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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて

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第188話

 稲妻のような鋭さで繰り出される突撃中隊長のハルバードをアルディスは正面から迎え撃つ。


「大したもんだ――が!」


 前へと踏み込みながらアルディスが剣先でハルバードの軌道をそらす。

 隙をついて一気に中隊長の懐へ潜り込むと、鎧で覆われていない部分へ拳を叩き込む。

 全身金属鎧フルプレートであれば話は別だが、動きやすさを優先している革鎧なら素手の攻撃を当てる余地はいくらでもあるのだ。


「うぐっ!」


 中隊長の口から短い苦悶くもんの声がもれた。


「あっちもこっちもがら空きだ!」


 アルディスが右足を中隊長のまたへくぐらせると、すぐさま引き戻す。


 そのかかとが狙うのは中隊長のふくらはぎ。

 あわよくば足を崩して転倒させようという試みだったが、さすがに準決勝まで進んできた相手だけあり、そう易々とはアルディスの思い通りにならない。


「らああ!」


 中隊長は足が払われるよりも先に身体を前方へ傾けて地面を蹴ると、アルディスの横をすり抜けて行く。


「っしゃああ!」


 そのまま上半身だけをひねると、遠心力により速度を増したハルバードでアルディスの背中を狙う。


「また無茶な!」


 アルディスは中隊長と逆の方向へ飛び込んでそれをかわした。

 背後で空気を切り裂く重い音が、ハルバードの威力を知らしめる。


 互いに数歩の距離を置いて向き合ったとき、対戦相手の突撃中隊長が初めて人間らしい言葉を吐いた。


「はーっはっは! やるな小僧!」


 その表情は愉悦ゆえつに染まり、試合開始前の顔とはまったくの別人に見える。


「だれが小僧だ、若造!」


 小僧呼ばわりされたアルディスが反射的に言い返す。


 見たところ三十を超えているであろう中隊長から見れば、未だ十代後半にしか見えないアルディスは確かに小僧だろう。

 もちろんそれは見た目だけの話であり、実際には生きてきた年月も戦いの経験もアルディスの方が長く多い。

 人によっては引っかかるアルディスの言葉だが、どうやら中隊長はあまり細かいところにまで頓着とんちゃくしないようだった。


「はっははー! 威勢がいいのは嫌いじゃないぞ!」


 いっそう嬉しさを顔に表してアルディスへと斬りかかってくる。


「そいつはどうも!」


 ありがたさを全く感じさせずアルディスが返答する。

 同時に両者の足が地面を蹴った。


 瞬きほどの時間もかけずに互いの得物がぶつかる。


 正面からの激突はアルディスにとって不利といえよう。

 体格、膂力りょりょく得物えものの重さ。すべて中隊長に分がある。


 だからといって簡単に遅れを取るつもりなどない。

 真っ向の力比べでは勝てずとも戦いようはいくらでもあるのだ。


「おるるりゃあああ!」


 雄叫おたけびを上げながら中隊長のハルバードが振り下ろされる。


 アルディスは一瞬でその軌道を読むと相当の余裕を持たせて身をかわす。

 紙一重で避けることも可能だが、先ほどまでの戦いでわかったようにこの中隊長の場合は無茶な動きで無理やり軌道を変えかねないからだ。


 かわす動きが大きくなる分、反撃の機会もそれだけ失われてしまう。

 だがアルディスはそれで構わないと考えていた。

 猪突猛進と呼ぶにふさわしい中隊長の戦い方は、わざわざ小さな隙を狙わずとも攻めようがあるからだ。


 確かに攻撃面では見るべきものがある。

 しかし一方で防御面では明らかにあらが目立つ。

 自分よりも弱い相手、あるいは同等の力量を持つ相手ならばそれでも通用するだろうが、今立ち合っているのはそう簡単な人間ではない。


「そこ!」


 攻撃と攻撃の合間に生まれる間隙かんげきを突いて、アルディスの剣先がハルバードの持ち手を激しく打ちつける。

