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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて
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第182話

 芙蓉杯ロータスカップも三日目に突入した。

 初日は三十二名いた出場者も八名にまで数を減らしている。


 出場すること自体が名誉となる芙蓉杯ロータスカップで、ここまで勝ち進めば武人として武芸者として十分誇れる結果と言えるだろう。

 にもかかわらずその朝アルディスの前へ現れたムーアはやけに不機嫌なオーラをまとわせていた。


「なあアルディス」


「なんだ?」


 今にもため息を吐きそうなムーアの呼びかけにアルディスは短く答える。


「権力者ってのは身勝手で横暴で……、ホント始末に負えないよな?」


おおむね同意するが、いきなりどうした? まあ何となく予想はつくけど」


 ムーアの様子から推測するに、おそらくオルギン侯爵絡みで横やりでも入ったのだろう。

 芙蓉杯ロータスカップの日程も折り返し地点に達していることだし、そろそろ侯爵が裏から手を回してきそうな頃合いだった。


「俺の対戦相手が替わった」


「そうか」


 他人事だと言わんばかりにアルディスの口調はそっけない。


「ずいぶん気のない返事じゃないか。相手が誰だか気にならないのか?」


「俺が戦うわけじゃないだろう」


「それがそうでもない」


「どういうことだ?」


 ムーアの言葉を受けてアルディスが真意を問う。


「変更になった俺の対戦相手は他でもないお前だよ、アルディス」


「俺?」


 意外な答えにアルディスが目を丸くした。


「それはおかしいだろう。昨日までの組み合わせは一体どうなった?」


 昨日八試合行われた二回戦でムーアは第一試合、アルディスは第六試合を勝ち抜いている。

 順当に考えて、ふたりが勝ち続ければぶつかるのは決勝戦だ。

 準々決勝で戦うことになるわけがない。


「トーナメント途中での対戦相手組み替えというのはこれまでにも前例があるのか?」


「いや、俺の知る限り初めてのケースだ」


 アルディスの顔に苦々しい表情が浮かんだ。


「オルギン侯爵の差し金で間違いない、か」


「十中八九な。侯爵にとっては俺もお前も邪魔者以外の何者でもない。ふたりそろって勝ち上がってるから、いいかげん煙たく感じるんだろうよ。今のうちにどちらかひとりだけでも落としておこうという考えだろうよ」


