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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて
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第178話

 もともと芙蓉杯ロータスカップは王都所属の軍部内で行われていた訓練を母体としている。

 内輪で不定期に行われていた手合わせの催しが次第に規模を拡大して年に一回の行事となり、どうせならとその様子を一般に公開しようということで開催されるようになったのが芙蓉杯ロータスカップという武技大会だった。

 公式行事化した今でも軍が主催者となり、出場者の大半が軍に所属する士官や兵士たちで占められているのも、そのような経緯があるためだ。


 国王の崩御や戦争によって過去幾度かの中止を挟みながら、芙蓉杯ロータスカップは今回で二十七回目を迎える。

 今となっては王都において毎年開催されるお祭りのような扱いとなっていた。


 一部の人間は皮肉を込めて「オルギン侯爵と軍の名声を高めるための出来レースだ」と言うが、それとて大多数の王都民にとってはどうでもいいことだろう。

 特に商人たちにとっては王都がにぎわい、商売に追い風が吹くなら裏の事情など知ったことではない。

 この機を逃してなるものかと今の王都は北や西から多くの行商人が訪れていた。


 前年は帝国との戦争があったため芙蓉杯ロータスカップも中止されており、今回は二年ぶりの開催となる。

 武技を競うのが本来の目的であるため魔法や魔術の使用は禁止され、使用する武器についても魔力の込められた物は使用できない。

 不正防止の観点から、参加者は芙蓉杯ロータスカップの運営側が用意した武具を試合の都度借り受けるよう定められている。


 出場者の数は全部で三十二名。

 今回はそのうち十八名を国軍と地方の領軍が占め、残りの出場者を傭兵の九名と探索者の五名が埋めている。


 ムーアとアルディスは一応傭兵としての参加だ。

 常であれば軍だけで九割方の出場者を占め、外部から出場する武芸者の数は三、四名程度に落ち着く。

 だが先の戦争で壊滅的な損害を受けたことから軍の人材も枯渇気味なのだろう。

 今回に限っては外部から招待した武芸者が半分に迫ろうかという状況だった。


「まあオルギン侯爵の派閥でもない俺や、侯爵と何の面識もないアルディスが出場できたのはそのあたりの事情も関係してるんだろうな」


 ムーアはそう自分の推測を口にした。


「そういうもんか? 力を見せつけたい軍にしてみれば、外部から参加する実力者なんてのは余計な不確定要素だろうに」


「そりゃ軍や侯爵はそう考えるだろうよ。普通は自分たちの息が掛かっていない人物は出場させないんだろうけどな。ただ、在野ざいやの実力ある武芸者を招くという一応の建前たてまえがあるし、今回は公爵閣下の推挙すいきょがあったからこその話だろ。普段ならまず候補にも挙がらんさ」


 王立闘技場の中央ではすでに最初の試合が行われていた。

 半径三十メートルほどの円形をした中央部で軍の兵士がふたり、それぞれ剣と槍を手に戦っている。


 ムーアとアルディスは出場者出入口の横に陣取って、壁を背にしながらそれを見ていた。

 観客席最前列の一角には出場者用に準備された席が用意されているのだが、周囲がオルギン侯爵の派閥に属する兵士やその息が掛かった傭兵、探索者ばかりではどうにも落ち着かないし、うかつなことも喋れない。

 そんなわけでふたりは入口の警備兵よろしく突っ立っているというわけだ。


「お、勝負がついたな」


 槍を持った兵士の勝利が確定したと見て、ムーアは身体をほぐしはじめる。


「じゃあ次は俺の番か、お先に」


 気負いを感じさせない口調でアルディスへ言葉を残すと、そのまま散歩にでも行くような軽い足取りで中央へと歩いて行った。


「どの武器になさいますか?」


 途中で声をかけてきた係の人間が様々な武具の並べられたラックを示しながら訊ねてくる。


「片手持ちの剣と軽めの盾がいいんだが」


 並べられた中からムーアはやや長めの両刃剣と小型の円形盾ラウンドシールドを手にとった。

 盾を左腕に固定し、右手に握った剣を軽く何度か素振りする。


「うん、これでいい」


 そう告げて対戦相手と審判員の待つ中央へと歩み寄っていく。

 審判員は現役の軍士とおぼしき四十代後半の士官であった。

 ムーアは面識のない相手だったが、芙蓉杯ロータスカップの審判員を任せられるのだから実力も地位もそれなりの人物なのだろう。

 対戦相手の方はというと、あからさまにムーアへ敵意を見せている。 


「まさか貴様が出場できるとはな」


 近付く間もずっとムーアを睨んでいた対戦相手が、口を開くなり吐き捨てるように言った。


「いやあ、俺もまさか自分が芙蓉杯ロータスカップに出場するとは思ってなかったよ」


「口のきき方に気をつけろ、平民」


 対戦相手は二十代半ばの下士官だ。

 彼がムーアを知っているのと同じように、こちらも相手のことを知っている。

 部隊が異なっていたため直接の部下ではなかったものの、合同訓練で何度か手合わせをしたことのある相手だった。

 傭兵上がりのムーアが気に入らないらしくやけに突っかかってきていたのだが、その都度軽くあしらってやったこともあって、ほとんど敵視に近い感情を向けられていたと記憶している。

