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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて
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第180話

 芙蓉杯ロータスカップ二日目。


 初日で一回戦の十六試合を終え、早くも出場者は半分の十六名に減っている。

 続くこの日は二回戦の八試合が執り行われる予定となっていた。


 アルディスの出番は六試合目。

 すでに第一試合で勝利をおさめているムーアが、律儀りちぎにアルディスを送り出す。


「次の相手は突撃中隊の秘蔵っ子だそうだ。突撃中隊はオルギン侯爵の肝いりで設立された部隊だけに、中身は丸ごと侯爵の子飼いと言ってもいい。俺もお前も確実に目の敵として見られてるだろうから気をつけろよ」


「心配するな。承知の上だ」


 忠告めいたムーアの言葉に軽く答えると、アルディスは闘技場の中央へ向けて歩き出す。

 それまで歓声で包まれていた観客席がざわめきはじめた。


 当然だろう。

 傭兵としては名の知れたアルディスであるが、それはあくまでも『千剣の魔術師』としてだ。

 魔法や魔術の使用が禁止された芙蓉杯ロータスカップへ出場してくるだけでも妙な話である上、それが軽々と一回戦を突破してしまったのだからなおさらである。


 観客のほとんどは昨日アルディスが見せた戦いを目の当たりにしていることだろう。

 それでもなお、何かの間違いだったのではないかという思いが残っているのかもしれない。

 歓声ではなくざわめきが起こるということが、アルディスの実力をどう評価すればいいのか未だに決めかねている何よりの証拠だった。


 アルディスは昨日と同じように刃引きをした一振りの剣を手にし、中央へと歩み出る。


 反対側から対戦相手の若い男がやって来た。

 年の頃はまだ二十代前半といったところ。

 美男子でもなければ醜悪ともいえない顔だが、ぎょろりと大きな眼がひときわ強い印象を与える。


 得物えものは長さが身長と同じくらいの短槍。

 身につけているのが王国軍の制式装備であることから、軍に所属する兵士であることは明らかだった。


 一回戦と同じように試合前の説明が審判員からあり、互いに五歩ずつ離れて合図と共に試合が開始された。


 互いに無言で数歩間合いを詰める。

 相手の得物は短いとはいえ槍。

 その切っ先はアルディスの持つ剣よりも遠くまで届く。


 彼我ひがの距離が三メートルほどに縮まった時、ぎょろ目の兵士が唐突に口を開いた。


「どんな手段を使ったかは知らないが、魔術師ごときが栄えある芙蓉杯ロータスカップの舞台へ上がってくるなどと……。馬鹿にするのもほどがある」


 それまで口をつぐんだままだったぎょろ目兵士が放った第一声は、妙にとげのある言葉であった。


「あんたは昨日の試合を見てなかったのか?」


 魔術師に見られているアルディスが芙蓉杯ロータスカップに出場する事に対しての批判は元から承知の上だ。

 だからこそアルディスは初戦でその力量をわかりやすい形で示したつもりだった。

 まぐれで勝ったわけではないと、見る者が見ていればアルディスの実力も昨日の試合で十分に理解できるだろう。


「傭兵同士ならそでの下でどうとでもなるかもしれんが、我々のような軍へ所属する人間にはそんな小細工は通用せんぞ!」


「ああ、そういう解釈をするのか……」


 どうやら一回戦突破は裏工作のたまものと見られていたらしい。

 相手が傭兵だったということもあり、八百長だったのではないかという疑惑があるのだろう。


 なるほど、とアルディスは妙に納得する。

 観客席から聞こえてくるざわめきも、もしかするとその疑惑が一役買っているのかもしれない。


「歴史ある芙蓉杯ロータスカップの舞台をこれ以上穢すわけにはいかん。徹底的に叩きのめせと、侯爵閣下からも直々にお言葉をいただいている。恨むなら分をわきまえず武技大会に出た自分の軽率さを恨め!」


