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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十三章 返杯は剣撃に乗せて
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第177話

 公爵がアルディスに芙蓉杯ロータスカップの出場権を約束してから二十日ほどの時間が経過した。

 その間、王都は少しずつにぎわいを増し、遠方から訪れる者がいつも以上に表通りへあふれていた。

 大きな通りの両脇を縁取るように色とりどりの露店が並び、宿はどこもかしこも宿泊客で満室となっているようだ。


 芙蓉杯ロータスカップ初日。


 王都グランが毎年のように活況かっきょうを見せる一大イベントの開催日である。

 間もなく戦いの幕が切って落とされるとあって、会場となる王立闘技場は集まった観客たちですし詰め状態だ。


「おい、出場者の面子めんつ見たか?」


「おお、見た見た。軍からは第三師団副団長、突撃中隊長とその秘蔵っ子ていう噂の若いやつ、探索者からは剣鬼に斧聖ふせい双角そうかくのナガレ、あとは最近名をあげてきた傭兵の女もいたぞ。今回もすごいメンバーだな」


 観客席の一角で、数人の男たちが出場者一覧を遠目に見ながら時間をつぶしている。

 名の知れた出場者を指折り数えて興奮していた男のとなりで、別の男が首をかしげながらつぶやいた。


「なあ、あそこにムーア・グレイスタって名があるんだが……」


「ムーア? ムーアってあの元傭兵の?」


 その名を耳にしてさらに別の男が疑問調で確認する。


「あいつが出てくるのか? 今まで一度も出てこなかったくせに」


「なんで今ごろになって?」


 彼らが疑問に思うのも当然だろう。

 その実力が王国軍で十指に入ると言われたムーアだったが、傭兵時代と軍士時代を通して一度も芙蓉杯ロータスカップには出場したことがない。


「大方これまでと違って悠長に構えていられなくなったんだろ。噂じゃ一年間も行方をくらませて軍を首になったって話だし」


「だからあわてて芙蓉杯ロータスカップで名をあげようってか? ずいぶん身勝手な話だな」


 事情も知らぬ男たちは勝手な推論でムーアをさげすむ。


「だが強いことは確かだろ? 組み合わせさえ良けりゃ準決勝くらいまでは行くんじゃないか?」


 とはいえムーアの強さは王都民の知るところであり、好き嫌いはともかくとしてその活躍に期待する気持ちは一致しているのだろう。

 そうだな、と他の男たちもしきりに頷いていた。


「それよりもさ……」


 話題を変えるようにひとりの男が口を開く。


「なんだよ?」


「あの『アルディス』ってのは誰だ?」


 出場者一覧に目をこらしていた男がその名に気付いた。


「アルディス? そんなやついたか?」


「それって例の『千剣の魔術師』じゃないのか?」


 王国の三大強魔さんだいごうまを討伐したアルディスの名は王都中に広まっている。

 それを知らない男たちではないが、さすがに武技を競う芙蓉杯ロータスカップの出場者一覧に載るわけもないという先入観が頭上へ疑問符を浮かばせる。

 ひとりの男がアルディスの名を高名な魔術師の名と結びつけることに成功したが、周囲の人間はいぶかしそうな表情を見せるばかりだ。


「はあ? なんで魔術師の名前が芙蓉杯ロータスカップの出場者一覧にあるんだよ」


「俺に聞かれても知らねえよ」


芙蓉杯ロータスカップって魔法禁止だったよな?」