 振るわれるハルバードの重さと力の向きまでも利用したその一撃に、とうとう中隊長の手から得物が滑り落ちた。


 手からこぼれたハルバードが勢いのまま数回転して地面へと叩きつけられた。

 刃をつぶしているとはいえその重さと速度は地面へとめり込むのに十分な力となる。

 鈍い音を立て、ハルバードは刃を大地に突き立てた。


 芙蓉杯ロータスカップのルール上、武器を失った時点で敗北とみなされる。

 当然中隊長の持つ唯一の武器であったハルバードが手を離れた以上、アルディスの勝利であることは誰の目にも明らかだった。


 大音量の歓声が闘技場を包み、興奮した観客たちが立ち上がる中、剣を降ろそうとしたアルディスは自分に襲いかかる気配を感じて再び身構える。


「おるあああ!」


 敗北したはずの中隊長がハルバードを手早く拾うと、そのまま声をあげながらアルディスへと駆け寄って来た。


 その表情は先ほどまでと全く変わっておらず、好敵手と戦う喜びに満ちあふれている。

 どう見ても試合後の握手を求めているようには見えない。


「おい、ちょっと待て!」


 言葉で制止しながらもアルディスの身体は反射的に戦闘態勢を維持し続ける。

 アルディスの言葉など聞く耳を持たないのか、それとも戦いの空気に酔っているのか、中隊長はハルバードを振り上げて先ほどまでと何ら遜色そんしょくない連撃を繰り出しはじめた。


「審判、どうなってんだ!?」


 相も変わらず防御のことなどお構いなしに叩きつけられる攻撃をいなしながら、アルディスは審判員へ抗議の声をあげるが、当の審判員は目も合わせようとしない。


「ちいっ! そういうことか!」


 どうやらこの審判員、武器喪失(そうしつ)で勝敗を決するつもりはないらしい。

 もちろんそれは中隊長に限った話であって、アルディスが剣を取り落とせば即座に勝負ありを宣言することだろう。


 当の対戦相手である中隊長がそれを承知の上で戦っているのかはわからない。

 だが戦いの中で見せてきたこれまでの様子を踏まえて考えると、ただ単純に戦意のまま戦っているだけに思えた。


 試合前の態度からも感じられたように、この審判員がアルディスに対して明らかな悪意を持っていることは確かだ。

 当然アルディスに不利な判定をするだろうという予想はしていたが、臆面おくめんもなくここまであからさまな不正を行ってくるというのは驚きだった。


 再びアルディスの剣がハルバードを捉え、中隊長の手から叩き落とす。

 しかしやはり試合の終了を宣言する声は聞こえない。


 中隊長は何事もなかったかのように得物を拾い、続きとばかりにアルディスへ攻撃を繰り出し続けた。


「どう言い訳するつもりだか!」


 さすがに一度ならず二度までも武器を落とせば、観客たちも不審に思い始めるはずだ。

 一度目は多少ざわめきが起こるだけだったが、二度目となるとそこへ明らかな意図を読み取り、審判員への罵声が飛び始める。


「勝負ついてんじゃねーか!」

「審判どこみてんだ!」

「いかさまだー!」


 しかし観客席からの罵詈雑言ばりぞうごんにも審判員は平然としている。

 非難を浴びるのは覚悟の上――というより、もとからそういう指示を受けていたのだろうから、こうなることはわかっていたに違いない。


 アルディスがハルバードを三度打ち落とし、同じく三度中隊長が武器を拾って襲いかかるに至り、観客席からのブーイングはますます激しくなる。


 この審判員を送り込んできたのが誰かなど、考えるまでもない。

 しかしこうなることは火を見るよりも明らかだったはずだ。

 オルギン侯爵が一体何を考えているのか、アルディスにはさっぱりわからなくなった。


「余裕がないだけか……?」


 中隊長の連撃をかわしながらアルディスがボソリとつぶやく。


「まあ考えるのは後だ」


 問題は今この状況をどうするかだった。


 たとえ中隊長がこの試合に勝ったとしても、あからさまな不正を目の当たりにした観客たちは不満をあらわにするだろうし、その矛先ほこさきは主催者でもある軍へ、ひいてはその後ろ盾でもあるオルギン侯爵へ向くだろう。