 確かどこぞの小隊長をやっていたはずだ。


「まあそう固いこと言うなよ。お互い訓練で剣を交えた仲じゃないか」


「もう貴様は上官でも何でもない。今の貴様は責任を放棄してクビになったただの平民だ。僕に向かってそんな口をきける立場じゃないぞ」


 どうやら成り上がりの傭兵と違って確かな出自らしく、当時上官だったムーアに対しても棘のある物言いをしていた男だ。

 上官ではなくなり軍籍も失ったムーアは彼にとってもはや侮蔑を隠す必要がない存在らしい。


「つれないなあ。おいちゃん仕事なくなって悲しいんだから、もうちょっといたわってもらいたいんだけど」


「黙れ三十四歳児! 貴様のようにちゃらんぽらんな人間が大隊長を務めていたなどと、栄誉あるナグラス国軍にとっては恥でしかない! 過去の栄光にもすがれぬよう、この場で叩きのめして王都にいられなくしてやる!」


 延々と続きそうなふたりのやりとりに審判員が割り込んだ。


「双方それまでにしろ。ここは口論をする場ではない」


 ふたりを平等に睨みつけると、審判員は付き合っていられないとばかりにさっさと自らの責務を果たそうとする。


「試合のルールは承知しているな? 時間は無制限。魔法および魔術の使用は不可。当然外部からの支援を受けることも禁止だ。勝敗は急所への有効な一撃が入ったと審判員が判定した場合、一方が気絶した場合、武器を取り落とした場合、明確に口頭で敗北を認めた場合に決する。また運営側で用意した物以外の隠し武器などを使った場合は反則負けとなる」


 審判員は懐から二つの腕輪を取り出してムーアと対戦相手に手渡す。


「これには外部からの魔法による支援や妨害を受けないよう、特殊な魔法障壁を展開する仕組みが施されている。試合中は外さないこと。意図的に外した場合はその時点で負けとみなす。いいな?」


