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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて

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第187話

 芙蓉杯ロータスカップの日程も残すところあと二日。

 三十二名いた出場者も四人にまでその数を減らしていた。


 もちろんそのうち一席にはアルディスという名の傭兵がふてぶてしくも居座っている。

 当然実質的な主催者であるオルギン侯爵としては気分の良いものではないだろう。

 その結果が昨夜アルディスに差し向けられた襲撃者たちの存在に繋がる。


「それで終わりだとは思わないことだな。残り二日間、気をゆるめるなよ」


 自身は前日に敗退して気楽な身になったムーアが昨晩の一件を聞いて警告して来た通り、アルディスもこのままで済むとは思っていない。


 周囲からは昨日までと比べものにならないくらいの視線をアルディスは感じている。

 そこかしこにアルディスの隙を窺う人間がいるのは確かであった。


 とはいえ闇に包まれた夜道と違い今は人目も多い闘技場にいるのだ。

 さすがに衆人環視しゅうじんかんしの中、堂々と襲いかかってくる事はないだろう。


 逆に言えば受けるのはちまちまとした嫌がらせレベルのちょっかいだ。

 例えば用意されているはずのイスがないとか、選手用の食事に妙な味が混ざっていたりとか、アルディスひとりだけが妙に事細かな注意事項を係の者から延々聞かされたりとか――。


「どうせなら大々的に襲ってきてくれる方が対処も楽なんだがな」


 はたから見て明らかな襲撃であれば堂々と払いのけることができるが、見た目でわかりにくい微妙な嫌がらせに対して過剰な反撃をすればアルディスの方が非を問われかねない。

 ひとつひとつは小さないらつきでも、それがいくつも重なれば大きな負担になってくるだろう。


「やることがみみっちい」


 指示を出しているのが誰かなど問いかけるまでもないことだ。


「だがまあ、こそこそとちょっかいを出して来たところで、結末を変えてやるつもりはさらさらないがな」


 武器を立て掛けた移動式のラックを小走りで引っぱっていた係の人間が、わざとらしく何もないところで転倒する。

 ひっくり返されたラックから鋭い刃を光らせながら多数の武器が宙を舞って向かってくるが、それを涼しい顔で避けるとアルディスは試合の行われる闘技場の中央部へと歩いて行った。






 準決勝に残った四人の内、三人は軍に所属する士官や兵士だ。

 唯一外部の人間となるアルディスの異物感はどうにもぬぐえない。


 観客にとって軍以外の人間が勝ち進んでいるという新鮮味のある展開は喜ばしいことだろうが、軍の側――ことにオルギン侯爵から見れば苦々しい状況かもしれない。

 当然アルディスがこれから戦う準決勝の相手も軍の人間である。


「確か突撃中隊の隊長とかなんとか……」


 ムーアから聞いた話を記憶から引っ張り出す。


 その性格は豪快ごうかい剛胆ごうたん猪突猛進ちょとつもうしん

 敵あらばすなわちこれを滅せんという非常に簡潔かつわかりやすい人物だという。


 いつものように用意されている武器の中から手頃な長さの剣を選び、何度か素振りをして手になじませながらアルディスはその突撃中隊長へと目を向ける。


「聞いてたのとはちょっと違うが……」


 事前に聞いていた話から想像していたのは筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)強面こわもての男、ちょうど『白夜びゃくや明星みょうじょう』のリーダーであるテッドのような人物であった。


 だが闘技場の中央でアルディスを待ち受ける対戦相手はとても話に聞いていたような人物には見えない。

 どちらかというと田舎の村で羊飼いでもしていそうなおだやかさを漂わせている。


(とはいえ見た目で判断するわけにもいかないか)