 芙蓉杯ロータスカップの前例になかったトーナメント途中での対戦組み替えを強行してまで、目障りなアルディスたちを排除したいという思いが侯爵側にあるのだろう。

 アルディスとムーアを同士討ちさせようという魂胆こんたんが透けて見えるようであった。


「わかりやすいことだ」


「そりゃあまあ、自分の権勢を見せつける舞台だからな。間違っても俺やお前に優勝してもらっちゃあ困るだろう」


 勝ち抜き戦である以上、勝ち続けていればいずれはムーアとぶつかるときが来る。

 それは仕方がないことだ。


 しかしせっかく組み合わせがアルディスたちにとって都合良い形となっていたのだ。

 どうせならアルディスとムーアのふたりで決勝を戦い、侯爵派の面目を徹底的につぶしたかったところなのに、こういう形でちょっかいを出されるといい気はしない。


「しっかしまあ、オルギン侯爵もやることがみみっちいな。俺はそろそろ闇討ちでもあるかと思って警戒してたんだけどね」


 おどけて口にしながらも、ムーアの目は真剣そのものだった。


「小物のやることはどこに行っても似たり寄ったりだ。最初は自分にるいが及ばない範囲で卑劣な手段を使う。直接的な手段にでてくるのはそれが失敗した後だろう」


「できれば決勝まで戦いたくなかったんだがなあ……」


 ムーアがアルディスと同じような考えを口にする。


 もっとも、彼の場合はまた別の理由から出た言葉だろう。

 ミネルヴァといっしょに飛ばされたあちらの世界で、アルディスの実力をその目で見ていたのだから。


 ため息をついたムーアはうつむき加減に視線を落として首を左右へ振り、自分を自分で納得させる。


「ま、今そんな愚痴ぐちを吐いても仕方がないか」


「そういうことだ。人生諦めが肝心だと苦労性の知り合いが昔言ってたぞ」


「ほう。はなから勝つつもりで言ってるんだろうが、それは油断じゃないのか?」


 対戦相手に向けるものとは思えない言葉を口にするアルディスへ、ムーアがねめつけるような視線を向けた。


「知らなかったのか、俺は剣士だぞ?」


 そしらぬ顔で問い返す黒髪の少年の言葉をムーアは小さく舌打ちをしてしぶしぶ認める。


「にわかには信じがたいが、そうみたいだな」


「どちらにせよ戦ってみればわかることだ。ここであれこれ言っても俺たちが戦う事に変わりはない」


「そりゃそうだ」


 ムーアもそれはわかっているのだろう。

 吹っ切れた様子を見せてアルディスに同意した。


「だがこっちも公爵閣下の口利きで出場している以上、無様な試合を見せるわけにはいかないんでな。本気で行かせてもらうぞ」


「当然」


 アルディスは短い答えと共にニヤリと笑った。






 試合開始の時間となり、アルディスとムーアは闘技場の中央へと並んで歩み出る。


「ちっ、オルギン侯爵がいい顔で笑ってやがるぜ」


 忌々(いまいま)しそうなムーアの声に反応してアルディスも貴賓きひん席へと視線を向ける。


 ムーアが勝った一回戦の時も目にしたことがある、小役人のような男がそこにいた。

 ミネルヴァ襲撃の黒幕であるオルギン侯爵本人だ。


 ニレステリア公爵の口利くちききで出場した目障りなアルディスたちが、互いにつぶし合うのを心待ちにしているのだろう。

 満面の笑みがこの試合に向ける期待からではなく、自分の小細工が実を結んだ事への充足感からであることをアルディスとムーアは理解していた。


「あの野郎の思惑通りっていうのは気にくわないけど……。これが権力者を敵に回すってことだからな。公爵閣下もこんな不意打ちのルール改定に対応するのはさすがに無理だったろうし」


