはわかってる。前も言った通り監視するだけなら大目に見るし、実際今までもそうしてきただろう?」


 アルディスの物言いに、少女の目へ何かを探るような色が浮かぶ。


「それともあれか? 実は俺や俺のまわりにいる人間を襲うつもりでつきまとってるのか?」


 呼吸三つ分ほどの沈黙を挟んで少女が小さく首を振る。


「だったらこっちもお前をどうこうするつもりはない。敵対する気がそっちにないってんなら、別にコソコソ遠くから俺を監視する必要もない」


「…………どういう意味?」


 警戒心満載の表情で少女が問いかけてくる。


「要するに、監視するんなら俺の近くにいた方が都合もいいだろ、って話だ」


「…………は?」


「さっきの宿でこれから飯を食うから、とりあえずその間は中で俺を監視すればいい。遠くの物陰から観察するよりもその方が楽だろう?」


「何を言っている?」


「害がないなら遠目に監視されようがすぐ側で監視されようが大して違いはないって話だ。まあいいからついて来い。逃げようとしても無駄だという事はわかってるよな?」


 理解不能という表情を隠せない少女をアルディスは強引に押しきる。

 以前の一件でアルディスの実力を知る少女は躊躇ためらいながらもしぶしぶとそれに従った。


 少女を連れたアルディスがせせらぎ亭に戻ると、厨房から顔を出したメリルに声をかけられた。


「あ、良かったアルディスさん。ちょうどできたところだよ。今日のメニューは特製ダレで焼いた鳥の胸肉とコンソメスープ。それと今日は新鮮なサラダも付くからね。ふたり分はロナ用ってことでいいんでしょ?」


「いや、俺とこの子用に二人前だ」


 そう言いながら椅子へ座るアルディスの後ろへ少女の姿を見つけ、これ見よがしにロナがため息をついた。


「なんだ、一人前じゃ少ないってか?」


 ため息の理由をあえて誤解したように、アルディスがロナへ問いかける。


「別に……」


 メリルに聞こえないようロナは小声で否定するが、ふてくされているのは明らかだった。


「メリル。ロナ用にもう一人前頼む」


「それじゃ、追加でもう一人前作るよう父さんに言ってくるわ」


「悪いな」


 厨房へと消えていくメリルの背中からテーブルの横へ立ち尽くしている少女へと視線を移すと、アルディスは空いている椅子を指さす。


「立ってないで座れよ」


「……」


「こんなところで立ち尽くしたままだと悪目立ちするぞ」


 少女が胡乱うろんげな目つきでアルディスを見る。

 その視線は『何のつもりだ?』という少女の疑念と困惑を無言のうちに主張していた。


「ほら」


 アルディスがうながすと、ようやく観念したように少女はゆっくりと椅子へ腰掛ける。

 その間も一瞬としてアルディスから目を離さない様子は、まるで人間を警戒する路地裏の野良猫を思わせた。


 妙な沈黙が横たわる中、メリルがやって来て料理を運んでテーブルへ並べた。


「俺のおごりだ。食えよ。腹減ってるんだろう?」


 必要なことだけを伝えると、アルディスはさっさと食べはじめた。

 だがしばらくしても少女は一向に料理へ手をつけようとしない。


「なんだ、食わないのか?」


「なぜ?」


 問いかけられた少女は意図がわからないと反問する。


「心配しなくても変な物は入っちゃいない。俺が食ってるのもそれと同じ物だ」


 だがアルディスの方は気を害した様子もなく、一口大に切った鳥肉をフォークで突き刺す。


「だいいちお前相手にどうこうするつもりなら、そんな面倒なことしなくても力尽くでどうにでもなる。お前の警戒はまったくの無用ってもんだ」


 アルディスとの実力差が十分理解できている少女はそれを聞いてある程度納得したのか、あるいはただ観念しただけのか、猜疑さいぎの目をアルディスから料理へ、次に厨房へと順番に向ける。

 目だけを忙しなく動かして周囲を入念に観察すると、少女はようやくスープや料理のタレをごく少量指先につけて舐めた後、注意深くついばむように料理を口にしはじめた。


 最初はちまちまと料理を口にしていた少女だが、やがてそれが安全なものだと理解できたのだろう。空腹を思い出したかのように料理を頬張りだす。

 アルディスはそれを見て満足そうに笑みを浮かべると、追加の料理を注文するために配膳で動き回っているであろうメリルの姿を探しはじめた。






 どうせ終日監視するのなら自分のすぐ側にいた方が楽だろう、という言葉を真に受けたのかどうかはわからないが、それからというものアルディスが王都内で行動する時は常に少女が後ろからついてまわるようになる。