 外見にだまされて隙をつかれれば思わぬ痛手をこうむる。

 そんな場面はいくつも見てきたし、アルディス自身若い頃はそれで失敗したこともあった。


 事実、対戦相手が手にしている得物えものは扱うのに高い力量を必要とするハルバード。

 槍と斧を組み合わせた形状のそれは、穂先、斧刃、そして斧刃と逆方向に突き出た突起部分という三つの殺傷点を持っている。


 そのため多彩な攻めと応用が可能だが、一方で並の技量では十全に有効性を引き出すことが出来ない。

 わざわざそんな得物を選ぶということは、実戦で使いこなす自信があるということなのだろう。


 細身の身体もよく見れば余分な肉をそぎ落とし引き締まったキレの良さそうな筋肉がついている。

 決してあなどって良い相手ではなかった。


「何をぐずぐずしている! さっさと出てこないか!」


 思考を中断させたのは審判員の怒鳴り声。

 見れば闘技場の中央で対戦相手と共に待ち受ける審判員が、敵意むき出しの視線をアルディスに向けていた。


 どうやら昨日まで審判を務めていた人間とは別人らしい。

 アルディスはわずかに眉をひそめながらも素直に中央へと進み出る。


「まったく、これだから傭兵は……」


 不快感を隠そうともしない審判員が侮蔑ぶべつめいた言葉をこぼす。


 内心思うところがあっても公平な立場であるべき審判員はそれを言葉や態度に表すものではない。

 少なくとも前任の審判員はアルディスに対して特別不快な態度を見せることもなかったし、試合の判定も公平であった。


(しかし今回はそういうわけにもいかないだろうな……)


 もともと実質的な主催者であるオルギン侯爵にとってアルディスは目障りな存在でしかない。


 何しろ暗殺者の集団を差し向けるという直接的な手段に出てくるくらいなのだ。

 もちろん昨晩の襲撃者たちがオルギン侯爵の指示によって送り込まれたという証拠は何ひとつないが、現段階で最もアルディスを目障りに思っている人物は侯爵その人である。

 その意を汲んだ人間が審判員として送り込まれてくる程度、別に不思議な話ではない


「いいか、魔法は禁止だぞ! わかっているな? 魔力を検知したらそこで即失格だからな!」


 例によって試合の注意事項を口にする間も、審判員はほとんどアルディスひとりに向けて釘を刺しているような有様だ。

 これで公正な判定が下されると考える方がおかしい。


 一方、当の対戦相手はいまいち覇気の感じられない様子でじっとアルディスを見つめている。

 その目にはアルディスへの侮蔑ぶべつあざけりといった悪感情が見て取れない。


 どうにも判断に困る相手だったが、どのみち相手はオルギン侯爵の派閥に属する中隊長だ。

 アルディスのすべきことに変わりはない。


「はじめ!」


 そして闘技場に響きわたる試合開始の声。

 その瞬間、対戦相手の表情が一変した。


「うるるるらぁぁぁ!」


 先ほどまでの純朴そうな顔が瞬時に羅刹らせつの表情で塗りつぶされ、途端にふくれあがる強烈な気迫と圧力を伴って近づいてきた。

 互いに五歩ずつ。合わせて十歩分あった距離を瞬時にして詰められる。


(速い!)


 驚きと同時に、身体へ染みついた反射がその一撃を防ぎにかかる。

 アルディスの手に握られた剣がハルバードの斧刃の軌道を変えようと差し込まれた。


 高速で動く敵の刃にアルディスの剣が触れる寸前、ハルバードが妙な動きを見せる。

 くるりと敵の手元で持ち手が回転し、それに合わせて先端の斧刃と突起部分も前後が入れ替わったのだ。


 突起は緩やかな曲線を描くピッケルのような形状をしており、その先端部分はつぶされているとはいえ細く狭まっている。

 当然ながらハルバードの重さや相手の膂力りょりょく、振るわれた勢いによって生み出される力が一点に集中して注がれる。


 力の行く先はアルディスの差し込んだ剣、その根元であった。


 アルディスが今持っているのは『蒼天彩華そうてんさいか』ではなくただの数打ち品だ。

 重鉄製ですらない剣身はその一撃に耐えきれないだろう。


 いくら相手も同じ材質とはいえ重量差が違う。

 遠心力も加わったその一撃を食らえばひとたまりもない。


(初手から!?)


