表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十四章 悪意の力

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

211/406

第197話

 道中は特に問題が発生することもなく、浄祷礼じょうとうれいに向かう一行は順調に目的地へ進んでいた。


 向かう場所はいずれも女神ゆかりの地と伝えられているが、その実態は人里から離れた辺鄙へんぴと言っても良いところばかり。

 立派な建物があるわけでもなければ教会の人間が常駐しているわけでもない

 定期的に清掃は行われているが、基本的に人間が何ヶ月も訪れることのないような土地である。


 一行が最初に向かったのは王都から北西へ向かった都市国家連合との国境近く。

 五日かけてゆっくりと進んできた馬車の列は目的地近くの町で一晩休息を取り、翌朝早くに出発した。


 まだ日が昇りきらないうちに目的地へ到着すると、同行していた修道士や修道女たちが周辺の清掃と祭事に必要な準備を進めていく。

 やがて昼を過ぎた頃に準備が整い、おごそかに浄祷礼が執り行われた。


「これほど大規模な浄祷礼は初めてです。ドーレット司祭はいかがですか?」


 すでに後片付けと撤収の準備を続ける人の動きを眺めながら、感慨深げに福耳の神父がとなりに立つもうひとりの神父へと訊ねる。


「そうですね。私も何度か浄祷礼を取り仕切らせていただいたことはありますが、ここまでの規模は初めてですよ。さすがは公爵家といったところでしょう」


 ドーレットと呼ばれた神父は先ほどまで執り行われていた浄祷礼を思い返しながらそう答えた。


 浄祷礼とはいっても実際に公爵令嬢自身が行うことはほとんどない。

 修道士たちが準備した祈祷台の上で祝詞のりとを捧げ、ほんの数分祈りを捧げるだけである。

 大変なのはそれまでの準備と何よりこの地までわざわざ危険を冒して赴くこと、この二点だろう。


 本来は修道士たちが身ひとつで危険と隣り合わせに旅をするというところに意義があったのだろうが、さすがに貴族令嬢へそれを強いるわけにもいかない。

 結果、大勢の護衛と小間使いに囲まれて馬車で移動し、現地での準備も全て人任せというわけである。


 何もかもがお膳立てされた浄祷礼にどれほどの意味があるのかと疑問をていする声も教会内にはある。

 だが貴族令嬢の浄祷礼というものが教会にとっては非常に美味しい収入となっているという現実を前にして、声高にそれを主張できる者はほとんどいない。


 教会の人間とて霞を食べて生きるわけにはいかないのだ。

 服飾商人がドレスを売るように、教会は貴族令嬢へ浄祷礼という商品を売っているようなものだった。


 この浄祷礼によって公爵家からは多額の寄進が行われている。

 その額は王都の教会へ一年間に寄進される金額にも匹敵した。

 どれだけ公爵が今回の浄祷礼に力を入れているかがわかるというものだ。

 多くの司祭と修道士たちを動員し日々のお勤めに支障をきたしたとしても、教会側にこれを断る理由などなかった。


「撤収準備の方は進んでいますか?」


「はい。浄祷礼の規模も大きいですが、それ以上に人数も多いですから。公爵家の方々もお手伝いしてくださるおかげで非常に順調ですよ」


 福耳神父の答えに満足したのか、ドーレット司祭はそれならばと言葉を続ける。


「余裕があるようでしたら、護衛の方々にも順番に祈祷の時間をさしあげましょう」


「ああ、それはいいお考えですね。護衛の方たちもきっと喜びます」


 一般的な市民にとって浄祷礼というのはあまり縁のないものである。

 わざわざ仕事を長期間休み、命の危険を冒してまで浄祷礼へ赴くことは難しい。

 傭兵ならば幾人かの仲間と同行することで命の危険は回避できるかもしれないが、やはりその間は収入を得ることは出来ないのだ。よほど信仰心の厚い者でないかぎりそこまではしないだろう。