 どうやら一回戦の戦いだけではアルディスへの先入観を覆すに至らなかったらしい。

 こびりついた偏見は思った以上に拭えないようだとアルディスは内心肩をすくめる。


「そうかい。じゃあこっちも遠慮はしないからな」


 一回戦では剣魔術を使わずとも渡り合えることを見せつけた。

 傭兵の剣を正面から受け止め、真っ向から撃破したのだ。


 だが二回目の戦いとなる今日は、もはや様子見をする必要もアルディスの実力を見せつける必要もない。

 あとは当初の目的を果たすだけだろう。


 勝つのは簡単だ。

 しかしただ勝つだけでは腹の虫も治まらない。

 教え子の命を狙われたことももちろんだが、一年もの間この世界から無理やり追放された礼はしっかりと返すつもりだった。


 短槍を吹き飛ばす?

 いいや。それでは一瞬で勝負がついてしまう。


 相手の身体へと剣を叩きつける?

 いいや。急所へ入ればそれで勝負ありとなってしまうし、急所を避けた攻撃でも相手が戦闘不能になってしまえばそれまでだ。


 アルディスが選択したのは相手の心を折って降伏させるという決着だった。

 昨日の傭兵と違って、目の前で噛みついてくるぎょろ目兵士には容赦など不要。

 礼を失した相手に加える手心など持ち合わせはない。


 次の瞬間、アルディスが地面を蹴った。

 一瞬にして間合いを詰めると、アルディスの剣が対戦相手の短槍を打ち上げる。


 懐に入ったアルディスは、動きについてこられないぎょろ目兵士の喉元へ剣先を一瞬突きつける。

 いきなり突きつけられた切っ先にぎょろ目兵士は息をのむ。

 だがそれもわずかな一瞬のこと。アルディスはすぐに剣を引いて間合いを取った。


「どうした、来ないのか?」


 数歩距離を取ってアルディスが挑発する。

 それに触発され、まだ戦意十分のぎょろ目兵士が槍を正面に構えて鋭く突きを繰り出してきた。


 決して凡俗ぼんぞくの放つ突きではない。

 芙蓉杯ロータスカップに出場するだけあり、見るべきものは十分にあるだろう。


 だがあまりに狙いが真っ直ぐで正直すぎた。

 若い突きだ、とアルディスは心の中で落第点をつける。


 鋭いものの、狙いが明らかで読みやすい突きの勢いを剣で受け流し、アルディスが一歩相手の懐に入り込む。

 右手で剣を握り槍の柄を押さえながら、左手でぎょろ目兵士の腕を引っぱって体勢を崩すと諸共もろともに倒れこんだ。


 その流れの中、アルディスの剣が一瞬だけ相手の首筋を撫でた。

 しかし激しく動く中でのあまりに短い時間だったため、その事実に審判も観客も全く気が付かない。


「ふたつ」


 すぐさま相手を解放して飛び退いたアルディスが不敵に言い放つ。

 それの意味することを理解してぎょろ目兵士の顔に怒りが浮かんだ。


 彼の心中などお構いなしにアルディスが突っ込む。

 迎え撃つ鋭い二連撃を半身でかわし、短槍の柄を剣で地面に叩きつけるとアルディスは身体を潜り込ませる。


 互いの身体がぶつかるほどの至近距離から突如アルディスの左手が伸ばされ、相手の首元を一瞬だけつかんで放した。

 だが審判からはアルディスの身体が壁になってその動きは見ることができない。


「みっつ」


 アルディスが数えているのは戦いの中で相手に与えた致命傷の数だ。

 これが実戦ならば対戦相手はすでに三度死んでいることになる。

 対戦相手が苦虫をかみつぶしたような顔をしているのはそれを理解できているからだろう。


 だがなおもアルディスは手を緩めない。

 その後も審判から勝利判定を受けないよう巧妙に立ち位置を調整しながら、一瞬だけ相手の急所へ剣や手刀を当てては退くという流れを繰り返す。

 当然その度に数をカウントするのも忘れない。


