表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

196/406

第183話

 またたく間に距離を詰めたアルディスが先手を取る。

 両手に持った剣を引き、腰の位置で溜めると走る勢いを加えて一気に突き出した。


 もちろん真っ正面からのこれ見よがしな一撃である。

 ムーアが上半身を横にそらして危なげなくそれをかわす。


 だが次の瞬間、ムーアは自分の相手が一筋縄ではいかない曲者くせものだとすぐに思い知らされたことだろう。

 アルディスの剣が突きから変化して、引っかけるようにムーアの右腕を内側から狙ったからだ。


「おっと!」


 ムーアは思いもよらぬアルディスのフェイントに焦りを見せた。


 しかしムーアも並の剣士ではない。

 とっさに手首をひねって剣が弾かれるのを避けると、逆にアルディスの持ち手へ狙いを定めて盾のふちを叩きつけようとする。


 アルディスは剣の柄に片手を残しながらもう一方の右手を自由にし、叩きつけられてくる盾の縁を直接つかんで勢いを殺す。


「おいおい、これを受け止めるかよ。とんでもない反射神経だな」


「いや、結構危なかったぞ」


 言いながらアルディスが盾を引き込んでムーアの体勢を崩そうとする。


「そう簡単に――!」


 ムーアはその力に逆らわず、むしろその勢いを利用してアルディスのふところへ一気に潜り込もうとしてきた。

 同時に盾を陰にして、アルディスの死角から不意をつく一撃を繰り出そうとする。


「だろうな!」


 何か仕掛けてくるだろうと予測していたアルディスは、何の未練もなく盾を手放して後退する。


 今度はムーアが後ろに下がるアルディスを勢いのまま追撃した。

 すくい上げるようなムーアのひと振りがアルディスの首を下から襲う。

 それを叩き落とすようにしてアルディスの剣が弾いた。


 再び足を止めた両者による剣撃の応酬が絶え間なく続く。


 一見してどちらが優位か、剣術をたしなんでいるわけでもない観客にはわからないだろう。

 もともと優れた剣技をもつ人物として知られていたムーアの方が有利と見る者は多いかもしれない。


 アルディスの真骨頂しんこっちょうは魔力を用いた剣術にある。

 身体能力の強化はもちろんのこと、空中へ足場を作って縦横無尽じゅうおうむじんに飛び回ることもできるし、飛剣を使って手数を増やすこともできるのだ。


 そういう意味では魔力を使えないこの状況がアルディスにとってあまり望ましくない事は確かであった。

 おそらくアルディスの剣技は魔力を併用した本来のときに比べ、七割程度しか発揮できていないだろう。


 だがたとえ魔力を用いずとも、数多くの戦場を生き抜いてきたアルディスの剣技が一級品であることは間違いなかった。

 ムーアの剣を防ぎ、反撃を加えることに何の不都合もない。


 褒めるべきはムーアの方だろう。

 いくらアルディスの方に本来の力を発揮できないというハンデがあるとはいえ、三分以上もの間剣を打ち合っていられるのだ。

 あちらの世界ではネデュロ相手に太刀打ちできなかったようだが、剣一本で身を立てたという経歴も伊達ではなかったらしい。

 向こうの世界に生まれていれば名のある剣士になれていたかもしれない。もちろんそれは――。


「生き残れるならの話だが」


 剣を打ち合う最中にアルディスが口走る。


「何がだ?」


「何でもないさ」


 脈絡みゃくらくもない言葉を口にしたアルディスへムーアが問いかけてくる。

 それに対してアルディスはぞんざいな答えと共に足もとを狙って剣を振るう。

 迎え撃つようにムーアの剣がその軌道をさえぎった。


 剣舞のように互いの一撃をいなし、そらし、防いでは反撃の手を繰り出す。

 両者一歩も譲らぬ戦いに観客席がさらなる熱気に包まれていく。


 先ほどからアルディス相手にムーアは絶え間ない剣撃を叩きつけている。

 ムーアの剣技が優れている事の証だが、それだけではないことをアルディスは気付かされていた。


「お前、本当の姿は()()なんだろう?」