「なに、芙蓉杯ロータスカップが終わるときにはあの顔が憤慨で真っ赤に染まることになるんだ。今のうちに喜ばせておけばいいさ」


 そのためにアルディスは芙蓉杯ロータスカップへの出場を決めたのだ。


 一瞬ムーアはアルディスと目を合わせると、視線を前に戻す。

 二歩足を進めたところで何かを察したらしく、アルディスへと再び顔を向けると呆れた表情を見せた。


「お前やっぱりそのために芙蓉杯ロータスカップへ出――」


「ほれ、無駄口を叩くのもここまでだ。こっからは敵同士だぞ」


 ムーアの言葉を途中で遮るとアルディスは二回戦の時と同じ武器を選び、審判員の指示に従って開始位置へとついた。


「なんとまあえげつないことで……」


 残されたムーアは肩をすくめると、仕方なく剣と盾を受け取り自分も開始位置へと歩いて行った。






 これまでと同じように審判員から口頭でルールの説明と注意がなされ、いよいよ試合開始の合図が闘技場に響きわたる。


「いくぞ」


 開始と同時にムーアが真っ直ぐ飛び出してくる。

 アルディスも今回は待ち受けることなく自分から前に出てそれを迎え撃った。


 刃引きした試技用の剣が片や上段から振り下ろされ、片や横なぎに振るわれると、剣撃が交わり甲高い音が周囲へ鳴り渡る。

 まるでそれは正式な試合開始の儀式を思わせた。


 ふたりは初撃を放った後で一旦距離を取り、申し合わせたようなタイミングで互いの中間地点を軸に立ち位置を反時計回りへ三歩ずつずらす。

 角度を変えて再び打ち合わされる二本の剣。


「かわせるか?」


 ムーアが今度は半歩後ろに下がって突きを繰り出す。

 アルディスはそれを打ち下ろしの一撃で逸らして反撃に出ようとした。


「今度はこっちの――」


 しかしその反攻は出端でばなをくじかれる。


 アルディスの逆撃を予期していたムーアが左腕に固定された盾を前面に出す。

 押し出すというよりもむしろ叩きつける勢いの盾がアルディスへ襲いかかった。


「ちっ!」


 間一髪、アルディスは剣の柄頭つかがしらでそれを押し止め、お返しとばかりにムーアの左脇目がけて蹴りを繰り出す。


「読み通り!」


 それに対してムーアはかわすのでも避けるのでもなく、あえて前に踏み込んでいった。


 蹴りの威力というのは体幹を軸にした遠心力によって生み出される。

 そのため実は最適な威力を生み出す距離というのもさほど広い範囲ではない。

 軸足に近くなればなるほど遠心力は小さくなり、振り抜く速度も遅くなるのは当然のことだった。


「だったら……!」


 蹴りの威力を殺されたアルディスはとっさにひざを曲げて攻撃の目標を変えようとするが、同時にムーアの盾が防御に動きかけたのを見て即座にあきらめる。


 その瞬間、攻守が交代した。

 ムーアは盾の持ち手を握っていた左手を放すと、いつの間に隠し持っていたのか手のひらから小さな石つぶてをアルディスの目に向けて弾き飛ばしてきた。


「そこに!?」


 意表を突かれたアルディスは頭を逸らして目への直撃を避ける。

 その隙を見逃さずムーアが剣先を向けてきた。


 アルディスは不利を認めて即座に離脱行動へ移る。

 剣の柄頭でシールドを押し込むとその勢いを利用して身体全体を後方へと飛ばし距離を取った。


 わずかな時間に繰り広げられた息の詰まる攻防に観客席が熱を帯びる。


 実力者ぞろいと言われる出場者たちの中にあって、アルディスとムーアの剣技は決して華々しさのあるものではなかった。

 軍のエリートたちが振るう剣はひとつひとつの所作しょさが洗練されており、見る者をまるで物語の一場面へといざなうような魅力がある。

 その一方でアルディスたちのはどこまでも泥臭く人間の意地汚さがあらわになる剣。

 双方ともに血と汗と泥が混じり合う戦いの中で磨き上げられた剣技だった。


 足蹴りあり、目つぶしあり、騙し討ちありの、言わばヒトという獣が持つ牙としての剣と言える。

 そこには芸術品のような美しさはない。

 だがその生命力にあふれた躍動やくどう感と野生美を感じ取った者は多かっただろう。


 流れるような動きの中に潜む一瞬の緊迫。

 相手の隙を狙いせめぎ合う荒々しさがふたりの勇姿をきわ立たせていた。


「さすが傭兵出身」


 アルディスがムーアの対応力に感心する。


「そりゃ軍に入る前はひと癖もふた癖もある連中と戦っていたしな」


「そうだな。傭兵ってのはそういうもんだ」


 幼い頃から型どおりの教えを受けられる貴族の子弟たちとも、規律の守られた集団として訓練を受ける兵士たちとも違う。

 身ひとつで戦場に立ち、昨日雇い主だった相手が今日は敵になるような世界で生きてきたのがアルディスだ。


 戦争の少ないこの世界でムーアが同じような経験をしているかどうかはわからないが、便利屋のように使われる傭兵という立場が決して恵まれたものではないことくらい想像はつく。

 誇りや名誉、主君の為に戦っているのではないのだ。

 綺麗な戦い方を貫き通すのに、傭兵という稼業は少々都合が悪いと言えるだろう。


「俺もお上品な戦い方は知らないからな。その辺はお互い様とあらかじめ言っておくぞ」


 アルディスの宣言にムーアが軽口で答える。


「そんなところで文句は言わないっての」


「だろうな」


 お互い顔を見あわせて笑みを浮かべた後、アルディスが地面を蹴って戦いを再開させた。


2019/06/02 誤字修正 離脱行動へ映る → 離脱行動へ移る

※誤字報告ありがとうございます。


2019/08/12 誤字修正 小者 → 小物

2019/08/12 誤用修正 姑息 → 卑劣

2019/08/12 誤用修正 軍属のエリート → 軍のエリート

※誤字誤用報告ありがとうございます。

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