 様子見もせずいきなり剣を折りに来た対戦相手へアルディスは目を丸くした。


 確かに意表を突くことは出来るが、そもそも敵の剣を折るというのは言うほど容易たやすいことではない。

 よほどの力量差がある、または得物の優劣に開きがあるならともかく、相手の力量も確かめずに実行するのはやや無謀と言える。


 剣を折るには渾身こんしんの一撃を放たなくてはならないし、それは必然的に武器の大振りへとつながる。

 そのひと振りが成功すればいいが、失敗すれば大きな隙を相手に見せることとなるだろう。


 現に対戦相手は全身の力をこの一撃に注いでいる。

 かわされることなど考えていないように見えた。


「なめるな!」


 並の相手ならこれで勝負がつくかもしれない。

 だが意表を突かれたとはいえアルディスもそれなりに場数を踏んできた剣士だ。

 この程度であれば対処はできた。


 アルディスはハルバードの軌道と並行になるよう剣を寝かせながら後ろへと身を引く。


「ぬううあああ!」


 それを追いかけるようにして、相手は振り抜く最中のハルバードを力尽くで操り、軌道を修正する。


(無茶な)


 腕の筋肉を痛めかねない無理な行為に、アルディスの背中をぞわりとした感覚が走る。


 アルディスはすぐさま地面を蹴りつけて距離を取った。

 相手のハルバードが獲物のいなくなったあとをむなしく通りすぎる。


 距離をとってこれでまずはひと呼吸、と思ったアルディスの予想を裏切り対戦相手の突撃中隊長はさらに踏み込んできた。


「らあああぁぁぁ!」


 それはまるで獲物を前にした飢える獣のよう。

 試合前、大人しそうに見えた顔つきはアルディスを威嚇いかくするように歪み、いだ海のように柔らかかった目は獲物を蹂躙する喜びにギラついている。


「そういう性格タイプか!」


 どうやら戦いになると本性が出るたぐいの人間だったらしい。

 ムーアから聞いていたのはこのことだったのだろう。


「だったら」


 アルディスは引くことをやめた。


 どうせこの手の輩は前に出ることしか考えていない。

 引けば引くだけ相手を調子付かせるだけだろう。


 今度はこちらの番とばかりにアルディスが距離を詰める。

 間合いの長さでは相手に分があるのだから、アルディスとしては離れて戦うことに利点はない。


 牽制の一撃を入れながら一歩前に出た。

 ハルバードを振るうには距離が近すぎる、剣の間合いだ。


 普通の使い手ならすぐさま距離を取ろうとするだろう。

 だが突撃中隊長は下がらない。

 それどころか自らも前に出て正面からの斬り合いに挑もうとしてくる。


 その理由は相手が持つ得物にある。

 彼のハルバードは通常のものよりも柄の部分が短く切り落とされ、取り回しやすい長さになっていた。

 その逆に三日月状の斧刃部分や突起部分は大きく作られ、重量はかなり増しているだろう。

 距離を取ってリーチの長さにものを言わせた戦いなど、最初から眼中にないといった感じだ。


 二合、三合と武器がぶつかり合う。

 その間も突撃中隊長は前のめりに攻撃を繰り出し、アルディスに圧力をかけ続ける。


 これが彼の戦い方なのだろう。

 相手の戦い方がわかれば対応も自然と決まってくる。

 伊達に戦場で何度も死神の誘惑をそでにして来たわけではない。


 こういった手合いへの対処は三つ。

 勢いを受け流しつつ隙を見つけ逆撃を加えるか、攻撃をあしらいながら物理的な罠にはめるのが定石セオリーだ。


 だがしかしアルディスがこの芙蓉杯ロータスカップに出場した理由はオルギン侯爵の顔をつぶすためである。

 そして戦っている相手は侯爵の派閥に属する士官。

 であればやはりここは――。


「正面から叩き伏せる」


 力尽くで勝って侯爵一派のふがいなさを衆目しゅうもくにさらす、――その一択だった。


2019/08/12 誤字修正 獲物 → 得物

※誤字報告ありがとうございます。


2019/08/14 誤用修正 軍属の → 軍に所属する

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