「当たり前の事をきくなよ」


 互いに疑問と文句をぶつけ合う。


「数あわせなんじゃねえか? 帝国との戦争で何人も実力者が死んじまったしよ」


 確かに帝国との戦争において王国軍は壊滅的な損害をこうむった。

 それと同時に軍へ所属していた実力者も多数失っている。

 今回の芙蓉杯ロータスカップでは以前の開催時に比べ、軍士以外の傭兵や探索者といった出場者の割合が増えていることからもそれがわかるだろう。


「人数が足りないからって、なんでまた魔術師が出てくるんだよ。それだったら他にいくらでもつええヤツがいるだろうが」


 しかしいくら実力者の数が減ったからと言って、その穴を埋めるべき者は大勢いる。

 トリアで活躍する『白夜びゃくや明星みょうじょう』のリーダー、テッドなどはその代表格であろう。

 そう言った実力者を押しのけてまで魔術師を出場者の席へ座らせる意味がわからない。


「それもそうだよな……」


「なんで魔術師が?」


 結局結論を出すこともできず、正解を教えてくれる者がいるわけでもない。

 男たちは皆、釈然としない表情を浮かべながら首をひねってそのまま黙り込んだ。






 ところ変わって会場を見下ろす貴賓きひん席の一角。

 高位貴族に割り振られたその場所は、前を除く三方が壁に囲まれた半個室のような作りになっている。

 前方だけは闘技場を一望できるよう開け放たれ、上方は日差しと雨をさえぎるための屋根が覆っていた。


 公爵とはこれだけの特別扱いを受けるに値する地位だ。

 伯爵以下の者たちには個別のスペースが与えられない。

 観戦をしたければ貴族席という大枠でくくられた一角に、他の貴族たちと同席する形で座らなければならない。

 もちろん入場券を購入する必要もなく、平民たちのようにとなりの人間と肩をぶつけながらギュウギュウ詰めになるわけでもないのだから、十分な特権であるといえよう。


 一方で侯爵以上の爵位をもつ者にはこうしてゆったりとした空間が与えられ、護衛に守られながら家族と共に観戦する権利が与えられる。

 身分社会である以上、それは当然のことであった。


 この場にいるのは当主であるニレステリア公爵、その娘ミネルヴァ、ふたりの使用人と五人の護衛。そしてミネルヴァの師であり芙蓉杯ロータスカップの出場者であるアルディスと、そのとなりに立つムーアであった。

 アルディスはともかくとして、護衛でもないムーアがこの場にいる理由。それは彼自身を戸惑わせている要因と同じである。


「何で俺まで出ることになってんだ?」


 本人はこっそりととなりにいるアルディスへぼやいたつもりなのだろう。

 しかし耳ざとくそれを拾った公爵がすかさずムーアへ問いかける。


「不服かね?」


「い、いえ! そう言うわけではありません」


 慌てた様子でムーアは否定した。


「ひとりねじ込むのもふたりねじ込むのも大して労力は変わらないからな」


「はあ」


 飄々(ひょうひょう)と言い放つ公爵へ気のない返事で応えるムーア。


 ムーアが困惑している原因、それは芙蓉杯ロータスカップの出場者一覧に自分の名前が載っていることだろう。

 どうやら公爵が本人に一切伝えず出場の手続きをすませていたらしい、とミネルヴァは理解した。


 もともとミネルヴァの護衛を請け負ったがためにムーアは巻き添えを受けて異世界へと飛ばされてしまった。

 幸いこちらへと戻ってくることができたものの、すでに王都では一年の月日が経過していたため行方不明扱いだったムーアはとうの昔に大隊長を解任。軍からも除籍されていたのだ。


