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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて

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第179話

「次はお前の番だな。何試合目だっけ?」


 初戦を終わらせて戻ってきたムーアがアルディスに声をかけた。


「十一試合目だ」


「そうするとずいぶん時間が空くな。控え室に戻るか?」


 ムーアの提案に首を横へ振ると、アルディスは貴賓きひん席へと目をやる。


「どうした?」


 アルディスと同じように貴賓席を見たムーアが「おやおや」とおどけた口調になった。


にらんでる睨んでる」


 現在行われている第三試合に目を向けず、先ほどの試合が終了してからずっとムーアを睨んでいる中年の男がそこにいた。


 やや細身の身体に神経質そうな顔つき。

 どことなく小役人のような印象を与える容貌ようぼうだった。

 貴賓席にいることとその豪奢ごうしゃな装いから、おそらくは高位の貴族であることは間違いないだろう。


「知り合いか?」


「知り合いも何も、あれが我らが怨敵オルギン侯爵その人さ。まあ、向こうは俺たちのことを目障めざわりな小物程度にしか認識してないだろうがな。見るのははじめてか?」


 ミネルヴァを亡き者にしようと画策し、アルディスたちが一年間だけとはいえこの世界から放逐されることになった元凶である。


「あれが侯爵か……」


「派閥に所属しない俺が勝ったもんだから、気にくわないんだろうよ。お前もすぐに目をつけられるだろうけど……、今さらだろ?」


「そうだな」


 警告じみたムーアの言葉にさらりと返事をし、アルディスは闘技場の中央で繰り広げられる戦いへと注意を向ける。

 傭兵対探索者の勝負は白熱し、先ほどあっさりと決着したムーアの試合とは打って変わって観客席も熱気に包まれていた。






 アルディスの出番がやって来たのは太陽が天頂を過ぎた頃。

 ムーアに見送られて闘技場の中央へと進み出たアルディスは、普段使っている『蒼天彩華そうてんさいか』と同じサイズの剣を選んで戦いにのぞむ。


 対戦相手は王都を拠点に活躍している傭兵のひとり。

 革鎧を身につけ、やや長めの剣を手にしていた。

 剣身同様に柄も幾分長く伸びており、片手ではなく両手で扱うことを前提にしたものだろうとアルディスは判断した。


「君の功績は僕も知っている。三大強魔(ごうま)をひとりで討伐したとんでもない実力を持っていることも。だがこれは悪い冗談か何かか? これは武技を競う試合だぞ。何故魔術師の君がここにいる?」


