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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて
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第184話

「少しくらいは勝ち目もあると思ったんだがなあ」


 判定が下された後、闘技場を出ようとするアルディスの横へ並び歩きながらムーアがぼやいた。


「こんだけ有利な条件がそろってもダメだったかあ。へこむなあ」


 言葉とは裏腹にムーアの表情は明るい。

 負けたのだから当然残念な気持ちはあるだろうが、全力を出し切って戦いそれで力及ばなかったのだから悔いも残っていないのだろう。


「こっちだって戦場でバケモノみたいな敵味方に混じって二十年近く戦って来たんだ。簡単には負けられん」


 普段戦う相手へもほとんど無関心なアルディスにすれば異例とも言える、気遣いのような言葉が向けられる。

 それは彼がムーアの実力を認めているからこそだ。


「お前がバケモノと表現するような相手って、想像もつかないな。まあ、あんな魔物がそこいらを闊歩かっぽしている世界だと珍しくもないのかねえ」


 おそらく向こうの世界で出くわしたネデュロや濃紺水の魔物を思い出したのだろう。

 げんなりした表情でムーアは肩を落とす。


 彼が弱いのではない。

 この世界の基準でいえば、手練てだれと呼ばれる剣士の中でもムーアは抜きんでた実力を持っているだろう。

 アルディスの知る限り、ムーアに勝てる力量を持っている傭兵などネーレと『白夜びゃくや明星みょうじょう』のテッド、それに都市国家レイティンで女商人マリーダの護衛をしていたニコルくらいしか思い浮かばなかった。


 ただこちらの世界とあちらの世界では根本的な生物の強さに隔絶かくぜつした差がある。

 あちらの世界からやって来たならば、たとえそれが戦いを生業なりわいにしていない一介の商人だったとしても、こちらの世界では戦士として名をとどろかせることができるだろう。

 だからアルディスは彼なりの言葉でムーアの健闘に賞賛を送る。


「向こうの世界で生まれ育っていれば、あんただって俺なんかよりよほどバケモノじみた強さになってるよ。たまたま生まれた場所が違っただけだ。公爵だってあんたの強さを見抜く目くらいもってるだろうし、あの勝負を見て呆れるような事はないだろうさ。だからあとはゆっくり高みの見物でもしていてくれ。どうせ残りは()()()()みたいなもんだ」


 準決勝と決勝。芙蓉杯ロータスカップを勝ち上がってきた精鋭との戦いを消化試合と表現したアルディスにムーアは意外な物を見るような目を向けた。

 事実上、ムーアとの戦いが芙蓉杯ロータスカップの決勝戦だったと言っているようなものだ。


「……そういう気遣いとは無縁の男だと思っていたけどな」


「そうか? 味方には優しいぞ、俺は」


「はいはい、お前の敵に回ることがないことを祈っておくよ」


 肩をすくめておどけるムーアと並んで、アルディスは闘技場を後にした。






 貴賓きひん席の一角ではひとりの男が豪奢ごうしゃなイスに座ったまま身じろぎひとつせず闘技場をにらんでいた。

 その表情はこれでもかと不快感をあらわにし、神経質そうな顔立ちがなおさらけわしさを増している。


 芙蓉杯ロータスカップを実質的に取り仕切る軍部の重鎮、オルギン侯爵その人であった。


「ご不満ですか、旦那様?」


 そんな主人へと後ろから言葉をかけるのは白髪の老人。

 身なりから彼が貴人きじん側仕そばづかえであることは明白である。


「当初の目論見もくろみ通りではございませんか」


 侯爵の手足となり四十年以上も支え続けた彼は、当然ながら主の表と裏、両方の顔を知っている数少ない人物だった。

 オルギン侯爵が手を回してトーナメントの組み合わせを変えさせ、ニレステリア公爵の口利くちききで出場したふたりをぶつけるよう仕向けたことも、その目論見も理解していた。

 だからこそ狙い通り片方を排除できたにもかかわらず、どうして侯爵が不満そうな気配を漂わせているのか不思議に思ったのだ。


「目論見通り……。そうだな、その通りだ。公爵の口出しで出場者に迎え入れざるを得なかったふたりのうち、一方だけでも今のうちにふるい落としておこうという目論見はうまくいった。だが……」


「何か問題が?」


 言いよどんだ侯爵に老側仕えが問いかける。


「お前はあの戦いを見てどう思った?」


「そうですな。私は剣をたしなみませんゆえ素人的な見方しかできませんが……、あまり品が良いとは言えない戦いでございましたな」


「……そうだな。品が良いとは言えんな」


 老側仕えの意見に同意しながらも、侯爵の声には落胆の感情がこもっていた。

 呼吸三つ分の沈黙を挟んで侯爵が再び口を開く。


「だが強い」


 苛立たしさのこもった言葉が吐き出された。


「確かに公爵閣下が推挙なさるだけのことはございましたが、旦那様が気になさるほどでしょうか?」


「お前にはわからんかもしれんが、あれは危険だ。ムーア・グレイスタの実力も話には聞いていたが、まさかあれほどまでの使い手とは思わなかった。下手をすると決勝にまで上がって来た可能性すらある。そういう意味ではふるい落とせたことは幸いだった。しかし問題は勝ち上がった『千剣の魔術師』の方だ。魔法の禁じられた武技大会で、いくら先の戦で名をせたとはいえ魔術師に何ができようかと油断していたが……。あれは危険だ」