 一年間の行方不明がムーアに何ら責のないことはミネルヴァも公爵もわかっている。

 だがしかしそれを国や軍へ説明するわけにもいかないし、説明したところで信じてもらえるかもわからない。

 結果、ムーアは職務を放り出して軍から除籍されたという不名誉をこうむる結果となっている。


 これにはミネルヴァも公爵も心を痛めた。

 ミネルヴァにとってはアルディスと共に自分を守ってくれた恩人であるし、公爵にとっても娘を助けてくれた借りがあるのだ。


 そこで公爵はこの機会を利用してムーアの名誉を挽回することにしたらしい。

 アルディスを出場者の枠にねじ込むのにあわせて、もうひとつムーアのために枠を確保してしまった。

 彼ほどの実力があれば芙蓉杯ロータスカップでもいいところまで勝ち抜けるだろうという目論見もくろみだ。


 ただ、問題はそれを本人にまったく伝えていなかったところにある。

 観戦に誘われてやって来たムーア本人は、ついさっき自分の出場を知らされたばかり。

 気持ちが追いつかないのも無理はない。


「確かに小官はオルギン侯爵の派閥とそりが合いませんでしたから、芙蓉杯ロータスカップには出たくとも出られませんでしたし、お心遣いは非常にありがたいのですけど……」


 芙蓉杯ロータスカップではオルギン侯爵の派閥とその息がかかった武芸者しか出場できない。

 表向きは立場によらず実力者ならば出場できると言っているが、実質的な主催者である侯爵の意向によって部外者はふるい落とされていた。

 当然ムーアはその実力が知られていながらも、侯爵の派閥に属していなかったためこれまで芙蓉杯ロータスカップに出場したことがない。


 言葉をにごしたムーアへ公爵が続きを話せとうながす。


「言いたまえ」


「どうせならアルディスが出場していないときに出たかった、と思いまして」


 バツが悪そうにムーアが口にすると、公爵は愉快そうに笑った。


「はっはっは。そういうことか。だが私の口利くちききで出場する以上、そんな弱気では困るな。アルディス君を倒して優勝するくらいの気概は見せて欲しいものだ」


 しかしすぐさま表情をおさえて奮起を促すと、それを受けたムーアも表情を引き締めて答えた。


「もちろんやるからには勝ちを取りに行きます。少なくとも閣下の顔に泥を塗るような戦いをするつもりはありません」


「期待しているよ」


 ムーアの言葉に公爵は満足そうに頷く。


「じゃあそろそろ控え室に行くか、アルディス」


「ああ」


 出場者は事前に控え用の部屋へと移動する必要がある。

 時間的にはそろそろ移動しはじめなければならないだろう。


 ムーアはアルディスに声をかけ、動きかけたところで「と、その前に」思い出したように足を止めた。


「自前の武器は使えないぞ。控え室においておくのは不用心だし、閣下に預かってもらったらどうだ?」


「……そうだな」


 芙蓉杯ロータスカップでは公平を期すために魔力の込められた武器や防具を使用する事が禁止されている。

 ただの重鉄じゅうてつ剣ならば問題はないが、アルディスが普段から使っているブロードソードやショートソードは店先で購入できるような品ではない。

 試合で使うことは許されないだろう。


 今日のアルディスはその腰に一本のブロードソードのみを差している。

 確かそのめいは『蒼天彩華そうてんさいか』ではなかっただろうかと、ミネルヴァは自らの記憶を掘りおこした。

 蒼天彩華を鞘ごと取り外したアルディスが、壁を背に立っていた使用人に手渡そうとしたところでミネルヴァが前に出る。


「あ、師匠。それならば私が責任をもってお預かりいたします」


 突然の申し出にアルディスの動きが止まった。


 その視線がミネルヴァの父親である公爵に向けられ、無言の問いかけが瞳に浮かぶ。

 対する公爵も口に出しては答えを返さない。

 ただゆっくりとあごを引いて頷くと、わずかに口角こうかくを崩して苦笑のような表情を見せた。


「わかった、頼むよ」


 それを了承ととったらしく、アルディスは自らの剣をミネルヴァに向けて差し出す。


「はい。確かにお預かりいたしました。この身に代えましても必ずお守りします」


「いやいや、たかが剣ひとつにそこまで大げさな扱いはしなくても良いんだが……」


 大仰おおぎょうな物言いをする教え子に向けて困ったような表情を浮かべると、アルディスは蒼天彩華をミネルヴァへ預けて控え室へと向かっていった。


「お嬢様、お預かりいたしましょう」


 アルディスとムーアが立ち去った後、使用人のひとりが蒼天彩華を受け取ろうと両手を差し出すが、ミネルヴァは剣を胸に抱き寄せ毅然きぜんとした態度で首を振った。


「いいえ、これは私が師匠からお預かりした大事な物。お返しするまで私自身が持ちます」


 それはつまり剣を抱いたまま芙蓉杯ロータスカップを観戦するという意味だ。


 今日のミネルヴァは鍛錬をする時と違い、公爵令嬢として恥ずかしくないよう着飾っている。

 まさか公爵令嬢ともあろう者が、ドレスを着たまま薄汚れた剣を抱き続けるとは思いもよらなかったのだろう。

 困り顔の使用人が公爵に助けを求める。


「旦那様……」


「ふっ……、好きにさせておけ」


 それに対して公爵が苦笑混じりで口にしたのは、ミネルヴァにとってこの上なくありがたい返事だった。


2019/05/05 誤字修正 思いもよらなかったのだろう → 思いもよらなかったのだろう。

※誤字報告ありがとうございます。


2019/07/14 重複表現修正 すし詰めの観客でいっぱいだ → 集まった観客たちですし詰め状態だ

※ご指摘ありがとうございます。


2019/08/12 誤用修正 軍属 → 軍士

2019/08/12 重言修正 被害をこうむった → 損害をこうむった

2019/08/12 誤用修正 目線 → 視線

※誤用重言報告ありがとうございます。

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