 侯爵の顔に泥を塗るという意味では今でも十分に目的を果たしている。


 とはいえアルディスもまだまだここで手を緩めるつもりなどない。

 当然この試合で負けてやるつもりもなかった。


 アルディスはルール上定められた四つの勝利条件を脳内でリストアップする。


 まずは急所への有効な一撃が入った場合。

 アルディスにとってさほど難しいことではない。

 しかしたとえ決定的な一撃を加えたとしても、審判員がそれを認めなければ勝ちには繋がらないだろう。

 こうまで恣意しい的な判定をする審判員があっさりとアルディスの勝ちを認めるわけもない。


 他に第三者からも明確に勝敗が決する方法としては一方が武器を取り落とした場合がある。

 だが現状、中隊長の武器を三度叩き落としているにもかかわらず完全に審判員は見て見ぬ振りだ。

 この勝ち方が許されるならとっくに試合は終了している。


 あとは対戦相手が自ら敗北を認めた場合。

 だが、もとより当の対戦相手が武器を落とされてもそのまま襲いかかってくるような状況である。

 本人にそのつもりがないというより、戦いに集中するあまり芙蓉杯ロータスカップのルールすら頭の中から消え去っているような有様だ。

 もしかすると今が試合中だということすら忘れているのではなかろうかという様子を見て、本人に自ら敗北を認めさせるのは無理だとアルディスは判断する。


 となればあとは相手を気絶させるほかないだろう。

 さすがに対戦相手が倒れて動かなくなれば、いやおうにもアルディスの勝利を認めざるを得ない。


 相手の反則負けという判定も通常ならありえるが、そもそも反則が認められるくらいなら武器を取り落とした時点で中隊長の負けを宣言しているはずだ。


「あまりぐずぐずしてられん」


 時間をかければ中隊長の体力をそれだけ削れるだろうが、決着までの時間が延びれば延びるほど審判員がらぬちょっかいを出してくる可能性がある。


 観客席を敵に回してでもアルディスを勝たせまいとするような審判員だ。

 下手をすると突如一方的にアルディスの負けを宣言してもおかしくなかった。


 ならばその前にさっさと決着をつけるべきだろう。


「とは言ってもな……」


「うるるらあああ!」


 対峙たいじしているのは防御に難があるとはいえそれなりの実力を持った相手である。

 その攻撃は途切れることなく、速さと重さだけなら一級品。

 体力も底なしなのか、試合開始時とほとんど変わらない斬撃をアルディスへと繰り出している。


「……あれで行くか」


 意を決したアルディスは中隊長の攻撃を防ぎながらそのタイミングを窺う。


 一撃、二撃、三撃……。


 後退あとずさることなく、むしろ立ち向かっていくかのような姿勢で払い、避け、弾き、かわす。


 観客席が大盛り上がりを見せる中、どれくらいの攻撃に耐え続けただろうか。

 その瞬間がやって来た。


「うおおおぉ!」


 中隊長が全身の体重を乗せ前のめりに突きを繰り出して来たそのとき、アルディスの身体が瞬時に沈んだ。


 ハルバードを持つ中隊長の右腕をつかみ、引き込みながらその懐へと潜り込む。

 半回転して背中で中隊長の身体を背負うような形にすると、相手の勢いを利用しながら足で蹴り上げて浮かせた。


 足場を失った中隊長の身体が、アルディスの背中を軸にして宙を舞う。

 同時にアルディスは掴んだ相手の右腕をさらに引き寄せ、分銅を振り回すように中隊長の身体を地面へと叩きつける。


「死ぬなよ」


 忠告とも祈りともつかぬアルディスの言葉は、次の瞬間中隊長が頭から地面にぶつかる音でかき消された。


2019/07/16 誤字修正 開けながら → 上げながら

※誤字報告ありがとうございます。


2019/08/12 誤字修正 皮鎧 → 革鎧

2019/08/12 誤字修正 越えている → 超えている

※誤字報告ありがとうございます。

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