 さすがに森の家へ帰るときは振り切って後をつけられないようにしているが、それ以外の場所では好きなようにさせていた。


「その串肉、六本もらえるか?」


「まいどあり! 銅貨三枚だよ!」


 表通りの露店街でいい香りを漂わせる串肉を買うとアルディスはそのうち二本をロナに渡す。


「おい、ちょっと来い」


 残り四本を手に持ったまま、アルディスは後ろをふり向いて少女を手招きする。


 最初はなかなか近付いてこようとしなかった少女も、この半月の間にずいぶんとアルディスに対する警戒心も緩んできたのだろう。

 喜んでとまでは言わないが、呼べば用心しながらも寄って来るようになっていた。


「ほれ、お前の分」


 アルディスが手に持った串肉の半分を手渡す。

 素直にそれを受け取った少女はアルディスが肉を口にしたのを確認すると、自分もかぶりつく。


「今日はもう帰るからついてくるなよ。まあ、来ても振り切るけど」


 いくら危険がないと判断した相手であっても、双子の姿をさらすわけにはいかない。


「明日からは三日かけて討伐の仕事だ。野宿になるからそのつもりで用意しておけ。午前中に王都で必要な物を調達して昼には出る予定だ。朝飯を食いたいなら八時までに北門のところで待ってろ。いいな?」


 噛んで含めるようにアルディスは明日の予定を少女へ伝える。

 放っておくとろくな準備もなしに王都の外へとついて来かねないからだ。


 双子の待つ家にさえ来なければ、王都内だろうが討伐に出かけた先だろうがついてこようが問題はない。

 アルディスが予定を馬鹿正直に明かしているのも、少女がその情報をもとにこちらへ危害を加える事はないだろうという確信があるからだ。

 むしろ予定を明かすことで、少女が無謀にもアルディスを尾行して森へやって来ることを防止する意味もあった。


 アルディスの言葉に少女は串肉を頬張りながら頷いた。


 ここのところ少女も慣れてきたのか、以前のように警戒心をむき出しにするようなことはないし、手渡した食べ物も素直に口へ入れるようになっている。

 ロナもこれについてはもう諦めたようで、今では何かを言ってくる事もなくなっていた。

 もっともロナに言わせれば「どこからどうみても餌付えづけしているようにしか見えないんだけど」とのことだ。


 アルディスとしてはそんなつもりなどないのだが、それもしょせん当人の主観でしかない。

 たとえ食べ物を与える方も与えられる方も否定したところで、客観的に見れば明らかに餌付け以外の何ものでもなかった。


「だけどいつまでこんな事続けるつもりなの? ずっとってわけにはいかないの、アルだってわかってるでしょ」


 王都を出て森の家に戻る道中、ロナが痛いところを突いてくる。


「そりゃわかってるさ。だが敵にならないってんなら害はないし、ひとり分の食事代が増えたところで大した負担でもない」


 実際のところ、ロナの食事に比べれば少女ひとりが食べる量など知れている。

 さきほどの串肉にしてもロナにとってはただのおやつにすぎないが、少女の食事量を考えれば夕飯といっても大げさな表現ではないほどのボリュームがあったはずだ。


「あの娘もある意味では組織の被害者だ。目くじら立てて排除する必要はないだろう?」


「だからってわざわざ餌付けする必要もないけどね」


「そりゃ、まあ……」


 ロナの正論にアルディスが言葉を詰まらせる。


「ま、あれからは森に入ってこなくなったみたいだし、危険がなさそうなのは確かだけど……。あんまり深入りしないようにね」


「……わかってるさ」


 口ではそう答えながらも、アルディスの顔には納得できないという感情があからさまに浮かんでいた。


2019/10/21 誤字修正 特性ダレ → 特製ダレ

※誤字報告ありがとうございます。


2020/01/01 脱字修正 なって事も → なっていた事も

※脱字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 赤ミサゴ は 餌付け された アルディスってけっこう優しい性格をしているね。なんか、こういう子をみると放っておけないような。アルディスのこういうところけっこう好きです。
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