 同じ表現を繰り返し、その危険性を口にする侯爵。


「それほどにですか?」


 すでに初老の域に達し、戦場に立つ事もなくなった侯爵であるが、若い頃は兵士たちを指揮して帝国との戦いに身を投じたこともある。

 侯爵自身はお世辞にも武芸に優れているとは言えないものの、指揮官として、前線から退いた後は軍の指導者として多くの強者を目にしてきたことだろう。

 その侯爵が言葉を重ねてまで危険と評する以上、老側仕えが考えるよりもあの若い魔術師がやっかいな相手であることは間違いない。


「ああ。戦場では時として悪鬼羅刹あっきらせつのごとき強さで周囲を圧倒する者が現れる。あれはそれと同類だ。カムランでも果たして勝てるかどうか……」


「なんと、あの魔術師がカムランに勝つと!?」


 本大会の優勝候補。オルギン侯爵の派閥内において最強と名高い第三師団副団長の名が侯爵の口から出るに及んで、老側仕えが驚きの声をあげる。


「まずい。まずいな……」


 侯爵の焦りが口からこぼれ落ちる。


「せっかく我が娘が次期王太子妃の座を得ようかというこの大事な時機に、陛下や殿下方へ醜態しゅうたいをお見せするわけには……」


 軍部内に強い影響力を持ち、派閥内に数多くの手練れを抱えていることこそがオルギン侯爵にとって権力の源泉である。

 それは毎年の芙蓉杯ロータスカップで派閥の士官が成績上位を独占し続けることにより積み重ねてきた実績が土台になっていた。


 しかしもしここで派閥外の傭兵、しかも魔術師が優勝をかっさらって行こうものなら侯爵の面目は丸つぶれだ。

 彼にとってそれは悪夢以外の何物でもない。

 ならばその悪夢を回避するために、侯爵は打てるべき手を打っておく必要があった。


「準決勝を()退()していただくほかないのではありませんか?」


 主の心中を見抜いたかのように老側仕えが提言する。


「……そうだな、辞退してもらうとしよう。だが相手は手強いぞ。生半可な使者では返り討ちにされかねん」


「はい。手練れを手配いたします」


「少々強引になっても構わんし、周囲に被害が及んでもわしが何とかする。金も惜しむな。質と数、両方おろそかにせず決して侮るなと伝えろ」


「承知いたしました」


 老側仕えはうやうやしく頭を下げると、その場を別の側仕えに任せて立ち去っていった。






 オルギン侯爵のいる場所から数ブロック離れた貴賓席。

 アルディスとムーアの一戦を見ていたニレステリア公爵令嬢ミネルヴァが、深く息を吐いた。


「さすがだったな」


 ようやく握った拳の力を抜いた娘に向けて、公爵が短く語りかける。


「はい、おふたりともすばらしい剣技でした」


 答える令嬢の言葉には彼らに対する畏敬いけいの念が込められていた。

 上気した顔はそれが心の底から発せられた偽りのない気持ちであることを表している。


「敗れたとはいえムーア君の剣も見事だった。最初の組み合わせでそのまま戦っていれば決勝まで残ったかもしれんな。まったく、オルギン侯も余計なことをしてくれる」


 そこで一旦間を取り、公爵はサイドテーブルからワイングラスを取って口を湿らせる。


「しかしアルディス君の剣術はそれを上回っていたな。一度目にしているとはいえ、やはり魔術師にしておくのはもったいない力量だ」


「当然です。師匠の剣技を前にして、立ちはだかる事の出来る者などどこにもいません」


 公爵の言葉を受けて、我が事のようにミネルヴァが得意げな表情を見せた。


「『剣魔術は剣術の延長線上にある』」


「ん? 何だそれは?」


 突然娘が口走った言葉に公爵が疑問を投げかけた。


「師匠がおっしゃっていた言葉です。剣魔術は数ある剣術のひとつでしかなく、根本的には剣術以上でも以下でもない。根底にあるのは剣術であり、それを魔力で補完するのが剣魔術の本質だと」


「なるほど。つまり一流の剣魔術というのは一流の剣術あってのもの、ということか」


「はい。師匠の剣を見て、それが真理であるとまさに実感しているところです」


 剣魔術の手ほどきを願った自分に、アルディスがまず剣術を叩き込もうとした理由が今のミネルヴァならばよくわかる。


 アルディスは最初から剣士であり、今も剣士なのだ。

 向こうの世界へ飛ばされたときも、この芙蓉杯ロータスカップでも、アルディスは剣魔術などひとつも使っていない。

 彼の強さ、その根源は剣魔術ではなく剣術にこそあるのだろう。


 剣術を磨き、剣技を極め、その過程における技のひとつとして剣魔術がある。

 最初から剣魔術を学ぼうなどというのが的外れな試みであると、ようやくミネルヴァは理解した。


 アルディスはきっとこの先もミネルヴァに剣術の指導を続けていくだろう。

 そしてその中で、数ある剣技のひとつとしていつか剣魔術の手ほどきを受けるときが来るに違いない。


 だからこそ――。


「まず到達するべきは、一流の剣士」


 自分の到達すべき目標を間違うことなく見定め、ミネルヴァの決意がその小さな口からつむぎ出された。


2019/07/21 誤字修正 前線から引いた → 前線から退いた

※誤字報告ありがとうございます。

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