 だが今回護衛をしている傭兵や私兵たちは仕事の一環として浄祷礼に必要な三ヶ所を巡ることが決まっている。

 収入を得ながら、職務を果たしながら浄祷礼が行えるとなれば、喜んでその恩恵を受けるに違いない。






 ドーレット司祭の厚意により、撤収準備をしながらも護衛たちは適時交替しながら少人数ごとに祈祷をすませていく。

 だがほぼ全員が喜んで女神への祈りを捧げる中、ひとりだけ公爵令嬢の側から離れず護衛に徹する傭兵がいた。


 黒目黒髪、やや丈の短い藤色のローブへ身を包んだ年若い男。

 王都では『千剣の魔術師』と呼ばれ、先日行われた芙蓉杯ロータスカップで魔術師ながら優勝した人物だった。


 眉をひそめそうになった福耳神父は瞬時にそれを抑えると、公爵令嬢と言葉を交わしている魔術師へ人当たりの良い笑みを浮かべながら歩み寄る。


「確かアルディスさん、とおっしゃいましたよね?」


「ああ……。あんたは?」


 名前を呼ばれて振り向いた魔術師は、福耳神父に向けて問いかける。


「王都の教会で司祭の位をいただいております。ずいぶん前になりますが、シスターソルテの護衛を受けていただいたときお目にかかったことがあるのですが」


「……すまん、よく憶えていない」


 どうやら福耳神父のことは記憶に残っていないらしい。


「構いませんよ。お会いしたのは二回だけですし、時間も短かったですからね」


「何か用が? 護衛に関することなら俺じゃなくて公爵家の私兵を束ねている人間に――」


「いえ、大した用事ではないのです。護衛の方々にも交代で女神様への祈祷が許されているということはお聞きになりましたか?」


 千剣の魔術師が私兵を率いる人物へ目を向けながら言いかけたところを、福耳神父が遮って用件を口にする。


「ああ、さっきソルテから聞いたが」


「アルディスさんはお祈りがまだのようですが?」


 他の護衛たちは進んで女神への祈りをしているにもかかわらず、千剣の魔術師ひとりだけがそのそぶりを見せない。


「……俺はミネルヴァの側についておかなきゃならん」


 問われた千剣の魔術師は公爵令嬢の護衛を理由に答えるが、その顔には隠しきれない不快な表情が浮かんでいた。


「他にも護衛の方はいらっしゃるでしょう。ほんの数分お祈りを捧げるくらいなら問題ないのでは?」


「いや、遠慮しておく」


 なおも食い下がる福耳神父の言葉をまともに取り合わず、千剣の魔術師はハッキリと拒絶を口にした。


「なぜですか。女神様への日ごろの感謝をお届けするまたとない機会ですよ?」


「師匠、私のことは気になさらないでください。その間はロナについていてもらいますから」


 それまで横で話を聞いていた公爵令嬢が気を利かせて申し出るが、当の魔術師はなおさら不機嫌そうな顔を見せた。


「祈りを捧げる相手は人それぞれが決めればいいだろう。悪いが俺は――」


「わんっ!」


 千剣の魔術師が表情にいらつきを見せはじめたとき、その足もとにいる黄金こがね色の獣が言葉を遮るように吠える。

 千剣の魔術師は獣と目を合わせたあと、わずかな沈黙を挟み改めて福耳神父へ謝絶を口にした。


「……いや。やはり遠慮させてもらう。俺のことは気にしないでくれ」


「……そうですか。わかりました、あまり無理を申し上げるのも失礼でしたね。それでは私はこれで」


 福耳神父もそれ以上翻意を促すことは諦め引き下がっていった。






「どうされましたか? 何か気にかかることでも?」


 公爵令嬢の前を辞してドーレットのもとへ戻った福耳神父の顔には感情が表れていたのだろう。

 異変を感じ取ったらしいドーレットが気遣うように声をかけた。


「いえ、別に大した事ではないのですが……」


「そう言うわりには表情があまりよろしくありませんよ。心配事やお困り事ならご相談にのりますよ」


「ありがとうございます。……女神様の偉大さと尊さを全ての人に理解してもらうのはなかなか困難なことですね」


 福耳神父が千剣の魔術師とのやりとりを話すと、ドーレットは少し困ったような顔でいたわりの言葉を口にした。


「そうですね。悲しいことに女神様のお心を理解しようとしない人は少なからずいるものです。ですが彼らもいつかはきっと女神様のすばらしさをわかってくれることでしょう。私たちはただ真摯に女神様の教えを説いていくことしかできないのですから。大丈夫です、きっと彼にもあなたの言葉が届く日がやって来ますとも」


「はい……、そう願っております」


 しかし口ではそう言いながらも、福耳神父の心は決して晴れない。


 女神の話を口にしたとき千剣の魔術師がみせた表情ととげのある口調。

 彼が女神を快く思っていないのは間違いなかった。


 福耳神父の心に引っかかっているのは先ほどの会話だけではない。


 数年前に会ったときも、千剣の魔術師は女神へ祈りを捧げる人々や壁画の女神に対してまるで仇に向けるような視線を送っていた。

 あれではまるで女神を敵視しているかのようだ。

 そう心の中で思いを巡らせていた福耳神父へ、ドーレットの何気ないつぶやきが突き刺さる。


「ですが『祈りを捧げる相手は人それぞれが決めればいい』ですか……。まるで女神様以外に祈りを捧げる相手がいるかのような物言いですね……」


「そ、れは……」


 福耳神父の身体を衝撃が走る。

 バラバラだった違和感のピースが組み合わさり、ひとつの答えを導き出したかのようにピッタリとかみ合う。

 同時に背中へじわりと冷たい汗がにじみ出た。


「まさか……」


 この世界において神と呼ばれる存在は一柱のみである。

 それはつまり、全ての母にして根源たる女神エイセラのことだ。


 しかしかつては女神とは別の神が一柱だけ存在していたことを福耳神父は知っている。

 はるか昔、神界戦争において女神に敵対し滅ぼされた邪神グレイス。


 そして同時に邪神を崇め、世界に混沌と邪悪をふりまこうと暗躍する信奉者たちの存在にも思い至る。


「どうされました? 顔色が悪いですよ」


「い、いえ……。大丈夫です」


 ふらつきそうになる身体を気力で支え、福耳神父は無理やりつくった笑顔をドーレットへ向けながら、口に出すのも怖ろしい考えを自分自身の中に押し込める。

 千剣の魔術師が邪神の信奉者なのではないかという考えを。


2019/09/14 変更 司祭もではありませんか? → 司祭はいかがですか?

※ご指摘ありがとうございます。


2021/09/25 重言修正 まだお祈りがまだ → お祈りがまだ

※ご指摘ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 名推理すぎる 名探偵福耳神父と名乗ろう
[一言] 残念ながら間違ってないんだな。 (女神が善って前提自体が間違ってるんだが)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