 対戦相手の傭兵が探るような目でアルディスに質す。


「何故って……、そんなのはわかりきった事だろう。勝つためだ」


 本音を言えば侯爵に恥をかかせるためだが、それをここで口にしても仕方がない。


「いくら刃引はびきをしているとはいえ、当たり所が悪ければ命にかかわるんだぞ。防具のひとつも身につけないなどと、馬鹿にしているのか?」


 鎧を身につけた傭兵と違いアルディスの装甲などないに等しい。


 手に盾を持つわけでもなく、まとうのは魔術師が好んで使うローブのような厚手の服だけ。

 それとて防具と呼ぶにはあまりにも心許こころもとないものだ。


 刃引きの剣とてその重量と速度が合わされば肉をつぶし骨を折ることくらいはできる。

 傭兵の指摘は至極しごく当然のものであった。


「防具が役に立つのは攻撃を食らったときだからな」


「……忠告はしたぞ」


 どこまでも不遜なアルディスの答えに傭兵は眉をピクリと動かした後、これ以上言うべき事はないとばかりに背を向ける。

 同じようにアルディスも距離を取ると、申し合わせたようにふたりが向き直った。


「それでは、はじめ!」


 審判が開始の合図を口にする。


 まず先に動いたのは傭兵。

 さすがにいきなり突撃してくるほど無計画ではないようで、アルディスの出方に対応できるよう十分警戒をしながら近付いてくる。


「魔術師がどうやって戦うつもりなのか知らないが」


 傭兵が剣を両手に持って振りかぶる。


「あんまり剣士をなめないでもらおう」


 剣撃の狙う先はアルディスの手首。

 強い一撃によって武器を手放させ、さっさと勝負をつけようというつもりだ。


「どっちが」


 なめているのか、とアルディスは苦笑する。


 武技の試合に魔術師が出ていることにいぶかしさを覚えたのか無警戒に攻撃を繰り出してくることはなかったが、やはりどこかでアルディスを格下と見ているのだろう。

 フェイントすら省いた見え見えの一手で終わらせられると思っている時点で、アルディスの力量を見誤っている。


 アルディスは構えた剣の切っ先を傾けて、手首に狙いを定めた振り下ろしの一撃を受け流す。


「なるほど、まんざら素人ではないということかい?」


 感心しながら傭兵が距離を取る。


 ひと呼吸おいて再び傭兵が間合いに入ってきた。

 立て続けに三連撃。

 右脇腹を狙ってきた横なぎをバックステップでかわし、続けて肩を狙ってきた袈裟けさ斬りは剣で受け止め、最後にみぞおちを狙ってきた突きを半身で回避する。


「認めよう。ただの魔術師ではないことを」


 並の力量ならばとっくに勝負がついているであろう攻撃。

 それを平気な顔でかわし続けられ、傭兵はアルディスに対する過小評価を改めた。


「ここからは本気だ」


「好きにしろ」


 傭兵の繰り出す攻撃に先ほどよりも強い圧力が加わる。

 こちらを対等の敵手と認めて本気を出してきたのはわかるが、アルディスにとってはだからどうしたという話であった。


 連続して繰り出される攻撃の数々を、時にかわし、時に受け止め、時に受け流してしのぐ。

 一見すればアルディスが攻められ続け、劣勢に感じられるかもしれない。


 だが見る者が見ればアルディスはその攻撃全てを難なくさばき続けていることに気付くだろう。

 少なくとも対戦相手の傭兵はそれに気付いていた。


「なぜ攻撃してこない?」


「まぐれで勝ったと思われたくないんでな」


「ずいぶんと余裕だな」


「少なくとも油断はしてないつもりだ」


 剣撃の合間に交わされる短い会話。

 一方の表情にはやや焦りが浮かび、もう一方の表情はあくまでも穏やかなままだ。


「そろそろこちらからも行くぞ」


 試合開始の合図から五分ほどの時間が経つ。

 決して長い時間ではない。


 だがこれだけ相手の剣撃を防ぎ続けたのだから、観客にもアルディスがそれなりに近接戦闘の心得を持つということは理解できたはずだ。

 もっとも、一方的に攻められているようにも見えるため、傭兵の攻撃をかろうじて耐えているように感じられるかもしれないが。


 とはいえそれもここまでだった。

 アルディスがそれまでの防御から一転して攻勢に転じる。


 傭兵の剣撃を強く跳ね上げると、隙を付いてその懐へと踏み出した。


「何だと!」


 突然至近距離に潜り込まれそうになり傭兵が慌てて後退するが、アルディスはそれを簡単には許さない。

 殿しんがりのように取り残された傭兵の剣に向けて一撃。


「くっ!」


 これが実戦で、かつ傭兵が予備の武器を持っていたならば、無理な体勢を押してまでその手に握られた剣へ固執する必要はない。


 だがこの試合では剣を手放すことがすなわち敗北となる。

 当然悪手(あくしゅ)だとわかっていても唯一の武器を手放すことなどできず、結果として傭兵の体勢が大きく崩れた。


 アルディスが傭兵の足を払おうと蹴りを繰り出すが、さすがに相手は実戦で鍛えた現役の戦士。

