第193話
アルディスの剣が一方的にカムランを攻め立てる。
逃れようとするカムランへ執拗にまとわりつきながら、腕を、胴を、脚をひたすら打ちつけた。
その攻撃は次第に下半身へと集中しはじめる。
時折蹴りを挟みながら、アルディスの剣がひざやスネを狙って振るわれた。
いくら刃をつぶした剣とはいえ、その重さやスピードにより生まれた衝撃は決して軽くない。
魔力による身体強化があれば、それだけでカムランの脚はとっくの昔に斬り落とされていたことだろう。
だが幸か不幸か魔力を使っていないアルディスの剣撃はそこまでの威力を持たない。
血が流れることもなく、カムランのダメージは目に見えない部分でじわじわと蓄積していった。
「あっ!」
疲労もあったのだろう。
とうとうひざが身体を支えきれなくなり、カムランの腰が落ちてしまった。
慌てて立ち上がろうとするカムラン。
だがその足首をアルディスの剣が強く打ちつける。
「ぐうっ!」
再び体勢を崩されてカムランが横転した。
「個人的にはあんたに恨みはないけど――」
何度も立ち上がろうとするカムランの脚をその都度払い、アルディスが冷たく言い放つ。
「そのまま試合が終わるまでずっと座っていてもらおう」
「何……をっ!?」
すぐにはアルディスの言葉を理解できなかったカムランも、立ち上がろうとするたびに邪魔をされることでようやくその意図を知る。
武器を失おうと、急所に寸止めの一撃を受けようと、見て見ぬ振りの審判員はおそらくいつまでもアルディスの勝利を認めないだろう。
ならばそれでいい。
終わることのない試合を延々と続け、その中で誰の目にも明白な力の差を見せつけてやればいいのだ。
試合が長引けば長引くほど、カムランとその後ろ盾であるオルギン侯爵は恥をかくことになる。
これだけ衆人環視の中でコケにされ続ければ侯爵の威信はどれほど傷つくだろうか。
たとえ試合に勝てなくてもアルディスにとっては十分な成果と言えた。
「コケに……しているのか!」
その通り、とアルディスは心の中だけで即答し、立ち上がろうとするカムランの妨害を黙々と続けた。
武器を持たない戦士が立ち上がろうとするたびに邪魔をされ再び尻もちをつく。
その一方で側に立つ若い魔術師は剣を片手に悠然と立ち、庭の雑草を刈り取るかのように無造作な動きで戦士の脚を払い続ける。
これが王国最大の武技大会である芙蓉杯の決勝戦だと誰が信じるだろうか。
どちらが強者かなど子供でも一目でわかるその光景。
にもかかわらず一向に勝敗を決しようとしない審判員。
観客席から不満と罵倒の声が上がるのも当然と言えた。
そんな状況を意にも介さず、淡々とカムランの立ち上がりを阻止し続けるアルディス。
一体何十回とそれを繰り返しただろう。
やがて満身創痍となったカムランはとうとう立ち上がろうとすることをやめた。
「どうした? 負けを認めるか?」
わざと挑発するようなアルディスの言葉にも、カムランは反応しなくなる。
アルディスが剣の腹を使ってカムランの頭をポンポンと叩く。
間抜けな風景だった。
観客たちの目には、その実力差が大人と子供ほど開きがあるように見えることだろう。
もはやカムランには戦意もない。
血は流れていないものの、彼の脚はもうボロボロのはずだ。
いくらアルディスが身体強化をしていないとはいえ、そしていくらカムランが防具を身につけているとはいえ、打ちつけられた回数が回数である。
骨が折れていても不思議ではない。
さてどうやって終わらせたものかとアルディスが考えを巡らせはじめたその時、呆れたような男の声が聞こえてきた。
「もうそれくらいで勘弁してやれ」
観客席からの声ではない。
思いのほか近い距離から聞こえた声にアルディスが目を向けると、審判員が立っているその後ろに見慣れない人物の姿があった。
口ひげをたくわえた中年の男である。
「あ、あなたは……!」
後ろをふり向いた審判員が目に見えて狼狽していた。
どうやら審判員より上の立場にいる人間らしい。
「この試合、千剣の魔術師の勝ちだ」
なんの権限があるのか、その口からあっさりとアルディスの勝利が告げられる。
当然審判員としてはすんなり認められるわけもない。
「か、勝手なことをされては困ります。この試合の判定は小官に一任されておりますゆえ、いかに補佐官殿といえどお手出しは控えていただきたく――」
審判員がそう主張した瞬間、補佐官と呼ばれた男の雰囲気が一変する。
その瞳に威圧感のある光を宿らせ、審判員をひと睨みすると乱暴な口調で告げた。
「貴様に審判の資格があるのか!?」
「ひっ!」
補佐官の圧力を至近で受けた審判員が短い悲鳴をあげる。
「公正な判断を下せぬ審判に存在価値があるのか? 無論審判員とて人の子だ。寝食を共にした仲間に勝って欲しいという気持ちは消せぬだろう。微妙な判定を行う際に、それが影響してしまうのは人間である以上仕方がない。だがあの状況を見て判定を下さぬというのであれば、それはもはや審判の責務を放棄したとしか思えぬ。武器を取り落としてからどれくらいの時間が経った? 急所への致命的な打撃が何度入ったと思っている? ましてやすでに一方は戦意を失い立ち上がることすら出来ないこの状況で、なおも試合を継続することに何の意味がある? いつまで試合を続行すればいいのだ? 一方が命を落とすまでか? いつから芙蓉杯は対戦相手の命を奪わなければ勝利できなくなったのだ!?」
補佐官の声は大きい。
突然現れた乱入者の存在により静まりかえっていた闘技場へその声は良く響いた。
審判員を責めつつも、補佐官は明らかに闘技場中の観客たちへ向けて聞こえるように話している。
補佐官の言葉は正論であり、同時に審判員や主催者への不満を溜め込んでいた観客たちの声を代弁するものであった。
「そ、それは……その……」
言葉に窮して審判員は貴賓席をちらりと見やるが、そこにオルギン侯爵の姿はない。
「侯爵ならばおらんぞ。殿下がたいそうご立腹でな。私をここへ使わしたのも殿下の御意だ」
「なっ……! そ、それは……」
先ほどよりも狼狽をあらわに審判員が絶句する。
事情を察したのだろう、審判員は口を閉じて肩を落とした。
「というわけだ、千剣の魔術師よ。それくらいで勘弁してやれ。カムランも上からの命令に従っただけだろう。傭兵のお前にはわからんかもしれんが、軍では上官の命令は絶対なのだ」
その言葉を聞いてアルディスは素直にカムランから距離を取る。
アルディスとしてはカムラン個人に恨みがあるわけでもないし、もともとどうやって幕引きしたものかと考えはじめていたところだったからだ。
不当な判定ではなく、アルディスを勝利者として場を収めてくれるというのなら文句もない。
アルディスが素直に従ったのを確認した補佐官は軽く頷くと、その右手を空に向かって伸ばし、声の限りに宣言した。
「試合終了! 王太子殿下のご明断により、決勝戦の勝利者を千剣の魔術師アルディスと決する!」
その瞬間、アルディスの芙蓉杯優勝が決定した。
爆発を思わせる大歓声が闘技場中を四方八方から覆い尽くし、押しつぶすようにアルディスへと降り注ぐ。
芙蓉杯の優勝者として軍士以外の名前が刻まれるという史上初の快挙に、その歓声はいつまでも途絶えることなく続いていた。
書籍4巻発売記念のSSを『千剣の魔術師と呼ばれた剣士 書籍発売記念SS集』に掲載しています。
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