 打ち合いながらの無駄話。

 ムーアの口から放たれた言葉にアルディスは目を細める。


「本来の姿と今の姿が違うってんなら――」


 強い力を込められた一撃でアルディスの剣がわずかに揺らぐ。


「身につけた剣技と今の身体にどうしてもズレがでるはずだ」


 慧眼けいがんであった。


 ムーアの言う通り、アルディスの身体は本来の年齢と大きくかけ離れている。

 歩幅、腕の長さ、身体の重さ、視線の高さ。

 アルディスが長年かけて身につけてきた技術は全て今とは違う身体が基準になっている。

 身体に染みついた感覚と頭が認識する動作、そこにわずかでも誤差が生じれば違和感となり、戦いの最中では隙となる。


 とはいえそれは突然身体の大きさが変わればの話だろう。


「この身体もずいぶん長くてね」


 アルディスが子供の身体になってから結構な年月が経っている。

 七年以上も経てばそれなりになじんでくるのも当然だ。

 今もなお微妙なズレは感じるものの、それを戦う相手に明かす意味は全くないし、これまでの戦いにおいて後れを取るような影響は出ていなかった。


 だがムーアはあえてそこを突き、そのズレに付け入るだけの力量がある。

 アルディスにとっては嫌らしいタイミングと角度で、視点やリーチの齟齬そごが生じやすい位置を狙って剣撃を叩きつけてくる。


「ハンデ盛りだくさんで申し訳ないが、それくらいじゃないと勝機が見えないんでな」


 わずかに生じるであろう感覚の食い違いを狙い定めたような攻撃がムーアにより繰り出され続ける。


「付け込ませてもらう!」


「気にするな、ハンデとは思ってない!」


「そりゃどうも!」


 ムーアの力強い一撃がアルディスの剣を押し込む。


 アルディスの身体は年々ゆっくりとではあるが成長し、今現在は十六、七歳ほどの外見だ。

 若さゆえの活力にあふれている一方で、長年戦いの現場で鍛え上げたムーアの身体と比べれば線の細さは否めない。


 普段のアルディスは魔力による身体能力の底上げと剣魔術によりその弱点をカバーしていた。

 しかし魔術の使えない今、その肉体はあくまでも年若い剣士のそれと同等だ。

 剣技において後れを取るつもりはなくとも、素の肉体を比べればムーアに対して圧倒的な有利を得ているわけではない。


 アルディスの身体がまだ成長しきっていないという動かしがたい事実をも利用して、ムーアは攻めの手を組み立てている。

 なるほど軍で大隊長にまで出世するだけのことはある、とアルディスはそのしたたかさに感心した。


 魔力を使えないくらいであればアルディスにとってはさほど問題ない。

 アルディスとムーアが初対面の相手ならば付け入る隙を与えることなく勝ちを手に入れていたはずだ。


 だが今のムーアは芙蓉杯ロータスカップの出場者中、最もアルディスの実力を理解している人物である。

 アルディスの力を身に染みてわかっているからこそ決して侮ることがない。

 真の姿を知っているからこそ、感覚の齟齬というアルディスの弱点を突いて攻めるという発想に至ることができる。

 そのふたつは他の対戦者たちが持っていないムーアだけのアドバンテージだろう。


「これだけおぜん立てが整ってるんだ。勝ちの目も少しはあるだろうさ!」


「どうかな!」


 埋めがたい実力差を芙蓉杯ロータスカップのルールと自分の持つ情報でなんとかしようとムーアが攻め立てる。


 ムーアの剣は剛と柔どちらかといえば剛に傾いているだろう。

 アルディスとて剛の剣を繰り出し戦う技術は持っている。

 だが今の身体ではそれを十全に活かすための腕力が足りない。

 ならばアルディスとしては技と速度を活かした柔の剣で対抗するほかなかった。


 アルディスは膂力で対抗することを早々に諦め、剣技と速度でムーアの攻撃を捌き、逆撃を加えていく。

 それはおそらく今回の芙蓉杯ロータスカップで最も激しく、そして華麗な剣の応酬だろう。


 しかしそれも永遠に続くわけではない。

 ムーアのひと振りを剣で受け流してアルディスが五歩下がる。