 その狙いを瞬時に見極め、足裏でアルディスの蹴り足を受けると勢いを借りて距離を取った。


「魔術師の動きではないね」


 傭兵の顔に驚きの色が浮かぶ。


「そうかい?」


 とぼけた答えと共にアルディスが踏み込んだ。

 傭兵の右足から左肩に向けて角度をつけた強烈な一撃。


「なっ!」


 とっさに剣でそれを防いだ傭兵の顔に焦りが見えた。

 遠慮のないアルディスの一撃に剣を取り落としそうになったのだろう。

 慌てて一歩下がり、両手で剣の柄を握り直した。


「魔法で強化したのか?」


 探るような視線を向けてくる傭兵の言葉に、アルディスは涼しい顔で反問する。


「そんなわけがないだろう。何のためにこの腕輪をつけさせられてると思ってるんだ?」


「しかし……」


 出場者が試合中に腕輪を身につけているのは、外部からの魔法による支援や妨害を受けないようにという理由である。


 その効果は非常にシンプル。

 身につけた者とその周囲三メートルほどの範囲で魔力が封じられるというものだ。


 仕組みとしては犯罪者や奴隷、物人ものびとがつけさせられる拘束具と同じようなものであろう。

 出会ったときにフィリアとリアナの手足につけられていた『物人ものびと円環えんかん』はまさにその典型である。


 唯一違うのはアルディスが身につけている腕輪が本人の意思で自由につけ外しできるという点。

 無理やり外そうとすれば装着者に多大な被害や苦痛を与える拘束具とはそこが違う。


「魔力が使えないのはお互い様。身体能力の強化が封じられているのはあんたも同じだろ?」


 同じ条件下で傭兵はアルディスの動きに翻弄ほんろうされている。

 それはつまり、魔力抜きの地力においてアルディスの力量が傭兵のそれに肉薄、あるいは上回っていることの証に他ならない。


「……」


 何か言いたそうな表情を見せながらも無言を貫く傭兵。

 実際に剣を交え、アルディスの実力をおぼろげながら理解できているのだろう。


「じゃあ続き、行くぞ?」


 答えも求めずアルディスは踏み出す。

 地面を蹴った足が、次の瞬間には傭兵の至近へと踏み込んでいた。


「速い!?」


 驚きながらも反射的に剣を振るう傭兵の腹に拳を叩きつけると、流れるような動作でアルディスは相手の後ろに回り込む。

 苦し紛れに傭兵が背後に向け当て推量で一撃を繰り出すが、そんなものが通用するはずもない。

 刃が届くよりも早く、剣を持つ傭兵の手首をアルディスが片手で掴み防ぐ。


「終わりだ」


 その言葉と共に、傭兵の首へアルディスの持つ剣がそっと当てられる。

 それまで防戦一方だったアルディスが見せた突然の逆転劇に、闘技場の観客が沸いた。


「勝負あり!」


 審判がアルディスの勝利を告げる。

 判定を耳にしてアルディスは剣を退かせると同時に、傭兵の手首を手放した。


「あー、負けた負けた。完敗だよ」


 自らの負けを受け入れた傭兵が、先ほどまで剣を当てられていた首をさする。


「魔術師があの身のこなしって、反則じゃないか」


 ついでに八つ当たりのような言葉をアルディスへぶつける。


 彼にとってみれば初戦でアルディスのような相手とぶつかったのは不運としか言いようがない。

 衆目の中、魔術師に武技を競って負けたなどという評判が広がれば、今後の仕事にも差し障りがあるだろう。

 文句のひとつも言いたくなるのはアルディスにも理解できた。


「俺は一度も自分で魔術師と名乗った覚えはないんだけどな」


「どういうことだ? 君は『剣魔術』の使い手だろう? 三大強魔を単独で討伐したのも魔術あってのことじゃないのか?」


 アルディスの口から放たれた意外な言葉に傭兵は首を傾げる。


「剣魔術()使えるのは確かだが、それだけとは言ってない」


 その答えを聞いて、傭兵は納得の表情を見せた。


「……なんだ、そういうことか」


「そういうことだ」


 魔術師に剣技で負けたとなれば傭兵の評判も地に落ちる。

 だがアルディスが単なる魔術師ではないというのなら、話はまた別だろう。


「だったら僕のためにも二回戦であっけなく負けないでくれよ。これで君があっさり負けてしまったら、僕はただのピエロ以下だ」


「心配するな。俺に負けた事が恥だと思われない程度には結果を残してみせる」


 アルディスとしても今回芙蓉杯(ロータスカップ)に出場した目的はオルギン侯爵の顔に泥を塗ることであって対戦相手を(おとし)めることではない。

 ましてや外部の傭兵相手ならばなおさらである。

 個人的に気に入らない相手ならばいざしらず、誰彼構わず喧嘩を売るつもりもなかった。


「まったく……、世の中広いものだね」


 そう言い残すと、傭兵はアルディスの肩を軽く叩いて控え室へと下がっていった。


2019/08/12 誤字修正 皮鎧 → 革鎧

※誤字報告ありがとうございます。

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