「十六」


 いかに対戦相手が愚かであろうとも、こうも容易たやすく急所を突かれ続ければ彼我の実力差を痛感せざるを得ないだろう。

 最初こそ手玉に取られていることを理解して怒りに赤く染まっていた顔も、その数が十を超えた頃から色を失いはじめていた。

 今では白を通り越して青くなっている。


 さすがにこれだけ攻防を続ければ、観客の中には異変に感づく者も出てきた。


「なあ、あれって急所に一撃入ってるんじゃないのか?」


「そうか? 入ってるんなら審判が判定を下すだろ」


「審判員が何も言わないって事は有効な攻撃と判断されてないってことじゃないの?」


「でもさっきから首や胸へ剣を寸止めしてるように見えるんだが……」


「だよなあ。どう見ても致命的なのが入ってるよなあ」


 観客席が試合開始前とは違った意味でざわめきだした。


 アルディスは試合が終了してしまわないよう、審判員の目に入らない位置取りで急所へ手を出している。

 だが逆に言えばそれ以外の方向からは丸見えとなってしまうのだ。

 それなりに武術の心得がある者や目の良い者たちは、アルディスが何をしているのか次第に気付きはじめていることだろう。


 そのざわめきにぎょろ目兵士はいっそう追い詰められていく。

 素人ですらアルディスの圧倒的優勢に気づいているのだ。

 当然戦いを生業にする者たちにはアルディスが対戦相手を手玉にとっていることは明白だろう。

 ぎょろ目兵士の面目は丸つぶれと言っていい。


 我ながら性格の悪いことだとアルディスは内心苦笑する。

 しかし芙蓉杯ロータスカップに出場した目的がオルギン侯爵に恥をかかせることである以上、その一派に属する目の前の兵士へ情けをかけるつもりはさらさらなかった。


「十七」


 アルディスはぎょろ目兵士の攻撃をかわすとその背後を取って、心臓のある位置を後ろから人さし指でつつく。

 これが短刀であればこの瞬間に対戦相手の命は消えているだろう。


 瞬時にその場を飛び退いて次の行動に移ろうとしたアルディスだったが、対する相手はもはや戦う気力を失ったのか、力なくその場に崩れ落ちてしまった。


 無防備なその首に剣を押し当てればそれで勝ちとなるが、あえてアルディスは距離を取って様子を見守る。

 奇妙な膠着こうちゃくは呼吸五つ分ほどの時間とともに終わりを告げた。


「………………降参する」


 絞り出すような声でぎょろ目兵士が自らの負けを認めたからだ。


 全ての攻撃をかわされ、いなされ、その反撃として一瞬だけ突きつけられる剣先やそっと急所へ添えられる手刀。

 実力差は明らかで、しかも対戦相手は決着をつけるつもりがないとくる。

 刈り取られる命をカウントされるたびにすり切れ細くなっていった心が、十七回目にしてとうとう折れてしまったのだろう。


 自ら敗北を認めざるを得ないという屈辱的な負け方に、彼自身はもちろんのこと、派閥の領袖りょうしゅうであるオルギン侯爵の心中はいかばかりであろうか。


「もちろん、この程度でほこを収めるつもりはないがな」


 貴賓きひん席から自分たちを見ているであろう侯爵に向けて、アルディスは届くはずもない言葉を投げかける。


「勝負あり!」


 観客席が幾度か目のざわめきで包まれる中、審判員がアルディスの勝利を宣言した。


2019/05/20 誤字修正 強は → 今日は

2019/05/20 誤字修正 動きに突いて → 動きについて 

※誤字報告ありがとうございます。


2019/09/15 誤字修正 剣を吹き飛ばす → 短槍を吹き飛ばす

※誤字報告ありがとうございます。

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