 事前に説明を受けていたムーアは黙って頷くと腕輪を左手につけた。


「では双方互いに五歩下がれ」


 対戦相手の青年はムーアへ突き刺すような視線を向けると、後ろを向いて歩き出す。

 同じようにムーアも後ろを向いて五歩下がりながらボソリとひとりごちた。


「やれやれ、あんなのを芙蓉杯ロータスカップに出さなきゃいけないほど人材が枯れてるとは……。軍の内情は思ったよりも深刻なのかね」


 歩みにあわせて、足もとでむき出しの地面が潤いのない音を立てる。

 双方が五歩下がって向き直ったところで審判が試合の開始を告げた。


「それでは、はじめ!」


 対戦相手の下士官が先手を取ろうと突っ込んで来る。

 ムーアと同じく片手剣に盾という装備だ。

 しかし小さめの円形盾を選んだムーアと違い、相手は左肩から手の先まですっぽり隠れる中サイズの凧型盾カイトシールドを選択している。


「傭兵相手に一対一でそんな装備を選ぶかねえ」


 口の中で小さくつぶやき、ムーアは向かってくる相手の歩幅に合わせて半歩前へ出る。


「食らえ!」


 勢いに乗せて繰り出された相手の一撃を円形盾で受け流す。


「ちっ!」


 初手によほどの自信があったのか、舌打ちをしながら二手、三手と剣撃を繰り出してくる相手を観察しながらムーアは冷静にそれをかわした。


「へえ、腕を上げたな」


「当たり前だ! 一年間ふらふらしていた貴様とは違う!」


 ムーアがニレステリア公爵令嬢襲撃の巻き添えを受けて、こことは違う異世界へ飛ばされていた事を知る者は片手の指で数えられるほどしかいない。

 本人としては不本意だが、世間的には責任を放棄して一年間放浪していたように思われるのも仕方がなかった。


 とはいえ、ムーアとてのんべんだらりと遊び回っていたわけではない。

 むしろたった一日ではあるものの、結構な命の危険にさらされたというのがムーアの正直な気持ちだ。

 もちろんそんなことをわざわざ相手に説明するような場面ではないし、そのつもりもなかった。


 ムーアは下士官の言いがかりを無視して代わりの言葉を投げかける。


「でも攻めに意識が行きすぎじゃないのか?」


 まるで指導教官のようにその攻撃を評しながらムーアはタイミングに合わせて反撃する。

 三合ほど正面からの攻撃を繰り出した後、ムーアは相手が凧型盾を持っている左腕側へと身を躍らせて剣を叩きつけた。

 鈍い金属音が響き、下士官の持つ凧型盾が揺らぐ。


「くっ!」


 慌てて下士官が身体の向きを左に変えようとするが、すでにムーアの姿はそこにない。

 下士官が向けた視線の先からさらに回り込んだ位置へ移動していたムーアが、凧型盾に向けて再度渾身(こんしん)の一撃を繰り出す。

 予想外の向きから衝撃を受けた下士官がぐらついた。


「ちょこまかと!」


「傭兵相手にそんな小回りの利かない盾を持ち出した時点で、こうなることは予想するべきだけどな」


 苛立ちをあらわにする下士官へムーアは答えながら剣を凧型盾に叩きつける。

 同じ場に立って攻撃を防ぎ続ける下士官とは対照的に、ムーアは右へ左へと機敏に動きあらゆる方向から凧型盾へ剣撃を加える。

 どちらが優勢なのか、おそらく遠目に見ている者には一目瞭然だろう。


「正面から戦う度胸がないのか!」


「あほかお前。わざわざ危険をおかして正面から戦う必要がどこにあるんだよ」


「我々は誇りあるナグラス王軍だぞ!」


「だから? というか俺はもう軍士じゃないんだけどな。お前自身がさっきそう言っただろうに」


 自分の発言を忘れ去ったかのような下士官の口ぶりに、ムーアは思わず笑いがこぼれる。


「まあいいか。そんなに正面から戦いたけりゃあ、望み通り相手になってやるけどね」


 そう言ってムーアが足を止めた。


「いい心がけだ、平民」


「はいはい。お褒めいただき光栄ですよ、おぼっちゃま」


「黙れ!」


「自分は言いたい放題のくせに、わがままだなあ」


「減らず口ばかりを!」


 下士官が振るう剣を円形盾で受け流し、お返しとばかりにムーアが横なぎに剣を振るう。

 その一撃を相手が凧型盾で受け止めようとするのを確認しながら、ムーアは左足で砂を蹴り上げた。


「何っ!」


 思わぬ方向からの攻撃に下士官が怯んだ。


 当然その隙を見逃すムーアではない。

 すぐさま下士官の足を引っかけると、うつぶせに倒れこんだ相手の背中にのしかかりその首筋へ剣の刃を突きつけた。


「そこまで、勝負あり!」


 審判員が手を挙げて声高に宣告する。

 誰がどう見ても明らかなムーアの勝利だった。


「お前さあ、前からそうだったけど視野が狭すぎるぞ。盾の選び方とか攻撃の組み立て方とか、多数を相手にした戦いをまったく考慮してないだろう。いくら芙蓉杯ロータスカップは一騎打ちだからといっても、多数の敵を意識しながら一対一に専念するのと目の前にいる敵ひとりにしか対応できないのとじゃ大違いだ。ついでに言うとこんな小細工に引っかかるような戦い方じゃ、すぐ死んじまうからな」


「くそっ! 目つぶしなどと卑怯な!」


 下士官はムーアの忠告など聞く耳も持たず文句を口にする。

 短くため息をついたムーアは立ち上がって相手を解放すると、武器や腕輪を返却してアルディスのいるところまで戻ろうとした。


「審判員! 先ほどの目つぶしは反則行為ではないのか! 運営が用意した武器以外を使うのはルール違反だろう!」


 自分の負けがどうにも納得いかないらしく下士官が審判へと訴えるが、それに対する答えは非常に冷たいものだった。


「足もとの砂が武器だと主張するのか? 馬鹿馬鹿しい。だいいちそれを反則とするなら、歴代優勝者たちの何人かはその栄誉を剥奪はくだつされねばならんことになる。お前ひとりのわがままで先人たちの名誉に泥を塗れと?」


 そう。過去の芙蓉杯ロータスカップでも足もとの石や砂を利用して勝ち進んだ優勝者はいる。

 地面に転がっている石や砂は『状況』扱いであり、武器とはみなされない。


 そんなことすら事前に確認もせず芙蓉杯ロータスカップへ挑むのが悪いのだ。

 ムーアが『視野が狭い』と言ったのは何も戦闘時の視野に限った話ではないと、彼は気付くことができるだろうか。


「ま、そこまで面倒見る義理はないよな」


 知ったことではないとムーアはその場を立ち去った。

2019/05/06 誤字修正 王都へいられなく → 王都にいられなく

2019/05/06 誤字修正 得に商人たち → 特に商人たち

2019/05/06 誤字修正 背にしながらを → 背にしながら

2019/05/06 誤字修正 気負いも感じさせない → 気負いを感じさせない

※誤字報告ありがとうございます。


2019/08/12 誤記修正 片手の数ほど → 片手の指で数えられるほど

※誤記報告ありがとうございます。


2019/08/12 誤用修正 軍属 → 軍士

2019/08/12 誤字修正 身を踊らせて → 身を躍らせて

※誤字誤用報告ありがとうございます。

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