 小さく深呼吸をして剣を握り直し、そろそろ勝負をつけようとムーアに向き合ったまま意識を一段深いところへと潜り込ませた。


「おいおい、もっとゆっくり楽しもうぜ」


 アルディスの雰囲気が変わったことに気付いたのだろう。

 ムーアがおどけた口調で声をかけてきた。


「せっかくの大舞台なんだ。あっけなく終わらせるのももったいないだろう? こんだけの歓声を浴びて目立てる機会なんてそうそうないぞ」


 未練がましく試合を引き延ばしにかかるムーア。


「その手は食わないが」


 しかしアルディスの答えはそっけない。


「……お見通しか」


 狙いを見抜かれたムーアが舌打ちをする。

 魔力を使えない今、アルディスとムーアの体格差は膂力りょりょくだけにとどまらず、その継戦能力にも現れる。

 普通に考えれば試合が長引けば長引くほど、よりムーアの方が有利になっていくだろう。


 もちろんいくらそれでムーアが有利になるとはいえ、上がる勝率などごくわずかなものだ。


「だが――」


 そのわずかな可能性を引き寄せてでも勝ちにこだわるムーアへ、アルディスは心の中で賞賛を送る。


「――それでこそだ!」


 一気に距離を詰めると相手の大腿だいたい部を狙って剣を横から振るう。

 かろうじてそれに反応したムーアが剣の軌道へと盾を滑り込ませた。

 弾かれた剣が鈍い音を立てる。


「速えな!」


 吐き捨てるような文句を口にしたムーアへ反撃の隙も与えず、アルディスは次の一手へと移った。


 自らの剣をくぐるように身体を沈み込ませると、時計回りに半回転しながら相手の横を抜ける。

 その最中さなか、回転の動きにあわせて剣を躍らせムーアの左肩へ狙いをつけた一撃を放つ。


「うおっ!」


 変則的なアルディスの剣撃を無理に避けようとしてムーアがバランスを崩した。


 対するアルディスはすでに次の攻撃へと移っている。

 肩への一撃と同時に横をすり抜けたアルディスはムーアから見て斜め左後ろの位置にいる。

 しかも身体の向きも前後反転しているため、ほとんど背後を取っているような状態だ。


「まずっ!」


 ムーアの切羽せっぱ詰まった焦りが口にする言葉へと如実にょじつに表れる。

 振り向いていては間に合わないと判断したのだろう。

 アルディスへ背を向けたまま前方へと全力で身を投げ出す。


 まさに飛び込んだという表現そのまま、一切の迷いなくアルディスから離れようとするムーアだったが、当然それが容易に許されるわけもない。

 機を逃さずアルディスが後を追う。


 もともと機敏さにおいては魔力による身体強化がなくてもアルディスに分がある。

 一方のムーアは予想外の展開に思考が付いていけない様子だった。

 戦士としての本能が頭で考えるよりも身体へ緊急回避を命じているのだろう。

 しかし確固たる意思の伴わない動きがアルディスを出し抜けるわけもない。


「終わりだ!」


「ちょ、やめ――!」


 ムーアの返事などお構いなしにアルディスの剣が襲いかかる。

 かろうじて身体を反転させ、それを迎え撃とうとしたムーアの剣が空を切った。

 頼りない迎撃をすり抜けたアルディスの剣は直前で勢いを弱め、そのまま相手の首筋へと軽く当たる。


「くっ!」


 これが戦場であれば間違いなく致命となるひと振り。

 たとえ刃引はびきの剣であっても、アルディスが全力で振るっていればおそらくムーアの首もただではすまないだろう。


「そこまで! 勝負あり!」


 判定を下す審判員の声が闘技場に響きわたる。


 アルディスの勝利が誰の目にも明らかとなった瞬間、観客席は耳をつんざくような歓声で満たされた。


2019/06/23 誤字修正 軌跡 → 軌道


2019/08/12 誤字修正 盾を影に → 盾を陰に

2019/08/12 誤字修正 遅れを取る → 後れを取る

2019/08/12 誤字修正 剣を踊らせ → 剣を躍らせ

※誤字報告ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